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神代 コウ

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グレイス・オマリーのファンタジア

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 「裁定者と踊り子・・・?アンタからは想像もできないクラスだな」

 「ハハハッ!そうだろうねぇ、アタシもそう思うよ。何でこんなクラスにしたんだろうねぇ・・・」

 シンの意外といった反応は、彼女にとって何度も言われてきた台詞だった。女性でありながら海賊となり、男の多い世界において踊り子というクラスも珍しい。誰も彼女のクラスを初見で見抜いた物はおらず、その後彼女が手に入れることになる裁定者というクラスが、一躍グレイスという女海賊の名をその界隈に知らしめることになる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 グレイスは大国の側にある、それ程大きくはない国に生まれる。漁業の盛んだったその国では海賊稼業を営む者達の往来も多く、様々な大陸や国の出身者と多く出会う機会があった。考え方の違いや習慣、文化などの情勢が流通し、世界の国々の動きなど常に新しい情報が持ち込まれていた。その反面、そういった外の情報が原因で国内での紛争が起こることも少なくなく、隣国の繁栄が著しく進んだ大国に比べ統一されることもなかった。

 そういった内乱で荒れる小国の一勢力の中で、酒場の踊り子として稼いでいた彼女は、大国からやってきた王族の男と恋に落ちる。しかし、当然ながら大国の王子ともあろう者が、何処ぞの生まれとも知れない女との関係を許す筈もなく、彼女が王子の立場や身を案じる形で会うことをやめ、二人は徐々に疎遠となっていった。

 暫くして、王子は自国の貴族の娘と結婚をし、その知らせは酒場に来る海賊達の噂話伝いにグレイスの元へも届いた。王子との恋路に未練のあった彼女だったが、彼が王族の身分を無事に保ったまま幸せに暮らしているのだと知ると、王子との思い出や未練を断ち切ることを決める。

 しかしそんな彼女の決断も束の間、間も無くして王子は自国の権力争いに巻き込まれ、妻と共に殺害されてしまう。大国の不穏な雲行きに、忘れかけていた彼のことが頭をよぎり出したグレイスは、貴族を装い大国のパーティーへと参加していた。そこで初めて王子の死を知った彼女は、自分との関係が彼の立場を窮地に陥れてしまったのではないかと思い、深い悲しみに襲われた。

 王子への後ろめたさを感じたまま、祖国へと逃げ帰り、ただ傷ついただけの彼女だったが、暫くして大国の女王に彼の娘がなったという話を耳にする。グレイスは自身の罪を償う相手だと心に誓うと、彼の娘に会うため、再び大国で行われる彼女の就任パーティーへと赴く。

 酒場に来る者達から、貴族や王族といった者の振る舞いを学んだ彼女は、疑われることもなく無事に忍び込むことに成功する。会場を見渡していると、パーティーの主役である筈の王子の娘は浮かない顔で、騎士達に守られた席に座っていた。幼くして自分の、ただその地位を利用されるだけの立場を理解しているかのような少女は、虚な目で生気のない人形のように、グレイスの目には映った。

 この子に王子と過ごした綺麗で楽しい思い出のように、人生の美しいものを教えてあげなければと思った彼女は、大胆にも少女の座る席へと歩み寄る。側近の者が少女との間に割って入り制止すると、グレイスはこの場でいいから女王に御覧になって頂きたいものがあると話し、彼と踊った思い出の踊りを披露する。

 グレイスの踊りを見た少女の表情に僅かな変化が訪れる。重たく伸し掛かる王族の重圧を少しだけ忘れられた少女は肩の力を抜き、虚な目のまま口角を上げて彼女に言葉をかける。

 「綺麗な踊りね・・・、楽しくて嬉しい感情が伝わってくる様だったわ・・・」

 自分にはそんな感情を抱くこともなく、誰かの言いなりになってお飾り女王をするだけの人生なのだと悟った様子で賞賛する少女に、グレイスは跪いて手を差し伸べる。彼女の行動に僅かに眉を上げて、驚いたような表情をする少女。

 「女王様も、一曲いかがですか?」

 彼女の放ったダンスの誘いに、それまで人形のようだった彼女の瞳に光が宿り、僅かに笑った。

 「レディをダンスに誘うなんて、まるで王子様のようね」

 少女は足のつかない椅子から飛び降りると、グレイスへと近づこうとする。側近の者や騎士達が制止しようとしたが、少女は近づくなと片手を広げる。少女とはいえ女王の命令となれば流石に手出しの出来ない大人達は、一歩二歩と後ろに下がっていく。グレイスから目を離すことなく歩みを進める少女は、差し伸べられた彼女の手を取り、共にダンスを楽しんだ。

 それからというもの、少女はグレイスにだけ心を開くようになり、王宮や食事に誘われることも多くなった。

 そんなある日、女王から思いもしない話を持ちかけられる事となる。少女が知る筈もないと思っていた、とある人物の昔話。立場のせいで実ことのなかった恋の話。少女の語る御伽話のように淡く切ない恋の話に、グレイスは驚きと共に目には涙が溢れてきた。

 「女王様・・・どうして、その話を・・・」

 「お父様が時々、二人きりの時に話してくれたお話よ。このお話に出てくる女の人って、貴方のことよねグレイス?私分かるの、だってこの王宮から出たことのない私にとって、唯一の楽しみといえば父様のしてくれる外の世界の話だけですもの。その涙で確信したわ」

 何故だか分からない。一体どんな感情がそうさせたのか、彼女自身にも分からなかったことだろう。少女のまるで見てきたかのように語る王子とグレイスの話しに、彼女の目からは止めどなく涙が溢れて溢れていった。

 ある日、女王に呼び出されたグレイスはある部屋へと招かれる。そこは少女が誰も入ることを許さないと言われる部屋で、王宮内では有名な場所だった。そこは女王の父であり、グレイスの想い人でもあった王子の部屋だという。

 「貴方に渡したい物があるの。・・・私が女王でいられる間に渡したかったの・・・」

 いつもと様子の違う少女が、王子から渡されたと言う鍵を使って、本棚の陰にある隠し戸から、大層立派な作りをした箱を取り出すと、再び鍵を使って中身を取り出す。それはグレイスの見たこともないような輝きを放つ黄金の天秤だった。

 「綺麗・・・こんなに神々しい物、見たことがない・・・。これは一体・・・?」

 「父様が生前、私に託してくれた物よ。ある人が訪れたら渡して欲しいって・・・。お願いッ!グレイス、これを持ってこの国を離れて・・・」

 切羽詰まった様子で話す少女の表情は、もうどうしようもない神の運命にその身を捧げたかのような決意と覚悟の顔をしていた。グレイスの悪い予感はいつも的中する。この時少女から感じた予感は、これを最期にこの子とはもう会えないかも知れないというものだった。

 「どういうこと・・・!?説明してッ!」

 「この国ではもうすぐ内乱が起こるわ・・・私、聞いてしまったの・・・。王政に不満を募らせた方々が、王宮内部の者と繋がっていて紛争を目論んでいる事を・・・。そうなればきっと私も父様と母様のように・・・」

 あの時と同じだと、咄嗟に彼女の脳裏に王子の死の知らせを耳にした時のことが蘇る。だが、今回は何もできなかったあの時とは違う。少女の身に迫る危機を知り、行動に移せるだけの力も時間もある。

 「私が貴方を助けるッ!外の世界に連れ出してあげるわッ!」

 少女はグレイスの差し伸べた手を、今度は掴もうとはしなかった。彼女のことを思えばこそ、掴むことが出来なかったのだ。少女を外の世界へと連れ出せば、グレイスは女王誘拐という大罪を背負うことになり、命を狙われることになるからだ。

 「それは無理よ・・・グレイス・・・。貴方が大罪を背負うことになってしまうもの・・・。私の為に貴方を不幸にするお願い事なんて、できる筈がないわ・・・」

 「それでもいいッ!私のせいで貴方達親子に、迷惑をかけてしまったんだもの。お願いだから私に罪を償わせてッ!」

 「何を言っているの・・・。貴方を不幸にして辛い思いをさせてしまったのは、私達親子の方よ。貴方があの時、父様から身を引いたから私が生まれたんだもの。貴方の辛いこと、悲しいことの上に私の命は成り立っている・・・。罪を償わなければならないのは、私達親子の方。どうせ私も父様も、誰かに利用されるだけの不自由な命だったんだもの、せめて辛い思いをさせてしまった貴方の力になりたいのよ・・・」

 初めて見せた幼い女王の涙が、こんな悲しい形になってしまった事が、何よりも辛かった。

 「そんなこと・・・言わないでよ・・・」

 「大好きよ・・・グレイス。貴方がいてくれたおかげで、私の人生は楽しかったわ」

 満面の笑みで涙を流す少女。グレイスに思いの丈を伝えると、涙を拭い、大きな声で部屋の外にいる側近の者を呼んだ。それを聞きつけた者と騎士達が部屋へ入ってくると、女王はグレイスを指差し、王宮から追い出すように伝える。騎士に掴まれ、部屋から追い出されそうになるグレイスは何度も少女の名を読んだが、返事が返ってくることは二度となかった。

 王宮への立ち入りを禁止されたグレイスは、少女に言われた通り手渡された天秤を手に国を離れた。王族の親子から渡された力を手に、母国にやってくる海賊を相手に、男勝りの決闘を挑み続けたグレイスは、いつしか海賊達の間で有名となり、自身を慕う者達を集め海賊団を結成し、大海原へと出て行った。

 暫くして、幼い女王の治める国では、少女の言っていた通り内乱が起きる。その規模は今までにないほど大規模なものになり、王政は衰退の一途を辿ることとなる。有名な女海賊となっていたグレイスの耳に入る頃には、王族は反乱軍により吊し上げられ、処刑されたという情報が届くこととなる。

 グレイスは幼い女王に言われたことを忠実に守り、二度とその国に近づくことはなかった。
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