World of Fantasia

神代 コウ

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染みついた習慣

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 距離が近づくにつれて会話の内容が聞こえ始める。どうやら男達はウィリアムと同業の造船技師のようで、そのことでツバキに何か言っている様子だった。

 「まだあんなジジィのところで金魚の糞をしてんのか?いい加減諦めろや!あいつは弟子なんざ育てる気はねぇんだよ。都合の良い道具みてぇに使えるだけ使ったらクビにするロクでなしさ!」

 「うるせぇ!逃げたオメェらに何が分かるってんだ!才能が無かったんだろうが!だからジジィはオメェらに雑用ばっかやらせてたんだ。尻尾巻いて失せた奴がうじうじ言ってんじゃねぇよ、見っともない」

 ツバキの言葉に堪忍袋の尾が切れた男が胸元を掴み上げ睨みつけると、ツバキも負けじと男の視線から目を逸らさないで抵抗する。

 「言わせておけばッ・・・。目を覚まさせてやる、ありがたく思うんだな!ジジィはお前の事なんざ厄介者としか思ってないんだからなッ!」

 ツバキを掴むのとは反対の手を振り上げ、今にも殴りかかろうとしたその時、駆けつけたツクヨとヘラルトがツバキと男達の間に割って入ると、ツバキは驚いた様子で二人を見つめる。

 「何だぁ?オメェら!邪魔すんじゃねぇ!」

 「アンタら・・・、何で・・・」

 ツクヨが大人達を静止し、ヘラルトは小声でツバキにもう大丈夫だと声を掛け、男達から距離を取るように後ろへと下がらせた。

 「まぁまぁ!相手は子供です。事情はよく分かりませんが、こんなところ誰かに見られたりでもしたら、あなた方の面子に傷がつくのでは・・・?ここはどうかその器に免じて、見逃しては貰えないでしょうか?」

 相手を立てながらプライドを傷つけないよう、最新の注意を払って言葉を紡いだつもりだった。誰かを煽て、媚び諂い、頭を下げるのはツクヨの日常だったから。身体に染み付いた習性というのは、自分の意図しないところで自然と出てしまうものだ。

 少年達の前でみっともなく頭を下げ、許しを乞う自分の姿を想像すると情けなくなり、現実での自分が如何に情けなく金の為にプライドをかなぐり捨て、生にしがみ付いて生きていたのかと、こんな時にふと思い返し、下げそうになったツクヨの頭を踏み留まらせた。

 「ふん、まぁ何も俺達はガキに用があった訳じゃねぇ。コイツの荷物さへ手に入れられればそれでいいんだからな。・・・ほら、助けて欲しかったら大人しくそいつから荷物をふんだくって、俺達に渡せ。この腰抜けがッ・・・!」

 品性のかけらも無い男達の笑い声が響き渡る。こんな奴らに従う必要はないと、声を上げて身を乗り出すツバキと、それを身体を張って制止するヘラルトの姿を見て、彼が勇気を出してここまで付いて来てくれたことを思い出す。

 ヘラルトの勇気とは、ここで男達に立ち向かう事で克服された。その先のことである男達との衝突は、少年にとって勇気ではなく無謀になってしまい、後のことは大人であるツクヨが受け持つ事柄なのだ。次に試されているのはツクヨ自身であり、それまで嫌悪すら抱かないほど自然なことになってしまっていた習性に、決別する時を迎えている。

 少年のように変わることを望み、自分の意志をしっかりと持たなくては、WoFの世界であろうと何処であろうとツクヨの人生は何も変わらないのだから。

 「ツクヨさんッ・・・!安い挑発に乗ってはいけません!今は耐え、別の機会を伺いましょう。ツバキ君も荷物のことは一度諦めて貰えませんか?あとで回収する作戦を考えても遅くはありません!」

 「ダメだ・・・」

 彼の起こした予想だにしない展開に、その場にいた一同は言葉を失った。ツクヨが頭を下げ、ツバキの荷物を彼らに譲渡するシナリオをここにいた誰もが思い描いていた。物腰の低いツクヨがそんな行動に出ようなどとは、想像もしていなかった。

 「えっ・・・?」

 「あぁ?何だと!?」

 ツクヨが次にどんな行動に出るのかという事に、注意が注がれる。彼の中で芽生えた何かは、最早常識の通じる行動ではないと周りの人間に思わせた。

 「荷物を渡すことは出来ない・・・。大人しく引いてくれ」

 「テメェ・・・、俺達とやろうってのか!?」

 両手でツクヨの胸元を掴み上げ、喧嘩腰になる男は鋭い眼光を彼に突き刺し威嚇する。だが、一度口にしたことを取り下げる気は毛頭無い上、自分の意志を曲げる気も、今のツクヨには無かった。

 「意志を曲げるつもりはない。お前達がやろうって言うのなら相手になってやる」

 彼の声色は冷静だが、言葉自体は冷静さを欠いていた。最早人の忠告など聞かないほどに彼の意志は固く、変わることを選んだのだ。掴み上げた男が殴りかかろうとした時、何者かの声が彼らの耳に届く。

 「アンタは間違っちゃいないよ。あのまま頭を下げ、荷物を渡すようなら放っておいて後で回収するつもりだったが・・・」

 その男はいつの間にかツバキの荷物を手にしており、建物の屋上の縁に座りながらこちらを見ていた。ツクヨにはその人物が誰なのか皆目見当もつかなかったが、その場にいた男達やツバキ、そして何故かヘラルトまでもが男の名を知っていた。

 「なッ・・・なんでッ・・・!?どうしてアンタがここにいる!?マクシムッ!」

 「マクシム・・・。“マクシム・ラ・フォルジュ”!?エイヴリー海賊団の最高幹部・・・!」

 一同が彼を見上げる中、マクシムの名を口にしたヘラルトに気がついたツクヨだけが、驚きの表情のまま固まる少年の方を見ていた。そして少年は何故か、憧れの人物を目の前にしたかのように、その瞳を輝かせていた。
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