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神代 コウ

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奪われた愛情

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 シンとミアがウィリアムの店を出ていくのを見送ると、ツクヨはヘラルトを連れウィリアムの後をついて行った。油の臭いと鉄板に打ち付ける金属音、銅製の鉄板の上を歩いていく二人。彼の作業場は船が入れるように海上に設けられている、港にある倉庫の床がくり抜かれたような形状をしていた。

 音を立てていた者達は、船の周りで大きく逞しい声を張り上げながら修復や造船といった作業をしている。その中にある一際大きな人影こそウィリアムであった。彼は工具や書類が散らばる大きな机の上で設計図のようなものを広げ、部下達に指示を出している。

 「ウィルさん、少しよろしいでしょうか?」

 「ぉお?なんだぁ!?買う気になったか!武具か!アイテムか?それとも船かぁ!?」

 相変わらずの豪快な声で喉を鳴らす猛々しさで応えるが、残念ながらツクヨが彼に持ちかけた話はお金に関わる話ではなかった。

 「いえ、先程店内で気になったのですが、ツバキという少年についてお聞きしたいのです」

 ウィリアムはガッカリした様子を見せた後、大きく息を吐くとツバキのことについて聞かせてくれた。話を語る彼の表情は、孫を相手にする叔父というよりは親のそれに近しい。しかしこうも歳の離れた間柄というのも滅多なものではない。

 「あぁ・・・小僧のことか。何か気がついたようだな?」

 「はい。アランさんが気になる反応をしていたので・・・」

 「また彼奴は余計な・・・。そうさな、どこから話したものかのぉ。気づいておるかも知れんが、あの子はわしの子でも孫でもない。わしが昔海賊をやっていた頃に拾った捨て子だったんじゃ・・・。海賊が子守など可笑しな話じゃろ?」

 普段のウィリアムからは想像もできないような優しい表情でツクヨに話を振る。彼もどうやらツクヨが人の親であるのを感じていたようだった。

 「あの子を初めて見たのは雨風の強い嵐の最中にある海の上じゃった。誰も乗っていない小船に豪華に遇らわれた幾つもの箱や籠が積んであった。中に金目の物が無くても、籠や装飾品だけで大分金になりそうな物じゃったから、わしらはその船を嵐の中回収した」

 側にあった椅子を手に取ると、それをヘラルトへ渡して座るよう促すウィリアム。その好意に甘え、お辞儀をして座るヘラルトと、辺りを見渡すも他に座る物が見つからないといった様子をするウィリアムに、ツクヨは自分は立ったままでいいと掌を彼の方へ向けてハンドシグナルを送る。それを見て机の上の物を雑に退かすと、彼のその巨体を支えるように机に寄りかかると案の定、ギシギシと軋みながら悲鳴のような音を立てる。

 「予想に反して船の中には食糧や金目の物が沢山あった。その内の一つの籠に高貴な布で包まれた赤子が入っていた。それがツバキじゃ。初めは赤子など放っておいて金目の物だけ奪って捨てようとしたんじゃがな・・・。あんな嵐の中、泣きもせず波に揺られて死んでいくのだと思うと、どうにも・ ・・なぁ?」

 それからウィリアムの海賊団は、船長の失われていく権威や憧れにより愛想を尽かした船員達が内部分裂を起こし、海賊としての活動に限界を感じたウィリアムは、グラン・ヴァーグで海賊旗を下ろすことを決断したという。最後まで彼に付き添ってくれた船員達も、この町に留まったり、再び海に出る者、そして今度は陸を旅する者など、各々の人生を新たに歩み始めた。

 手先が器用で頭も切れたウィリアムは、発明や科学といった道を歩み、ツバキを育てながら地道な商売を続けていくことで、レースに出る者達の造船、武器の改造などでその名を広めていった。そんな彼の姿を見て育ったツバキは、ウィリアムのような“新たな物を造る”といったことに興味を持ち始め、メキメキとその実力をつけていく。

 ツバキが育つに連れ、ウィリアムの元にいるのが不自然なほど端正で美しい見た目になっていくことから彼は、この子が何処ぞの貴族の生まれ、或いは国王の子なのではないかと思いはじめる。

 「そしてわしの予想は当たっちまった・・・。ツバキの存在は世に出てはならないと、この子を殺しに来る輩が来るようになってな。昔の馴染みの海賊に依頼して、そいつらの尋問と親の存在を探ってもらった。そうして見つかったのが、ある国の王子の存在だった。若い頃から女遊びが酷かったらしく、ツバキもその内の一人の娘から生まれた子だったらしい」

 その王子は時期に国の王となると、そのような関係のあった者達を調べさせスキャンダルを揉み消していった。ツバキの母親は何とか子を守ろうとしたが追い詰められ、誰かの元に届いて生きて欲しいと賭けに出た母親が、自分にある全てのものを船に積み込み流した後に、王の追手によって殺されてしまったという。

 事情を知ったウィリアムは、レースで知り合ったギャングと協定を結び、王の持つ財宝を全て渡す代わりに国王殺しのための根回しを依頼。自身が開発した兵器をふんだんに持ち込み、国を制圧し国王を殺した重罪人として国際指名手配される。

 筈だったが、ギャングの根回しにより対立国の侵略という筋書きに書き換えられ、彼の兵器を目にした対立国側が、彼の技術を欲したお陰で守られることになったのだそうだ。

 「あんなゲス野郎は親でも何でもねぇッ!!・・・だが、ツバキから親を奪ったのはわしだ・・・。あんなのでも親は親じゃからな。つまりあの子は、親を殺した仇に育てられているって訳だ」

 「仇だなんて・・・。そんなこと誰も思う筈がない。あの子だって同じです」

 同じ家族を失った者として、ツバキは父親と母親を。ツクヨは妻と子を。だが二人のおかれた境遇には決定的な違いがある。それは“愛情”だ。愛情を知らずして奪われるのと愛情を奪われる違いだ。
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