World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
125 / 1,646

心配性

しおりを挟む
 ローディングの景色の中、シンは白獅から貰ったアイテム、テュルプ・オーブを取り出した。黒い球体は依然、彼の手中に存在し異変も見られない。

 彼が気になったのは、現実世界の物をWoFの世界に持ち込むということが出来るのかという事だったが、手元にあるオーブを見る限り、どうやら消える事なく持ち込めるようだった。一体どんな技術を用いているのか、シンには理解できなかったが今はそれでいい。

 オーブを懐にしまい、シンはミアとツクヨのことを考えていた。白獅の用件が済んで直ぐにログインして来てしまったため、すっかり時間を確認するのを忘れてしまっていた。ギルドからは外の様子を伺う事はできなかった上、波のように押し寄せて来たいろいろな情報が彼の頭の中に雪崩れ込み、冷静に考えることも整理する時間もなかったのだから仕方がないと言えばそれまでのことだ。

 それでも現実世界とWoFの世界で、どれだけ時間や日にちの感覚にズレがあるのかは把握しておきたかったところでもある。

 「ツクヨは目を覚ましているだろうか・・・。あっちでは重症だと言われたが、俺達プレイヤーであれば治りは早い筈。グラテス村の時もそうだった。メアから受けた俺の傷は、現実であれば到底生きていられるような状態ではなかった。それでも時間の経過が俺を全快にまで回復させたんだ・・・。戦闘が終わった今、治るのも時間の問題だろう」

 シンがメアとの戦いの中で負った傷は、戦闘終了後にグラテス村での休養によって全快にまで回復した。この事から、シン達のように転移してきたプレイヤーは戦闘中でなければ、外傷や身体に残るダメージは時間が解決してくれることが証明されている。

 ただ気掛かりなのは、ツクヨの場合シュトラールから受けたダメージもあるが、それ以上に彼の身体に負荷をかけていたのは、彼の特殊なクラスによるものだということだ。

 破壊者デストロイヤーというクラス。そもそもツクヨのステータスからはその存在は確認できなかった。剣士のクラスは通常通り表示されていたものの、ダブルクラスである筈の破壊者の欄がノイズやエラーメッセージで見ることが出来ずにいたが、そんなことはシンがWoFをゲームとしてプレイしていた頃から一度も見ることのなかったエラーであった。

 「ツクヨの破壊者のクラス・・・、あれも俺達に起きたバグに関係あるのだろうか。もしかしたら おれの中にも異変があるかも知れない・・・ということか?」

 だが、転移してから一通り自身のステータスやプレイヤー情報は確認したが、シンにはそんなエラーなど起こってはいなかった。それならシンとツクヨの違いとは何だったのか。彼自身がそもそもWoFをプレイしていなかったことにも関係していることなのだろうか。

 考え出したらキリがない。シンはそこで我に帰り、分からない物事について深く考えると前に進めなくなることを思い出し、今はまだその問題は頭の片隅置いておく程度に留めることにした。それに今度は白獅から受け取った、このテュルプ・オーブがある。今後はこれがあれば、今以上に情報を得ることができるだろう。

 「ミアは・・・シャルロットは大丈夫だろうか。あぁ見えて面倒見がいいからな。まさか聖都に残るなんて言わないだろうか?でも・・・彼女が望むのであれば、それも仕方のないことなのかも知れない。一緒に行こうなんて、俺には言えない・・・」

 同じ境遇にある者であれば、互いに理解し合うことが出来る。アーテムの行方が知れずシャーフは生死を彷徨う程の重症、幼馴染みの二人が生きているのか死んでいるのか、生きるか死ぬかの瀬戸際にあり、彼らを育てた師はもう二度と帰ってくることはない。だが、それでもまだシャルロットは全てを失った訳ではない。イデアールや共に任務をこなしてきた聖騎士の仲間達がいるから、立ち直れる兆しは十分にある。

 だが一方のリーベは、自分を助けてくれた存在に依存する傾向があり、その支えであったシュトラールを失った今、彼女の手を引いて導いてくれる者がいなくなってしまった。

 これから彼女は、自分の足で歩いて行かなければならないだろう。しかし、彼女には自分で前へと進んで来た経験がほぼ皆無であり、幾度となく積み重ねてきたものが奪われ壊されたことが、心に深い傷を残してしまっていることだろう。

 ミア自身も、現実世界では全てを失ってきている。自分を女手一つで育ててくれた母のためにと努力し、いい大学いい会社へと、人生を順調に歩んでいたが、人間の醜い部分を知り居場所を失い、そして最愛の母からは彼女が娘である事さえ忘れ去られてしまい、何のために生きているのか分からなくなってしまった。そこで知ったWoFの存在が、彼女を現世に引き止め、新たな世界へと導かれたことで、もう一度歩き始めることを決意させた。

 そんな彼女だからこそ、リーベの気持ちが痛いほど分かってしまうことだろう。本当は優しい彼女だからこそ、リーベをどうにか助けてあげたいと感じているに違いない。だがその傷が深ければ深いほど、立ち直るのには時間がかかる。果たしてシンが現実世界に行っている間に、リーベを再起させることができているだろうか。

 シンが二人の心配をしているうちにロードが終わり、真っ白な光に包めれていくと、彼は目を閉じてWoFの世界が瞼の向こう側に現れるのを待った。



 瞼をゆっくり開けると、そこは彼がシュトラールと戦い気を失ってから初めて目覚めた、キャンプ内にあるテントの中だった。日の光がテントの屋根を照らしているおかげで、照明が必要ないくらい日差しを透かし、ほどよい光を灯しながら温もりを保っている。

 辺りにあるベッドを見渡してみるが、最初に目覚めた時とは違い、もうほとんど人が見当たらない。入り口から射し込む強い日差しと、外から吹く風に揺られる布を手でそっと押し除けながら外に出て行くシン。

 細める瞼が日の光に慣れてくると、外で焚いている焚火の周りに人が集まっているのが目に入ってくる。そしてそこには見慣れた姿の二人が、座って火に当たっていると歩いて近づくシンの姿を捉えて、立ち上がる。

 「シン、戻ったか・・・」

 それまでの彼の悩みが嘘のように晴れていく。ツクヨはすっかり良くなるとシンを見るや否や手を振り、ミアは立ち上がって声をかける。

 「ただいま・・・良かった、二人とも無事で」

 短い間であったが、出発前の二人の様子とは打って変わり、明るさを取り戻したミアとツクヨとの再会にシンは、ホッと胸を撫で下ろすのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...