World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
115 / 1,646

故郷の香り

しおりを挟む
 シンとイデアールに一時‬の別れを告げ、その後にリーベの部屋の前まで訪ねてきたミアは、部屋の扉の横に立っている侍女に事情を話すと、快くリーベの元へと案内してくれた。

 まだ昼間ということもあり、室内には人工的な照明器具による明かりは灯されておらず、窓から射し込む陽の光だけでも十分に室内を見渡すことができる。

 リーベの侍女はミアが室内に入ると、まるで精巧に作られたガラス細工でも触るかのように、細心の注意を払って入ってきた扉を、音を立てないよう閉じる。

 その後侍女はミアの前に出ると、室内を静かに歩き始め、ミアもまた彼女の慎重な態度を見て、静かにその後を追って進む。

 リーベの部屋はとても整頓されており、彼女の清廉潔白な様子や大人びた態度を表すかのような観葉植物や、緑の多い植物を模した装飾が、ところどころに散りばめられている。

 それは彼女が嘗て森で暮らし、狩人として育っていた頃の自然を忘れない様にしているのだろうかという印象を受ける。

 そしてそれらが高貴な上品さを醸し出すように配置され、手入れされているのが何とも彼女らしい。

 間も無くして侍女が別の扉の前で止まると、中にいるであろうリーベに在室の確認を取るため、四度扉をノックした。

 閑散とした室内に、乾いた木製の心地良い音が響き渡る。

 しかし、侍女の鳴らしたノック音に続くものはなく、部屋からはリーベの返答が返ってくることはなかった。

 中からの返事を待つまでもなく、侍女は扉に向かって声をかける。

 「リーベ様、ミア様がお見えになられました」

 だが、先のノックからある程度予想できる通り、中からは侍女の呼びかけに応える声は返ってこない。

 侍女はまるで分かっていたことの様に、特に慌てたり取り乱すこともなく平然とミアの方へ向き直すと、リーベの承諾を得るまでも無くミアに告げる。

 「リーベ様はこちらに・・・。 それでは私は外に戻りますので、何かございましたらお呼び出し下さい」

 そのまま去ろうとする侍女を呼び止め、本当にこの部屋の中にリーベがいるのか確認を取る。

 「返事がなかったようだが・・・? 本当にこの扉の向こうにリーベはいるのか?」

 ミアが侍女に尋ねると、彼女は足を止める。

 「リーベ様は間違いなくこの部屋にいらっしゃいます。 ですが、起きていてもその瞳は何を映しているのか、その耳は何を聴いているのか、最早私共ではわかりません・・・」

 侍女は振り返ると、彼女も何か思うところがあるのだろう、取り乱すことこそなかったものの、藁にもすがるような思いで、リーベのことをミアに任せるかのように頭を下げた。

 「リーベ様は身体こそここにあれど、心ここにあらずといった状態で・・・。 このままではいつか、ふと居なくなってしまうのではないかと心配で・・・。 ここ最近でリーベ様の心に影響を与えたのは他ならぬ貴方です。 ミア様・・・どうかリーベ様のこと、宜しくお願い致します」

 イデアールといい、この侍女といい、何故自分にここまで期待するのか、ミアには理解できなかった。

 それ故ミアは、彼女の期待を突っぱねるように冷たく現実を見せる。

 「私は医者でもカウンセラーでもない。 どんな状態か知らんが、私がリーベにしてやれることなど、アンタ達がしてきたことと大差はないだろうし、何も変わらないかもしれない」

 しかし、ミアはそこでリーベを見捨てられる程人でなしではない。 俯く侍女に、ミアは更に言葉を続ける。

 「だが・・・」

 ミアの口から発せられる言葉の続きに、思わず顔をあげる侍女。

 「まぁ・・・出来る限りのことはしてみるよ」

 「ありがとうございます・・・、ありがとう・・・」

 このままでは部屋に入りづらいと、ミアは侍女の頭を上げさせて、持ち場に戻るように促した。

 彼女は入ってきた扉から外に出ると、再び自分の持ち場へと戻り、静けさを取り戻した室内には、部屋にいるであろうリーベを除いてミア一人となった。

 改めて植物を基調とした彼女の部屋に一人になると、その清涼感とは別に、森に迷い込んだかのような寂しさと不安感がミアを包み込んだ。

 それはまるで、今のリーベの気持ちが室内に反映されているかの様に。

 緊張した面持ちで扉の前に立つミアは、一度だけ大きく深呼吸すると、中のリーベへ声をかける。

 「ミアだ・・・、入るぞ」

 普段はそんなこと考えたこともなかったミアは、木製の扉からは想像も出来ない程の冷たさをドアノブから感じると、一時‬は手を止めるも臆することなく一気に扉を開ける。

 するとそこには、車椅子に座り窓から外を見つめる、戦っていたときとはまるで別人のようなリーベの姿があった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

処理中です...