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暗雲の兆し
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聖騎士の隊長、シャーフの話を聞きながらシン達は、荷物を運び終える。
「これで・・・終わりっと・・・」
両手で抱えていた荷物を床に置く。
腕で額の汗を拭うと、シンはイデアールに荷物運びの任がどれ程進んだかの、確認を取る。
「シュトラール様に頼まれた荷物というのは、これで最後だ」
「しかし、妙ですね・・・。 いつもの定期物資の他に荷物なんて・・・?」
イデアールの隊は市街地への出入りも多く、また定期物資の運搬も彼らの仕事の一つでもあった。
「ルーフェン・ヴォルフ宛の荷物もあるようだ。 シュトラール様が直々に確認をされたと聞いている。 それに・・・この物資は、日頃の彼らの活躍を労う品だと仰られていた。 シュトラール様は慈悲深いお方だ・・・きっと、朝孝殿の・・・そして彼らの大志を御理解下さる。 我々が共に歩める日も、そう遠い話ではないのかもな・・・」
イデアールは以前、シュトラールの行き過ぎた正義に疑問の念を抱いていたと話してくれた。
イデアールの隊には、そういった聖騎士や騎士が多く集まる。いや、正確には彼の元に配属されているといった方が的確だろう。
恐らくシュトラールも、朝孝やルーフェン・ヴォルフとの架け橋としてイデアールにそのような任務をさせており、志の近しい者を彼の元に集めているのだろう。
そしてシャルロットもその内の一人。
朝孝を先生と敬い、共に修行の日々を過ごしたアーテムやシャーフとまた三人であの頃の様に、正義や夢について語り合い、支え合う、そんな関係に戻りたいという思いが、彼女の中にまだ消えずに残っている。
変わってしまったシャーフに真相を聞き、彼を取り戻す為にシャルロットは、憧れであった騎士になり、そして聖騎士にまで登りつめた。
しかし、聞こえてくるのは、シャーフの恐ろしくも無慈悲な“裁き”の噂ばかりだった。
リーベの“裁き”が、悪を民衆の前に晒し、彼らの心を戒める信仰のようなものだとするならば、シャーフは一切の躊躇いも慈悲もなく、そして痛みは勿論のこと、自分が死んだ事にさえ気づかないほど、一瞬の内に行われる“裁き”だという。
二人は、“悪”の大小に関わらず、その全てを“裁き”の対象にし、またシュトラールも”裁き“はそういうものだと隊長達に話している。
それに比べ、イデアールの”裁き“は小さな”悪“、不注意により他人へ迷惑掛けてしまうようなモノについては、罰を与へ同じことを繰り返さないようにと言い渡すだけ。
その反面、大きな”悪“に対してはシャーフのように一瞬にして”裁き“を行うという、二人に比べてやや人間味のあるやり方だが、それが甘さだ、裁く者であるのなら徹底すべきだと、二人に口うるさく言われている。
しかし、シュトラールは彼のそんなところも受け入れ、それがイデアールの長所であり、我々が忘れてはならない慈悲だと言ってくれている。
「さて! 俺達は聖都へ戻るが・・・シン、君はどうする?」
その後のことを聞かれ、シンは道場に戻ることを二人に伝えると、彼らとはそこで解散することになった。
平和と秩序の国と言われている聖都も、彼らの過去があってこそ生まれ変わることができ、正しく生きようとする一つの“正義”の形を目指して、今も尚成長し続けているのだと思いながら、シンは道場への帰路へ着く。
聖都を生きる彼らと、そこを訪れる旅人達も、正義という平和への道を歩む国の行く末を思いながら日々を過ごす。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
シンは、道場へ戻ると剣術の稽古をしながら、仲良くなった生徒の子供達の面倒も見るようになる。
ミアは、聖騎士の城にあるギルドへ通い、調合リストを増やし、特殊弾薬や属性弾の研究、クエストをこなしながら、城内について教えてくれたウッツ・エルゼと仲良くなり、ショップの店員トーマスとも顔馴染みの客として商品を割引して貰えるような関係にもなった。そしてシャルロットの兵舎へ戻ると、ツクヨにWoFの世界についての知識を教える日々を送る。
ツクヨは、シャルロット等聖騎士の手伝いや、剣士ギルドに通い、ミアに教えてもらったスキルの習得・強化をしながらクエストをこなし、シャルロットへの恩返しを少しづつ進める。
アーテムは、アジトで組織の強化や、新しいメンバーへの手配など、リーダーとしての役割もしっかりしながら、たまに道場に顔を出すと、シンの稽古をつけている。
シャルロットは、イデアールの指揮の元、聖騎士としての任務をこなしながら、城内で聞くシャーフの“裁き”に耳を傾けては、心を痛めていた。
シャーフは、寡黙に自分の担当区域の巡回、そしてシュトラールの王としての仕事のサポートをしながら、彼からの頼まれごとを着々とこなす。
リーベは、いつもの様に巡回をしては“裁き”を民衆に公開しては、彼らの心を清め戒め、“悪”の発生を抑制する。
イデアールは、小さな“悪”には朝孝の正義を、大きな“悪”にはシュトラールの正義を行い、聖都城内に戻ってはシャーフやリーベにその事を咎められ、シュトラールに励まされる。二つの正義の間で揺れる日々を過ごす。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
各々がそれぞれの時間を過ごす中、シンはある夜、朝孝に対し、きっと人生を送っていく内に誰もが一度は考える、しがない事を聞いてみた。
「朝孝さんは、日本から戻った後、どうしてここで道場を始めたんですか? それが朝孝さんのやりたい事だったのですか?」
朝孝は直ぐに答える事はなく、しばらく沈黙した後に、シンへ質問を返す。
「どうして・・・そんなことを?」
大した理由はなかった。
ただ、普通ではあり得ないような壮絶な過去を経験した朝孝が、どんな夢を持ち、何になりたかったのか気になっただけだ。
「俺は・・・、この先自分がどうしたいのか、目標というか・・・やりたい事やなりたいものっていうのが、分からないんです。 俺のいたニホ・・・っ国では、夢を語るっていうのが恥ずかしいというか、歳を重ねるごとにそんなこと口に出来なくなって行くような感じがして・・・。 先を考えるのが、怖いんです・・・」
幼い頃は、夢を持ちなさい、目標を決めなさいと言われてきたが、大人にもなると夢というのは過去のものになってしまう。
あの頃はこうなりたかった、あんなことしてみたかった。
何故子供の頃、大人達が夢や目標を見させようとするのか、今になれば少し理解できる。
夢というものが、思って直ぐ叶えられるようなものではないからだろう。
それは運動であったり、勉強であったり、幼い頃から準備が必要な夢もあるからなのだ。
例外で、所謂天才と言われる者達がいるが、凡人にとって夢とは期限のあるものだと痛感する。
大人になってから急に、プロ野球選手になりたいと言っても、準備をしてこなかった者がなれるほど簡単なものではないし、周りの人も否定してくるだろう。
過去に怯え、ただ膨大な時間を無駄に消費してきた慎シンには、将来への道が見えず、ただ真っ暗な世界が広がっているだけだった。
「はははははっ」
朝孝はシンの回答に声を出して笑っていた。
「何か・・・おかしかったですか?」
シンは彼の予想外の反応に戸惑ったが、気が済んだように笑い終わった朝孝が、笑った事に対しての謝罪の言葉と共に、最初のシンの質問に答えてくれた。
「私も同じだよ、シン君。 私も未だに何がやりたいのか、何がしたいのかなんて分からないままさ。 私が道場をしているのも、これが私のやりたい事だったからじゃないんだよ」
彼の口からは意外な言葉が飛び出した。
先生と慕われているほど、誰かに求められ、教え、人を導いている彼が、未だに先が見えないというのがどういう事なのか、シンには分からなかった。
朝孝がまず話したのは、聖都ユスティーチに留まる理由だった。
彼が聖都に来た時、お世話になっていた剣士のギルド兼道場でもあった師範が、ご高齢で亡くなられたのだという。
生前、天涯孤独であった師範は、道場の権利を朝孝へ譲ると言い出したのだ。
そんなもの渡されても困ると断ったが、師範は自分がしてきた事が自分の手で終わるのが怖いと言うのだ。
道場をどうしようと構わない、売って金にしてくれても良い、ただ自分の背負ってきた荷物を下ろしてから逝きたいのだと言われ、朝孝は断れなくなってしまう。
その後師範が亡くなられて、道場を取り敢えずの拠点にしながらどうしたものかと考えていると、朝孝の元にシュトラールの噂が届く。
各地を巡り、正義とは何かを学んだシュトラールがこの国に来ると耳にし、そして彼の目指す正義を目の当たりにすると、朝孝は彼の歪んだ正義を放っておくことができなかった。
ただ言われるがまま人を殺して回る人斬りであったかつての朝孝を、正しい人生を送れるように正してくれた塚原卜伝のように、自分も彼を正したい、自分が卜伝にどれだけ近づけたのか知りたいと思うようになったのだと言う。
「結局、未だに彼を変えることは出来ていないんですがね。 恥ずかしい話ですが、私は先生には遠く及んでいなかったという事でしょう。私も先生や武蔵と別れたあの日から変わっていないのです・・・。 だから、せめて自分で動き出した“この事”だけはやり遂げないと、二人に顔向け出来ないんです」
朝孝は、過去に会った二人の大き過ぎる背中に圧倒され、ただそれを追いかけるだけで精一杯だった。
「だから私がここにいるのは、やりたい事をしているのではなく、やらなければならない事をやるためにいる、ということです。 結果として、道場で生徒を送り出し、彼らの思考に影響を与えたのかもしれません。 貴方のいた国ではどうか分かりませんが、私は夢や目標を持たず大人になった者は、何がやりたい事で、何がやりたかった事なのかは、後になってやってくるものではないのかと思っています」
先に続く道が真っ暗で見えずとも、手探りで歩いて来た道が、その人間の道であるのだと朝孝は教えてくれた。
「すみません・・・。 貴方の望む答えでは無かったかも知れませんね・・・」
シンは朝孝を見ながら、ゆっくりと首を横に振った。
「そんな事はありません。 でも、少し重荷が取れたような気がします。 変な問いかけに答えてくれて、ありがとうございます」
朝孝へ感謝を伝えると、シンは先に寝床へと向かう。
そんな彼の姿を見送り、朝孝はしばらくそこで、一人夜空を見上げていた。
そんな彼らの日々は、突然・・・
音を立てて崩れ始める。
「これで・・・終わりっと・・・」
両手で抱えていた荷物を床に置く。
腕で額の汗を拭うと、シンはイデアールに荷物運びの任がどれ程進んだかの、確認を取る。
「シュトラール様に頼まれた荷物というのは、これで最後だ」
「しかし、妙ですね・・・。 いつもの定期物資の他に荷物なんて・・・?」
イデアールの隊は市街地への出入りも多く、また定期物資の運搬も彼らの仕事の一つでもあった。
「ルーフェン・ヴォルフ宛の荷物もあるようだ。 シュトラール様が直々に確認をされたと聞いている。 それに・・・この物資は、日頃の彼らの活躍を労う品だと仰られていた。 シュトラール様は慈悲深いお方だ・・・きっと、朝孝殿の・・・そして彼らの大志を御理解下さる。 我々が共に歩める日も、そう遠い話ではないのかもな・・・」
イデアールは以前、シュトラールの行き過ぎた正義に疑問の念を抱いていたと話してくれた。
イデアールの隊には、そういった聖騎士や騎士が多く集まる。いや、正確には彼の元に配属されているといった方が的確だろう。
恐らくシュトラールも、朝孝やルーフェン・ヴォルフとの架け橋としてイデアールにそのような任務をさせており、志の近しい者を彼の元に集めているのだろう。
そしてシャルロットもその内の一人。
朝孝を先生と敬い、共に修行の日々を過ごしたアーテムやシャーフとまた三人であの頃の様に、正義や夢について語り合い、支え合う、そんな関係に戻りたいという思いが、彼女の中にまだ消えずに残っている。
変わってしまったシャーフに真相を聞き、彼を取り戻す為にシャルロットは、憧れであった騎士になり、そして聖騎士にまで登りつめた。
しかし、聞こえてくるのは、シャーフの恐ろしくも無慈悲な“裁き”の噂ばかりだった。
リーベの“裁き”が、悪を民衆の前に晒し、彼らの心を戒める信仰のようなものだとするならば、シャーフは一切の躊躇いも慈悲もなく、そして痛みは勿論のこと、自分が死んだ事にさえ気づかないほど、一瞬の内に行われる“裁き”だという。
二人は、“悪”の大小に関わらず、その全てを“裁き”の対象にし、またシュトラールも”裁き“はそういうものだと隊長達に話している。
それに比べ、イデアールの”裁き“は小さな”悪“、不注意により他人へ迷惑掛けてしまうようなモノについては、罰を与へ同じことを繰り返さないようにと言い渡すだけ。
その反面、大きな”悪“に対してはシャーフのように一瞬にして”裁き“を行うという、二人に比べてやや人間味のあるやり方だが、それが甘さだ、裁く者であるのなら徹底すべきだと、二人に口うるさく言われている。
しかし、シュトラールは彼のそんなところも受け入れ、それがイデアールの長所であり、我々が忘れてはならない慈悲だと言ってくれている。
「さて! 俺達は聖都へ戻るが・・・シン、君はどうする?」
その後のことを聞かれ、シンは道場に戻ることを二人に伝えると、彼らとはそこで解散することになった。
平和と秩序の国と言われている聖都も、彼らの過去があってこそ生まれ変わることができ、正しく生きようとする一つの“正義”の形を目指して、今も尚成長し続けているのだと思いながら、シンは道場への帰路へ着く。
聖都を生きる彼らと、そこを訪れる旅人達も、正義という平和への道を歩む国の行く末を思いながら日々を過ごす。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
シンは、道場へ戻ると剣術の稽古をしながら、仲良くなった生徒の子供達の面倒も見るようになる。
ミアは、聖騎士の城にあるギルドへ通い、調合リストを増やし、特殊弾薬や属性弾の研究、クエストをこなしながら、城内について教えてくれたウッツ・エルゼと仲良くなり、ショップの店員トーマスとも顔馴染みの客として商品を割引して貰えるような関係にもなった。そしてシャルロットの兵舎へ戻ると、ツクヨにWoFの世界についての知識を教える日々を送る。
ツクヨは、シャルロット等聖騎士の手伝いや、剣士ギルドに通い、ミアに教えてもらったスキルの習得・強化をしながらクエストをこなし、シャルロットへの恩返しを少しづつ進める。
アーテムは、アジトで組織の強化や、新しいメンバーへの手配など、リーダーとしての役割もしっかりしながら、たまに道場に顔を出すと、シンの稽古をつけている。
シャルロットは、イデアールの指揮の元、聖騎士としての任務をこなしながら、城内で聞くシャーフの“裁き”に耳を傾けては、心を痛めていた。
シャーフは、寡黙に自分の担当区域の巡回、そしてシュトラールの王としての仕事のサポートをしながら、彼からの頼まれごとを着々とこなす。
リーベは、いつもの様に巡回をしては“裁き”を民衆に公開しては、彼らの心を清め戒め、“悪”の発生を抑制する。
イデアールは、小さな“悪”には朝孝の正義を、大きな“悪”にはシュトラールの正義を行い、聖都城内に戻ってはシャーフやリーベにその事を咎められ、シュトラールに励まされる。二つの正義の間で揺れる日々を過ごす。
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各々がそれぞれの時間を過ごす中、シンはある夜、朝孝に対し、きっと人生を送っていく内に誰もが一度は考える、しがない事を聞いてみた。
「朝孝さんは、日本から戻った後、どうしてここで道場を始めたんですか? それが朝孝さんのやりたい事だったのですか?」
朝孝は直ぐに答える事はなく、しばらく沈黙した後に、シンへ質問を返す。
「どうして・・・そんなことを?」
大した理由はなかった。
ただ、普通ではあり得ないような壮絶な過去を経験した朝孝が、どんな夢を持ち、何になりたかったのか気になっただけだ。
「俺は・・・、この先自分がどうしたいのか、目標というか・・・やりたい事やなりたいものっていうのが、分からないんです。 俺のいたニホ・・・っ国では、夢を語るっていうのが恥ずかしいというか、歳を重ねるごとにそんなこと口に出来なくなって行くような感じがして・・・。 先を考えるのが、怖いんです・・・」
幼い頃は、夢を持ちなさい、目標を決めなさいと言われてきたが、大人にもなると夢というのは過去のものになってしまう。
あの頃はこうなりたかった、あんなことしてみたかった。
何故子供の頃、大人達が夢や目標を見させようとするのか、今になれば少し理解できる。
夢というものが、思って直ぐ叶えられるようなものではないからだろう。
それは運動であったり、勉強であったり、幼い頃から準備が必要な夢もあるからなのだ。
例外で、所謂天才と言われる者達がいるが、凡人にとって夢とは期限のあるものだと痛感する。
大人になってから急に、プロ野球選手になりたいと言っても、準備をしてこなかった者がなれるほど簡単なものではないし、周りの人も否定してくるだろう。
過去に怯え、ただ膨大な時間を無駄に消費してきた慎シンには、将来への道が見えず、ただ真っ暗な世界が広がっているだけだった。
「はははははっ」
朝孝はシンの回答に声を出して笑っていた。
「何か・・・おかしかったですか?」
シンは彼の予想外の反応に戸惑ったが、気が済んだように笑い終わった朝孝が、笑った事に対しての謝罪の言葉と共に、最初のシンの質問に答えてくれた。
「私も同じだよ、シン君。 私も未だに何がやりたいのか、何がしたいのかなんて分からないままさ。 私が道場をしているのも、これが私のやりたい事だったからじゃないんだよ」
彼の口からは意外な言葉が飛び出した。
先生と慕われているほど、誰かに求められ、教え、人を導いている彼が、未だに先が見えないというのがどういう事なのか、シンには分からなかった。
朝孝がまず話したのは、聖都ユスティーチに留まる理由だった。
彼が聖都に来た時、お世話になっていた剣士のギルド兼道場でもあった師範が、ご高齢で亡くなられたのだという。
生前、天涯孤独であった師範は、道場の権利を朝孝へ譲ると言い出したのだ。
そんなもの渡されても困ると断ったが、師範は自分がしてきた事が自分の手で終わるのが怖いと言うのだ。
道場をどうしようと構わない、売って金にしてくれても良い、ただ自分の背負ってきた荷物を下ろしてから逝きたいのだと言われ、朝孝は断れなくなってしまう。
その後師範が亡くなられて、道場を取り敢えずの拠点にしながらどうしたものかと考えていると、朝孝の元にシュトラールの噂が届く。
各地を巡り、正義とは何かを学んだシュトラールがこの国に来ると耳にし、そして彼の目指す正義を目の当たりにすると、朝孝は彼の歪んだ正義を放っておくことができなかった。
ただ言われるがまま人を殺して回る人斬りであったかつての朝孝を、正しい人生を送れるように正してくれた塚原卜伝のように、自分も彼を正したい、自分が卜伝にどれだけ近づけたのか知りたいと思うようになったのだと言う。
「結局、未だに彼を変えることは出来ていないんですがね。 恥ずかしい話ですが、私は先生には遠く及んでいなかったという事でしょう。私も先生や武蔵と別れたあの日から変わっていないのです・・・。 だから、せめて自分で動き出した“この事”だけはやり遂げないと、二人に顔向け出来ないんです」
朝孝は、過去に会った二人の大き過ぎる背中に圧倒され、ただそれを追いかけるだけで精一杯だった。
「だから私がここにいるのは、やりたい事をしているのではなく、やらなければならない事をやるためにいる、ということです。 結果として、道場で生徒を送り出し、彼らの思考に影響を与えたのかもしれません。 貴方のいた国ではどうか分かりませんが、私は夢や目標を持たず大人になった者は、何がやりたい事で、何がやりたかった事なのかは、後になってやってくるものではないのかと思っています」
先に続く道が真っ暗で見えずとも、手探りで歩いて来た道が、その人間の道であるのだと朝孝は教えてくれた。
「すみません・・・。 貴方の望む答えでは無かったかも知れませんね・・・」
シンは朝孝を見ながら、ゆっくりと首を横に振った。
「そんな事はありません。 でも、少し重荷が取れたような気がします。 変な問いかけに答えてくれて、ありがとうございます」
朝孝へ感謝を伝えると、シンは先に寝床へと向かう。
そんな彼の姿を見送り、朝孝はしばらくそこで、一人夜空を見上げていた。
そんな彼らの日々は、突然・・・
音を立てて崩れ始める。
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