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神代 コウ

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今の自分に出来ること

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短剣の戦闘とは、勿論のことだが要求される技術がまるで違う。

アーテムや朝孝との稽古は、謂わば近距離戦が主で、刃同士の打ち合いがよく発生していた。

しかしどうだ。 自分へと構えられた槍の矛先は、実際の間合いよりも相手が遥か遠くに感じる。

俗に言われるのが、槍を相手にした戦闘は懐に入ればこっちのものだという理屈は分かっていたのだが、いざ懐へ飛び込もうとすると、矛先は的確にシンの目線の先に向けられる。

「くっ・・・!」

まるで動きが読まれているかのような圧力感が、シンの行動の意志を萎縮させるのだ。

「どうした・・・、来ないのか?」

イデアールは不敵に笑う。
生半可な気持ちでは、このまま距離を詰める事すら出来ないだろう。

そう思ったシンは、グッと足に力を込め、意を決し飛び込む。

矛先は、そのまま徐々に大きくなっていくように見えた。

紙一重のところで首を曲げてこれを避けると、矛先はシンを通りすぎ、イデアールの懐に隙ができると、これを見逃すまいと距離を詰める。

しかし、シンを迎えたのはチャンスではなく、首筋に走る強烈な痛みだった。

意識が飛びそうになりよろめいていると、ぼんやりとした視界に映ったのは、槍をしなる程勢い良く振るうイデアールの姿だった。

背筋に走る悪寒が、咄嗟にシンの身体を腰から折り曲げさせ、辛うじてその一撃を避ける。

目を見開き、尋常ではない冷や汗をかきながら固まるシンの首へ、イデアールの槍の矛先がそっと添えられる。

「これが剣と槍の違いだよ。 ただ懐に飛び込むだけでは、その差は埋められない。槍の使い手が熟練者であればあるほど、その差は大きくなる」

槍の一撃目であった突きを避けたところから、一体何があったのか、当の本人であるシンには全く分からなかったが、距離をおいて見ていたアーテムや朝孝には、シンが何をされたのか全て見えていた。

イデアールの槍は、前に突き出た後避けられると、直ぐ様引き戻されると、槍の柄を使った打撃により、シンに眩暈を起こさせていた。

その後、打撃を打ち込んだのとは反対側へと槍を回転させながら持ち替え、柄による渾身の一撃を振り抜いていたのだ。

「もう一度・・・、お願いしたいッ!」

シンは、アーテムや朝孝との稽古の成果を何一つ出せずに、捩じ伏せられたのが情けなく、そして悔しかった。

二人が自分へ割いてくれた時間と労力が無駄であったなど、思いたくなかったシンは、何としてもイデアールに一泡吹かせるまで、後に引けない。

「勿論だともッ! さぁ次だ」

痛みを無理矢理押さえ込みながら立ち上がると、次にシンは一本の短剣で挑むことにした。

初めの時と、武器の構えと表情が変わったシンに、イデアールは先程までよりも気を引き締めて迎え撃つ。

再度、勢い良く地を蹴り、距離を詰めるシン。

イデアールも同じく一撃目は突きから入る。

しかし、1戦目と違うのはここからだった。

シンは突き出された矛先を避けると、今度は槍を引き戻されないように、空いた手で槍の柄を掴んだ。

そして逆に槍を自分の方へと引きながら、イデアールの懐へと飛び込む。

イデアールは両手で持っていた槍から、片手を離し、距離を詰めてくるシンを迎え撃つ。

シンが振るう一撃を、イデアールが槍から離した手で受け止めると、今度はイデアールがシンへと蹴りを入れる。

シンもこれを片膝で受けとめると、お互いに力を込め初め、弾け飛ぶように二人は後方へと飛び退く。

「アンタ・・・、わざと最初の一撃目をさっきと同じ一撃目にしたな・・・?」

何故、初撃を一戦目二戦目で同じにしてきたのか、それはシンに避けるとは別の選択肢でどうなるかを体験して欲しかったからだった。

「槍相手との戦い方について、何か掴めたかな? これは槍の弱点とも言えるだろうな。 どの武器でもそうだが、武器自体が拘束されてしまえば、後は己自身で戦うしかない。 槍は柄が長い分、それが起こりやすい」

これは武器種による利点と欠点の話だ。

槍は近接武器の中でも、様々な戦い方ができるとても器用な武器だ。

代表的なものでいうと、ハルバートが有名だろう。

槍の矛先に斧頭、反対側に突起が付いていることから、斧部分による斬撃や突起の鉤爪で引っかけたり、突起で叩く打撃と、攻撃の種類が豊富。

イデアールが見せた、懐に入られた時に長柄を使って叩いたり捕らえることもできる上に、投擲に使われる槍なども存在する為、近距離や中距離だけでなく、長距離までこなせる正に万能な武器。

その反面、武器自体が長く、小回りが利かないのと、相手に受け止められ易く、取り上げられたらひとたまりも無い。

それとは反対に、短剣は普通に使えば、間合いこそ狭いものの、非常に小回りが利き、攻撃の合間に持ち方を変えたりもできる程だ。

武器自体の単価も物によるが、比較的易く投擲にも優れている為、遠距離での戦いもこなせる。

アーテムがやっていた戦い方が正に短剣の利点を活かしていて、複数の短剣を自分の周りに放り投げ、あらゆる角度からの攻撃と凄まじい手数、そしてそれを可能にしているのが、本人の身体能力。

詰まる所、自身のステータスによって武器種や戦術を変えることも大切だということだ。

ゲームでいうのであれば、ひたすら攻撃力にポイントを振り分けた者が短剣を使っても、短剣の利点を最大限活かしきれない。

素早さや敏捷性に振り分けてきた者が、斧やハンマーを手にしても上手く扱うことができない。


シンは槍を相手に戦う時、まだ全てを避け切れる程の、イデアールを上回る素早さや敏捷性がなかったため、受け止めることで活路を開いたということだった。

「わざわざ自分の弱点を晒してまで、俺に諭してくれたのか・・・?」

シンの言葉にイデアールは豪快に笑う。

「はははははッ! 自分の弱点は自分がよく分かっているよ。 そしてそれをそのままにしておく程、俺は未熟ではない」

今回のシンとの稽古はイデアールにとって、全力を出すものではなかった。

そしてお互いにだが、スキルを使わなかったのだから、単純な身体能力や熟練度の差で、シンに力を示して見せたのだった。
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