World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
39 / 1,646

失敗を糧に

しおりを挟む
あれから何度もシンは、アーテムに挑んだが、一撃も入れることはできなかった。

最初の打ち合いの時は、短剣が一本だけだったが、何度も挑むにつれアーテムの周りを舞う短剣は数を増していき、とても捌き切れるものではなかった。

「くそッ! どうしたら一撃入れることが出来る!?」

アーテムに剣術の形と呼ばれるようなものはなく、動きはいつも普遍的であり、流れるような攻撃が、手からこぼれ落ちる水のように捕らえきれない。

「アーテムの動きが読めないですか? 彼の動きには隙がない・・・と?」

朝孝はシンに問いを投げかける。
しかし、シンは疲労や焦りからか、全くその問いのいみが分からず、混乱してしまい更に打ちのめされる。

「ダメだ・・・! 回避のスキルでも使っているかのように、まるで攻撃が当たらない・・・。 隙など・・・ない・・・」

稽古の前までは、ここで剣術のスキルを身につけ成長出来き、力をものにできるものだと安易に考えていたが、ここまで力の差があると、果たして身につくものなどあるのだろうか。ただ、自信を失い、諦めの心が芽生え始めるだけではないのか。

「稽古や修行において失敗とは最も大事なことです。実戦での失敗は死に繋がり、“次”はありませんが、これには“次”があります、死ぬことはありません。だから恐れず、彼の攻撃を“受けて”下さい」

あまりの体たらくに、見兼ねた朝孝が自分へとアドバイスをしているよう感じたシン。情けなく、悔しさが滲み出る。

「・・・ん? “受ける”・・・って、言ったのか? 攻撃を“受ける”だって?」

シンは小声で独り言のように、朝孝のアドバイスを確認した。

それまでのシンは、アーテムの攻撃を全て避けるつもりで戦っており、結局避けきれない一撃を貰うまで、ただ何度も何度も・・・。

シンの目つきが変わる。
朝孝の言っていた、アーテムの攻撃を敢えて“受ける”という覚悟が決まった。

「少しはやる気になったか?」

アーテムは息一つ乱していない。
彼には、朝孝がいくらシンへアドバイスしようと、負けない自信があるのだろう。そして、彼にはそれを実現させるだけの実力が確実にある。

「言ってろッ!」

シンは今まで通りアーテムの一撃目を避ける。そして二撃目を避けた後、それに繋がる三撃目を敢えて受ける。

当然、攻撃が来る恐怖や痛みはある。だが、分かっているからこそ身構える事もできる。

朝孝の言っていた“失敗”というものを、意図的に作り出し、何かを得ようとする。

アーテムの攻撃を初撃だけ避け、後はバラバラのタイミングで攻撃を受けることを繰り返し繰り返し行っていく。

「どうしたッ!? もう避けれるものも避けれなくなってきたかよ?」

アーテムは挑発してくるが、シンは一切耳を傾けず集中していた。そして痛い目にあった甲斐あり、見えてきたものがあった。

「・・・あぁ、そういうことかよ・・・」

シンがアーテムの攻撃を受け続け学んだこと。
その秘密は、アーテムの攻撃を受けた後あった。攻撃が当たると、次のアーテムの攻撃は比較的避けやすい大振りの攻撃が来る。

何故アーテムの攻撃を受けると、そこからなし崩しに彼の連撃を受けてしまうのか。単純にシンが、アーテムの域に届いていないこともあるが、アーテムの攻撃は敵の行動をある程度制限し、行動の選択肢を絞っていることが分かった。

「要するに、わざと避けさせているって訳か・・・」

何かを掴むシンの表情を見ると、朝孝は安心したように微笑む。

アーテムの大振りは、その攻撃を相手が受けるか避けるかで、その後の連撃を分岐させながら相手の行動を制限し、隙を作っている。

「盗ませて貰うよ・・・、アンタから戦闘技術をッ!」

「おう! 盗めるもんならぬすんでみろッ! 叩きのめされて自信を失うのとどっちが早いか・・・楽しみだぜ!」

シンは再度、同じようにアーテムへと挑む。
初撃を避け、繰り出される連撃の中から、然程力が入っていない攻撃を選び、わざと攻撃を受けるためにアーテムに突っ込んでいく。

シンの今までと違う行動に、驚くアーテムだったが彼の行動パターンは変わらなかった。

攻撃を受けながらも前進し、アーテムの懐に入る。
シンの攻撃をアーテムが弾き、シンは弾かれた勢いを利用し回し蹴りを入れる。

アーテムは咄嗟にガードするが、大きく両腕を上に弾かれる。

シンは前を振り向く勢いのまま、身体を捻り、短剣をアーテム目掛けて撃ち放つ。

これは避けきれないとシンは確信した。

しかし、アーテムの体制は、シンが回し蹴りを入れる為に後ろを向いた時と微妙に変わっていた。

そして決定的だったのは、シンが撃ち放った短剣の軌道上に、上空から舞い落ちたアーテムの短剣が入り込み、命中する筈だった一撃は軌道を変え、アーテムの横を通り過ぎていく。

シンの回し蹴りが入る少し前に、アーテムは下に落ちた短剣を器用に足で蹴り上げていたのだった。その動作により体制が微妙に変わっていたということだ。

「惜しかったな・・・、だが驚いたぜ」

「くそッ!」

初めて彼に届きそうな攻撃を放ったシンの姿に、朝孝は昔のアーテムやその仲間たちとの光景を思い出していた。

「懐かしいですね・・・。 昔もこうして良く模擬戦で勝ち星を競っていたもの・・・でしたね・・・」

朝孝は、遠くを見るような虚ろな目をして微笑んだ。
そして先生のその言葉に、アーテムの動きも止まる。

「もう、みんなが揃うことは・・・」

朝孝が何か話そうとしたが、アーテムがそれを遮った。

「アイツはッ! ・・・アイツはシュトラールに会って変わっちまった・・」

誰の話だろう。
アーテムが道場に通っていた時の仲間達の話だろうか。

「今日はもういいだろ・・・。 シン・・・明日に備えて、休んでおけよ」

声のトーンが落ちたアーテムは、手に持った短剣を放り投げると、道場を後にした。その後ろ姿は、群から逸れた狼の様に寂しげな姿をしていた。

「昔・・・と、いうのは?」

無粋なことだったのかもしれない。
だが、シンは気になって朝孝に尋ねた。

「アーテムには、同じ時期に道場に入った同期の仲間がいてね。 三人は騎士を目指して切磋琢磨していたよ・・・。 今はそれぞれ違う道を歩んでいるけどね」

「それって・・・」

シンが続けようとしたが、朝孝は立ち上がり部屋の奥へと歩き始めてしまう。

「いずれアーテムの口から直接聞くことになるでしょう・・・。 さぁ、貴方も稽古で疲れたでしょう? 初日でアーテムを驚かせたのは凄いことです。 今日はご馳走にしましょうか」

彼の言葉は変わらずを装っていたが、シンの方を振り向くこともなく、淡々と夕食の支度へと向かっていった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした

水の入ったペットボトル
SF
 これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。 ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。 βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?  そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。  この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ダンマス(異端者)

AN@RCHY
ファンタジー
 幼女女神に召喚で呼び出されたシュウ。  元の世界に戻れないことを知って自由気ままに過ごすことを決めた。  人の作ったレールなんかのってやらねえぞ!  地球での痕跡をすべて消されて、幼女女神に召喚された風間修。そこで突然、ダンジョンマスターになって他のダンジョンマスターたちと競えと言われた。  戻りたくても戻る事の出来ない現実を受け入れ、異世界へ旅立つ。  始めこそ異世界だとワクワクしていたが、すぐに碇石からズレおかしなことを始めた。  小説になろうで『AN@CHY』名義で投稿している、同タイトルをアルファポリスにも投稿させていただきます。  向こうの小説を多少修正して投稿しています。  修正をかけながらなので更新ペースは不明です。

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...