World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
上 下
26 / 1,646

現実世界に向けて

しおりを挟む
シンとミアを乗せた馬車は、パルディアの街へと向かう。

新しい地への旅立ちの前に、お世話になった人へ挨拶をしてからにしたいという、ミアの意向である。

道中、シンはある何気なく、しかし二人にとって重要な問いをミアへ投げかけた。

「ミアは、その・・・現実世界へは戻ら・・・」

シンが言葉を言い終わる前に、ミアはそれを遮るように食い気味に答えた。

「戻らない」

返事だけすると、ミアは多くは語らなかった。ミアの反応に少し面食らった様子のシンだったが、彼もまたミアにそれ以上のことを聞くことはなかった。

人には話したくない事の一つや二つあるものだろう。それはシンにとっても同じことだったので、この場でミアが語らないということは、きっとそういう事なのだろうと考えていた。

「シンは・・・、君は・・・現実の方が良いか?」

ミアからの質問に、シンは少し嬉しくなった。彼女からシン自身について、何か聞いてくることがなかった為、サラの一件以来、ミアとの距離が縮まったように感じた。

「どうだろう・・・。 今現実世界がどうなっているのかは気になるけど・・・、向こうで生活するより、こっちで生きていく方が本当の自分でいられる・・・気がするかな・・・」

シンは深く考えることはなく、今の率直な思いを彼女に伝えた。

何せ、あの日以来シンは現実の世界へ戻っていない。それは心のどこかで、今起きていることがゲームの中の出来事であると思っているからなのか、WoFを普段遊んでいる感覚で時間が過ぎているものだとシンは思っている。

誰にそんなことを言われたわけではないが、身体に染み付いている習慣のような感覚だろう。時間の感覚は、現実と仮想世界でどう違っているのか、ゲームと同じままなのか。それなら何故、ゲームの中であるはずなのに痛覚があるのか。

考え始めたら疑問は尽きない。

「そうか・・・」

ミアの声色に少し変化があったのが、シンにはわかった。質問をした時のミアの声色は、どこか不安そうな声をしていたが、今の返事では穏やかさというか、ホッとした様子がわかる。

きっと彼女も不安なのだろう。
今まで同じところを行き来していたミアが、その壁を乗り越え、新たな旅に出ようというのだ。同じ境遇の者であるシンがいるのといないのでは違うのだろう。

その後、無言のままの二人を乗せた馬車は、パルディアの街へと辿り着く。

ミアは当初の予定通り、お世話になった人への挨拶回りを済ませるため、シンはミアの用事が済むまで、暫くパルディアの街に滞在することにした。

「シン、君に一つだけ言っておきたいことがある」

別れ間際、ミアはシンを呼び止めた。何となくだが、シンは何について言われるのか想像がついていた。

「君が現実の世界に戻りそうだから、伝えておきたいことがある」

シンの想像は的中した。ミアは、シンがバグによりWoFの仮想世界に入り込む前から、先に入っていた経験者であり、現実世界で出会った時には既に、どのくらいかは分からないがある程度の知識を持っているようだった。

危ない時は、WoFへログインするように促したことや、シンの自宅で彼を助けるために仮想世界へ転移させたのも彼女であるとシンは考えていた。

と、いうことは彼女も何度か現実世界に戻り、モンスターに襲われた経験があるということだろう。そして何らかの方法でその対処方法を身につけていたからこそ、迷わずシンを助けることができた。

何より、初めてミアに会った道路の時と、シンの自宅で彼を助けたミアが、全く違う格好をしていたことが気にかかっていた。道路での彼女は全くの初対面だったが、自宅でのミアは、今シンの目の前にいるミアだったのだ。

つまり、ミアのキャラクターが現実世界でシンを助けたということ。

道路であった彼女が別人である可能性を除けば、ミアはWoFのキャラクターを現実世界に呼び出す方法を知っているのではないかと、シンは思った。

「一番重要なのは、現実世界で戦おうとは思わないことだ。 周知の事実だろうが、こちらの世界と同じ感覚でダメージを受けると、どんなモンスターであれ、あっという間に死ぬことになる。つまり、お互いの攻撃の重さが現実を帯びる。その点、君のアサシンとしてのスキルは場合によってはかなり有効的な手段になる。だがそれでも、現実世界で戦闘を行うのは危険だ・・・」

「ミア、そもそも俺は現実世界で戦う術も知らないし、どんな状況になっているのかさえ分かってない・・・。 だから、何かあれば直ぐに戻るよ」

ミアが言っていることは理解できる。だがそれは普通に考えれば大抵は分かることだった。それを始めに話したということは、シンの身を案じてのことだろう。

「戻ってくるには、WoFにログインすれば良いんだった・・・よな?」

シンは初めて彼女に言われた時のことを思い出した。そしてログインすることで、自宅からこちらの世界へ転移してきた。

「そうだ。 だが、最初にこっちに来た時、いつものログインの時とは違った筈だ」

シンは一瞬、何のことか思い返してみた。そして思い当たることがある。

通常時のゲームのログインと違い、入って直ぐに見知らぬエリアでの戦闘になったこと。それに付け加えるのであれば、自身のキャラクターが、クラスをそのままにレベルが初期状態に戻っていたことだ。

「そういえば入って直ぐ戦闘になった・・・。現実世界でモンスターに襲われている状態でログインしたからか?」

「簡単に言うとそんなところだ。 現実世界でモンスターに襲われ時ログインすると、そのモンスターとの強制戦闘に入る。しかもゲームの時とは違い、“今”のキャラクターのレベルで戦うことになる。あの時は雑魚だったから良かったが、もし上位のモンスターに遭遇していれば、私達の命はなかっただろう。 そして、その戦闘を終わらせない限りこっちには戻ってこれない」

ゲームの言葉で表すのなら、シンボルエンカウントということになるだろうか。モンスターとシームレスに戦うのとは違い、ログインすることでエンカウント扱いになり、特定の戦闘エリアで戦うことになるということだろう。

「ミア・・・、一つ聞きたいことがある。 君は俺に二度・・・会わなかったか? そして片方の君はWoFのゲームキャラの格好をしていた?」

彼女は少し驚いた表情を見せた。シンがそんなことにまで気づいていたのかと感心していた。

「その通りだ。 君を自宅で助けたのは私自身ではなく、私のキャラクターだ。現実世界でログインする時、ゲームを遊んでいた時にはない項目が表示されている。それがキャラクターの呼び出しというものだ。それを選択すると現実世界にキャラクターを呼び出して活動することができる」

彼女が現実世界で見せた、現実離れした行動の原理が漸く理解できた。

「キャラクターの操作はどうなるんだ? ゲームの時は自分の動きや意思によって操作していたが・・・。 生身の身体がある状態でもう一つの身体を操作するのか?」

ゲームをプレイする際は、VRのヘッドセットを装着し、映像に合わせからだを動かしたり意識を集中させることでキャラクターを操作していたが、繋がれていない状態でどうやって自分のキャラクターを動かすのか。

例えば、自分自身と自分にそっくりなAIが存在し、自我や意識のないAIをどうやって動かせばいいのだろうということ。

「詳しい原理については私にも分からないが、動かし方はゲームの時と同じだ。やってみれば分かるが、目を閉じて意識をキャラクターに集中させることで、こっちの世界と同じように身体が動かせるようになる」

「そんな簡単な方法で・・・?」

キャラクターを呼び出し、動かすこと自体は簡単だが、ミアはそのことについてのデメリットが大きいということをシンに話した。

「キャラクターを動かすのは簡単だ。でもデメリットの方が大きいと私は思う。意識を集中している間、生身の自分は抜け殻のように無防備になる。それに本体とキャラクターが離れれば離れるほど、精密な操作ができなくなっていって、しまいには動かなくなったり勝手に動き出してしまう、謂わば暴走状態に陥る。本体である生身の自分が殺されれば勿論死ぬことになる上に、意識をリンクさせているキャラクターが死ねば、それは本人の死に直結する。つまり、キャラクターを呼ぶということは、身体が二つになり、片方は完全な無防備状態になり、どちらか片方が死ねば両方死ぬということになる」

ミアの話から、キャラクターを呼び出すということは、みすみす弱点を増やし無防備状態で放置されるということになるということが分かった。

「だから・・・、危険が迫ったらログインするんだ。 その方がまだ可能性がある。 いいか?ログインだぞ」

「分かった。肝に命じておくよ」

ミアが現実世界での対処法をシンへ教えてくれたことで、もし何か起きても戻って来られるようになった。

ミアは自分でそれを発見したのだろうか、そんな疑問はあるが、今のシンには気にするほどのことでもなかった。

「それと・・・、現実の時間とこっちの時間は経過する速度が違う。 あまり現実に長く居られると、こっちは待ちぼうけを食らうからな・・・。 どのくらいで用事を済ませようと思ってるんだ?」

時間の経過について、どれ程の差があるのかシンには分からないが、彼自身現実がどうなってるか興味がある程度なので長居するつもりもなかった。

「ちょっと様子を見たら、直ぐに戻るつもりだよ。そんなに時間は掛からないと思う」

それを聞いて安心すると、ミアは戻った際の待ち合わせ場所を提示してきた。

そして二人は、一旦別行動をとることになる。主にミアの用事が済むまでの間だが、シンも自身の身に起きたことについて少しずつ知ろうと動き始めるのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

処理中です...