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第二十六節 謁見の間に流れた涙
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夜空一面に、七色の星々が光輝く刻――。
純白の双翼を広げ、天馬が舞い降りる。
その背には、厄災を振り払いし英雄が――。
導きの光を放つ塔を目指す。
王女は祈り、塔の上で英雄を待つ。
出会いし二人は愛の言葉を交わした。
王女は、英雄に聖なる剣を手渡し――。
英雄は、王女の胸に星屑の首飾りを掛ける。
そして二人は天馬に跨がり、遙か楽園を目指す。
朝礼後、俺とユリル、ミネルバは、リビングでアヒルの話を聞いていた。
「おとぎ話よ……それになぞらえて、今回の結婚式は執り行われるわ」
「すてき……」
ユリルは頬を押さえ、うっとりしている。
「ふぁ……」
俺の口から、思わずあくびが漏れる。
おっさんには、乙女のロマンは理解できない。
今夜、メグとヴァイスハイトの婚礼の儀が執り行われる。
フォレスティアで行われるのは今夜の儀式と明日のパレード――。
その後3日間の移動日をはさみ、次にヘルシャフトブルク側で儀式とパレードが行われる。
フォレスティアに古くから伝わる、おとぎ話になぞらえた内容となるらしい。
「おーい、到着されたぞーっ」
外で兵士が叫んでいる。
表に出ると、城の正門に数十台の馬車が列を作っていた。
「ヘルシャフトブルクの一行が到着したみたいね」
アヒルは、俺たちに顔を向ける。
「私たちが過去にきた意味を思いだして欲しいの」
「荒廃した世界を救うため」
ユリルは言う。
「あんな世界にしたくないな……」
ミネルバは、遠くを見つめた。
「今日が……重要な1日となるわ」
俺たちは50年前に時を遡った――。
この日に、いったいなにが起きたというのだろうか?
アヒルは、これから起きることを知っている――。
しかし、それを口に出して言おうとしない。
「私たちに課せられたこと……それは二つ――」
俺たちは、黙ってアヒルの言葉を聞いた。
「一つはメグと国王の命を守ること……そしてもう一つは、立ち入り禁止区域に人を入れさせないことよ」
メグと国王の命が危険にさらされる!?
それと、やはり立ち入り禁止区域になにかあるのか?
ローズとリリィは、すでに城内の警備についていた。
俺とユリル、ミネルバは、城内の巡回という役割だった。
儀式は、日の入りと同時に執り行われた。
城の周りは、人で溢れかえっている。
「まるで花火大会のような人だかりだな……」
「花火大会?」
ユリルは不思議そうな顔をする。
「打上爆裂星の魔法ね……」
アヒルは言った。
「魔法で花火を打ち上げるのか?」
「そうよ……明日のパレードでも打ち上げられるわ」
「面白そうだな、今度教えてくれよ」
「技術力が必要な魔法だから、選任の魔導師じゃないと難しいのよ」
アヒルは、そう言って眉をひそめる。
「初心者が爆発して、大やけどをしていた記憶があるわ……」
「そうか……じゃ、いいや」
いのちだいじに――が俺のモットーだ。
線香花火みたいな魔法があればいいんだけどな。
俺たちは、儀式の開始を城の見張り台の上で待っていた。
やがて、城の四隅にある塔がライトアップされる。
民衆は固唾をのんで見守っていた。
塔の屋上に、真っ白なドレスを着たメグが姿を現す。
おぉぉぉぉぉぉっ――。
民衆は、一斉に歓喜をあげた。
それと同時に、王宮楽団の演奏が始まった。
ストリングスの緩やかな音色が、幻想的な空間を醸し出す。
塔の上に立つメグの姿は美しかった。
ドレスと長い髪が風になびいている。
メグは遙か遠くを見つめ、胸の前で手を合わせ祈る。
次に対面の塔がライトアップされる。
そこに、ヴァイスハイトが登場した。
キャーッ――。
女性たちの、悲鳴ともいえる歓声がこだまする。
二人は塔を降り、二つの塔を繋ぐ通路の上を歩き始めた。
通路の中央で二人は出会う。
メグは、ヴァイスハイトに光輝くクリスタルの剣を渡し――。
ヴァイスハイトは、メグに様々な宝石が彩られた首飾りを付ける。
そして、二人は抱きしめ合った。
「すてき……」
ユリルは、うっとりしている。
「ロマンチックだな」
ミネルバも同じように、目を輝かせる。
ふたりは見とれているが、本当に愛し合っているならともかく、愛の欠片も無いただの演技だと思うと興醒めする。
アヒルは、険しい表情で見ていた。
ヴァイスハイトが、胸の前でメグを抱きかかえる。
おぉぉぉっ――。
民衆から歓声があがる。
「キャーッ」
ユリルは顔を手で覆った。
そして、そのまま二人は城の中へと消えて行った。
「なるべく国王とメグの近くに行きましょう!」
アヒルはそう言った。
俺たちは、すぐに城の中に入る。
「謁見の間を目指しましょう」
細い通路を進んだ。
「待って!」
アヒルが俺たちを制する。
「なにか……いやな気分……」
ユリルは、震えている。
不安感ともいえる嫌な感覚が、前方から立ち込める。
通路には幾つもの魔法陣が描かれていた。
それが、紫色に光る。
グブグブ――。
魔法陣の中から、床を掴むように手が伸びる。
「ひぃっ」
ユリルは悲鳴をあげた。
魔法陣から何かが這い上がって出てきた。
肉は剥がれ、内臓は落ち、骨だけになった者たちだ。
アンデッド――。
そのむごたらしさは、直視できない。
ユリルは、目を伏せた。
腐敗臭が辺りに充満する。
吐き気がしてくる――。
「何で城の中に!?」
俺はアヒルに問い掛けた。
「ネクロマンサーよ……彼らは魔法陣で冥界から直接召喚できるわ」
「くるぞ!」
ミネルバが叫ぶ。
10体ほどのアンデッドの群れが、いっせいに襲い掛かってきた。
俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした。
「へん――、しん――」
俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。
魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。
着ていた服は消え裸になる。
アンデッドは、無いはずの目で俺を見ていた。
恥ずかしい……。
そして、煙に包まれた。
ぼわん――。
今回は、何のモンスターに変身したのだろうか?
まるで、鎧のようなこの体――。
頭には、すらりと伸びた大きな角――。
即ちこれは、カブトムシ――。
俺は腰を落とし、片手片膝を地面に付ける。
そして、中腰の姿勢のまま、モンスターに突っ込んだ。
「カブトムシフットボールタックル!」
ベチャッ――。
アンデッドの体は、バラバラになって吹っ飛んだ。
うぇぇ……気持ちわる……。
ミネルバも、剣で応戦する。
シュンシュンシュンシュン――。
アンデッドは穴だらけになり、その場に崩れ落ちた。
おぇーっ――。
ユリルは、隅っこで吐いていた。
再び床の魔法陣が光輝く。
「ネクロマンサーをやらないと、きりがないわ!」
アヒルが叫んだ。
俺は腰に手を当てて、再びマジカルステッキを天高く付きだした。
今度はダンゴムシに変身する。
「よし、突っ込むぞ!」
ゴロゴロゴロゴロ――。
俺は体を丸め、通路を転がって行った。
グチャッ、ベチャッ――。
アンデッドは押しつぶされて、肉片と化す。
通路の最後方にフードを被った男がいた。
転がる俺に気づき、逃げようと背を向ける。
しかし、俺は速度を緩めず、そのまま押し潰した。
「ぐはぁっ」
俺は止まり、後ろを振り返る。
フードの男は、俯せに倒れて動かない。
魔法陣の光は消えていた。
アンデッドは、ただの死体と化している。
通路には肉片が散らばり、ひどい状態となっていた。
アヒルを抱えたミネルバとユリルは、肉片を踏まないようにしながらやってきた。
ピーッ、ピーッ――。
甲高い笛の音が鳴る。
「急ぎましょう!」
アヒルは叫んだ。
俺たちは階段を駆け上がり、謁見の間を目指す。
兵士たちの叫び声が聞こえてくる。
まずい……まずいぞ……。
急がないと――。
謁見の間の扉は開け放たれていた。
俺が最初に目にしたのは、玉座に横たわる国王の姿だった。
玉座は血で真っ赤に染まっている。
そんな――。
その横に膝を突き、メグが涙を流している。
国王だけではない――。
幾人もの兵士が、床一面を覆うように倒れていた。
そして、その中央で剣を持ち佇む者がいる。
ヴァイスハイト――。
「お前、はなからこれが狙いだったのか?」
俺は、ヴァイスハイトに向かって叫んだ。
「貴様は……あの時の……」
ヴァイスハイトは、俺を睨み付ける。
恐ろしい目つきだった。
まるで獣……いや、この世のものではないような、そんな目つきだ。
「この間のような、遊びでは済まされんぞ……」
ヴァイスハイトがそう言った直後――。
一瞬だった――。
奴の持つ剣がぴくりと動いたかと思うと、次の瞬間にはヴァイスハイトが俺の目前まできていた。
しまった――瞬間地点移動か!?
奴の剣が、水平に弧を描くように俺に襲い掛かる。
避けきれない!
「カツヤーッ」
アヒルが叫ぶ。
ガキン――。
剣は、俺の体の目前で停止する。
俺の前に魔法陣が描かれ、まるで盾のように、そこで剣は止まっていた。
「魔法障壁か――」
ヴァイスハイトはそう言って、後方に飛び退いた。
「なんてこと……」
「そんな……」
後ろで声がする――。
振り返ると、ローズとリリィが謁見の間の入り口にいた。
ローズは、玉座の側で座り込むメグに目を向けた。
「メグは、無事のようね……」
ヴァイスハイトは口を開いた。
「所詮三下では、足止めにもならないか……」
「あなた……こんなことをして、ただで済むとは思っていないでしょうね?」
ローズはそう言って、一歩一歩ヴァイスハイトに近づいて行く。
俺の背筋が凍り付く――。
殺気なんてものではない!
空間すら凍り付かせるかのような冷たい恐怖を、ローズから感じた。
ヘビに睨まれたカエルのごとく、俺は身動きすらできなかった。
ローズの右手を、紫色の光の渦が包み込む。
ローズが手をかざすと、紫色の光は巨大なモンスターのツメのような形をつくり、ヴァイスハイトに襲い掛かる。
ガキン――。
ヴァイスハイトは、それを剣で受け止めた。
奴の剣も、怪しく紫色に光っている。
「あの剣、魔法をエンチャントしているわね」
リリィが言った。
ヴァイスハイトは、後ろに飛び退き、ローズから距離をとる。
そして、剣を地面に突き刺した。
すると、奴を中心にまるで津波のような衝撃波が襲ってきた。
ドーン――。
「うわぁっ」
俺は、後方に吹っ飛んだ。
このままでは、壁に激突する――。
俺は頭を抱え込んだ。
しかし、激突する直前で、飛ばされた勢いは無くなった。
体が軽い……宙に浮いている――。
そして、ゆっくりと地面に降りた。
「怪我はない?」
リリィが魔法を唱えていたのだ。
ユリルも、アヒルを抱えたミネルバもゆっくりと地面に着地している。
ローズを見ると、彼女は元いた場所から動いていない。
手をかざしているところを見ると、魔法で威力を打ち消したのだろう。
「これほどまでの魔導師がいるとは……」
ヴァイスハイトとローズは、にらみ合う。
「冥府ノ束縛」
ヴァイスハイトは、そう言葉にした。
あの魔法は――!?
「そんな魔法……私には効くとでも?」
ローズがそう言うと、ヴァイスハイトは鼻で笑う。
謁見の間全体を覆うように、足元に真っ黒なすすが発生する。
そして巨大な手のような煙が立ち上がった。
その手は人の大きさほどあった。
俺が使った魔法よりも、遙かに威力が大きい――。
その手は、俺の体全体を握りしめる。
「ぐわっ――」
ギシッギシッ――。
体がきしむ。
骨が……砕けそうだ。
俺を掴んでいる巨大な手は、俺を地面の中に引きずり込む。
だめだ……からだが言うことを聞かない……。
見ると、ユリルとミネルバも、巨大な手に拘束されていた。
リリィは、床に手をかざし呪文を詠唱している。
「……ごめん……ローズ……私の力だけでは抑えきれない……」
俺は、既に足首まで真っ黒なすすの中に引きずり込まれていた。
くそっ、まったく身動きできない――。
それどころか、声も出せない。
俺たちを見たローズは床に手をかざし、詠唱を始める。
「時間稼ぎができればそれでいい……本題は貴様らと戦うことではないからな……」
ヴァイスハイトは歩き出した。
そして、メグの前で立ち止まる。
メグの手首を掴み、立ち上がらせる。
「メグに何をするつもり?」
ローズは叫んだ。
「おおっと、いいのか? 詠唱を中断して?」
ズン――。
俺は、さらに腰の辺りまで引きずり込まれた。
このすすの中に飲まれたらどうなるのだろう――。
考えたくも無いが……おそらく、命はないだろう。
ヴァイスハイトは、メグを引っ張り歩きはじめた。
こんな時に、何もできないなんて……。
謁見の間を出ようとするヴァイスハイトの背後に、一人の兵士が駆け寄った。
大柄な男は剣を持ち、ヴァイスハイトに向かって突き刺した。
剣はマントを突き破る。
ヴァイスハイトは剣を鞘にしまい、利き腕でメグを掴んでいた。
兵士の不意打ちは、見事に意表をつく形だった。
ガキン――。
しかし、剣は鎧に阻まれる。
ヴァイスハイトはメグを放し、剣を抜く。
ズバッ――。
一降りで、兵士の体から鮮血がほとばしる。
「ベアーッ!」
メグは叫んだ。
その兵士は片膝を突いた。
しかし、剣は離してはいなかった。
再び、ヴァイスハイト目がけて突き刺した。
「せめて、一太刀でも……」
ガキン――。
ズシャッ――。
兵士の剣はまたもや鎧に阻まれた。
そして、ヴァイスハイトの持つ剣が、兵士の体を突き刺していた。
「ぐはっ――」
兵士は口から血を吐き出した。
しかし、それでもまだ動こうとする。
鍛え抜かれた太い両腕で、ヴァイスハイトの腕を掴んだ。
「こいつ……」
「お逃げ下さい……マーガレット様……」
これほどの執念を持つ兵士が、ほかにいるだろうか?
主君にこれほどの忠誠心を持つ兵士が、ほかにいるだろうか?
ヴァイスハイトは、足の裏で兵士の顔面を蹴りつける。
しかし、掴んだ手を放そうとはしない。
ヴァイスハイトは、何度も蹴り続けた。
ガン、ガン――。
鈍い音がする。
兵士の顔は真っ赤に腫れ上がっていた。
それでも、手を放す気配は無い。
「もうやめて……もうやめてください!」
メグのその言葉は、ヴァイスハイトに向けられたものだろうか?
それとも、兵士に向けられたものだろうか?
彼女の瞳から、涙があふれ出る。
ヴァイスハイトは、左手で兵士の腕を掴んだ。
兵士は抵抗することなく、ヴァイスハイトから手を放した。
ドサッ――。
そして、俯せに倒れ込む。
ヴァイスハイトは、再びメグの手を掴み背を向ける。
「立ち向かってこなければ……死なずに済んだものを」
そして、メグを連れたまま謁見の間から出て行った。
俺は何もできなかった。
自分の無力さを呪った。
目の前で人が死んでいるのに……。
メグが連れ去られているのに……。
何も……何もしてやれなかった。
ただ、だまって見ることしかできなかった。
ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
----------
⇒ 次話につづく!
純白の双翼を広げ、天馬が舞い降りる。
その背には、厄災を振り払いし英雄が――。
導きの光を放つ塔を目指す。
王女は祈り、塔の上で英雄を待つ。
出会いし二人は愛の言葉を交わした。
王女は、英雄に聖なる剣を手渡し――。
英雄は、王女の胸に星屑の首飾りを掛ける。
そして二人は天馬に跨がり、遙か楽園を目指す。
朝礼後、俺とユリル、ミネルバは、リビングでアヒルの話を聞いていた。
「おとぎ話よ……それになぞらえて、今回の結婚式は執り行われるわ」
「すてき……」
ユリルは頬を押さえ、うっとりしている。
「ふぁ……」
俺の口から、思わずあくびが漏れる。
おっさんには、乙女のロマンは理解できない。
今夜、メグとヴァイスハイトの婚礼の儀が執り行われる。
フォレスティアで行われるのは今夜の儀式と明日のパレード――。
その後3日間の移動日をはさみ、次にヘルシャフトブルク側で儀式とパレードが行われる。
フォレスティアに古くから伝わる、おとぎ話になぞらえた内容となるらしい。
「おーい、到着されたぞーっ」
外で兵士が叫んでいる。
表に出ると、城の正門に数十台の馬車が列を作っていた。
「ヘルシャフトブルクの一行が到着したみたいね」
アヒルは、俺たちに顔を向ける。
「私たちが過去にきた意味を思いだして欲しいの」
「荒廃した世界を救うため」
ユリルは言う。
「あんな世界にしたくないな……」
ミネルバは、遠くを見つめた。
「今日が……重要な1日となるわ」
俺たちは50年前に時を遡った――。
この日に、いったいなにが起きたというのだろうか?
アヒルは、これから起きることを知っている――。
しかし、それを口に出して言おうとしない。
「私たちに課せられたこと……それは二つ――」
俺たちは、黙ってアヒルの言葉を聞いた。
「一つはメグと国王の命を守ること……そしてもう一つは、立ち入り禁止区域に人を入れさせないことよ」
メグと国王の命が危険にさらされる!?
それと、やはり立ち入り禁止区域になにかあるのか?
ローズとリリィは、すでに城内の警備についていた。
俺とユリル、ミネルバは、城内の巡回という役割だった。
儀式は、日の入りと同時に執り行われた。
城の周りは、人で溢れかえっている。
「まるで花火大会のような人だかりだな……」
「花火大会?」
ユリルは不思議そうな顔をする。
「打上爆裂星の魔法ね……」
アヒルは言った。
「魔法で花火を打ち上げるのか?」
「そうよ……明日のパレードでも打ち上げられるわ」
「面白そうだな、今度教えてくれよ」
「技術力が必要な魔法だから、選任の魔導師じゃないと難しいのよ」
アヒルは、そう言って眉をひそめる。
「初心者が爆発して、大やけどをしていた記憶があるわ……」
「そうか……じゃ、いいや」
いのちだいじに――が俺のモットーだ。
線香花火みたいな魔法があればいいんだけどな。
俺たちは、儀式の開始を城の見張り台の上で待っていた。
やがて、城の四隅にある塔がライトアップされる。
民衆は固唾をのんで見守っていた。
塔の屋上に、真っ白なドレスを着たメグが姿を現す。
おぉぉぉぉぉぉっ――。
民衆は、一斉に歓喜をあげた。
それと同時に、王宮楽団の演奏が始まった。
ストリングスの緩やかな音色が、幻想的な空間を醸し出す。
塔の上に立つメグの姿は美しかった。
ドレスと長い髪が風になびいている。
メグは遙か遠くを見つめ、胸の前で手を合わせ祈る。
次に対面の塔がライトアップされる。
そこに、ヴァイスハイトが登場した。
キャーッ――。
女性たちの、悲鳴ともいえる歓声がこだまする。
二人は塔を降り、二つの塔を繋ぐ通路の上を歩き始めた。
通路の中央で二人は出会う。
メグは、ヴァイスハイトに光輝くクリスタルの剣を渡し――。
ヴァイスハイトは、メグに様々な宝石が彩られた首飾りを付ける。
そして、二人は抱きしめ合った。
「すてき……」
ユリルは、うっとりしている。
「ロマンチックだな」
ミネルバも同じように、目を輝かせる。
ふたりは見とれているが、本当に愛し合っているならともかく、愛の欠片も無いただの演技だと思うと興醒めする。
アヒルは、険しい表情で見ていた。
ヴァイスハイトが、胸の前でメグを抱きかかえる。
おぉぉぉっ――。
民衆から歓声があがる。
「キャーッ」
ユリルは顔を手で覆った。
そして、そのまま二人は城の中へと消えて行った。
「なるべく国王とメグの近くに行きましょう!」
アヒルはそう言った。
俺たちは、すぐに城の中に入る。
「謁見の間を目指しましょう」
細い通路を進んだ。
「待って!」
アヒルが俺たちを制する。
「なにか……いやな気分……」
ユリルは、震えている。
不安感ともいえる嫌な感覚が、前方から立ち込める。
通路には幾つもの魔法陣が描かれていた。
それが、紫色に光る。
グブグブ――。
魔法陣の中から、床を掴むように手が伸びる。
「ひぃっ」
ユリルは悲鳴をあげた。
魔法陣から何かが這い上がって出てきた。
肉は剥がれ、内臓は落ち、骨だけになった者たちだ。
アンデッド――。
そのむごたらしさは、直視できない。
ユリルは、目を伏せた。
腐敗臭が辺りに充満する。
吐き気がしてくる――。
「何で城の中に!?」
俺はアヒルに問い掛けた。
「ネクロマンサーよ……彼らは魔法陣で冥界から直接召喚できるわ」
「くるぞ!」
ミネルバが叫ぶ。
10体ほどのアンデッドの群れが、いっせいに襲い掛かってきた。
俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした。
「へん――、しん――」
俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。
魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。
着ていた服は消え裸になる。
アンデッドは、無いはずの目で俺を見ていた。
恥ずかしい……。
そして、煙に包まれた。
ぼわん――。
今回は、何のモンスターに変身したのだろうか?
まるで、鎧のようなこの体――。
頭には、すらりと伸びた大きな角――。
即ちこれは、カブトムシ――。
俺は腰を落とし、片手片膝を地面に付ける。
そして、中腰の姿勢のまま、モンスターに突っ込んだ。
「カブトムシフットボールタックル!」
ベチャッ――。
アンデッドの体は、バラバラになって吹っ飛んだ。
うぇぇ……気持ちわる……。
ミネルバも、剣で応戦する。
シュンシュンシュンシュン――。
アンデッドは穴だらけになり、その場に崩れ落ちた。
おぇーっ――。
ユリルは、隅っこで吐いていた。
再び床の魔法陣が光輝く。
「ネクロマンサーをやらないと、きりがないわ!」
アヒルが叫んだ。
俺は腰に手を当てて、再びマジカルステッキを天高く付きだした。
今度はダンゴムシに変身する。
「よし、突っ込むぞ!」
ゴロゴロゴロゴロ――。
俺は体を丸め、通路を転がって行った。
グチャッ、ベチャッ――。
アンデッドは押しつぶされて、肉片と化す。
通路の最後方にフードを被った男がいた。
転がる俺に気づき、逃げようと背を向ける。
しかし、俺は速度を緩めず、そのまま押し潰した。
「ぐはぁっ」
俺は止まり、後ろを振り返る。
フードの男は、俯せに倒れて動かない。
魔法陣の光は消えていた。
アンデッドは、ただの死体と化している。
通路には肉片が散らばり、ひどい状態となっていた。
アヒルを抱えたミネルバとユリルは、肉片を踏まないようにしながらやってきた。
ピーッ、ピーッ――。
甲高い笛の音が鳴る。
「急ぎましょう!」
アヒルは叫んだ。
俺たちは階段を駆け上がり、謁見の間を目指す。
兵士たちの叫び声が聞こえてくる。
まずい……まずいぞ……。
急がないと――。
謁見の間の扉は開け放たれていた。
俺が最初に目にしたのは、玉座に横たわる国王の姿だった。
玉座は血で真っ赤に染まっている。
そんな――。
その横に膝を突き、メグが涙を流している。
国王だけではない――。
幾人もの兵士が、床一面を覆うように倒れていた。
そして、その中央で剣を持ち佇む者がいる。
ヴァイスハイト――。
「お前、はなからこれが狙いだったのか?」
俺は、ヴァイスハイトに向かって叫んだ。
「貴様は……あの時の……」
ヴァイスハイトは、俺を睨み付ける。
恐ろしい目つきだった。
まるで獣……いや、この世のものではないような、そんな目つきだ。
「この間のような、遊びでは済まされんぞ……」
ヴァイスハイトがそう言った直後――。
一瞬だった――。
奴の持つ剣がぴくりと動いたかと思うと、次の瞬間にはヴァイスハイトが俺の目前まできていた。
しまった――瞬間地点移動か!?
奴の剣が、水平に弧を描くように俺に襲い掛かる。
避けきれない!
「カツヤーッ」
アヒルが叫ぶ。
ガキン――。
剣は、俺の体の目前で停止する。
俺の前に魔法陣が描かれ、まるで盾のように、そこで剣は止まっていた。
「魔法障壁か――」
ヴァイスハイトはそう言って、後方に飛び退いた。
「なんてこと……」
「そんな……」
後ろで声がする――。
振り返ると、ローズとリリィが謁見の間の入り口にいた。
ローズは、玉座の側で座り込むメグに目を向けた。
「メグは、無事のようね……」
ヴァイスハイトは口を開いた。
「所詮三下では、足止めにもならないか……」
「あなた……こんなことをして、ただで済むとは思っていないでしょうね?」
ローズはそう言って、一歩一歩ヴァイスハイトに近づいて行く。
俺の背筋が凍り付く――。
殺気なんてものではない!
空間すら凍り付かせるかのような冷たい恐怖を、ローズから感じた。
ヘビに睨まれたカエルのごとく、俺は身動きすらできなかった。
ローズの右手を、紫色の光の渦が包み込む。
ローズが手をかざすと、紫色の光は巨大なモンスターのツメのような形をつくり、ヴァイスハイトに襲い掛かる。
ガキン――。
ヴァイスハイトは、それを剣で受け止めた。
奴の剣も、怪しく紫色に光っている。
「あの剣、魔法をエンチャントしているわね」
リリィが言った。
ヴァイスハイトは、後ろに飛び退き、ローズから距離をとる。
そして、剣を地面に突き刺した。
すると、奴を中心にまるで津波のような衝撃波が襲ってきた。
ドーン――。
「うわぁっ」
俺は、後方に吹っ飛んだ。
このままでは、壁に激突する――。
俺は頭を抱え込んだ。
しかし、激突する直前で、飛ばされた勢いは無くなった。
体が軽い……宙に浮いている――。
そして、ゆっくりと地面に降りた。
「怪我はない?」
リリィが魔法を唱えていたのだ。
ユリルも、アヒルを抱えたミネルバもゆっくりと地面に着地している。
ローズを見ると、彼女は元いた場所から動いていない。
手をかざしているところを見ると、魔法で威力を打ち消したのだろう。
「これほどまでの魔導師がいるとは……」
ヴァイスハイトとローズは、にらみ合う。
「冥府ノ束縛」
ヴァイスハイトは、そう言葉にした。
あの魔法は――!?
「そんな魔法……私には効くとでも?」
ローズがそう言うと、ヴァイスハイトは鼻で笑う。
謁見の間全体を覆うように、足元に真っ黒なすすが発生する。
そして巨大な手のような煙が立ち上がった。
その手は人の大きさほどあった。
俺が使った魔法よりも、遙かに威力が大きい――。
その手は、俺の体全体を握りしめる。
「ぐわっ――」
ギシッギシッ――。
体がきしむ。
骨が……砕けそうだ。
俺を掴んでいる巨大な手は、俺を地面の中に引きずり込む。
だめだ……からだが言うことを聞かない……。
見ると、ユリルとミネルバも、巨大な手に拘束されていた。
リリィは、床に手をかざし呪文を詠唱している。
「……ごめん……ローズ……私の力だけでは抑えきれない……」
俺は、既に足首まで真っ黒なすすの中に引きずり込まれていた。
くそっ、まったく身動きできない――。
それどころか、声も出せない。
俺たちを見たローズは床に手をかざし、詠唱を始める。
「時間稼ぎができればそれでいい……本題は貴様らと戦うことではないからな……」
ヴァイスハイトは歩き出した。
そして、メグの前で立ち止まる。
メグの手首を掴み、立ち上がらせる。
「メグに何をするつもり?」
ローズは叫んだ。
「おおっと、いいのか? 詠唱を中断して?」
ズン――。
俺は、さらに腰の辺りまで引きずり込まれた。
このすすの中に飲まれたらどうなるのだろう――。
考えたくも無いが……おそらく、命はないだろう。
ヴァイスハイトは、メグを引っ張り歩きはじめた。
こんな時に、何もできないなんて……。
謁見の間を出ようとするヴァイスハイトの背後に、一人の兵士が駆け寄った。
大柄な男は剣を持ち、ヴァイスハイトに向かって突き刺した。
剣はマントを突き破る。
ヴァイスハイトは剣を鞘にしまい、利き腕でメグを掴んでいた。
兵士の不意打ちは、見事に意表をつく形だった。
ガキン――。
しかし、剣は鎧に阻まれる。
ヴァイスハイトはメグを放し、剣を抜く。
ズバッ――。
一降りで、兵士の体から鮮血がほとばしる。
「ベアーッ!」
メグは叫んだ。
その兵士は片膝を突いた。
しかし、剣は離してはいなかった。
再び、ヴァイスハイト目がけて突き刺した。
「せめて、一太刀でも……」
ガキン――。
ズシャッ――。
兵士の剣はまたもや鎧に阻まれた。
そして、ヴァイスハイトの持つ剣が、兵士の体を突き刺していた。
「ぐはっ――」
兵士は口から血を吐き出した。
しかし、それでもまだ動こうとする。
鍛え抜かれた太い両腕で、ヴァイスハイトの腕を掴んだ。
「こいつ……」
「お逃げ下さい……マーガレット様……」
これほどの執念を持つ兵士が、ほかにいるだろうか?
主君にこれほどの忠誠心を持つ兵士が、ほかにいるだろうか?
ヴァイスハイトは、足の裏で兵士の顔面を蹴りつける。
しかし、掴んだ手を放そうとはしない。
ヴァイスハイトは、何度も蹴り続けた。
ガン、ガン――。
鈍い音がする。
兵士の顔は真っ赤に腫れ上がっていた。
それでも、手を放す気配は無い。
「もうやめて……もうやめてください!」
メグのその言葉は、ヴァイスハイトに向けられたものだろうか?
それとも、兵士に向けられたものだろうか?
彼女の瞳から、涙があふれ出る。
ヴァイスハイトは、左手で兵士の腕を掴んだ。
兵士は抵抗することなく、ヴァイスハイトから手を放した。
ドサッ――。
そして、俯せに倒れ込む。
ヴァイスハイトは、再びメグの手を掴み背を向ける。
「立ち向かってこなければ……死なずに済んだものを」
そして、メグを連れたまま謁見の間から出て行った。
俺は何もできなかった。
自分の無力さを呪った。
目の前で人が死んでいるのに……。
メグが連れ去られているのに……。
何も……何もしてやれなかった。
ただ、だまって見ることしかできなかった。
ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
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⇒ 次話につづく!
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