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第二十五節 聖女の試練

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 城の立ち入り禁止区域に侵入者があった。
 手配書には、ぎょろ目の男の顔が描かれている。
 こいつは……昨日の……。
「おい、大変だ! 死体が見つかった」
 兵士と共にその場所に向かうと、その死体はぎょろ目の男だった――。
 寮に戻ると、ローズとリリィがいたので、話すことにした。
「なぁローズ……殺された奴のことなんだけど……剣術大会の控え室で、ヴァイスハイトと一緒にいたのを見たんだ」
「いーい、リボン……証拠が無い以上そのことは、ここだけの話にしなさい」
 ローズは、周りを気にしながら声を落とす。
「相手は一国の王子、下手なことを言うと国際問題になるわ」
「……わかった」
 口封じで殺したとしか思えなかった。
 いったい……何を企んでいる?
 ヴァイスハイト一行は、なにごともなかったように帰国した。
 この一件はお蔵入りとなったが、その後暫く城の警備は厳重になっていた。

     ◇ ◇ ◇ 

 ローズとリリィの推薦もあり、俺とユリルは王国の正式魔導師見習いとなった。
 ミネルバは先日の剣術大会の実績もあり、騎士に任命されたが、それを辞退した。
「一度は騎士の身分を捨てた身……」
 そう言っていた。
 前の国王を裏切る形となったんだ……別の国王に仕えるのも気が引けるのだろう。
 朝礼に参加していると、ローズが俺とユリルに話しかけてきた。
「あなたたちに、魔導師見習いとしての初仕事を与えるわ」
 俺はユリルと目を合わせる。
 大司教とメグの護衛という任務だった。
 教会に発生する幽霊を、メグが除霊するらしい。
 俺とユリル以外にも、兵士10名、魔導師5名がこの任務につく。
 俺たちは朝食後、馬車で郊外へと向かう。
 俺の隣にユリルが座っている。
 ガタガタガタガタ――。
 馬車が揺れる音ではない。
 隣でユリルが震えているのだ。
「そんなに怖いなら、こなきゃよかったのに……」
「初任務だし……べつに怖くないし」
「そうか……じゃ、トイレ一人でいけよな?」
「な、なんでよ! それとこれとは別でしょう?」
 ユリルは今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。
「わかったよ……一緒にいってやるから……」
「あ、ありがと……」
 ユリルは、俺のスカートの裾を握りしめる。
「伸びるから引っ張るなよ……」
 幽霊か……どんなモンスターがでてくるのやら……。
「なぁ、幽霊に対して魔法は効果あるのか?」
 俺はアヒルに問い掛けた。
「無いわ……どちらかというと、野盗などのごろつきからの護衛になるわ。大司教と王女となれば、悪いことを考える輩もいるから」
「本当に恐ろしいのは、幽霊よりも生きた人間ということか」
「そうね……それに今回は、メグの聖女としての試練だから……手出し無用よ。彼女が一人で成し遂げないと意味がないのよ」
 聖女と認められるための試練ということらしい。
 馬車で揺れること二時間、田舎町に着いた。
 家々はまばらで、羊を放牧している様子も見えた。
「はぁ……空気がおいしいな」
 ミネルバは伸びをしている。
 窮屈な馬車にしばらく乗っていたから、広い場所にでると開放感がある。
 丘の上に小さな教会が見えた。
「あんな教会で、結婚式挙げたいな」
 ユリルは、憧れの眼差しで教会を見つめる。
 俺には女心は分からない……なにせ中身はおっさんだからな。
「お前も早く、いい雄アヒルを見つけろよ」
 俺はアヒルにそう言った。
 ガブー――。
「いててて……」
「結婚することが、必ずしも幸せとは限らないわ」
 アヒルは、珍しく真剣な表情で言った。
「そう言えばメグ、もうすぐ結婚するんだよな……相手はどんなやつなんだ?」
 アヒルは言い淀んだ。
「どうした?」
「……ヴァイスハイトよ」
「な……にぃ!? なんで、あんな奴と!」
「しぃ……」
 アヒルは辺りを気にする。
「ヴァイスハイトの国――ヘルシャフトブルクは、好戦的な国でね……戦争を重ねて国の規模を拡大していったのよ。それに引き替えフォレスティアは保守的な国……もう、わかるでしょう?」
「まさか……」
「ある意味、平和協定なのよこの結婚は……」
「そんな……国の利益の為に犠牲になるのかよ!?」
「メグはなにも言わないわ……わかっているの……小さなころから、覚悟ができているのよ。国の王女として生まれると言うことは……そういうことだって」
 アヒルは先を歩くメグに目を向けた。
「王女なんて、端からは裕福で幸せそうに見えるかも知れない。でもね、だれもが望む幸せすら手に入れることはできない」
 アヒルは、俺の方を見た。
「メグには言っちゃだめよ?」
「わかってる……」
 わかってるけど……。
 一度しかない人生なのに……自分の幸せを手に入れることができないなんて……。
 俺たちは、教会に辿り着いた。
 大司教と神父が話をしている。
 俺は、長いすに腰掛けるメグに声を掛けた。
「よぉ」
「リボンさん……今日はありがとうございます」
「いや、礼を言われるほどでも……」
「ふふふ……」
 メグは笑顔を俺に向ける。
 まるで子供のような……邪気の無い純粋な笑顔だ。
 その笑顔を見ると、心が洗われるような気がする。
「リボンさんは不思議な方ですね。大人びて見えます……いいえ、何かを諭しているというか」
「前世の記憶があるって言ったら……信じるか?」
 メグは不思議そうな表情を浮かべた。
 何を言っているのだろう……俺は……。
「素敵です」
 メグはパチンと手を叩く。
「人は死んでも新たな人生を得られるのですね……リボンさんの前世はどんな方だったんですか?」
「割と……普通だったな……」
「普通が一番……かも……知れません」
 メグは目を逸らし、悲しそうな表情を浮かべる。
「私は、生まれ変わったら……」
 そう言って言葉を濁す。
 そして、首を横に振った。
「生きている内から死んだ後のことなんて、考えちゃだめですよね」
 再び笑顔を俺に向ける。
「私はこの国が大好きなんです……町の人々、景色、何もかもが……。だから、その大切なものを守っていけるようにがんばっていきたいと思っています」
 あんな荒廃した世界……暴力が支配する世界になんてしちゃだめだ。
 俺はその為に、50年前にきたんだ。
「俺も協力するよ」
 俺はメグに手を差し出した。
「ありがとうございます」
 メグは俺の手をとり、優しく握りしめた。
 俺がもし前世で生きていて、こんな素敵な人と巡り会えていたら……。
 どんなに幸せだっただろうか――。

 除霊の準備が調ったころには、陽も落ちて暗くなり始めていた。
 除霊は墓地で行う。
 ガクガクガクガクガクガクガクガク――。
 ユリルはとんでもなく震えていた。
 教会内で待っていてもいいんだぞ?
 ユリルは首を横に振る。
 墓地は教会の裏手にあった。
 そこに向かうと、明らかに周りと気温が違っていた。
 背筋が凍りつきそうだ。
 上空を見上げると、白いレースのようなものがいくつも旋回しているのが見える。
 さすがはファンタジー……幽霊は実在するようだな。
 ガシッ――。
 俺は突然後ろから強い力で掴まれた。
 急いで振り返る。
 ユリルが半泣きになりながら、俺の腰に掴まっていた。
 ものすごい力で、ちょっとやそっとじゃ離れそうに無い……。
 幽霊より、こいつの方が怖いわ……。
 墓地の周りを兵士と魔導師が取り囲む。
 そこにはベアの姿も見えた。
 今日はつきっきりというわけではなさそうだな。
 野次馬も何人か集まっていた。
 メグと大司教は、墓地の中央に立った。
「では、始めましょう」
「はい……」
 メグは跪き、胸の前で両手を合わせた。
「大いなる大地の母フォレスティアよ……彷徨える魂を救い給え」
 メグの体から光が溢れ出す。
 それはとても暖かかった。
 気温が上昇していく。
 白いレースたちは、円を描きながら上昇していった。
 シューッ――。
 上空で合わさり一つになる。
 そして、急降下してきた。
 危ない――襲い掛かってくるぞ!
 メグを包んでいた光は、上空に向かって伸びていった。
 スッ――。
 その光に飲み込まれたレースは、煙のように消えていった。
 レースたちの姿はもう見えない。
 無事終わったようだ――。
 俺の腰に何かがまとわりついている。
 見ると、気絶したユリルがしがみついていた。
 メグが近寄ってくる。
「どうしたの? ユリルちゃん」
「あぁ……びびって気を失っただけだから問題無い」
 今夜は近くの民宿に泊まることになった。
 メグと大司教は、神父と話しながら教会を後にする。
 俺も後に続いた。
 カツン――。
「おっと……」
 俺は何かに躓き転びそうになる。
 足元を見ると丸い石が転がっていた。
 石で良かった……墓石を倒したりしたら、呪われかねない。
 俺はユリルを引きずりながら、民宿に向かった。

 民宿には露天風呂があった。
 田舎の自然の空気を味わいながら入る風呂は気持ちが良い。
 風呂から上がると、足に違和感を覚えた。
 見て見ると真っ赤になっている。
 なにか怪我するようなことあったかな?
 部屋に戻ってよく見てみると、それは手形のようであった。
「うわっ、なんだこれ!」
 ユリルに掴まれたか?
 次に気が付くとどういうことか表を歩いていた。
 え……なんで外にいるんだ?
「待ちなさい」
 俺は声を掛けられた。
 振り返ると、メグがいた。
「どこに連れて行こうというのです?」
「どこって?」
 よく見るとメグの目線は俺に合っていない。
 メグが話しているのは俺じゃない。
 周り見渡したが、俺以外に人はいなかった。
 次の瞬間、背筋に悪寒を覚えた。
 嫌な予感がする。
 地面が怪しく紫色に光った。
 まずい……なにか、まずいぞ……。
 足が怪しい光の中に埋まっていく。
 くそっ、逃げないと……。
 しかし、体がまったく言うことをきかない。
「リボンさん!」
 メグは胸の前で手を合わせた。
「大いなる大地の母フォレスティアよ……邪悪な存在からそなたの子供たちを守り給え」
 俺は光に包まれた。
 暖かい――。
 俺の足首が軽くなる。
 見ると手形が消えていた。
 光が消えると、足元にあった禍々しい光は無くなっていた。
「ありがとう……メ……グ……?」
 メグを見ると、体半分が紫色の光に飲み込まれていた。
 そんな――!?
「メグー!」
 俺はメグの元に駆けだした。
 どうする!? どうすればいい?
「誰かいないのか!? 大司教は? ベアは?」
 周りには誰もいない。
 俺とメグだけだ――。
 俺がなんとかしないと――。
 手を伸ばして、メグの手を掴んだ。
 メグは目を閉じてぐったりしている。
 まずい――。
 どうしよう……俺は聖なる力は使えないし……。
 くそっ――。
 でも、この手は絶対に離さない。
 メグは俺が救うんだ――。
 前世では神様は信じなかったけど――でも、もしこの世界に神様がいるのなら、手を貸して欲しい。
 この人は、こんなところで死んでいい人じゃない。
 この人は、多くの人を幸せにできる。
 神様、聞いているか?
 あんたもそう思うだろ?
 だから、手を貸して欲しい。
 頼む――、頼むよ――。
 俺とメグは光に包まれた。
 俺の思い、神様に通じたのだろうか?
 まるで無重力になり、空中に浮いているような感覚だ――。
 やがて、俺たちは地面に着地する。
 紫色の光はもう見えない。
 どうやら、助かったようだ――。
「大丈夫ですかな?」
 俺たちの前には大司教が立っていた。
「大司教様!」
 メグは声を上げた。
 そうか、この人が俺たちを助けてくれたんだ。
「どうやら、この場所は冥界に近い場所のようですね……過去の聖職者が封印をしたのでしょう」
 冥界……あのまま紫の光に飲み込まれていたら……死んでいた――。
「結界が崩れていたのです……この石です」
 大司教は丸い石を手にしていた。
「この石には聖なる刻印が刻まれていました。墓地を取り囲むように五箇所に置かれ、結界を張っていたのです」
「そういえばこの石、蹴飛ばしてしまった」
 それで呪われてしまったのか……。
「結界は、本来なら蹴飛ばしたくらいでは倒れないのですが、老朽化で威力が弱まっていたのでしょう……霊が集まってきたのもそのせいだと思います」
 大司教は石を地面に置いた。
「一時的ですが結界を張り直しました」
 墓地には、五芒星を描くように、うっすらと光の線が見える。
「後日、聖職者を集めて正規の結界を張ることにしましょう」
「大司教様のお手を煩わせてしまいました……聖女としては失格ですね」
 メグは頭を下げる。
「何を言うのです? あなたはこの子の尊い命を救いました」
「メグが助けてくれていなきゃ……今頃俺は……」
「合格ですよ……聖女マーガレット」
 大司教は、メグの肩を叩く。
「私の方こそリボンさんに救われました」
 メグは笑顔で俺の手を握った。
「とても暖かい手……不思議ですね、こんなに小さいのに……私が飲み込まれそうな時、掴んでいたその手は大人の男性のようにとても大きく感じました」
 男の手か……俺の魂の形が見えたのかもな……。
「ありがとう……リボンさん」
「俺の方こそ……サンキュー」

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⇒ 次話につづく!
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