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第十五節 古の魔法書
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古の魔法書があるという北の最果ての地に着くと、アトラントシティで俺たちと戦った大司教ファウストに出会す。
彼は古の魔法書を手にしていた。
俺はファウストに拳をくらわせ、吹っ飛ばした――はずだった。
しかし、ファウストは吹っ飛んではなく、俺は彼の攻撃をくらい蹲る。
「なにやってるのよ? わたしがやる!」
ユリルは詠唱を始める。
「グリモワールⅥの章・分解魔法砕石飛礫」
地面から無数の石が飛び出し、ファウストに向かって飛んで行く。
「ふふふ……私には効かないよ」
ファウストは不敵に笑みを浮かべる。
避けられる距離ではない。
ダダダダダッ――。
「うぐっ」
石礫はファウストに直撃した。
しかし、その瞬間彼は突然姿を消した。
消えた――!?
誰もが唖然とする。
ダダダダダッ――。
「きゃっ」
悲鳴を上げたのはユリルだった。
無数の石礫が、彼女の背中を直撃していた。
ユリルは地面に倒れ込む。
「大丈夫か?」
ミネルバが慌てて駆け寄った。
「大丈夫よ……」
「あらかじめ張っていた魔法障壁のおかげで、致命傷は免れたようですね?」
ユリルの立っていた場所に、ファウストの姿があった。
いつの間に回り込んだんだ?
しかも、ユリルの石礫をくらったはずなのに、まるで無傷――。
「な、なんで後ろに……?」
ユリルは地面に腰を下ろしたまま、ファウストを見上げた。
「さーて……なんででしょうねぇ?」
一体何が起きているんだ?
あまりの不気味さに寒気がしてくる。
俺の攻撃が当たったと思ったらピンピンしてるし、気が付いたらユリルの後ろに回り込んでいるし……。
「あいつは何らかの魔法を使っているわ……おそらく、古の魔法……」
アヒルは、ミネルバの腕の中でそう言った。
「瞬間移動……?」
ユリルが呟く。
「いや――それだと、つじつまが合わない。俺の攻撃は確かに当たっていた――それなのに、無傷だなんて」
詠唱している様子も無い。
「ユリル、もう一度砕石飛礫を使ってくれ!」
俺はユリルに向かって叫んだ。
「わかった……」
もう一度よく見るんだ、奴が何をしているのかを……。
俺は、地面に落ちている石ころを拾い上げた。
ユリルが詠唱を始めているにも関わらず、ファウストは何もせず薄ら笑いを浮かべているだけだった。
「グリモワールⅥの章・分解魔法砕石飛礫」
ユリルの魔法発動と同時に、俺も手にしていた石ころをファウストに向かって投げつけた。
ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン――。
ユリルの放った石礫と、俺の石ころはファウストに向かって飛んで行った。
しかし、当たるかに見えたその石は空を切る。
ファウストがその場から消えたのだ。
俺の後ろから声がする。
「何度やっても無駄ですよ……」
「なんで、当たらないの?」
アヒルが叫んだ。
俺は違和感に気づいた。
俺の手に、投げたはずの石ころが残っているからだ。
当たらないんじゃ無くて……投げていないことになっている。
もしかしたら今までの攻撃も、当たっていないことに……いや、そもそも攻撃していないことになっているんじゃないのか?
俺は地面に石ころで×印を書いた。
そして、ファウストに向かって石ころをすべて投げつけた。
「ふふふ……」
再びファウストはその場から消え、石ころは空を切る。
俺は地面を見た。
地面に書いたはずの×印が消えている。
「わかったぞ……何が起きているのか」
「ほう……」
ファウストは両手を腰に当てて余裕を見せる。
「時を戻しているんだ!」
俺はファウストに向かって叫んだ。
ファウストの顔に一瞬動揺が走る。
しかし、すぐに笑みを浮かべた。
「パチパチパチ……良く分かりましたね」
そして、ゆっくりと手を叩きながら、口でそう言った。
「時を……戻す? そんな魔法があるなんて……」
アヒルは驚いて、そう言葉にする。
「謎を解いたことには驚きですが……わかった所で、どうすることもできまい」
ファウストはそう言った。
確かに……どんな攻撃をしても、時間を巻き戻せるならそれは無効になるし、俺たちの行動がすべて読まれているということだ。
「くそっ、私の両手が塞がっていなければ……」
ミネルバはアヒルを抱きしめ、片手で頭を抱える。
「だからアヒルを放せよ!」
「さて、次は私からいかせて貰うよ」
ファウストの指先に炎が灯る。
それを見て俺は、魔法を詠唱した。
「グリモワールⅥの章・分解魔法醸造竜ノ吐息」
そして手の中のアルコールを、ファウストに向けて吹き付ける。
ブーッ――。
しかし、その場にファウストの姿はない。
「だから……効かないって」
俺の真後ろからファウストの声がする。
ボゥッ――。
振り返ると同時に、俺の体は炎に包まれた。
「うわぁっ! あちぃ」
俺は地面を転がり、体についた炎を消した。
「カツヤーッ!」
アヒルの叫び声が聞こえてくる。
「ゴホッ、ゴホッ」
炎の熱よりも、炎で呼吸ができないことがやばかった。
時を戻されるのを何とかしないと……。
一つ考えられる方法がある。
俺はファウストの腕を掴んだ。
腕を掴んでいれば、一緒に時間が戻るはずだ!
「なるほど……考えましたね……」
ファウストは、顎に手を当てる。
「でもね……」
ボゥッ――。
「うわぁっ」
俺の体は再び炎に包まれていた。
「腕を掴まれる前に戻るだけなんだよ……何の意味も無い……」
俺は、再び体を回転させて炎を消した。
くそっ……考えるんだ……奴に勝つ方法を……時を止めるのを防ぐ方法を。
「ふははは、無敵だ……私は神の力を手に入れたのだ」
ファウストは両手を広げて天を仰いだ。
俺も……使えれば……時を……戻すことができれば。
この方法しか無い……。
うまいこと変身できればいいけど。
俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした。
「へん――、しん――」
俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。
魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。
着ていた服は消え裸になる。
ファウストは嫌らしい目で俺を見ている。
くそっ、何度も見やがって……。
そして、煙に包まれた。
ぼわん――。
俺はカエルの姿になった。
よし、思った通りの姿に変身できた。
俺はユリルに近づいて、耳の側で話掛ける。
「ちょっと、何? 気持ち悪い! 近づかないで!」
ユリルは両手で俺を押しのける。
「いや、違うから……作戦だよ」
ユリルは、怪訝な表情で俺を見つめ震えている。
「そ、そう……よね? てっきり……」
「てっきり……なんだよ?」
「その舌で……耳を舐めてくるのかと……」
「舐めるかよ!」
ユリルは両腕を組んで、身を震わせている。
「俺が奴から古の魔法書を奪う。そしたら、少し時間を稼いでくれないか?」
「ま、任せてよね? 時間を稼ぐどころか、わたしが倒しちゃうんだから」
そう言ってユリルは、そっぽを向いた。
「頼もしいな……行くぜ」
俺はファウストに向かって舌を伸ばした。
ヒュン――。
舌は、ファウストの手にもつ古の魔法書に付着した。
そして舌を戻す。
取った――古の魔法書。
「油断したな……」
俺は得意げにファウストの顔を見つめた。
しかし、ファウストの表情に焦りの色は見えなかった。
「はっはっはっ……私から古の魔法書を奪った所で何も変わらない。なぜなら……奪う前に時を戻すだけだから」
「ユリル!」
俺は彼女を見て、目で合図を送る。
ユリルは黙って頷いた。
「グリモワールⅢの章・造形魔法陶芸岩ノ巨像」
ユリルが詠唱すると、地面が振動する。
ゴゴゴゴゴ――。
地面が隆起し、巨大な石像が姿を現す。
「ほほう、岩の巨像を使うのか?」
ファウストは、それを見上げて驚きの表情を見せる。
「よし、いいぞ……」
その間に俺は古の魔法のページを捲る。
「ミネルバ、アヒルを連れてきてくれ」
俺が声を掛けると、ミネルバは走って俺の前までやってきた。
「アヒル、時を戻す魔法はどれだ?」
古の魔法書は、数十ページにもわたる。
「目次を見せて?」
俺は古の魔法書の目次を開いた。
「すごい、聞いたことも無い魔法ばかり……」
目次を見たアヒルは驚きの表情を見せる。
「おい、早くしてくれ!」
「ごめん……つい、見とれちゃったわ」
アヒルはパラパラとページを捲る。
「あったわ、このページよ」
岩の巨像は、上半身だけ地面から出し、巨大な拳を振り上げていた。
その拳は、弧を描いてファウスト目がけて振り下ろされる。
「さすがにこれは魔法で防がなければ危険ですね」
「グリモワールⅢの章・造形魔法土ノ障壁」
ゴゴゴゴゴ――。
ファウストが詠唱すると、地面から障壁が隆起する。
ドゴオォォォン――。
岩の巨像の拳は障壁に当たり、当たりに石が飛び散った。
「よし、奴が時間を戻す前に契約できれば……」
この地に眠る精霊よ。
「きゃぁ」
俺が魔法書のページを詠唱すると、ユリルの叫び声が聞こえてきた。
見るとユリルは地面に倒れている。
「ユリル!」
アヒルが声を上げる。
もう少しだけ、俺に時間をくれ……。
俺は詠唱を続けた。
我がマナを対価とし、そなたの力を貸し与えよ。
「おっと、そうはさせんぞ」
ファウストは俺に気づいた。
しまった――間に合わないか……。
シュン、シュン、シュン、シュン――。
ファウストが呪文を唱えようとした時、ミネルバのレイピアが斬りつける。
「くっ」
ミネルバ、ナイスフォロー!
俺は詠唱を続けた。
時は今に、場は我が両の手に。
目前の障害を伐ち滅ぼさんが為に。
契約の刻印に魔導師リボンの名を刻む。
俺はナイフで親指を切って血判を行った。
今ここに汝との契約は交わされた――。
よし、契約は完了した――これで奴は時を戻せない。
「古の魔法書Ⅴの章・時魔法時ノ超越」
そう唱えると俺の体は軽くなる。
宙に浮いているわけでは無いのに、足は地面に着いているのに体重を――いや重力を感じない。
「無駄だよ、時間をさかのぼった所で、これまでの結果が繰り返されるだけだ」
ファウストの声を最後に、一切の音が聞こえなくなった。
吹き荒れていた風の音も、何も聞こえない。
不安になる。
目の前の景色がまるで動画の再生を一時停止したかのように止まっている。
時が――止まった……。
そして、目の前の風景は、ゆっくりと巻き戻り出す。
自分の戻りたい時まで、自由に戻せるのか……?
俺はファウストと出会った所で時を再生させる。
「ファウスト……」
ミネルバがそう呟いた。
「これはこれは、誰かと思えばミネルバ様……」
ファウストは、不敵な笑みを浮かべる。
俺は、ファウストの顔面を思い切り殴った。
「ぐふっ」
ファウストは吹っ飛んでいった。
「いきなり……何を……」
俺はファウストに近づき、落ちていた古の魔法書を拾い上げる。
「これは貰っておくぜ」
ファウストは、驚きの表情を浮かべ俺を見上げている。
「お前が魔法を契約する前まで遡れば、これ以上時間を巻き戻すことはできない」
「なにを……言っているんだ?」
ファウストは、理解していない――これまでの経緯を。
俺は手に入れた――想像以上に強力な魔法を――。
時を戻せる魔法を――。
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⇒ 次話につづく!
彼は古の魔法書を手にしていた。
俺はファウストに拳をくらわせ、吹っ飛ばした――はずだった。
しかし、ファウストは吹っ飛んではなく、俺は彼の攻撃をくらい蹲る。
「なにやってるのよ? わたしがやる!」
ユリルは詠唱を始める。
「グリモワールⅥの章・分解魔法砕石飛礫」
地面から無数の石が飛び出し、ファウストに向かって飛んで行く。
「ふふふ……私には効かないよ」
ファウストは不敵に笑みを浮かべる。
避けられる距離ではない。
ダダダダダッ――。
「うぐっ」
石礫はファウストに直撃した。
しかし、その瞬間彼は突然姿を消した。
消えた――!?
誰もが唖然とする。
ダダダダダッ――。
「きゃっ」
悲鳴を上げたのはユリルだった。
無数の石礫が、彼女の背中を直撃していた。
ユリルは地面に倒れ込む。
「大丈夫か?」
ミネルバが慌てて駆け寄った。
「大丈夫よ……」
「あらかじめ張っていた魔法障壁のおかげで、致命傷は免れたようですね?」
ユリルの立っていた場所に、ファウストの姿があった。
いつの間に回り込んだんだ?
しかも、ユリルの石礫をくらったはずなのに、まるで無傷――。
「な、なんで後ろに……?」
ユリルは地面に腰を下ろしたまま、ファウストを見上げた。
「さーて……なんででしょうねぇ?」
一体何が起きているんだ?
あまりの不気味さに寒気がしてくる。
俺の攻撃が当たったと思ったらピンピンしてるし、気が付いたらユリルの後ろに回り込んでいるし……。
「あいつは何らかの魔法を使っているわ……おそらく、古の魔法……」
アヒルは、ミネルバの腕の中でそう言った。
「瞬間移動……?」
ユリルが呟く。
「いや――それだと、つじつまが合わない。俺の攻撃は確かに当たっていた――それなのに、無傷だなんて」
詠唱している様子も無い。
「ユリル、もう一度砕石飛礫を使ってくれ!」
俺はユリルに向かって叫んだ。
「わかった……」
もう一度よく見るんだ、奴が何をしているのかを……。
俺は、地面に落ちている石ころを拾い上げた。
ユリルが詠唱を始めているにも関わらず、ファウストは何もせず薄ら笑いを浮かべているだけだった。
「グリモワールⅥの章・分解魔法砕石飛礫」
ユリルの魔法発動と同時に、俺も手にしていた石ころをファウストに向かって投げつけた。
ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン――。
ユリルの放った石礫と、俺の石ころはファウストに向かって飛んで行った。
しかし、当たるかに見えたその石は空を切る。
ファウストがその場から消えたのだ。
俺の後ろから声がする。
「何度やっても無駄ですよ……」
「なんで、当たらないの?」
アヒルが叫んだ。
俺は違和感に気づいた。
俺の手に、投げたはずの石ころが残っているからだ。
当たらないんじゃ無くて……投げていないことになっている。
もしかしたら今までの攻撃も、当たっていないことに……いや、そもそも攻撃していないことになっているんじゃないのか?
俺は地面に石ころで×印を書いた。
そして、ファウストに向かって石ころをすべて投げつけた。
「ふふふ……」
再びファウストはその場から消え、石ころは空を切る。
俺は地面を見た。
地面に書いたはずの×印が消えている。
「わかったぞ……何が起きているのか」
「ほう……」
ファウストは両手を腰に当てて余裕を見せる。
「時を戻しているんだ!」
俺はファウストに向かって叫んだ。
ファウストの顔に一瞬動揺が走る。
しかし、すぐに笑みを浮かべた。
「パチパチパチ……良く分かりましたね」
そして、ゆっくりと手を叩きながら、口でそう言った。
「時を……戻す? そんな魔法があるなんて……」
アヒルは驚いて、そう言葉にする。
「謎を解いたことには驚きですが……わかった所で、どうすることもできまい」
ファウストはそう言った。
確かに……どんな攻撃をしても、時間を巻き戻せるならそれは無効になるし、俺たちの行動がすべて読まれているということだ。
「くそっ、私の両手が塞がっていなければ……」
ミネルバはアヒルを抱きしめ、片手で頭を抱える。
「だからアヒルを放せよ!」
「さて、次は私からいかせて貰うよ」
ファウストの指先に炎が灯る。
それを見て俺は、魔法を詠唱した。
「グリモワールⅥの章・分解魔法醸造竜ノ吐息」
そして手の中のアルコールを、ファウストに向けて吹き付ける。
ブーッ――。
しかし、その場にファウストの姿はない。
「だから……効かないって」
俺の真後ろからファウストの声がする。
ボゥッ――。
振り返ると同時に、俺の体は炎に包まれた。
「うわぁっ! あちぃ」
俺は地面を転がり、体についた炎を消した。
「カツヤーッ!」
アヒルの叫び声が聞こえてくる。
「ゴホッ、ゴホッ」
炎の熱よりも、炎で呼吸ができないことがやばかった。
時を戻されるのを何とかしないと……。
一つ考えられる方法がある。
俺はファウストの腕を掴んだ。
腕を掴んでいれば、一緒に時間が戻るはずだ!
「なるほど……考えましたね……」
ファウストは、顎に手を当てる。
「でもね……」
ボゥッ――。
「うわぁっ」
俺の体は再び炎に包まれていた。
「腕を掴まれる前に戻るだけなんだよ……何の意味も無い……」
俺は、再び体を回転させて炎を消した。
くそっ……考えるんだ……奴に勝つ方法を……時を止めるのを防ぐ方法を。
「ふははは、無敵だ……私は神の力を手に入れたのだ」
ファウストは両手を広げて天を仰いだ。
俺も……使えれば……時を……戻すことができれば。
この方法しか無い……。
うまいこと変身できればいいけど。
俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした。
「へん――、しん――」
俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。
魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。
着ていた服は消え裸になる。
ファウストは嫌らしい目で俺を見ている。
くそっ、何度も見やがって……。
そして、煙に包まれた。
ぼわん――。
俺はカエルの姿になった。
よし、思った通りの姿に変身できた。
俺はユリルに近づいて、耳の側で話掛ける。
「ちょっと、何? 気持ち悪い! 近づかないで!」
ユリルは両手で俺を押しのける。
「いや、違うから……作戦だよ」
ユリルは、怪訝な表情で俺を見つめ震えている。
「そ、そう……よね? てっきり……」
「てっきり……なんだよ?」
「その舌で……耳を舐めてくるのかと……」
「舐めるかよ!」
ユリルは両腕を組んで、身を震わせている。
「俺が奴から古の魔法書を奪う。そしたら、少し時間を稼いでくれないか?」
「ま、任せてよね? 時間を稼ぐどころか、わたしが倒しちゃうんだから」
そう言ってユリルは、そっぽを向いた。
「頼もしいな……行くぜ」
俺はファウストに向かって舌を伸ばした。
ヒュン――。
舌は、ファウストの手にもつ古の魔法書に付着した。
そして舌を戻す。
取った――古の魔法書。
「油断したな……」
俺は得意げにファウストの顔を見つめた。
しかし、ファウストの表情に焦りの色は見えなかった。
「はっはっはっ……私から古の魔法書を奪った所で何も変わらない。なぜなら……奪う前に時を戻すだけだから」
「ユリル!」
俺は彼女を見て、目で合図を送る。
ユリルは黙って頷いた。
「グリモワールⅢの章・造形魔法陶芸岩ノ巨像」
ユリルが詠唱すると、地面が振動する。
ゴゴゴゴゴ――。
地面が隆起し、巨大な石像が姿を現す。
「ほほう、岩の巨像を使うのか?」
ファウストは、それを見上げて驚きの表情を見せる。
「よし、いいぞ……」
その間に俺は古の魔法のページを捲る。
「ミネルバ、アヒルを連れてきてくれ」
俺が声を掛けると、ミネルバは走って俺の前までやってきた。
「アヒル、時を戻す魔法はどれだ?」
古の魔法書は、数十ページにもわたる。
「目次を見せて?」
俺は古の魔法書の目次を開いた。
「すごい、聞いたことも無い魔法ばかり……」
目次を見たアヒルは驚きの表情を見せる。
「おい、早くしてくれ!」
「ごめん……つい、見とれちゃったわ」
アヒルはパラパラとページを捲る。
「あったわ、このページよ」
岩の巨像は、上半身だけ地面から出し、巨大な拳を振り上げていた。
その拳は、弧を描いてファウスト目がけて振り下ろされる。
「さすがにこれは魔法で防がなければ危険ですね」
「グリモワールⅢの章・造形魔法土ノ障壁」
ゴゴゴゴゴ――。
ファウストが詠唱すると、地面から障壁が隆起する。
ドゴオォォォン――。
岩の巨像の拳は障壁に当たり、当たりに石が飛び散った。
「よし、奴が時間を戻す前に契約できれば……」
この地に眠る精霊よ。
「きゃぁ」
俺が魔法書のページを詠唱すると、ユリルの叫び声が聞こえてきた。
見るとユリルは地面に倒れている。
「ユリル!」
アヒルが声を上げる。
もう少しだけ、俺に時間をくれ……。
俺は詠唱を続けた。
我がマナを対価とし、そなたの力を貸し与えよ。
「おっと、そうはさせんぞ」
ファウストは俺に気づいた。
しまった――間に合わないか……。
シュン、シュン、シュン、シュン――。
ファウストが呪文を唱えようとした時、ミネルバのレイピアが斬りつける。
「くっ」
ミネルバ、ナイスフォロー!
俺は詠唱を続けた。
時は今に、場は我が両の手に。
目前の障害を伐ち滅ぼさんが為に。
契約の刻印に魔導師リボンの名を刻む。
俺はナイフで親指を切って血判を行った。
今ここに汝との契約は交わされた――。
よし、契約は完了した――これで奴は時を戻せない。
「古の魔法書Ⅴの章・時魔法時ノ超越」
そう唱えると俺の体は軽くなる。
宙に浮いているわけでは無いのに、足は地面に着いているのに体重を――いや重力を感じない。
「無駄だよ、時間をさかのぼった所で、これまでの結果が繰り返されるだけだ」
ファウストの声を最後に、一切の音が聞こえなくなった。
吹き荒れていた風の音も、何も聞こえない。
不安になる。
目の前の景色がまるで動画の再生を一時停止したかのように止まっている。
時が――止まった……。
そして、目の前の風景は、ゆっくりと巻き戻り出す。
自分の戻りたい時まで、自由に戻せるのか……?
俺はファウストと出会った所で時を再生させる。
「ファウスト……」
ミネルバがそう呟いた。
「これはこれは、誰かと思えばミネルバ様……」
ファウストは、不敵な笑みを浮かべる。
俺は、ファウストの顔面を思い切り殴った。
「ぐふっ」
ファウストは吹っ飛んでいった。
「いきなり……何を……」
俺はファウストに近づき、落ちていた古の魔法書を拾い上げる。
「これは貰っておくぜ」
ファウストは、驚きの表情を浮かべ俺を見上げている。
「お前が魔法を契約する前まで遡れば、これ以上時間を巻き戻すことはできない」
「なにを……言っているんだ?」
ファウストは、理解していない――これまでの経緯を。
俺は手に入れた――想像以上に強力な魔法を――。
時を戻せる魔法を――。
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⇒ 次話につづく!
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