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第十三節 その剣は誰がために
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建物の中に人々が連れて行かれる。
床には巨大な魔法陣が描かれていた。
気分が悪い……頭が割れそうだ。
どくんどくんと、まるで心音のような重低音が聞こえてくる。
魔法陣の上にいる人々の様子がおかしい。
次々に倒れ始めた。
血の気が引いてぐったりしている。
俺もこれ以上この場所にはいられない。
俺はきた道を戻り、屋上に出た。
あのまま居続けたら、俺も倒れていたかも知れない。
数分すると、揺れが収まった。
屋上から下を見ると、倒れた人々が運ばれていく。
「貧民街の方に運ばれていくわね」
俺の後ろに、ユリルが立っていた。
「うわっ、どうして?」
「強い魔力を感じて、慌ててきたのよ」
ユリルの頭の上にアヒルもいる。
「これじゃあ、俺の潜入の意味が無いだろう?」
「この建物に秘密がありそうね」
俺たちは通路の先にある階段を降りた。
人々が集められていた場所に着いた。
「おい、しっかりしろ」
ジャックの声がする。
彼は倒れている弟に声を掛けていた。
「こいつ、どこにかくれてやがった?」
「ぴんぴんしてるぞ!」
兵士がジャックに気づき、体を抱え上げた。
「くそ、放せ!」
「グリモワールⅥの章・分解魔法砕石飛礫」
ユリルが詠唱した。
ダダダダッ――。
石礫が兵士を襲う。
「ぐわっ」
二人の兵士は、その場に倒れ込んだ。
「おまえら助けにきてくれたのか?」
ジャックは俺の顔を見て声を上げた。
「なりゆきでな」
「弟のビーンが……」
彼の弟は、床に倒れ衰弱しきっている。
「馬車で連れて行かれる前は、元気だったのに……」
「あの魔法陣のせいか?」
「生命エネルギーを吸い取る魔法のようね」
アヒルは、ビーンの様子をみて答えた。
「今待ってろ、細胞組織活性化を使う」
「その魔法じゃむりよ」
アヒルが俺の詠唱を止めた。
「細胞を活性化させる魔法だから、根本的な衰弱は治せないわ。回復には自力で栄養を取るしか無い」
「そんな……どうすることもできないのか?」
表を見ていたユリルが戻ってくる。
「ねぇ、兵士がくるわ」
兵士が次々と建物の中に押し寄せてきた。
「侵入者だ! 捕らえろ」
「おい、ばれてんじゃねーか!」
俺はアヒルを問いただす。
「壁ぶち破ってきたからね……」
アヒルは悪びれることもなく、そう言った。
「とにかく、この兵士共を片付けないとな」
俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした。
「へん――、しん――」
俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。
魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。
着ていた服は消え裸になる。
「おぉっ」
兵士から声があがる。
恥ずかしい……。
そして、煙に包まれた。
ぼわん――。
今回は、何のモンスターに変身したのだろうか?
手足が多い……確実に虫だな。
背中にはカメの甲羅ようなものが付いている。
「この姿は……ダンゴムシ?」
「あいかわらず、気持ち悪い姿ね……」
アヒルが挑発してくる。
「うねせーな……敵を倒せればいいんだよ」
俺は団子状に丸まった。
ゴロゴロゴロゴロ――。
回転して、兵士の群れに突進する。
ドーン――。
「うわぁっ」
兵士たちは俺にひかれ、地面に這いつくばる。
「砕石飛礫!」
ユリルも魔法で応戦する。
「まだくるわ……」
アヒルが声をあげた。
建物に入ってきたのは、ミネルバだった。
彼女は、俺たちの顔を見て驚いていた。
「まさか、キミたちだったとはね」
「お戻りください! いくらミネルバ様とはいえ、ここに立ち入るのは禁じられています」
ミネルバは兵士たちに止められている。
「ええい、放せ」
彼女は、兵士たちを振り払い、俺たちの前に立った。
「民衆の平和を脅かす者は、誰であれ成敗する。
そして、レイピアを抜いた。
「お前たち、ここで何をしている?」
「それは俺も聞きたいね……あんたらが、何を企んでいるのか?」
俺はミネルバに問い掛けた。
「私もここへは初めてくる」
ミネルバは、倒れているビーンを見た。
「その子、どうしたんだ?」
「この建物で何かが行われていたわ……そのせいで、あのこはあんな状態になったのよ」
アヒルが答える。
「あの人たちは、馬車で貧民街に送られるわ……」
「この町で生活する経済力がない者は、そうなるな」
ユリルはミネルバの前に立った。
「あなたは貧民街の暴徒を捕らえていたけど、彼らだって生きているのよ? 同じ人間なのよ? この町の人たちだけがよければそれでいいの?」
「彼らは暴動を起こした……武器を手にし、人々を傷付けようとした」
「その原因はどこにあると思う?」
俺も口を挟んだ。
「彼らの言い分をきいたのか? 一方的に力でねじ伏せているだけだろう?」
「原因……」
「弱きを助け 強きくじく? この国のやっていることは、お前の騎士道か?」
ミネルバは、貧民街を見つめた。
「この建物になにか秘密があると思うんだ……お前も知りたくないか?
ミネルバは、建物を見上げた。
「ミネルバ様、なりません」
兵士たちは、ミネルバを止める。
「お前たち、何か知っているんだな?」
「口外できません」
「私には知る権利がある」
「待ってください! いくらミネルバ様とはいえ、禁じられています」
「ええい、黙れ!」
ミネルバは兵士を振り払った。
建物の一階には、鉄の扉がある。
「この先に何かありそうだな……」
錠が掛かっている。
「俺に任せてくれ。グリモワールⅢの章・造形魔法錠前解錠」
俺は、魔法で扉を開けた。
「きみは魔導師だったんだな」
「あぁ、大した魔法は使えないけどな」
扉を入ると、地下に続く階段がある。
長いらせん状の階段だ。
大きな円柱状の壁を旋回しながら、地下へと降りていく。
ミネルバは、ちらちらアヒルを見ていた。
何か気になることがあるのだろうか?
やがて、階段の終わりが見えてくる。
階段の先がうっすらと光を放っている。
階段を降りきると、そこは巨大な空間になっていた。
そこから、何か強い電磁波のようなものを感じる。
ウゥゥゥゥゥン――。
「これは……?」
一同がそれを見上げ、唖然とする。
地下の空間には、巨大なクリスタルがあった。
クリスタルには、木の根のようなものが絡みつき、木の根は地中に伸びている。
「マナの木……」
アヒルは、そう呟いた。
「きれい……」
ユリルは、その光景に見とれている。
「不思議に思っていたのよ、どうしてこの町だけこれほど農作物が実るのか……」
アヒルは、クリスタルに近づいた。
「マナは生命エネルギー……このクリスタルはその結晶よ」
「魔法陣で人々からマナを吸い上げ、このマナの木に送っていた――ということか?」
「この木の根が隅々まで広がり、この町の田畑に実りを与えている」
「それが、この町が豊かな理由……」
ユリルは、悲しそうな表情を浮かべた。
カツン、カツン――。
俺たちの後から誰かが入ってきた。
「おやおや、いくらミネルバ様とはいえ、立ち入り禁止の場所に入って貰ってはこまりますよ
豪華なローブに身をくるみ、いかにも聖職者といった出で立ちだ。
「ファウスト大司教殿、これはどういうことだ?」
ミネルバは、彼に問いただす。
ファウストの後ろには、兵士が大勢控えていた。
「このようなことをして、国家に対する反逆だぞ?」
ミネルバのその言葉に対して、ファウストは不敵に笑みを浮かべるだけだった。
「ミネルバ、それは違うぞ……」
兵士の間から、国王アトラスが姿を現した。
「アトラス様……。ファウスト大司教に、そそのかされて?」
アトラスは首を横に振った。
「人は平等ではない……人は誰かの犠牲の上に立つのだ……」
アトラスは、ミネルバの肩に手を乗せる。
「それは、身寄りの無かったお前自身が、良く知っているはずだ」
アトラスはゆっくりと歩いて行った。
その先には、無数の骨の山が、まるで貝塚のようにそびえ立つ。
「なんてことを……」
「肥やしとなってくれた者たちには感謝せねばな……彼らのおかげで幸せに暮らせている人がいるのだから」
ミネルバは、骨の山の前で膝を突いた。
「この人たちの……貧民街の人たちの幸せはどうなるんです?」
「幸せの数は限られている……すべての人に平等には行き渡らない」
「だからと言って……」
「そうか、あんたの考えは分かったよ」
俺はアトラスに向かって言った。
「人の上に立つ奴は、大抵そんな考えをしている」
「なんだ、この娘は?」
「人間に優劣を付け、金と権力に物を言わせて弱者を虐げる……金がすべての世界でも、力がすべての世界でも、社会の作りは何も変わらない」
俺は、ステッキをアトラスに向けた。
「けどな、俺は違う……俺は全員を幸せにする」
「ふははははっ、不可能だ!」
アトラスは、高笑いをする。
「夢を見るのは誰にだってできる……しかし、それを実現するには、力、財力、信頼、あらゆるものが必要になるのだ! そのすべてを持つ私でさえできぬことが、ほかの誰にできようというのだ?」
「そうだな、今のままじゃ無理だろうな……だから、努力するんだ! 夢を実現させるためにな!」
「夢……? きみは何をしようと……」
ミネルバは、俺に疑問を投げかける。
「俺には目的がある! この世界に希望を与える! いつか竜を倒して、豊かな土地を取り戻す!」
アトラスは鼻で笑った。
「そいつは、大層な夢だ……。しかし残念だが、それは叶わぬ夢……今ここで儚く散るのだ! さぁ、そいつらを始末しろ! 反逆者は根絶やしにせねばならん」
ジャキン――。
兵士が剣を構え、俺たちの前に歩み寄る。
しかし、その行く手を塞ぐようにミネルバが立ちはだかった。
「何をしている、ミネルバ……?」
「私は、国王の盾となることを誓いました」
「ならば、そこをどけ」
アトラスの言葉に、ミネルバは首を横に振った。
「しかし、私の剣は弱き者のためにあります」
「私に逆らうというのか?」
「主君に逆らうなど、騎士としてあるまじきこと……しかし、虐げられている弱者を見捨てることなど……騎士道以前に、人としてあるまじきこと!」
兵士たちはその場を動かず、彼女の言葉に耳を傾けていた。
「捕らえている者を……貧民街の者たちを解放して下さい」
「暴動が起きるぞ? そうなれば、幸せに暮らしている人は不幸になる……それでもか?」
「彼らもわかってくれるはず……」
ミネルバは、声を上げた。
「いいえ、わからなければならない! 幸せは平等に与えられるべきだと……」
「恩を忘れたか……ミネルバよ……」
アトラスのその言葉に、ミネルバは俯いた。
「こいつも反逆者だ! やってしまえ」
兵士たちは戸惑っていた。
「どうした? 命令に遵えぬ者は処刑するぞ!」
アトラスのその言葉をきっかけに、兵士は次々に襲い掛かってきた。
「許せ……同士よ……」
ミネルバはそう呟き、顔を上げる。
シュン、シュン、シュン、シュン――。
ミネルバのレイピアが兵士を襲う。
「うわぁっ」
兵士たちは手を刺され、次々と武器を落とす。
「引けぃ! お前たちが何人束になろうと、私には勝てない」
ミネルバの威圧に、兵士はたじろいでいる。
パチパチパチ――。
手を叩く音がする。
「流石は騎士団長……ここは私がお相手致しましょう」
ファウストが、兵士の前に出た。
「行きますよ……グリモワールⅠの章・大気魔法渦巻く地獄ノ業炎」
「逃げて、上級魔法よ!」
ファウストの詠唱を聞いて、アヒルが大声を上げた。
ブオォォォッ――。
ファウストの手の先から、複数の炎の塊が発生する。
凄まじいほどの熱気で汗が出る。
おそらく何百度という高温の炎だ……直撃したら、焼けるどころか、体が溶けて終うだろう。
炎の塊は渦を巻き、次々と飛んでくる。
ミネルバは、地面を転がり身をかわした。
炎の塊は、俺たちの方にも飛んでくる。
「おい、どうすんだ!?」
「まかせて! グリモワールⅢの章・造形魔法土ノ障壁」
ユリルが、俺たちの前に立ち詠唱する。
ゴゴゴゴゴ――。
地面から土が隆起し、俺たちの前に土の壁が生成された。
ドーン、ドーン、ドーン――。
炎の塊は土の壁に衝突し消滅した。
土の壁も、その衝撃で砕け散る。
「おいおい、殺す気まんまんだな……」
「ほぉ、やりますね……」
ファウストは顎ヒゲを指で摩りながら、俺たちを見ている。
俺はミネルバに声を掛けた。
「あんたこの国の騎士なんだろう? こんなことして大丈夫か?」
「悔いはない……これが私の信じる道」
彼女の表情に、一辺の迷いも無かった。
「そうか……」
俺は、ファウストに向かって言った。
「予告してやるよ! 次に魔法を使った時が、お前の最後だ」
「ほぅ、面白いことを言う」
ファウストは詠唱を始めた。
「ならば、これならどうかな? グリモワールⅠの章・大気魔法天舞鳳凰爆炎翔」
炎の渦の中から、巨大な火の鳥が形成される。
地下の空間を覆い尽くす程の大きさだ。
仲間諸共殺す気か?
ファウストの詠唱に合わせて、俺も魔法を唱える。
「グリモワールⅥの章・分解魔法醸造竜ノ吐息」
俺は、手の中のアルコールを吹き付けた。
ブーッ――。
炎のブレスが、ファウストを襲う。
彼は自分の出した炎に包まれた。
「うわぁぁぁぁぁっ」
「よし、怯んだ!」
俺は体を丸めて、ファウストに向かって転がって行く。
ドーン――。
俺の体当たりをくらったファウストは、壁まで吹っ飛んでいった。
それと同時に火の鳥は消滅する。
「いっちょあがりっと……」
アトラスが口を開いた。
「ファウストを倒すとは……なるほど、世界を救うなんて口だけではなさそうだ」
「ミネルバ……私をどうするつもりだ?」
「主君に剣を向けることなどできません……」
ミネルバは、クリスタルに剣を向けた。
「よ、よせ! それを破壊すればこの町は荒廃する!」
これまで悠然と構えていたアトラスに、焦りが見える。
「あのクリスタルはマナの結晶……生命エネルギーの源が無くなれば、マナの木も枯れるわ」
アヒルは、そう言った。
「お前は、町の人々を不幸にするつもりか?」
アトラスの問いに、ミネルバは答えた。
「他人の不幸せの上に成り立つ幸福など、なんの価値もありはしない」
「愚かな……貴様は大罪人として追われることになるぞ!?」
「それでも私は……自分の信じる正義の為に行動する」
ミネルバは、レイピアを振るった。
シュン――。
ピシッ――。
クリスタルにひびが入る。
「よせっ!」
シュン、シュン、シュン、シュン――。
アトラスの制止を振り切り、ミネルバはレイピアを振り続ける。
「こんなものが……あるから……」
ピシッ、ピシッ、ピシッ――。
クリスタルのひびは、徐々に大きくなっていく。
パリン――。
そして、クリスタルは粉々に砕け散った。
無数の欠片が空中に舞う。
その光景はとても綺麗だった……まるで星空をみているかのように。
「ビーン、気が付いたか?」
ジャックが声を上げる。
倒れていたビーンに、血の気が戻って行く。
「マナの結晶が割れたことで、失われた生命エネルギーが彼の元に戻ったのよ」
アヒルは、ビーンの横で様子を伺っている。
マナの木の根は、徐々に干からびていった。
やがて、干物のように細くなり、ボロボロと崩れ落ちる。
ミネルバは、アトラスの前で片膝をついた。
「あなたに使えたことを……幸せに思います」
彼女の目に涙が見える。
「クリスタルは破壊した。これで、貧民街の人々が苦しむことはないでしょう……」
ミネルバは、そう言葉にして立ち上がった。
そして、鎧を脱ぎ、レイピアと共にその場に置いた。
「お世話に……なりました……」
「やがてこの城下町の水は涸れ、作物は実らなくなる……それがお前の望んだ答えか?」
アトラスはミネルバに言った。
「いいえ……私はこの世界に希望を与えたい……竜を倒せば、豊かな大地が戻る……彼女が教えてくれました」
ミネルバは、俺の顔を見つめる。
俺は何も言わず、笑顔を返した。
「世迷い言を……」
ミネルバはアトラスに背を向け、階段に向かって歩き出した。
「貧民街の人たちを、解放してきます」
俺たちも、彼女の後に続いた。
荒野の果てに太陽が沈んでゆく……。
俺たちは荒野の高台に立ち、城下町を見つめていた。
「楽園などではなかった……すべては偽りだった」
ミネルバはそう呟いた。
「私は王を裏切り……そして、国を捨てた」
俺は、彼女の寂しそうな背中を見つめていた。
「やがてあの町は崩壊する……私のとった行動は間違えだっただろうか?」
「さぁな……」
俺はそう答えた。
「違うよ!」
ジャックが声を上げ、ミネルバの前に立った。
「お姉ちゃんのおかげで、ビーンは元気を取り戻せた……だから、お姉ちゃんは間違ってなんかないよ」
「ありがとう」
ミネルバは腰を落ろし、ジャックの頭を撫でる。
「礼を言うのは俺のほうさ……みんな、ありがとう」
ジャックは頭を下げた。
「ほら、お前も……」
そして、隣にいたビーンの頭に手を乗せ、彼の頭も下げさせる。
「俺たちは行くぜ……今夜は、野宿になっちまうな……」
結局、女湯……入れずじまいだよ……。
「あんたはどうすんだ?」
俺は振り返って、ミネルバを見た。
ミネルバは、アヒルをちらちら見ていた。
喋るアヒルを不思議に思っているんだろう。
「そいつはな、突然変異で喋れるようになった哀れなアヒルだ」
「ちょっと何その設定!? 私は王女よ」
アヒルが羽をばたつかせて叫び出す。
「どうやら、アヒルの国の王女さまらしい……」
ガブーッ――。
アヒルは俺の頭に噛みついた。
「いてー!」
皆に笑い声が溢れる。
「私は剣を捨てた……これからは、自由にいきるわ」
ミネルバは、笑顔でそう言った。
「そうか、がんばれよ」
俺は手を上げて、彼女に別れを告げた。
そして、馬車に向かって歩き出した。
「さて次は、どんな町かな? 行こうぜ、アヒル……」
アヒルの姿が見えない。
ミネルバは、アヒルを抱きしめていた。
「このアヒルちゃんなんだが……」
ミネルバは、恥ずかしそうに口を開く。
アヒルちゃん?
「なんだ食べたいのか?」
「なにー? 私は食べ物じゃないわよー」
アヒルは、ミネルバの手の中で羽をばたつかせる。
「そいつ食われると、都合が悪いんだ……悪いけど、ほかのアヒルを……」
「かわいい……ペットにする……」
ミネルバは、頬を赤らめてそう言った。
ペット――?
そして、力強くアヒルを抱きしめた。
皆が黙って彼女に注目する。
「そうか……よかったなアヒル、ご主人様が見つかって」
俺は手を振って馬車に向かった。
「それじぁ、達者でな……」
「ちょっとー、助けてー」
「アヒルちゃん……かわいい……」
----------
⇒ 次話につづく!
床には巨大な魔法陣が描かれていた。
気分が悪い……頭が割れそうだ。
どくんどくんと、まるで心音のような重低音が聞こえてくる。
魔法陣の上にいる人々の様子がおかしい。
次々に倒れ始めた。
血の気が引いてぐったりしている。
俺もこれ以上この場所にはいられない。
俺はきた道を戻り、屋上に出た。
あのまま居続けたら、俺も倒れていたかも知れない。
数分すると、揺れが収まった。
屋上から下を見ると、倒れた人々が運ばれていく。
「貧民街の方に運ばれていくわね」
俺の後ろに、ユリルが立っていた。
「うわっ、どうして?」
「強い魔力を感じて、慌ててきたのよ」
ユリルの頭の上にアヒルもいる。
「これじゃあ、俺の潜入の意味が無いだろう?」
「この建物に秘密がありそうね」
俺たちは通路の先にある階段を降りた。
人々が集められていた場所に着いた。
「おい、しっかりしろ」
ジャックの声がする。
彼は倒れている弟に声を掛けていた。
「こいつ、どこにかくれてやがった?」
「ぴんぴんしてるぞ!」
兵士がジャックに気づき、体を抱え上げた。
「くそ、放せ!」
「グリモワールⅥの章・分解魔法砕石飛礫」
ユリルが詠唱した。
ダダダダッ――。
石礫が兵士を襲う。
「ぐわっ」
二人の兵士は、その場に倒れ込んだ。
「おまえら助けにきてくれたのか?」
ジャックは俺の顔を見て声を上げた。
「なりゆきでな」
「弟のビーンが……」
彼の弟は、床に倒れ衰弱しきっている。
「馬車で連れて行かれる前は、元気だったのに……」
「あの魔法陣のせいか?」
「生命エネルギーを吸い取る魔法のようね」
アヒルは、ビーンの様子をみて答えた。
「今待ってろ、細胞組織活性化を使う」
「その魔法じゃむりよ」
アヒルが俺の詠唱を止めた。
「細胞を活性化させる魔法だから、根本的な衰弱は治せないわ。回復には自力で栄養を取るしか無い」
「そんな……どうすることもできないのか?」
表を見ていたユリルが戻ってくる。
「ねぇ、兵士がくるわ」
兵士が次々と建物の中に押し寄せてきた。
「侵入者だ! 捕らえろ」
「おい、ばれてんじゃねーか!」
俺はアヒルを問いただす。
「壁ぶち破ってきたからね……」
アヒルは悪びれることもなく、そう言った。
「とにかく、この兵士共を片付けないとな」
俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした。
「へん――、しん――」
俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。
魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。
着ていた服は消え裸になる。
「おぉっ」
兵士から声があがる。
恥ずかしい……。
そして、煙に包まれた。
ぼわん――。
今回は、何のモンスターに変身したのだろうか?
手足が多い……確実に虫だな。
背中にはカメの甲羅ようなものが付いている。
「この姿は……ダンゴムシ?」
「あいかわらず、気持ち悪い姿ね……」
アヒルが挑発してくる。
「うねせーな……敵を倒せればいいんだよ」
俺は団子状に丸まった。
ゴロゴロゴロゴロ――。
回転して、兵士の群れに突進する。
ドーン――。
「うわぁっ」
兵士たちは俺にひかれ、地面に這いつくばる。
「砕石飛礫!」
ユリルも魔法で応戦する。
「まだくるわ……」
アヒルが声をあげた。
建物に入ってきたのは、ミネルバだった。
彼女は、俺たちの顔を見て驚いていた。
「まさか、キミたちだったとはね」
「お戻りください! いくらミネルバ様とはいえ、ここに立ち入るのは禁じられています」
ミネルバは兵士たちに止められている。
「ええい、放せ」
彼女は、兵士たちを振り払い、俺たちの前に立った。
「民衆の平和を脅かす者は、誰であれ成敗する。
そして、レイピアを抜いた。
「お前たち、ここで何をしている?」
「それは俺も聞きたいね……あんたらが、何を企んでいるのか?」
俺はミネルバに問い掛けた。
「私もここへは初めてくる」
ミネルバは、倒れているビーンを見た。
「その子、どうしたんだ?」
「この建物で何かが行われていたわ……そのせいで、あのこはあんな状態になったのよ」
アヒルが答える。
「あの人たちは、馬車で貧民街に送られるわ……」
「この町で生活する経済力がない者は、そうなるな」
ユリルはミネルバの前に立った。
「あなたは貧民街の暴徒を捕らえていたけど、彼らだって生きているのよ? 同じ人間なのよ? この町の人たちだけがよければそれでいいの?」
「彼らは暴動を起こした……武器を手にし、人々を傷付けようとした」
「その原因はどこにあると思う?」
俺も口を挟んだ。
「彼らの言い分をきいたのか? 一方的に力でねじ伏せているだけだろう?」
「原因……」
「弱きを助け 強きくじく? この国のやっていることは、お前の騎士道か?」
ミネルバは、貧民街を見つめた。
「この建物になにか秘密があると思うんだ……お前も知りたくないか?
ミネルバは、建物を見上げた。
「ミネルバ様、なりません」
兵士たちは、ミネルバを止める。
「お前たち、何か知っているんだな?」
「口外できません」
「私には知る権利がある」
「待ってください! いくらミネルバ様とはいえ、禁じられています」
「ええい、黙れ!」
ミネルバは兵士を振り払った。
建物の一階には、鉄の扉がある。
「この先に何かありそうだな……」
錠が掛かっている。
「俺に任せてくれ。グリモワールⅢの章・造形魔法錠前解錠」
俺は、魔法で扉を開けた。
「きみは魔導師だったんだな」
「あぁ、大した魔法は使えないけどな」
扉を入ると、地下に続く階段がある。
長いらせん状の階段だ。
大きな円柱状の壁を旋回しながら、地下へと降りていく。
ミネルバは、ちらちらアヒルを見ていた。
何か気になることがあるのだろうか?
やがて、階段の終わりが見えてくる。
階段の先がうっすらと光を放っている。
階段を降りきると、そこは巨大な空間になっていた。
そこから、何か強い電磁波のようなものを感じる。
ウゥゥゥゥゥン――。
「これは……?」
一同がそれを見上げ、唖然とする。
地下の空間には、巨大なクリスタルがあった。
クリスタルには、木の根のようなものが絡みつき、木の根は地中に伸びている。
「マナの木……」
アヒルは、そう呟いた。
「きれい……」
ユリルは、その光景に見とれている。
「不思議に思っていたのよ、どうしてこの町だけこれほど農作物が実るのか……」
アヒルは、クリスタルに近づいた。
「マナは生命エネルギー……このクリスタルはその結晶よ」
「魔法陣で人々からマナを吸い上げ、このマナの木に送っていた――ということか?」
「この木の根が隅々まで広がり、この町の田畑に実りを与えている」
「それが、この町が豊かな理由……」
ユリルは、悲しそうな表情を浮かべた。
カツン、カツン――。
俺たちの後から誰かが入ってきた。
「おやおや、いくらミネルバ様とはいえ、立ち入り禁止の場所に入って貰ってはこまりますよ
豪華なローブに身をくるみ、いかにも聖職者といった出で立ちだ。
「ファウスト大司教殿、これはどういうことだ?」
ミネルバは、彼に問いただす。
ファウストの後ろには、兵士が大勢控えていた。
「このようなことをして、国家に対する反逆だぞ?」
ミネルバのその言葉に対して、ファウストは不敵に笑みを浮かべるだけだった。
「ミネルバ、それは違うぞ……」
兵士の間から、国王アトラスが姿を現した。
「アトラス様……。ファウスト大司教に、そそのかされて?」
アトラスは首を横に振った。
「人は平等ではない……人は誰かの犠牲の上に立つのだ……」
アトラスは、ミネルバの肩に手を乗せる。
「それは、身寄りの無かったお前自身が、良く知っているはずだ」
アトラスはゆっくりと歩いて行った。
その先には、無数の骨の山が、まるで貝塚のようにそびえ立つ。
「なんてことを……」
「肥やしとなってくれた者たちには感謝せねばな……彼らのおかげで幸せに暮らせている人がいるのだから」
ミネルバは、骨の山の前で膝を突いた。
「この人たちの……貧民街の人たちの幸せはどうなるんです?」
「幸せの数は限られている……すべての人に平等には行き渡らない」
「だからと言って……」
「そうか、あんたの考えは分かったよ」
俺はアトラスに向かって言った。
「人の上に立つ奴は、大抵そんな考えをしている」
「なんだ、この娘は?」
「人間に優劣を付け、金と権力に物を言わせて弱者を虐げる……金がすべての世界でも、力がすべての世界でも、社会の作りは何も変わらない」
俺は、ステッキをアトラスに向けた。
「けどな、俺は違う……俺は全員を幸せにする」
「ふははははっ、不可能だ!」
アトラスは、高笑いをする。
「夢を見るのは誰にだってできる……しかし、それを実現するには、力、財力、信頼、あらゆるものが必要になるのだ! そのすべてを持つ私でさえできぬことが、ほかの誰にできようというのだ?」
「そうだな、今のままじゃ無理だろうな……だから、努力するんだ! 夢を実現させるためにな!」
「夢……? きみは何をしようと……」
ミネルバは、俺に疑問を投げかける。
「俺には目的がある! この世界に希望を与える! いつか竜を倒して、豊かな土地を取り戻す!」
アトラスは鼻で笑った。
「そいつは、大層な夢だ……。しかし残念だが、それは叶わぬ夢……今ここで儚く散るのだ! さぁ、そいつらを始末しろ! 反逆者は根絶やしにせねばならん」
ジャキン――。
兵士が剣を構え、俺たちの前に歩み寄る。
しかし、その行く手を塞ぐようにミネルバが立ちはだかった。
「何をしている、ミネルバ……?」
「私は、国王の盾となることを誓いました」
「ならば、そこをどけ」
アトラスの言葉に、ミネルバは首を横に振った。
「しかし、私の剣は弱き者のためにあります」
「私に逆らうというのか?」
「主君に逆らうなど、騎士としてあるまじきこと……しかし、虐げられている弱者を見捨てることなど……騎士道以前に、人としてあるまじきこと!」
兵士たちはその場を動かず、彼女の言葉に耳を傾けていた。
「捕らえている者を……貧民街の者たちを解放して下さい」
「暴動が起きるぞ? そうなれば、幸せに暮らしている人は不幸になる……それでもか?」
「彼らもわかってくれるはず……」
ミネルバは、声を上げた。
「いいえ、わからなければならない! 幸せは平等に与えられるべきだと……」
「恩を忘れたか……ミネルバよ……」
アトラスのその言葉に、ミネルバは俯いた。
「こいつも反逆者だ! やってしまえ」
兵士たちは戸惑っていた。
「どうした? 命令に遵えぬ者は処刑するぞ!」
アトラスのその言葉をきっかけに、兵士は次々に襲い掛かってきた。
「許せ……同士よ……」
ミネルバはそう呟き、顔を上げる。
シュン、シュン、シュン、シュン――。
ミネルバのレイピアが兵士を襲う。
「うわぁっ」
兵士たちは手を刺され、次々と武器を落とす。
「引けぃ! お前たちが何人束になろうと、私には勝てない」
ミネルバの威圧に、兵士はたじろいでいる。
パチパチパチ――。
手を叩く音がする。
「流石は騎士団長……ここは私がお相手致しましょう」
ファウストが、兵士の前に出た。
「行きますよ……グリモワールⅠの章・大気魔法渦巻く地獄ノ業炎」
「逃げて、上級魔法よ!」
ファウストの詠唱を聞いて、アヒルが大声を上げた。
ブオォォォッ――。
ファウストの手の先から、複数の炎の塊が発生する。
凄まじいほどの熱気で汗が出る。
おそらく何百度という高温の炎だ……直撃したら、焼けるどころか、体が溶けて終うだろう。
炎の塊は渦を巻き、次々と飛んでくる。
ミネルバは、地面を転がり身をかわした。
炎の塊は、俺たちの方にも飛んでくる。
「おい、どうすんだ!?」
「まかせて! グリモワールⅢの章・造形魔法土ノ障壁」
ユリルが、俺たちの前に立ち詠唱する。
ゴゴゴゴゴ――。
地面から土が隆起し、俺たちの前に土の壁が生成された。
ドーン、ドーン、ドーン――。
炎の塊は土の壁に衝突し消滅した。
土の壁も、その衝撃で砕け散る。
「おいおい、殺す気まんまんだな……」
「ほぉ、やりますね……」
ファウストは顎ヒゲを指で摩りながら、俺たちを見ている。
俺はミネルバに声を掛けた。
「あんたこの国の騎士なんだろう? こんなことして大丈夫か?」
「悔いはない……これが私の信じる道」
彼女の表情に、一辺の迷いも無かった。
「そうか……」
俺は、ファウストに向かって言った。
「予告してやるよ! 次に魔法を使った時が、お前の最後だ」
「ほぅ、面白いことを言う」
ファウストは詠唱を始めた。
「ならば、これならどうかな? グリモワールⅠの章・大気魔法天舞鳳凰爆炎翔」
炎の渦の中から、巨大な火の鳥が形成される。
地下の空間を覆い尽くす程の大きさだ。
仲間諸共殺す気か?
ファウストの詠唱に合わせて、俺も魔法を唱える。
「グリモワールⅥの章・分解魔法醸造竜ノ吐息」
俺は、手の中のアルコールを吹き付けた。
ブーッ――。
炎のブレスが、ファウストを襲う。
彼は自分の出した炎に包まれた。
「うわぁぁぁぁぁっ」
「よし、怯んだ!」
俺は体を丸めて、ファウストに向かって転がって行く。
ドーン――。
俺の体当たりをくらったファウストは、壁まで吹っ飛んでいった。
それと同時に火の鳥は消滅する。
「いっちょあがりっと……」
アトラスが口を開いた。
「ファウストを倒すとは……なるほど、世界を救うなんて口だけではなさそうだ」
「ミネルバ……私をどうするつもりだ?」
「主君に剣を向けることなどできません……」
ミネルバは、クリスタルに剣を向けた。
「よ、よせ! それを破壊すればこの町は荒廃する!」
これまで悠然と構えていたアトラスに、焦りが見える。
「あのクリスタルはマナの結晶……生命エネルギーの源が無くなれば、マナの木も枯れるわ」
アヒルは、そう言った。
「お前は、町の人々を不幸にするつもりか?」
アトラスの問いに、ミネルバは答えた。
「他人の不幸せの上に成り立つ幸福など、なんの価値もありはしない」
「愚かな……貴様は大罪人として追われることになるぞ!?」
「それでも私は……自分の信じる正義の為に行動する」
ミネルバは、レイピアを振るった。
シュン――。
ピシッ――。
クリスタルにひびが入る。
「よせっ!」
シュン、シュン、シュン、シュン――。
アトラスの制止を振り切り、ミネルバはレイピアを振り続ける。
「こんなものが……あるから……」
ピシッ、ピシッ、ピシッ――。
クリスタルのひびは、徐々に大きくなっていく。
パリン――。
そして、クリスタルは粉々に砕け散った。
無数の欠片が空中に舞う。
その光景はとても綺麗だった……まるで星空をみているかのように。
「ビーン、気が付いたか?」
ジャックが声を上げる。
倒れていたビーンに、血の気が戻って行く。
「マナの結晶が割れたことで、失われた生命エネルギーが彼の元に戻ったのよ」
アヒルは、ビーンの横で様子を伺っている。
マナの木の根は、徐々に干からびていった。
やがて、干物のように細くなり、ボロボロと崩れ落ちる。
ミネルバは、アトラスの前で片膝をついた。
「あなたに使えたことを……幸せに思います」
彼女の目に涙が見える。
「クリスタルは破壊した。これで、貧民街の人々が苦しむことはないでしょう……」
ミネルバは、そう言葉にして立ち上がった。
そして、鎧を脱ぎ、レイピアと共にその場に置いた。
「お世話に……なりました……」
「やがてこの城下町の水は涸れ、作物は実らなくなる……それがお前の望んだ答えか?」
アトラスはミネルバに言った。
「いいえ……私はこの世界に希望を与えたい……竜を倒せば、豊かな大地が戻る……彼女が教えてくれました」
ミネルバは、俺の顔を見つめる。
俺は何も言わず、笑顔を返した。
「世迷い言を……」
ミネルバはアトラスに背を向け、階段に向かって歩き出した。
「貧民街の人たちを、解放してきます」
俺たちも、彼女の後に続いた。
荒野の果てに太陽が沈んでゆく……。
俺たちは荒野の高台に立ち、城下町を見つめていた。
「楽園などではなかった……すべては偽りだった」
ミネルバはそう呟いた。
「私は王を裏切り……そして、国を捨てた」
俺は、彼女の寂しそうな背中を見つめていた。
「やがてあの町は崩壊する……私のとった行動は間違えだっただろうか?」
「さぁな……」
俺はそう答えた。
「違うよ!」
ジャックが声を上げ、ミネルバの前に立った。
「お姉ちゃんのおかげで、ビーンは元気を取り戻せた……だから、お姉ちゃんは間違ってなんかないよ」
「ありがとう」
ミネルバは腰を落ろし、ジャックの頭を撫でる。
「礼を言うのは俺のほうさ……みんな、ありがとう」
ジャックは頭を下げた。
「ほら、お前も……」
そして、隣にいたビーンの頭に手を乗せ、彼の頭も下げさせる。
「俺たちは行くぜ……今夜は、野宿になっちまうな……」
結局、女湯……入れずじまいだよ……。
「あんたはどうすんだ?」
俺は振り返って、ミネルバを見た。
ミネルバは、アヒルをちらちら見ていた。
喋るアヒルを不思議に思っているんだろう。
「そいつはな、突然変異で喋れるようになった哀れなアヒルだ」
「ちょっと何その設定!? 私は王女よ」
アヒルが羽をばたつかせて叫び出す。
「どうやら、アヒルの国の王女さまらしい……」
ガブーッ――。
アヒルは俺の頭に噛みついた。
「いてー!」
皆に笑い声が溢れる。
「私は剣を捨てた……これからは、自由にいきるわ」
ミネルバは、笑顔でそう言った。
「そうか、がんばれよ」
俺は手を上げて、彼女に別れを告げた。
そして、馬車に向かって歩き出した。
「さて次は、どんな町かな? 行こうぜ、アヒル……」
アヒルの姿が見えない。
ミネルバは、アヒルを抱きしめていた。
「このアヒルちゃんなんだが……」
ミネルバは、恥ずかしそうに口を開く。
アヒルちゃん?
「なんだ食べたいのか?」
「なにー? 私は食べ物じゃないわよー」
アヒルは、ミネルバの手の中で羽をばたつかせる。
「そいつ食われると、都合が悪いんだ……悪いけど、ほかのアヒルを……」
「かわいい……ペットにする……」
ミネルバは、頬を赤らめてそう言った。
ペット――?
そして、力強くアヒルを抱きしめた。
皆が黙って彼女に注目する。
「そうか……よかったなアヒル、ご主人様が見つかって」
俺は手を振って馬車に向かった。
「それじぁ、達者でな……」
「ちょっとー、助けてー」
「アヒルちゃん……かわいい……」
----------
⇒ 次話につづく!
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