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第九節 寂しいのはきっと自分なのに

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 俺たちはユリルを追って、塀に囲まれた建物に入った。
 モヒカンに担がれて地下に連れて行かれるのを見たが、そこに彼女の姿は無かった。
 出口は一つしかない。
 彼女は、いったいどこに――?
 ガタガタ、ガタガタ――。
「何の音だ?」
 地下の入り口に置かれた樽が、左右に動いている。
 あそこに、何かいる――。
「カ、カツヤ、見てきなさいよ……」
 リラー――。
 アヒルもドラゴリラも、俺の後ろに隠れている。
 俺はゆっくりと近づいた。
 ゴトン――。
 樽はひとりでに倒れた。
「ひぃっ」
 俺は、思わず悲鳴を上げる。
 なんだこの樽は!? モンスター?
 樽は、俺の足元へと転がってきた。
 樽に手を伸ばすと――。
 パカッ――。
 樽の蓋が開く。
 そして、その中から……人間の首が出てきた。
「キャーッ!」
 アヒルが悲鳴を上げる。
「うわぁぁっ!」
 その声に驚いて、俺も大声を出してしまった。
「んんー、んんーっ」
 樽から出ている首は、見慣れた首だった。
「ユリル?」
 口元を布で縛られ、喋れないようだ。
 よかった……首と体は繋がっている。
 俺は、布をほどいてやる。
 ユリルは、布をほどいた瞬間しゃべり出した。
「あんた、また変な格好して、何やってるの?」
「それは、こっちの台詞だよ! 樽の中で何やってんだ?」
「モヒカンに入れられたのよ!」
 俺はユリルを樽から出してやった。
「あいつら、絶対に許さないんだから!」
 ユリルはそう言って、すぐに走り出した。
 しかし、走って行った方は行き止まりで、うろうろしている。
「出口どっち?」
 俺は、階段を指差す。
 ユリルは、階段に向かって一直線に走って行った。
「この人たち、どうするかな……」
 俺は、アヒルに話しかけた。
「今は動けそうにないから、放っておくしかないわね」
「あいつ、またどっか行っちまったな」
「ほんとに、後先考えず突っ込んでいくんだから……」
 ユリルを追って、階段を上がった。
 表に出ると、ざわついている。
「バカー! アホー! 放してよー」
 ユリルの声だ――。
 中央には巨大な石像があり、その横にある柱に全身をロープでグルグル巻きにされ、吊されていた。
「なんでまた、掴まってんだ? あいつ……」
 それにしても、あの石像の男どこかで見たことがあるな?
 ユリルの側には鞭を持った大男が立っている。
 奥の小さな小屋からは、洒落た格好をした男が出てきた。
「侵入者はこいつかね?」
 その男は、ユリルの方へ歩いて行った。
「あいつは……」
「領主の息子ね……」
 石像も、この男とまったく同じ姿をしている。
「あんな石像なんて作らせて……悪趣味ね」
「同感だな……」
「キミはここに働きにきたのかね?」
 領主の息子は、吊されているユリルに向かって言った。
「そんなわけ無いでしょバカ! みんなを解放しなさいよー!」
「お嬢ちゃん、パパとママの職場にきちゃダメじゃないか?」
「大体何様よあんた? 偉そうに!」
「僕を知らないのかい? 僕はこの辺り一帯を治める領主の息子ユーガ様だよ」
 ユーガは手を胸に当て、キザな挨拶をする。
「なーんだ……パパの威厳を借りなきゃ何もできないガキんちょか……」
「なに!?」
 ユーガの眉間にしわが寄る。
「この娘の親は誰かな? しつけがなっていないようだ」
 人々は、作業の手を止め俯いている。
「どういう育て方をしたら、こんな下品になるのか見てみたい」
「親なんか……いないわよ」
 ユーガは鼻で笑った。
「キミもかわいそうに……売られたのか? 先に死んだのか? どちらにしろ、ろくな親じゃないな……
「あの野郎……殴って良いか?」
 俺は、小声でアヒルに話しかける。
「もう少し待ちなさい……」
「親がくずなら、子供もくずしか生まれない……それに比べ僕のパパは……」
「パパとママの悪口を言わないで!」
 ピキン――。
 ユリルが叫ぶと、周りの建物に亀裂が入った。
 今、何が起きた?
 張り詰めた空気が辺りを包む。
「このガキ……」
 ユーガは、腰に付けたサーベルに手を掛ける。
 それを見た俺は、ユーガの元に歩いて行った。
「おい、お前さぁ……まだ懲りずにこんなことやってんのか?」
「なんだねキミは? この子のお友達……」
 ユーガは、俺の顔を見て言葉を止めた。
「き、貴様は……リボン」
 その名前で呼ばれたの初めてだな……なんか照れる。
「キミは何か勘違いをしているようだね? こいつらは、自分たちの意思で働いているんだ」
 ユーガは、ボロボロの服を着た人たちを指差す。
 俺も彼らを見渡した。
 皆やせ細り、髪も髭も伸び放題で、目の下にくまができて血色が悪い。
「とても、そうは思えねーけどな……」
「こいつらが働く、私が水と食料をやる。働くってそういうことだろう?」
 ボロを着た男が、俺に近づいてきた。
「いいんです、これが完成したら村に戻れる。もうすぐ完成するんです」
「そうなのか?」
 俺はユーガの顔を見た。
「確かに別荘は、もうすぐ完成だ」
 ユーガは歩き始め、辺りを見渡し指を指す。。
「この辺りには、見晴らしの良い塔と、舞踏会を開ける程のホール、そして噴水の広場……」
 ユーガは振り返って、笑顔を向ける。
「まだまだ、終わりじゃないよ」
「そんな……約束が違う」
 ボロを着た男は、両手を地面に着いてうなだれた。
「もう嫌だー」
 別の男が塀に向かって走っていった。
 褐色のモヒカンが、その男に向かって鞭を放つ。
 ヒュン――。
 鞭はくるくると男の体に巻き付いた。
 褐色のモヒカンが鞭を引っぱると、男は鞭に撒かれたまま、地面を引き摺られる。
 褐色のモヒカンは、もう片方の手に持っていた鞭を振るう。
 ピシン――。
「うわぁっ」
 鞭は男の顔面を捉えた。
「地下にぶち込んでおきなさい」
 ユーガがそう言うと、モヒカンたちは男を抱えて連れて行った。
「いつまでもお前の言うことを聞いていると思うなよ!」
 俺の横にいた男は、ユーガに向かって叫んだ。
「そうだー!」
 働かされていた人々は叫び出す。
「なんだ逆らうのか? 私に逆らった者の村は、水と食料の供給を断つ! それでもいいのか?」
 ユーガは、薄ら笑いを浮かべた。
 その言葉で、誰もが口を閉じた。
「くそ、あんまりだ……」
 俺は振り返り、ボロを着た人々を見て言った。
「お前らさー……こいつ、ぶっ飛ばしていいか?」
 俺は、マジカルステッキをユーガに向けた。
「俺、どの村の出身でもないから、別にいいよな?」
 ユーガは、顔を歪めて俺を睨んでいる。
「ここは俺にまかせて、お前たちは逃げろ」
 俺は、目の前の男に声を掛けた。
「お嬢ちゃんは、いったい何者なんだい?」
「俺か? 見た目は幼女、中身はおっさん、その名は――天才魔法少女リボン」
「中身はおっさんって、どういうことだい?」
「いいんだよ」
 男は俺に礼を言う。
「ただ、逃げる前にあいつ助けて貰えないか?」
 ユリルを指差した。
「わかった」
 男は、ユリルの方に向かって走って行くった。
「ベン、やってしまいなさい」
 ユーガの司令で、褐色のモヒカンは、俺に向かって歩いてきた。
 そして、鞭を振う。
 シュルシュル――。
 鞭は、俺の角に絡みついた。
 褐色のモヒカンは鞭を引っ張った。
 しかし、俺は足を踏ん張りそれに耐える。
「力比べか? 負けねーぜ」
「バカめ……鞭はもうひとつあるんだよ」
 褐色のモヒカンは、もう片方の手に持っていた鞭を振るう。
 バチン――。
 鞭は、俺の胸と腹を直撃した。
 その瞬間、俺の変身は解けた。
「うわぁっ、いてぇ!」
 衝撃で、息ができない……。
 くっそ……。
 俺は、片膝を突いた。
 あの鞭をかわせるモンスターじゃないとダメだな……。
 俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした
「へん――、しん――」
 俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。
 魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。
 着ていた服は消え裸になる。
「おぉっ」
 ボロを着た人々から声があがる。
 モヒカンも嫌らしい目で俺を見ている。
 恥ずかしい……。
 そして、煙に包まれた。
 ぼわん――。
 今回は、何のモンスターに変身したのだろうか?
 俺は手足を確認する……が――。
「な、無い……手足が無い!」
 全身がヌルヌルしている。
 こ、これは、スライム?
「なにその姿……気持ち悪い……」
 アヒルは顔を歪めて、俺を見ている。
 頭を触ると、触角が二本生えている。
「なぁ……アヒル……スライムってヌメヌメして、角生えてたっけ?」
「ひぃぃ……ち、近寄らないで!」
 アヒルは、俺から距離を置いた。
 こりゃ、ナメクジ……だな。
「き、気持ち悪い! ベン、早くそいつを始末しなさい」
 ユーガが叫んだ。
 褐色のモヒカンは、俺に向かって鞭を振るう。
 シュルシュル――。
 鞭が俺に向かって飛んでくる。
 そして、俺の体に巻き付いた。
「姿を変えたところで同じこと……」
 褐色のモヒカンが引っ張ると、鞭はいとも簡単に俺の体から外れた。
「な、なにぃ!?」
 体がヌメヌメして、ロープを絡ませることができないようだ。
 俺は、褐色のモヒカンに近づいた。
「く、くるなー! ひぃぃっ」
 褐色のモヒカンの顔は青ざめていた。
 恐れられているというよりも、気味悪がられている……そんな気がする。
 ほかのモヒカンたちも、俺から距離を置いている。
「まぁ、いい……一人ずつ片付けてやる……」
 俺は飛び上がり、褐色のモヒカンの顔にしがみついた。
「ぎゃあぁぁぁっ」
 俺の体からは粘液が出ている。
 それが、褐色のモヒカンの顔を覆った。
 褐色のモヒカンは暴れ、顔から俺を剥がそうとするが滑って旨く掴めないようだ。
「うっ、ぐっ……」
 ドサリ――。
 やがて、その場に倒れ込んだ。
 息ができなくて失神したようだ。
「何をやっているお前たち! 奴を倒さなければ、水と食料は没収するぞ!」
 ユーガは、モヒカンたちに向かって叫んだ。
 そのかけ声に合わせるようにして、モヒカンたちは一斉に襲い掛かってきた。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
 10人はいるだろう。
 くそっ、一度にこの数はやばいな……。
 ドーン、ドーン――。
 地面が揺れる。
 なんだ!?
 俺は大きな影に覆われた。
 見上げると、ユーガの姿をした石像が――。
 う、動いている!?
「こ、これはっ!?」
 石像は、腰に付けたサーベルを外し、モヒカンたちをなぎ払う。
 ブゥン――。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
 その一降りでモヒカンたちは吹っ飛び、全員動かなくなった。
「あんたたち……絶対に許さないから……」
 振り返ると、ユリルが両手を地面に付け、魔法を発動している。
 彼女が石像を操っているのか!?
 こんなことまでできるなんて……すげえ……。
 ドーン、ドーン――。
 石像は、ユーガに向かって歩いて行く。
 ユーガは、腰を抜かして動けないでいた。
 そこに、石像の足が覆い被さる。
「ひ、ひぃぃぃぃっ」
 ドーン――。
 ユーガは、這いつくばりながらそれを避けた。
 そして、塀の大きな扉に向かって走り出した。
 大きな扉は開き、塀の外から立派な作りの馬車が入ってくる。
 そこから、身なりの良い男が出てきた。
 人々がその馬車を囲い、ざわつき始めた。
「りょ、領主様……」
 人々はそう口にする。
「領主? あの男か?」
「そのようね……まずいことになったわよ」
 その男は、身なりも良いが、立派なヒゲを蓄え、その表情は威厳に満ちあふれている。
 体格が良いのは、食料には不自由していないのだろう。
「見るからして、大物そうだな」
 領主は、ユーガに近づいて行く。
「パ、パパ……」
 ユーガは、領主である自分の父親に駆け寄った。
「あいつら僕をこんな目に……全員水と食料没収してやってよ」
 領主は、右手を胸の前で握りしめた。
 その手は震えている。
 顔は憤怒の表情に変わった。
 そして、右腕を思いきり振り切った。
 ドゴン――。
 ユーガは背中から倒れた。
 顔から鼻血を出している
「ひ、ひぃぃ……血……な、なんで……パパ」
「ここまで、くずだとは……」
 領主は、人々に向かって頭を下げた。
「領民の皆様、ご迷惑をお掛けして申し訳ない」
 領主は、自分の息子を睨み付けた。
「ユーガよ……私たちが生きて行けるのは何でだと思う?」
「……土地と権力があるから」
 ユーガは、弱々しく答えた。
 領主は目を閉じて、首を横に振る。
「分からないか……」
 そして、声を上げて言った。
「領民の皆様が働いて、作物を育ててくれているからだ! ……それなのにお前は」
 領主は、落ちていた鞭を拾った。
 そして、自分の息子に向けて振るう。
 ピシン、ピシン――。
「い、いたいぃぃーっ」
「ユーガ、ここに農園を作るんだったな」
 領主の声は、怒りに震えている。
「そうだよパパ、だからこいつらを使って」
 ピシン――。
「ひぃぃーっ」
 領主は何度も何度も、自分の息子に鞭を振るう。
 その光景を、ボロを着た人たちは黙って見続けていた。
 ユリルもまた、黙って見ていた。
 その表情は、どこか寂しそうだった。
「いいかユーガ! お前一人でやれ。ここ一面に穀物が実るまで帰ってくるな」
「そ、そんなー」
 ユーガは、領主の足元にしがみついた。
 しかし、領主はそれを払いのける。
「皆は自分たちの村に戻って下さい。今回償いは、必ずさせて頂きます」
 俺はアヒルに話しかけた。
「なんか、まるく収まりそうだな」
「分かってくれる領主様で、よかったわね」
「ユリルも、文句ないだろう?」
 ユリルに話掛けると、彼女は背を向けた。
「なによ……結局親に甘えているだけじゃない……」

 俺たちは連れてこられた人と一緒に村に戻った。
「パパー、ママー」
 少年は両親に駆け寄る。
 村に戻った大人たちは、子供たちを抱きしめ再会を喜んでいた。
 ユリルの元に、少年が駆け寄ってきた。
「お姉ーちゃん、ありがとう」
「お礼なら、あいつらに言ってよね」
 ユリルは照れて、目を背ける。
「ピンクのお姉ーちゃんも、ありがとう」
「おう」
 少年は、両親と手を繋いで家に向かっていった。
 ユリルを見ると、彼女の瞳に涙が浮かんでいる。
「なんだ、泣いてんのか?」
「違うわよ……バカ!」
 彼女は涙を拭い、鼻を啜る。
「いつも人助けしてんのか?」
「たまたまよ、たまたま……」
 ユリルは、歩いて行く親子を見つめていた。
「だってさ……両親が目の前で連れ去られて、独りぼっちって……あんまりじゃない」
 ユリルは、振り返って俺を見る。
「そんな寂しい思い……させたくなかっただけよ」
 そして、満面の笑みを浮かべた。
 ユリルは――強いな。
 寂しいのはきっと自分なのに、ほかの人の幸せを見て、笑顔を作れるんだから。
 俺は、アヒルに言った。
「なぁ、アヒル……」
「ローズ様と言いなさい」
 アヒルは腕を組んでいる。
「村をひとつひとつ回って、困っている人を助けていけば、この世界は救われるのか?」
 俺を見ていたアヒルは、目を逸らし遠くを見つめる。
「途方も無いことよ……」
「……だよな。だったら何が手っ取り早い?」
「根本を叩くこと」
「それは?」
 アヒルは振り返った。
「竜を倒すこと……」

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