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第八節 塀の中の牢獄

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 町の人に手伝って貰って、馬車を改造する。
 馬車に半円状のアーチを作り、そこに海賊船から奪った帆を張った。
 帆馬車の完成だ――。
 これで日差しを和らげることができる。
「帆にドクロマークが付いているのがポイントだ」
「ポイントだ――じゃないわよ!」
 アヒルは、馬車を見て飛び跳ねている。
「馬と車輪には棘が付いてるし、完全に野盗の馬車よこれ」
「いいんだよ、かっこよけりゃそれで……アヒルにはロマンが分からねんだな?」
「なーにがロマンよ……くだらない」

 俺たちは、港町カプリを出発した。
「ハイドー、イセカイテイオー!」
 ヒヒーン――。
 今日も日差しはキツいが、帆を張っただけで、馬車の中はまるで居心地が違う。
「あー涼しい。快適ーっ」
 荷台には町で貰った食料と、樽に入った水を積んでいる。
 樽の上で、アヒルは寝転がっていた。
「さっきは、散々文句言っていたくせに……」
「私が文句言ったのは、デザイン・・・・よ!」
「町の人に作って貰ったお弁当、さっそく食べようかしら……」
「早ーよ!」

 町を出てから数時間……太陽が丁度真上を通り過ぎる。
「暑いー!」
「朝は、涼しいって言ってただろうが!?」
「カツヤー……氷魔法、いつになったら覚えるのよー」
「俺が知りたいよ」
「んー? ちょっと見て……岩場の上に誰かいない?」
 この辺りは赤土の地面に、まるでビル群のような高い岩場が広がっている。
 人の住む家は、見当たらない。
「こんなところに、人なんていないだろう?」
 目を凝らすと、右前方の岩場の上に誰かが立っている。
 アヒルの言う通り、確かに人だ……。
 しかし、こんなところで一体何をしているのだろう?
 馬車が近づくにつれ、その人物の叫び声が聞こえてくる。
「ちょっと、待ちなさーい!」
 真っ赤なドレスに身を包み、頭にはとんがり帽子。
 両手を腰に当てて、俺たちを見下ろしている。
「どこかで見た格好をした奴がいるぞ……?」
「そうね……」
 風でスカートがめくれそうになっているのを、必死に押さえている。
「あの子、あそこで何をしてるのかしら?」
「さぁな……きっと、高い所が好きなんだろう?」
 俺は、ユリルが立つ岩の正面まできて馬車を止めた。
「なんか用か?」
 彼女は、俺の顔を見て意外そうな表情を浮かべた。
「あら? なんだ……ニセ魔法少女じゃない。ドクロマーク付けてるから、てっきりモヒカンが出てくるかと思ったわ」
「ほりゃ見なさい……」
 アヒルは、パンを口に咥えながら喋った。
「俺の分も残しとけよ?」
 まったく、食い意地の張ったアヒルだ……。
「お前は、そんなところで何やってんだ?」
 俺は、ユリルを見上げる形で声を掛けた。
「ちょっと、下からスカートの中覗こうとしないでよね!」
 ユリルは、スカートを押さえてそっぽを向く。
「覗かねーよ! お前のおパンツなら、もう見飽きたし……」
「は? はぁ!?」
 ユリルは顔を真っ赤にしている。
「用が無いなら行くからなー」
 俺は馬車を走らせた。
「待って、待ってよー」
 ユリルは、まるで母親にすがる子供のような甘えた声を出す。
「用あるから……」
「なんだよ!?」
 俺は再び馬車を止めた。
 ユリルは中々切り出さない。
「あの、その、降りられ……降りられなくなっちゃったのー!」
 はぁぁ……。
 俺はため息を吐いた。
「見てないで、助けてよー」
 一体いつから、ここにいたのか……。
「俺もそんなに力強くねーからな?」
「うん、手……手を貸して……」
 俺はユリルの手を取り、岩場から下ろしてやった。
「あ、ありが……」
 ユリルはもじもじしながら、何か言おうとしていた。
 俺がじっと見ていると、目が合った。
「こ、こんなことで、恩を売ったつもりにならないでよね?」
「分かったから、もう高い所に登るなよ!」
 俺は再び、馬車を走らせる。
「なぁアホドリ、あとどれくらいで目的地まで着きそうだ?」
「だりぇがアホドリよ……」
 荷台を振り返ると、アヒルはまだ食っていた。
 そして、なぜか荷台に、ユリルが乗っている。
「で、なんでお前……馬車に乗ってんだ?」
「次の町まで連れて行ってくれたっていいじゃない? まさかこんな所に、美少女を一人置いていくつもり?」
「別に、いいじゃにゃい……くちゃくちゃ……彼女のことも色々聞いてみたいし」
「お前は、いつまで食ってんだ!」
「ねぇ、椅子無いの?」
 ユリルが荷台を物色しながら言った。
「アヒルを見てみろ、文句言わずに樽の上に座ってるぞ」
「アヒルと一緒にしないで」
「どうりうことりょー」
「はぁぁ、しょうがない……樽で我慢するわよ! よいしょっと」
 ユリルは文句を言いながら樽の上に腰掛けた。
 そして、アヒルの食っている物を見ている。
「あ、これ美味しそう。わたしも食べる」
「はい、どうじょ」
「それ、俺のだろー!」
 俺は手綱を握りながら、後ろにいるユリルに話掛けた。
「お前、ずっとひとりで旅をしているのか?」
「そうりょ……もぐもぐ……パパもママも死んじゃっりゃし……もぐもぐ」
「普段、水や食料はどうしているの?」
 アヒルも、ユリルに問い掛けた。
「ギリュドがありゅのよ……ごほっ」
「とりあえず、食い終わってから話せ……」
 ユリルは、口にしていた物をゴクリと飲み込んだ。
「城下町にね……ギルドがあるの、そこで依頼を受けて報酬を貰っているわ」
 ギルド……いいっ! 響きが、ファンタジー。
「たまに魔法書のページが報酬になっている時もあるわ。今ではそんな物集める人も、少ないと思うけど……」
「ユリルは、なんで魔法書……集めてるの?」
「お婆ちゃんの意思を継ぐためよ。……魔導師だったの」
「昔は、魔導師も多かったのよね……今では、見かけることはないわ」
 アヒルは首を振り、悲しそうな表情を浮かべる。
「あんたたちこそ、なんで集めているのよ?」
「それは……」
 アヒルの言葉を遮って、俺が答えた。
「この世界を救うためだ」
「そう……」
 ユリルは、俺の発言をバカにする素振りもなく、ただそう呟いた。
 それっきり、俺たちの会話は途切れた。

 それから1時間程走ると集落が見えてきた。
 小さな村だ。
「おーい、見えてきたぞ」
 荷台を振り返ると、アヒルとユリルは寝ていた。
「いい気なもんだな……」
 まるで、家族旅行で車を運転する父親の気分だよ。
 前世では、独身だったけどな……。
 集落の前には、鉄格子の付いた馬車が止まっていた。
 なんだか物騒だな。
「おい、起きろ! 着いたぞ」
 ユリルは、目を擦りながら馬車から降りてきた。
「おはよぉ……」
 アヒルは、ユリルの頭の上に乗っていた。
「ふぁぁぁ……着いたのぉ? 随分小さい村ね」
 俺はコンパスを頼りに、集落の中を進む。
 村人に混じって、モヒカンの姿も見えた。
「大人は全員付いてこい! 貴様らには労働が待っている」
 人々はモヒカンに誘導され、鉄格子の着いた馬車に入れられていた。
「モヒカンたち、この村の人たちを連れて行くつもりらしいな」
「強制労働させるってのは、よく聞く話よ」
 俺は、その光景を横目で見ながら通りを進んだ。
「魔法書のページはこっちの方だな」
「ねぇ、あんたたち! この状況みて何とも思わないの?」
 ユリルは俺たちの前に立ち塞がった。
「ユリル、聞いてちょうだい。今彼らを救ってもそれは一時的なことに過ぎないわ。モヒカンたちは、何度でもこの村にやってくるでしょう……。私たちにできる最善策は、関与しないことなのよ」
 俺は黙って、ユリルの横を通り過ぎた。
「ちょっとー!」
 魔法書のページは、家の塀に張り付けられていた。
「家の外に、あってよかったな」
 アヒルは、俺の頭に乗って、クチバシでそれを剥がした。
「どんな魔法だ?」
「これは!? すごい……」
 アヒルが驚きの表情を浮かべている。
 ゴクリ――。
 俺は唾を飲み込んだ。
「これは……金属の錬成が行える魔法よ」
「金属の錬成……錬金術ってことか!?」
 つ、ついに俺も、一人前の魔法使いに……。
 勝った……この世界で勝ち組として、やっていける。
「さ、さっそく……使おうぜ……」
 興奮して、胸がバクバクしてきた。
「この魔法は、対価に金属が必要ね」
「金属自体を、生み出せるんじゃないのか!?」
「この魔法は、金属を変形させるもののようね」
「例えば、鉄の棒が鉄の剣とかに変わるってことだな?」
 俺は、金属が落ちていないか足元を探した。
 バールのような物を拾い上げた。
「これでいいかな?」
「それだと、大きすぎるわね?」
「剣にするなら、これくらいのサイズは必要なんじゃないのか?」
 はぁ――。
 アヒルは、ため息をついた。
「どうした?」
「これで十分よ……」
 アヒルから針金を渡される。
「こんな小さなものから、剣が作れるのか?」
「いいえ……」
 アヒルは首を横に振る。
「作れるのは……鍵よ」
「鍵……だけ?」
「針金を鍵穴に差し込んで、詠唱するの……そうするとあら不思議、鍵が開くわ」
「なるほどー、人の家に勝手に入れるなぁ」
「そうね」
「ただの泥棒じゃねーか!」
 俺は魔法書のページを地面に投げつけた。
「いらんわこんなもの!」
「使う機会があるかも知れないから、一応持っておきなさい」
 こうも、しょーもない魔法ばかりだと、異世界生活のモチベーションが下がる。
 俺も早くユリルのような、ど派手な魔法を使いたい……。
 俺は肩を落として、馬車に向かった。
「いやだよー! 連れてかないで! パパ、ママー」
 子供が泣き叫んでいる。
 目の前で、両親がモヒカンに連れて行かれていた。
「こいつらで最後だな?」
 馬車の檻の中には、十数人の大人たちが入れられていた。
「よし、行くぞ!」
 その馬車は村を出て、走り去って行った。
 ユリルは、両親を連れて行かれた少年を抱きしめていた。
「大丈夫……お姉ちゃんが、パパとママを連れ戻すから」
 少年は、彼女の腕の中で泣いている。
「出して……」
 ユリルは、少年を抱きしめたまま言った。
「馬車を出して!」
 ピキッ――。
 気のせいだろうか、ユリルのあまりの迫力に、周りにある家の壁に亀裂が入った――そんな気がした。
 リラー――。
 バサッバサッ――。
 どこからともなくドラゴリラが飛んできて、ユリルの胸にしがみつく。
「ごめんねドラゴリラ……大きな声出して……」
 ここまで激高したユリルを見るの初めてだった。
 自分の過去が、この少年の状況と重なってしまったのだろう。
「魔法書のページも見つかったし、この村に用はないからな、行こうぜ」
 俺たちは馬車に戻った。
「あの馬車を追って!」
 ユリルの発言に、アヒルが口を出す。
「村の問題は、その村で解決すべきこと……私たちが手を出すべきではないわ」
「この村には、もう大人はいないわ……わたしたちがやらなくて、誰がやるのよ!」
 その言葉を聞いて、アヒルは目を逸らした。
 俺は馬車を走らせた。
「ハイドー、イセカイテイオー! あの馬車の後を追うんだ」
 ヒヒーン――。
「カツヤも!」
 アヒルは騒いでいたが、俺は黙っていた。
 少し走らせると、建物が見えてきた。
 まるで城壁のように、四方を高い塀で囲われている。
「なんだ、あれは?」
 荒野にぽつりと佇むその建物は、まるで牢獄のようにも見えた。
 壁の一面に大きな扉があり、村人を乗せた馬車は、そこから中へ入っていった。
「ここでいいわ……」
 俺は、建物から少し距離のある場所で馬車を止めた。
「わたしが、個人的にやるだけだから」
 ユリルはそう言って、建物の方に歩いて行った。
 ヒューッ――。
 風が俺の顔を吹き付ける。
 遠くに、砂嵐が見えた。
 やがて砂嵐は、建物を覆った。
 ユリルの姿は見えなくなった。
「風向きからして、こっちにくるな……」
 案の定、俺の視界は砂で塞がれる。
「おいアヒル……どうすんだ? ここにいるのは辛いぞ……」
「そ、そうね……私たちも、建物に避難しましょう」
 俺は馬車を少し走らせ、建物の前に止めた。
「あくまでも、砂嵐が酷いから、中に入れて貰うだけよ……」
「あぁ……分かっているよ」
 アヒルの考えることくらい、俺には分かる。
 俺は、自分の身長の二倍はあろう大きさの扉をノックした。
 コンコン――。
 しばらく待っても、何の反応も無い。
 扉を押しても、びくりともしない。
「あいつ……どうやって入ったんだ?」
 俺は、一辺300メートルくらいはあろう塀の周りを回った。
「カツヤ、見てあそこ!」
 アヒルの指差す方に、人がひとり通れるほどの穴が開いていた。
 塀が円状に、綺麗に崩れている。
「丁度いい穴開いてんな……」
「あの子、土魔法は得意だからね」
 俺たちは、穴を通って塀の中に入った。
 塀の中は、まるで工事現場のようだった。
 そこでは何十人という人々が、石を運び積み重ねている。
 塀の中央に、大きな建物を建てていた。
「てきぱき動け!」
 ピシン――。
 真っ黒に日焼けしたモヒカン頭の大男が、長い鞭を振るっている。
「少し……休ませて下さい……朝からぶっ続けで……」
 ボロボロの服を纏った男が、モヒカンにしがみついた。
 ピシン、ピシン、ピシン――。
 モヒカンは、鞭で激しく男を叩く。
「うわぁぁぁっ!」
 男はその場に倒れ込んだ。
「村に戻りたくないのか?」
 男はふらふらになりながらも起き上がり、再び石を運び始める。
「まるで、監獄ね……」
「おい、お前ここでなにしてる?」
 俺たちは、三人のモヒカンに囲まれた。
「さっきのガキの仲間じゃねーのか?」
 俺はアヒルに言った。
「こうなってしまうと、もうやるしかねーよな?」
 アヒルは頭を抱えている。
「できれば、穏便にすませたかった……」
「てめぇ、何者だ?」
「俺か? 見た目は幼女、中身はおっさん、その名は――天才魔法少女リボン」
「中身はおっさんって、どういうこと?」
「いいんだよ」
 俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした
「へん――、しん――」
 俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。
 魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。
 着ていた服は消え裸になる。
「おぉっ」
 モヒカンたちは、嫌らしい目で俺を見ている。
 何度やっても、恥ずかしい……。
 そして、煙に包まれた。
 ぼわん――。
 俺は自分の体を確認した。
 手足は全部で六本あるから、相変わらず虫には違いない。
 でも、今回はいつもと雰囲気が違う。
 まるで鎧のような物を身に纏っている。
 その鎧は、赤茶色の光沢があった。
 頭を確認すると、すらりと伸びた大きな角が生えている。
 こ、これはもしや……。
 カブトムシ――。
「うおぉぉっ! かっけー!」
「うるさいわねー! なに、騒いでるのよ」
「アヒルには、カブトムシの魅力が分かんねぇんだろうなぁ」
「どうせ、虫でしょう?」
「カブトムシを、そこいらの虫と一緒にするな!」
「いいから、早くこいつらをなんとかしなさいよ」
 モヒカンたちは、たじろいでいた。
「ひ、ひぃぃっ……モ、モンスター……」
 俺は腰を落とし、片手片膝を地面に付ける。
 そして、中腰の姿勢のまま、モヒカンたちに突っ込んだ。
 ドーン――。
 角がモヒカンに突き刺さり、三人ともボールのように吹っ飛んでいった。
 ドゴッ――。
 そして家の壁にぶち当たり、地面に倒れた。
「どうだーっ! カブトムシフットボールタックル」
 カブトムシTUEEE! 負ける気がしねーぞ。
「それにしても、ユリルの姿が見えねーな?」
「意気込んでいったから、てっきり暴れまくってるかと思ったけど……」
「こいつら、伸びてて聞けねーしな」
「やりすぎよ」
「もしかしたら……掴まっちまったか?」
 リラーッ――。
 バサッバサッ――。
 物陰から、鳥のようなものが俺に向かって飛んでくる。
「ユリルの使い魔だ……」
 ドラゴリラは、アヒルに話掛けている。
 リラーリラー――。
「ガー、ガー」
 アヒルも動物の言葉で喋っている。
「なんて言ってるんだ?」
「分かるわけ無いでしょう!」
 アヒルは、羽をばたつかせて暴れ出した。
 ガーガー言ってたじゃねーか……。
「なんでこのベビードラゴン、私に話掛けているのよ」
「動物同士、会話が通じるのかと思ったんだろう?」
「コンパスで探してみましょう? 彼女、魔法書のページ持っているから反応するはずよ」
 俺たちはモヒカンに見つからないように、建物と塀の間を通って進んだ。
「この辺りだけど……」
「見てあそこ」
 アヒルの指差す方に、モヒカンの姿が見えた。
 肩にユリルを抱えている。
 小さな建物の中に入っていった。
「ユリ……」
 しぃ――。
 声を上げようとした俺を、アヒルが制する。
「周りに気づかれないように……ユリルの救出が最優先よ」
「そうだな……」
 俺たちは、匍匐前進で進んだ。
「ここまでする必要あるの?」
「一度やってみたかったんだよ……それに」
「それに?」
「こうしてると、完全にカブトムシだろう?」
「はぁ……真面目にやりなさいよね?」
 ユリルが運ばれた建物の前まできた。
 家の玄関くらいの大きさしか無い石造りの小屋だ。
 扉は鉄格子になっていた。
 ガチャン――。
 錠がしてあって開かない。
 鉄格子から中を覗くと、地下へ続く階段が見えた。
 バチン、バチン――。
 中からは何かを叩く音が聞こえてくる。
 俺は鉄格子を揺さぶった。
 ガチャン――。
「くそっ」
「カツヤ、魔法よ! 手に入れた解除魔法を使うの」
「そうか!」

 この地に眠る精霊よ。
 我がマナと手中の金属を対価とし、そなたの力を貸し与えよ。
 時は今に、場は我が両の手に。
 新たなる創造の為に。
 契約の刻印に魔導師リボンの名を刻む。

 俺はナイフで親指を切って血判を行った。

 今ここに汝との契約は交わされた――。

 俺は針金を鍵穴に差し込み、詠唱する。
「グリモワールⅢの章・造形魔法錠前解錠ロックピッキング
 針金は熱くなり、鍵の形に変形した。
 ガチャリ――。
 錠は開いた。
「おおっ すげぇ……魔法って便利だな」
「魔法は、使い方を間違えなければ、生活の役に立つ便利なものばかりなのよ」
 鉄格子を開き、中に入った。
 階段は、らせん状になっており、明かりは灯っておらず真っ暗だ。
 バチン、バチン――。
 地下から、音は聞こえてくる。
 階段を降りると、学校の教室ほどの空間があり、鉄格子の牢屋が並んでいる。
 その奥で、人が両手を縛られ吊されていた。
 まさか――ユリル!?
 モヒカンは棒のようなもので、吊された人を叩いている。
 バチン、バチン――。
「やめろーっ!」
 俺は声を上げた。
 モヒカンは手を止めて、俺の方を向く。
 吊されている人物は――ユリルじゃない?
 成人男性だ。
「なんだ、てめぇ!? どうやっては……」
 ドゴン――。
 モヒカンが喋り終わる前に、俺はタックルをくらわした。
 壁に激突したモヒカンは泡を吹き、壁に背をもたれる形で、くの字に倒れこんだ。
 上半身裸で吊されていた男性は、打撲で肌が黒ずみ、流血も見える。
「うぅ……」
「今外してやる……グリモワールⅢの章・造形魔法錠前解錠ロックピッキング
 俺は、その男の両手のかせを外し、地面に下ろした。
「グリモワールⅡの章・生体魔法細胞組織活性化アクティヴェイト
 そして、自己再生能力活性化の魔法を唱えた。
「応急処置くらいにしかならないが、これで楽になるはずだ」
 牢の中には、何人かの人が倒れている。
 俺は、牢屋の鍵穴に針金を差し込んだ。
「グリモワールⅢの章・造形魔法錠前解錠ロックピッキング
 ガチャン――。
 牢の扉が開く。
 すると突然、俺は全身の力が抜け、片膝をついた。
「くっ――」
「カツヤ、連続して魔法を使いすぎよ! これ以上は控えなさい」
 くそ、これっぽっちの魔法でフラフラしちまうとはな……。
 牢を開け、ひとりひとりに声を掛ける。
 弱ってはいるが、全員息がある。
 しかし、その中にユリルの姿は見えなかった。
 確かに、この中に連れてこられたはずだ……。
 出口は一つしかない。
 彼女は、いったいどこに――?

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⇒ 次話につづく!
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