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第四節 ドラゴンブレス

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 ガタガタガタガタ――。
 俺は、馬や荷台に鉄の棘が付いた馬車に乗って、荒野を走っていた。
「それにしても悪趣味な馬車ね」
 馬の上に乗っているアヒルが、俺に話掛ける。
「モヒカン頭に貰ったんだ――ぜひ使ってくれとさ」
「こんなのに乗っていたら、野盗と間違われるわよ?」
「ペンキでもあったら可愛く塗り替えるよ」
 俺は、結構気に入っているんだけどな……世紀末の雰囲気が出ていて。
「みて、町が見えてきたわ」
 砂塵の隙間に集落が見える。
 高台に建つ教会が特徴的だ。
「コンパスの反応が強くなってきたわ。あの町に魔法書のページがありそうね」
 俺の両手は手綱で塞がっている。代わりにアヒルがコンパスを見ていた。
「どんな魔法だろうな」
 前回手に入れた魔法は、水鉄砲のような水が出るだけのしょぼいものだった。
「強力な魔法だといいわね」
「よーし、全速力だー」
 馬を鞭で叩いた。
 馬車の速度が上がる。
「ひゃっはー!」
「そのかけ声やめなさいよ」

 俺は馬車を町の入り口に止めた。
 見張りだろうか? 入り口に立っていた男二人に呼び止められた。
「お嬢ちゃん一人か?」
「あとアヒルが一匹いる」
 俺はそう答えた。
 小声でアヒルに話掛ける。
「不審がられて、町に入れて貰えないと困るからしゃべるなよ」
「分かってるわよ」
「この町に何の用だ?」
「旅をしているんだ。たまたま通りかかってな」
 わざわざ本当のことを言わなくてもいいだろう。
 魔法書のページを探しています――なんて、怪しさ満点だ。
「両親は?」
 俺は黙って首を横に振る。
「そうか、不憫にな……」
 実際は、両親よりも先に俺が死んでしまったんだけどな。
 二人の見張りは互いに顔を見合わせていた。
「別に入れてもいいよな」
「そうだな。子供一人入れたところで害は無いだろう」
「寄っていきな」
 男は親指を立てて、町の方を指差した。
「サンキュー」
 俺は片手を上げ見張りに挨拶をした。
 アヒルは、俺の頭の上でガーガー鳴いていた。
 こんな世界じゃ、親を亡くした子供も多いのだろう。
 そんな子達は、一人で生きていかなきゃならない――過酷なこの世界で。
 町に入ると、木製の家々が建ち並ぶ。
「素敵な町じゃない。みて、農場もあるわ」
 アヒルが指差す方には、木の柵で囲われた大きな畑があった。
 作物が実っている。
「この町は、自給自足ができているようね」
「前の町に比べると、ゆとりがありそうだな」
 俺の魔法の出番はなさそうだ。
「どこかで食料を恵んで貰おうぜ?」
 大通りを歩きながら、家々を見て回った。
「あら何かしらあの家、人で賑わっているわ」
 お店のようだ。
 人々は飲み物を飲みながら、話に花を咲かせている。
 入り口から中を覗いてみた。
「がはははは」
 男達の豪快な笑い声が聞こえてくる。
「お父さん、飲み過ぎだよー」
「いいんだよー。仕事なんてしても変わりねー」
 子供が親を介抱している姿も見える。
「酒飲んでる時が楽しいんだ」
「聞いた? お酒、お酒ですって!?」
 アヒルは目を輝かせている。
「今じゃ、手に入れるのは困難よ」
 そうだよな、水を手に入れるのが精一杯なんだ。
「うぃ、ちょっと表で酔い冷ましてくらー。ひっく……」
 酔っ払った男は、店を出て行った。
「あいつ、かみさん亡くしてから、飲んだくれてんなー」
 別のテーブルの男達が、彼について話始めた。
「昔は、頑固一徹の建築職人だったのに」
「俺達も、似たよーなもんだろー?」
「生きていても、希望も何もありゃしないんだ」
 希望もない世界か……。
「飲みたい、飲みたい、飲みたい、飲みたい!」
 アヒルは涎を垂らして、男達の飲む酒を見ていた。
「おい見ろよ、このアヒル喋ってるぞ」
「何言ってんだよ、アヒルが喋るわけねーだろ?」
 やばい……ばれた。
 俺はアヒルに耳打ちをする。
「お前が、はしゃぐからだぞ?」
 店内がざわつきはじめた。
 みんな、俺達の方を見ている。
「どうすんだよ、まだ魔法書のページ見つけてないんだぞ?」
「く……しらを切るしかないわね」
「ガーガー、ガーガーガー」
 ……白々しい。
 酔っ払った男達が近づいてくる。
 筋肉ムキムキの毛深い男が、アヒルを両手で掴んで頭の上に持ち上げた。
「きゃーっ、食べないでー!」
「もしや……伝説の喋るアヒルじゃねーか?」
 男達は、それぞれに口を開く。
「おぉっ こんなとこで出会えるとわねー」
「生きてて良かった」
 酒場は盛り上がり始めた。
「そうよー、あなたたち幸運ね?」
 アヒルは腰に手を当てて、テーブルに立ってふんぞり返っている。
 こいつは、自分の方が立場が上だと判断すると、すぐ調子に乗る……。
「だから、お酒ちょうだい!」
 今までこうやって生き延びてきたんだな……。
 この世界で生きて行くには、狡猾さも必要なんだと思い知らされる。
 カウンター向こうにいたスキンヘッドの男が、声を掛けてきた。
「アヒルちゃんは、なに飲むんだ?」
「カシスオレンジ!」
「へいよ!」
 スキンヘッドは、酒を作り始めた。
「いいのか、貰っちまって?」
「いいの、いいの……みんな、ただで飲んでんだ」
「えぇ!? どういうこと?」
「この町の地下には酒が大量に貯蔵してあってな……ま、その酒がなくなるまで飲み放題なのさ」
 スキンヘッドは、グラスをアヒルの前に置いた。
「もともと、酒を造っていた町だったのかもしれねーな」
 アヒルは両手でグラスを掴んで持ち上げ、クチバシに酒を流し込んだ。
「器用なアヒルちゃんだなー?」
 スキンヘッドは、両手を組んで感心している。
「うまーいー!」
 アヒルは飛び上がって羽をばたつかせた。
「カツヤ……私決めたわ……」
 アヒルはカウンターに立って、俺に真剣な眼差しを向ける。
「どうした?」
「この町に住むわ!」
 ……おい。
「魔法書のページはどうすんだよ!」
「だってー、お酒美味しいんだもん……」
 アヒルはグラスを抱きしめ、顔をすり寄せている。
 だめだ、こいつ……。
「俺も、一杯貰おうかな?」
 棚に並んでいる酒瓶を見渡した。
「嬢ちゃん、酒はあんたにはまだ早いぜ?」
 スキンヘッドがカウンター寄り掛かり、デカイ顔を近づけてくる。
「ミルクならごちそうするよ」
 俺のグラスにはミルクが注がれた。
 くそっ、アヒルばかり……。
 仕方なく、それを口にする。
 うまい――。
 この世界にきて水しか飲んでなかったから、すごく旨く感じる。
 俺の前にいたアヒルが、いつの間にかいなくなっていた。
 どこいった? 調理されていないといいけど……。
 俺は店内を見渡した。
 アヒルは、男達のテーブルで飛び跳ねている。
「ほれ、ぐいっといきなさいよー! 私の酒が飲めないのー?」
「勘弁してくださいよー」
 男達とすっかり打ち解け、一緒に盛り上がっている。
「ういー! もう一杯」
 完全にできあがっているな……。
 俺はテーブルまで行って、アヒルの首を掴んで持ち上げた。
「いい加減にしとけ……」
「ちょっとカツヤー、邪魔しないで」
「この素行の悪さ……本当に王女だったのか?」
「なにーっ!?」
 アヒルは、いつになくきれて暴れまくる。
「何言ってりゅの? このネックレスが証拠よ!」
 アヒルは、赤い玉の宝石がついた首輪を指差した。
「どこかで飼われてたアヒルじゃないのか?」
「にゃにぉーっ!?」
 俺は暴れるアヒルを掴んで、店の外に出た。
「俺達には、目的があるだろう?」
「……そうね。私としたことが、すっかり酒の魔力に魅了されていたわ……」
「あぁ、酒は怖いな……って、酒のせいにするな!」
「先に魔法書のページを確保してから、飲み直しましょう!」
「まだ飲む気かよ!?」
 俺はコンパスを手に取った。
 針は丘上の方を指している。
「魔法書のページは、こっちの方ね?」
 坂道を上った。
 アヒルは、俺の頭の上で大人しくしていた。
 げふーっ!
 うぅ……酒くせー。
 道の周りには、墓が建ち並ぶ。
 丘上までくると、教会が見えてきた。
 教会の背に、夕日が落ちていた。
「見晴らしがいいわね……」
「あぁ……、一面荒野だけどな」
「あなた、風情というものを知らないの?」
 アヒルが俺の顔の前で、羽をばたつかせる。
「見たままの景色を言ったまでだ」
 アヒルは遠くの景色を見つめていた。
「私には見えるのよ、ここが一面野原で、遠くに山々が広がっている――そんな景色が」
「俺たちならできるのか? その景色を見ることを」
「そうよ……私たちにしかできない。だから旅を続けるの――あの景色を取り戻すために」
 アヒルは、この世界が荒廃する前を知っている。
 だから、俺以上に元に戻したい気持ちは強いのだろう。
 おえーっ!
 アヒルは、道ばたで吐いていた。
「おまえ……風情がどうしたって?」
 俺は、教会に向かった。
 教会に明かりは灯っていない。中に誰もいないようだ。
「コンパスの反応は、教会の中からよ。窓から侵入しようかしら?」
「よせよ、不審者に思われる」
「神父さんはいないのかしら?」
 墓の前で少年が祈りを捧げているのが見えた。
 酒場にいた子だ。
「あの子に聞いて見よう」
 近くまで行くと、少年は墓に向かって話しかけていた。
「お母さんからも言ってあげてよ。お父さんにお酒をやめるように……」
 アヒルが少年に声を掛ける。
「こんにちわ。教会でお祈りしたいんだけど」
「僕が鍵を持っているよ」
 少年は振り返り、笑顔で答えた。
 人を疑うことを知らない純粋な目をしている。
 なんだか騙しているようで、嫌な気分がした。
「キミ、ここに住んでるの?」
 俺も話しかけた。
 少年は、首を横に振る。
「お母さんが、この教会で一人でシスターやってたんだ」
 少年は悲しそうな表情を浮かべる。
「でも……病気で死んじゃったんだ……だから、今は誰もいない」
 俺はアヒルと顔を見合わせた。
 少年は教会に向かって歩いて行く。
「この教会は、お父さんが建てたんだよ。何も無かったこの町に、お父さんが家をいっぱい建てたんだ」
「大工さんなのか、すげーな」
「でも……お母さんが死んでから、お酒ばかりで……」
 少年は、扉に鍵を差し込む。
「あれ? 開いてる」
 俺達は、少年に続いて教会の中に入った。
 中はほこり臭い。
 暫く使われていなかったようだ。
 天井まで吹き抜けで、祭壇の前に長椅子が並んでいる。
 ズーガー――。
「何の音?」
「いびきか?」
 見ると長椅子の上で、男が寝ていた。
 少年は、その男に駆け寄った。
「お父さん! また、こんな所で寝て……」
 祭壇の後ろの壁には、絵が描かれていた。
 胸に赤子を抱きしめる女神の絵だ。
 俺は目を閉じて、女神に祈りを捧げた。
 形だけでも、しておかないとな。
「綺麗な女神様……」
 アヒルは、その絵に見とれていた。
「この絵も、お父さんが描いたんだよ! 今じゃ、こんな状態だけど……」
 少年は、倒れている男を見て言った。
「酒に溺れるのも分かるわ……みんな死んでしまった」
 アヒルは呟いた。
「私の親友も……」
 その目に涙が溢れる。
 アヒルと出会ってから、こんな表情は初めて見た。
「らしくないな……友達って、アヒル仲間か?」
「人間よ!」
 いつものつっこみが戻ってきて、ほっとした。
 手に持っていたコンパスが、回転を始める。
「こっちね?」
 アヒルは、祭壇の中を漁り始めた。
 書類を巻き散らかしている。
 俺達のやっていることは窃盗だな……。
「あったわ!」
 アヒルは、クチバシに魔法書のページを咥えてやってきた。
「この魔法は……ドラゴンブレスね」
 俺は、その名前を聞いて心を躍らせた。
「なんか当たりじゃねー? 絶対強いぞこれ!」
 しかし、アヒルは浮かない顔をしている。
「ドラゴンブレス――どこかで聞いたことあるわね……なんだったかしら?」
 俺達は、少年に別れを告げ教会を後にした。
 町に向かって坂を下りる。
「なぁ、ドラゴンブレス――使ってみてもいいか?」
「強大な魔法かもしれないわ……町を燃やしたりしないよう気をつけなさいよ?」
 俺は周りに人がいないことを確認して、詠唱した。

 この地に眠る精霊よ。
 我がマナと手中の穀物を対価とし……。

「穀物?」
 俺は気になって詠唱をやめた。
「どうしたの?」
「穀物を対価とし……って、何か必要なんじゃないか?」
「そうね、この魔法はマナ以外にも対価が必要よ」
「今まではそんなもの必要なかったのに……」
「強力な魔法になればなるほど、必要になることが多いわ……例えば、生け贄とかね……」
 俺は背筋が凍り付いた。
「生け贄が必要な魔法なんて、使いたくねーぞ……」
「今回は、穀物があればいいみたい。食べ物が不足しているのに穀物が必要なんて……」
 穀物か……。
 俺はポケットから種籾を取り出した。
「これでもいいのか?」
「どうしたのよ、それ?」
「爺さんの種籾……少し、くすねてた」
「あんたねぇ……」
「これも世界を救うためだ」
 とにかくこれを使って見よう。
 俺は種籾を手に乗せ、再び詠唱を始めた。

 この地に眠る精霊よ
 我がマナと手中の穀物を対価とし、そなたの力を貸し与えよ
 時は今に、場は我が両の手に
 新たなる創造の為に
 契約の刻印に魔導師リボンの名を刻む

 俺はナイフで親指を切って血判を行った。

 今ここに汝との契約は交わされた――。

 果たしてどんな魔法だろうか?
 ドラゴンブレス――とんでもない炎が、辺り一帯を包み込むのではないだろうか?
 俺は唾を飲み込んだ。
「グリモワールⅥの章分解魔法醸造竜ノ吐息ドラゴンブレス
 シューッ――。
 手が熱くなる……
 やがて、両手の中に無数の水滴が集まり始めた。
「このあと、どうすればいい?」
 隣で見守っていたアヒルに声を掛けた。
「知らないわよ!」
 大気冷却滝落ウォーターフォールのように、水が出るわけでもない。
 手の中に水滴が集まっているだけだ。
 鼻をつんざく臭いがする。
 この臭い……アルコール?
「使い方が分かったわ……」
「本当か?」
 アヒルが近づいてきて、俺の手の中の水滴に手を差し出した。
「さ、手を殺菌して、ご飯にしましょう」
「ふざけるな! 何がドラゴンブレスだ、大層な名前付けやがって……」
「ドラゴンブレス……どこかで聞いたことがあると思ったら……お酒の名前だったわ」
 はぁ……。
 俺は肩を落とした。
 なんでこんなしょうもない魔法しかないんだろう……。
「お婆ちゃんの知恵袋みたいな魔法ばかりじゃねーか」
 こんなんじゃ、世界なんて救える気がしない。
「元々魔法はね、人々が生活を楽にするためにあみ出したものなのよ。それが、いつの間にか戦いに使われるようになった……人を殺すための手段になったの」
 この世界では、科学文明の代わりに魔法が発達したということなのだろう。
「この町に泊まれるところ、あるかしらね? もう少し飲みたい気分だわ」
「俺も、もう一杯ミルクを貰おう……」
 なんだか、一気に気が抜けたわ……。
 町を見下ろすと、広場に人が集まっている。
「どうしたのかしら?」
「なんか騒がしいな……」
 町の入り口、俺達が乗ってきた馬車の隣に、二頭立ての馬車が止まっている。
 俺達の馬車とは比べものにならないくらい高級そうな馬車だ。
 貴族でも、きているのだろうか?
 坂道を、真っ白な服と帽子を被った洒落た男が歩いてくる。
 この世界の住人は、殆どボロを纏っているか、上半身裸のモヒカン野郎ばかりだ。
「なんか場違いな奴が歩いてくるぞ?」
「あんたも人のこと言えないわよ……」
 洒落た男は、モヒカン頭の大男を連れている。
 洒落た男は、横目で俺を見ながらすれ違っていった。
「同類と思われたんじゃ無いの?」
「なんだよ……同類って?」
「教会の方に向かって行くわね」
 俺は気になって後を付けた。
 洒落た男は、丘上までくると辺りの景色を見渡している。
「丁度この教会の場所、見晴らしが良さそうだね」
「へい!」
「ここに、別荘を建てましょう。確か……この町に腕利きの大工がいたでしょう?」
「へい! この教会はどうしましょう?」
「汚らしい教会ね……それに、なんか臭うわ……」
 洒落た男はハンカチを取り出し、鼻にあてる。
「邪魔だから焼き払いなさい」
 木の陰で見ていた俺は、小声でアヒルに話しかけた。
「なんか、物騒なこと言ってるぞ……」
「嫌な感じね……」
 日焼けしたモヒカンは、松明に火を灯した。
 そして、酒を口に含む。
 ブーッ――。
 モヒカンは、霧状になった酒を、松明に向かって吹き付けた。
 巨大な炎が空中に形成される。
 これは!? まるで――火の息だ。
 その炎で、教会に火が付いた。
「ウヒャヒャヒャヒャヒャ! 汚物は消毒だーっ」
 教会に付いた火は、すぐに燃え広がっていった。

----------
⇒ 次話につづく!
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