完全な人

もとち きい

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カリフォルニアロケット

今井 計

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「幻覚を見たんです」俺は振り絞った声を男に投げた。
彼はパソコンに目を向けたまま相槌を打つばかりでキーボードの上に漫然とおかれた両手はピクリとも動いていない。
わたしの球など捕球するつもりも無いと言われたようで少し腹が立つ。

だが、続きを話さなければこのやり取りも永遠に続くのでは無いかと看護師の《やのさん》はなんとも言えない表情で、訴えてくる。

俺はやのさんが好きだ。
女としてではない、なにか小学校の頃クラスに1人は必ずいた男子と女子のあいだのバランサーの様な女の子として好きなのだ。決して特定の異性と仲良くなり過ぎず、同性とは派閥争いに気付かない不思議っ子のように振る舞い賢さが滲み出るような、そんな良さがあるのだ。

いまも俺に近付き過ぎずに、土井ドクターのイライラにも気づかないように振る舞い患者とドクターとのバランスを取ってくれている。

彼女のために続きを話すことにした。

「寝室で寝ていたのがいつのまにか砂漠のようなところにいるのです。砂漠に行ったことはありません。ちなみに鳥取砂丘なんかも行ったことはありません。なのにすごくリアルなんです。それがとても怖くて怖くて。周りを見渡すと馴染みのある道が見えましたそちらにやっとの事で近づくと、いつもの街でした。はい。やたらと地下室を持った住民のいる町です。はい」

「あの街ですね!」彼女は知ってる限りの情報を引き出しから並べて見せた
「たしか今井さんのその街って、子供の頃に住んでいた街と今お住まいの街が混ざったようなところでしたよね。わたしって夢とかあんまり見ないからちょっとうらやましいなぁー、ほらわたし夢を見ても覚えてないもの。見ても無いのかもね」

「そんなにいいもんでもないよ、いつも同じとこに出ちゃうから夢でできることに限りがあるんだ、もうこっちでやってる事とあんまり変わんないんだから」
「あ!そういうの映画で観たことあります!人の夢に詳しく描かれてて面白かったけど難しかったなあ」

ゴホンと咳払いが1発入る
土井ドクターの診断が始まった合図だ。

「するとなにかね、今井さんが見たという幻覚とはいつもの夢に毛が生えたようなものかな?だとするとそれは幻覚ではなく夢の続きが見れてるだけなんじゃないかい?」
ドクターはいつも否定からだ。

「わたしも、幻覚と夢の違いは分かっています。夢の範囲が広がったんじゃなく、幻覚で見えた砂漠からの帰り道に夢の街が繋がっていたというわけです。現に私はその街で目覚めました。」
我ながら電波である。

「それで気分はどうだね?少しは楽になったのか?」
この人は話し方や態度に難があるがそれでも、もう3年もかかりつけ医として俺が選んでいるのには理由がある。  

「それがまったく変わりません。目が覚めれば、耳鳴りと数秒間の失神、覚醒の繰り返しで仕事なんてとてもやってられません。車の運転も妻のたかこにしてもらってますから 」

「それは分かったよ。1か月前と変わらないと言うことだね」
「いえ」「いえじゃない分かってるから話を聞きなさい  」
「つまり変化があるとすればそれは砂漠が幻覚として見えた、そこになにか治療のカギがあるんじゃないかと君は考えている、大学院を出た訳でもない自由営業職の君がね」

「その通りだとも言えるし間違っているとも言える。これはとてもピーキーな問題だ。幻覚に現れた砂漠に君の答えはあるかもしれない」

何かを押し通すような沈黙が流れた。

「ただもしもの場合君がここに戻れなくなるかもしれない。まったくこんな面倒なことに巻き込まれるとはね。私だって暇じゃないんだよ今井さん」

嫌な予感に鈍感力を働かせ俺は心のガードを下げた。
「それでドクターわたしはどんな治療を受けるのでしょうか」
「カリフォルニアロケット 」  
カリフォルニア?そういったのか?
「新しい治療法でしょうか?」
「いやその逆だ、いまは誰もやっとらん治療法だ

「カリフォルニアのノーテンキな人達は思ったのだ、セロトニンだけじゃたりないノルアドレナリンも同時にドバドバ出させればみんなハイになってパーフェクトになれるってね」

「いま誰もしてないってことは」 
さすがの俺も気づく頃合いだ。
「そう、この治療法には欠陥がある」

「わたしコーヒー入れてきます!」空気を読んだやのさんが診察室を出ていく。

巻き込まれているのは俺の方ではないか。
俺はノーテンキではないのだから。
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