1 / 7
カリフォルニアロケット
今井 計
しおりを挟む
「幻覚を見たんです」俺は振り絞った声を男に投げた。
彼はパソコンに目を向けたまま相槌を打つばかりでキーボードの上に漫然とおかれた両手はピクリとも動いていない。
わたしの球など捕球するつもりも無いと言われたようで少し腹が立つ。
だが、続きを話さなければこのやり取りも永遠に続くのでは無いかと看護師の《やのさん》はなんとも言えない表情で、訴えてくる。
俺はやのさんが好きだ。
女としてではない、なにか小学校の頃クラスに1人は必ずいた男子と女子のあいだのバランサーの様な女の子として好きなのだ。決して特定の異性と仲良くなり過ぎず、同性とは派閥争いに気付かない不思議っ子のように振る舞い賢さが滲み出るような、そんな良さがあるのだ。
いまも俺に近付き過ぎずに、土井ドクターのイライラにも気づかないように振る舞い患者とドクターとのバランスを取ってくれている。
彼女のために続きを話すことにした。
「寝室で寝ていたのがいつのまにか砂漠のようなところにいるのです。砂漠に行ったことはありません。ちなみに鳥取砂丘なんかも行ったことはありません。なのにすごくリアルなんです。それがとても怖くて怖くて。周りを見渡すと馴染みのある道が見えましたそちらにやっとの事で近づくと、いつもの街でした。はい。やたらと地下室を持った住民のいる町です。はい」
「あの街ですね!」彼女は知ってる限りの情報を引き出しから並べて見せた
「たしか今井さんのその街って、子供の頃に住んでいた街と今お住まいの街が混ざったようなところでしたよね。わたしって夢とかあんまり見ないからちょっとうらやましいなぁー、ほらわたし夢を見ても覚えてないもの。見ても無いのかもね」
「そんなにいいもんでもないよ、いつも同じとこに出ちゃうから夢でできることに限りがあるんだ、もうこっちでやってる事とあんまり変わんないんだから」
「あ!そういうの映画で観たことあります!人の夢に詳しく描かれてて面白かったけど難しかったなあ」
ゴホンと咳払いが1発入る
土井ドクターの診断が始まった合図だ。
「するとなにかね、今井さんが見たという幻覚とはいつもの夢に毛が生えたようなものかな?だとするとそれは幻覚ではなく夢の続きが見れてるだけなんじゃないかい?」
ドクターはいつも否定からだ。
「わたしも、幻覚と夢の違いは分かっています。夢の範囲が広がったんじゃなく、幻覚で見えた砂漠からの帰り道に夢の街が繋がっていたというわけです。現に私はその街で目覚めました。」
我ながら電波である。
「それで気分はどうだね?少しは楽になったのか?」
この人は話し方や態度に難があるがそれでも、もう3年もかかりつけ医として俺が選んでいるのには理由がある。
「それがまったく変わりません。目が覚めれば、耳鳴りと数秒間の失神、覚醒の繰り返しで仕事なんてとてもやってられません。車の運転も妻のたかこにしてもらってますから 」
「それは分かったよ。1か月前と変わらないと言うことだね」
「いえ」「いえじゃない分かってるから話を聞きなさい 」
「つまり変化があるとすればそれは砂漠が幻覚として見えた、そこになにか治療のカギがあるんじゃないかと君は考えている、大学院を出た訳でもない自由営業職の君がね」
「その通りだとも言えるし間違っているとも言える。これはとてもピーキーな問題だ。幻覚に現れた砂漠に君の答えはあるかもしれない」
何かを押し通すような沈黙が流れた。
「ただもしもの場合君がここに戻れなくなるかもしれない。まったくこんな面倒なことに巻き込まれるとはね。私だって暇じゃないんだよ今井さん」
嫌な予感に鈍感力を働かせ俺は心のガードを下げた。
「それでドクターわたしはどんな治療を受けるのでしょうか」
「カリフォルニアロケット 」
カリフォルニア?そういったのか?
「新しい治療法でしょうか?」
「いやその逆だ、いまは誰もやっとらん治療法だ
」
「カリフォルニアのノーテンキな人達は思ったのだ、セロトニンだけじゃたりないノルアドレナリンも同時にドバドバ出させればみんなハイになってパーフェクトになれるってね」
「いま誰もしてないってことは」
さすがの俺も気づく頃合いだ。
「そう、この治療法には欠陥がある」
「わたしコーヒー入れてきます!」空気を読んだやのさんが診察室を出ていく。
巻き込まれているのは俺の方ではないか。
俺はノーテンキではないのだから。
彼はパソコンに目を向けたまま相槌を打つばかりでキーボードの上に漫然とおかれた両手はピクリとも動いていない。
わたしの球など捕球するつもりも無いと言われたようで少し腹が立つ。
だが、続きを話さなければこのやり取りも永遠に続くのでは無いかと看護師の《やのさん》はなんとも言えない表情で、訴えてくる。
俺はやのさんが好きだ。
女としてではない、なにか小学校の頃クラスに1人は必ずいた男子と女子のあいだのバランサーの様な女の子として好きなのだ。決して特定の異性と仲良くなり過ぎず、同性とは派閥争いに気付かない不思議っ子のように振る舞い賢さが滲み出るような、そんな良さがあるのだ。
いまも俺に近付き過ぎずに、土井ドクターのイライラにも気づかないように振る舞い患者とドクターとのバランスを取ってくれている。
彼女のために続きを話すことにした。
「寝室で寝ていたのがいつのまにか砂漠のようなところにいるのです。砂漠に行ったことはありません。ちなみに鳥取砂丘なんかも行ったことはありません。なのにすごくリアルなんです。それがとても怖くて怖くて。周りを見渡すと馴染みのある道が見えましたそちらにやっとの事で近づくと、いつもの街でした。はい。やたらと地下室を持った住民のいる町です。はい」
「あの街ですね!」彼女は知ってる限りの情報を引き出しから並べて見せた
「たしか今井さんのその街って、子供の頃に住んでいた街と今お住まいの街が混ざったようなところでしたよね。わたしって夢とかあんまり見ないからちょっとうらやましいなぁー、ほらわたし夢を見ても覚えてないもの。見ても無いのかもね」
「そんなにいいもんでもないよ、いつも同じとこに出ちゃうから夢でできることに限りがあるんだ、もうこっちでやってる事とあんまり変わんないんだから」
「あ!そういうの映画で観たことあります!人の夢に詳しく描かれてて面白かったけど難しかったなあ」
ゴホンと咳払いが1発入る
土井ドクターの診断が始まった合図だ。
「するとなにかね、今井さんが見たという幻覚とはいつもの夢に毛が生えたようなものかな?だとするとそれは幻覚ではなく夢の続きが見れてるだけなんじゃないかい?」
ドクターはいつも否定からだ。
「わたしも、幻覚と夢の違いは分かっています。夢の範囲が広がったんじゃなく、幻覚で見えた砂漠からの帰り道に夢の街が繋がっていたというわけです。現に私はその街で目覚めました。」
我ながら電波である。
「それで気分はどうだね?少しは楽になったのか?」
この人は話し方や態度に難があるがそれでも、もう3年もかかりつけ医として俺が選んでいるのには理由がある。
「それがまったく変わりません。目が覚めれば、耳鳴りと数秒間の失神、覚醒の繰り返しで仕事なんてとてもやってられません。車の運転も妻のたかこにしてもらってますから 」
「それは分かったよ。1か月前と変わらないと言うことだね」
「いえ」「いえじゃない分かってるから話を聞きなさい 」
「つまり変化があるとすればそれは砂漠が幻覚として見えた、そこになにか治療のカギがあるんじゃないかと君は考えている、大学院を出た訳でもない自由営業職の君がね」
「その通りだとも言えるし間違っているとも言える。これはとてもピーキーな問題だ。幻覚に現れた砂漠に君の答えはあるかもしれない」
何かを押し通すような沈黙が流れた。
「ただもしもの場合君がここに戻れなくなるかもしれない。まったくこんな面倒なことに巻き込まれるとはね。私だって暇じゃないんだよ今井さん」
嫌な予感に鈍感力を働かせ俺は心のガードを下げた。
「それでドクターわたしはどんな治療を受けるのでしょうか」
「カリフォルニアロケット 」
カリフォルニア?そういったのか?
「新しい治療法でしょうか?」
「いやその逆だ、いまは誰もやっとらん治療法だ
」
「カリフォルニアのノーテンキな人達は思ったのだ、セロトニンだけじゃたりないノルアドレナリンも同時にドバドバ出させればみんなハイになってパーフェクトになれるってね」
「いま誰もしてないってことは」
さすがの俺も気づく頃合いだ。
「そう、この治療法には欠陥がある」
「わたしコーヒー入れてきます!」空気を読んだやのさんが診察室を出ていく。
巻き込まれているのは俺の方ではないか。
俺はノーテンキではないのだから。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
深淵の星々
Semper Supra
SF
物語「深淵の星々」は、ケイロン-7という惑星を舞台にしたSFホラーの大作です。物語は2998年、銀河系全体に広がる人類文明が、ケイロン-7で謎の異常現象に遭遇するところから始まります。科学者リサ・グレイソンと異星生物学者ジョナサン・クインが、この異常現象の謎を解明しようとする中で、影のような未知の脅威に直面します。
物語は、リサとジョナサンが影の源を探し出し、それを消し去るために命を懸けた戦いを描きます。彼らの犠牲によって影の脅威は消滅しますが、物語はそれで終わりません。ケイロン-7に潜む真の謎が明らかになり、この惑星自体が知的存在であることが示唆されます。
ケイロン-7の守護者たちが姿を現し、彼らが人類との共存を求めて接触を試みる中で、エミリー・カーペンター博士がその対話に挑みます。エミリーは、守護者たちが脅威ではなく、共に生きるための調和を求めていることを知り、人類がこの惑星で新たな未来を築くための道を模索することを決意します。
物語は、恐怖と希望、未知の存在との共存というテーマを描きながら、登場人物たちが絶望を乗り越え、未知の未来に向かって歩む姿を追います。エミリーたちは、ケイロン-7の守護者たちとの共存のために調和を探り、新たな挑戦と希望に満ちた未来を築こうとするところで物語は展開していきます。
SAINT ESCAPEー聖女逃避行ー
sori
SF
クルマを宙に放り投げたシルクハットの男。 カリスマ占い師の娘、高校生の明日香。 明日香を守る同級生。明日香を狙う転校生。追いかける黒い影…個性的なキャラクターが繰り広げる逃走劇。 一方で定年間近の刑事、納谷は時効を迎える事件のカギを見つける。 ふたつの事件が結びつく時、悲しい事実が明けらかになる。
龍神と私
龍神369
SF
この物語は
蚕の幼虫が繭を作り龍神へ変わっていく工程に置き換え続いていきます。
蚕の一生と少女と龍神の出会い。
その後
少女に様々な超能力やテレポーテーションが現れてきます。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
蒼空のイーグレット
黒陽 光
SF
――――青年が出逢ったのは漆黒の翼と、紅蓮の乙女だった。
桐山翔一は雨の降る夜更け頃、異形の戦闘機を目撃する。漆黒のそれはYSF-2/A≪グレイ・ゴースト≫。操縦にESP能力を必要とする、真なる超能力者にしか操れない人類の切り札だった。
その戦闘機を駆る超能力者の少女、アリサ・メイヤードと出逢ったことで、彼の運命は急速に動き始める。人類が秘密裏に戦い続けていた異形の敵、地球へ侵攻を始めた謎の異星体『レギオン』。外宇宙からもたらされた重力制御装置『ディーンドライヴ』と、それを利用し大宇宙を駆ける銀翼・空間戦闘機。この世界は嘘だらけだった。嘘で塗り固めた虚構の中で、人々は生き続けて……いいや、生かされ続けてきたのだ。偽りの歴史の中で、何も知らぬままに。
運命に導かれるままに出逢いを果たし、そして世界の裏側と真実を知った翔一は、それでも飛びたいと願ったのだ。この蒼い空を、彼女となら何処までも飛べると感じた、この空を――――。
大いなる空と漆黒の宇宙、果てなき旅路に黒翼が舞い上がる。
SFフライト・アクション小説、全力出撃開始。
※カクヨムでも連載中。
魔法犯罪の真実
水山 蓮司
SF
~魔法犯罪~
現代社会において数多くの技術が発展し、人々の日常生活を支えているネットワーク。
そのネットワークと共に少しずつ人類にも変化が見られてきている。
生まれながらにして天性の才能で幼少期から使える人がいれば、数か月から数十年と個人の能力によって体得する人がいるといわれる『魔法』である。
その魔法によって人間にとって更に新しく促進していき技術を編み出していこうと前向きに考える人がいる一方、これを異なる方法で用いて利益を得ようと悪用して犯罪を企む組織や集団がいるこの現代社会である。
その犯罪を未然に防ぐために、警視庁の最高位である警視総監が独立組織を設立して選抜されし者がその犯罪に立ち向かう。
あらゆる犯罪に立ち向かう中には、文字通り命懸けの任務が含まれているが、それをものともせずこなしていく精鋭を揃えて事件を一掃していく。
人々にも様々な力が備わり多方面で作用し、一層目まぐるしく変化する世界の中で今、日常で起こる犯罪、魔法によって起こる犯罪、その両局面で巻き起こる犯罪の追求、精鋭メンバーが織りなす心理追求アクションがここに開幕する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる