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第二章 凸凹コンビ

この時はまだ普通の仲だったんだ

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「ねーちゃん……! どこだねーちゃん……!」

 俺は必死にねーちゃんを探している。
 服も髪もボロボロで、手足が傷だらけになりながらもなお探し続ける。
 痛い。裸足で外に出たから、小さな石でも踏んだら相当なダメージになる。

 それでも探すのはやめない。
 だってここで諦めたら、きっと後悔するだろうから。
 腕が木の枝にやられて無数の切り傷を作っている。
 多分数日は傷跡が残るんだろうな。

「うわっ!」

 足元を見ていなくて、根っこに引っかかって盛大に転けてしまった。
 手と膝を擦りむいて血が流れ出る。

「ぐすん……」

 涙が出てくる。
 なんで俺ばっかりこんな目に合うんだ。
 どうしていつも不幸な目にあってばかりなんだ。
 そんなことを考えてると、頭上から声をかけられた。

「もー、琉璃はどんくさいですねぇ。立てますか?」

 見上げると、そこには探し求めていたねーちゃんがいた。
 ねーちゃんは俺に手を差し伸べてくれる。
 その手を掴んで立ち上がると、そのまま抱きしめてくれた。

「よしよーし」

 頭を撫でられると、また涙が出てくる。
 泣きながらねーちゃんの顔を見ると、優しく笑ってくれた。

「琉璃がなかなかお姉ちゃんを見つけてくれないから困りました。って、ずいぶん汚れちゃってますね……かくれんぼにそんな必死にならなくても」

 ねーちゃんはそう言いながらポケットからハンカチを取り出して、顔を拭ってくれる。
 そして最後に怪我をした部分に巻いてくれた。
 そのあとねーちゃんはしゃがみこんで、背中を見せてくる。
 おんぶしてくれるようだ。

 俺が乗ったことを確認するゆっくりと歩き出す。
 ねーちゃんの温もりを感じつつ、俺は言った。

「ありがとう、ねーちゃん……」
「やけに素直ですね。どうしました?」

 優しい声で訊かれる。
 さっきまで泣いていたせいか、上手く喋れない。
 だから代わりにギュッと腕に力を込めた。
 するとねーちゃんはクスリと笑う。

「ふふっ、甘えん坊さんですね」
「……」

 何も言わないけど、否定はしない。
 それからしばらく無言が続いた。
 俺が眠ってしまったと思ったのか、ねーちゃんは口を開く。

「別に、人それぞれでいいと思うのですよ」

 それは独り言のように小さいものだった。
 だけど何故か耳に入ってくる。
 きっとそれは、俺に……ねーちゃん自身に向けた言葉だと思ったから。

「私も琉璃も、ただ人を好きになっただけなのに。それが同性であろうと……それのなにがいけないんでしょう?」

 淡々とした口調だったけど、どこか悲しさを感じる。
 その証拠に少し震えているように思えた。
 俺は何も言えない。
 ただ黙って聞いているだけだ。
 それでも、ねーちゃんはそのまま続ける。

「私は、たとえ世界中を敵に回しても……自分の想いを貫きたいのです」

 その気持ちだけは絶対に変わらない。
 強い意志を感じた。
 この人は本気だ。声でわかる。それくらいの覚悟が込められている。

「どんな障害があっても、どんなに批難されようと、私は自分が間違ってるとは思いません。だから琉璃も、諦めなくてもいいのですよ?」
「でも……」

 思わず反論しようとすると、それを遮るように言う。

「確かに世間的には許されない恋かもしれません。ですが、それがなんです? 愛することは自由でしょう?」

 迷いのない真っ直ぐな返しだった。
 俺はその言葉になにも言えず、また黙ってしまう。
 それでもねーちゃんは話し続けた。

「それに、世の中にはもっと凄い人たちがいるじゃないですか。男同士だろうと女同士だろうと、なんなら動物が恋愛的に好きって人もいますし」

 そう言って軽く笑っているようだった。
 多分俺を元気付けてくれてるんだろう。
 ねーちゃんの優しさに感謝しつつ、俺は思ったことを口にする。

「ねーちゃん、俺……頑張るよ」
「うんうん、その意気です! 応援してますよ!」

 そうこうしているうちに家に着いたみたいだ。
 玄関前で下ろしてもらうと、ねーちゃんは笑顔で言う。
 そして俺の手を握ってきた。
 大きくて柔らかい手に包まれる。
 その手はとても暖かくて、まるで太陽のような安心感があった。

「琉璃、約束します。私はずっとあなたの味方ですから。いつでも相談に乗りますよ?」
「ねーちゃん……ありがとう!」

 俺も握り返すと、ねーちゃんは満足げに微笑んだ。
 そして小さく呟く。

「ふふっ、やっぱり琉璃は素直な方がいいですね」
「え?」

 よく聞こえなかったので聞き返したら、なんでもないと誤魔化された。
 首を傾げる俺を尻目に、ねーちゃんは先にドアを開けて家の中に入っていく。

 その後ろ姿を見ながら、俺は思う。
 いつか必ず報われる日が来ると。
 その時までは、この胸にある熱い思いを大事にしていこうと。
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