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第一章 変態とイケ女

萌花とイケ女の仲は縮まりつつあるかもしれません

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「あたしさ、『たたかうお姫様』って作品は知らないんだけど童話で記憶に残ってんのは『狐とおじいさんはお友だち』ってやつだな」
「あー! それ私も知ってます! とても優しいお話ですよね」

 時計の針が12をさし、各々好きな時を過ごす。
 まあ言ってしまえばお昼ご飯の時間だった。
 いつもは席の近い子たちのグループにまぜてもらっていたのだが、今日は好きな人と二人で向かい合っている。
 その事実だけで天に召されてしまいそうな心地だった。

 しかも、朝のこともあってずっと童話について語っている。
 子どもの頃に見た夢を今語っているなんて、なんだか感慨深い。
 大人になってからも読み返すというのは、きっとこういう気持ちに近いんだろうな。

「ちょっと今持ち歩いてんだけどさ」
「持ち歩……!? えっ!?」

 なんだか朔良さんがおかしなことを言ったような気が……気のせいかな?
 だけど、現実は無情にも現実を突きつけてくる。

「じゃじゃーん」

 オーソドックスな効果音とともに飛び出したのは、雑誌ほどの大きさのある本だった。
 厚さも雑誌と同じくらいで薄め。
 典型的な絵本みたいだ。
 私は教科書の中にあったのを読んだことがある程度だったから、実物を見るのは初めてだ。

 ☆ ☆ ☆

 とある狐の親子が、仲良く人間の街に出かけていました。
 それを街の人たちは驚くでもなく、追い払うでもなく、ただ普通にある光景だと捉えています。
 そして、狐の親子は、見慣れた帽子屋にたどり着くと、その中に入っていきました。

「おじいさん。こんにちは!」
「おや、坊や。今日はどうしたんだい?」

 優しそうな顔をしたおじいさんが、狐の親子を出迎えます。
 狐の親子はじっとおじいさんを見つめて言いました。

「ねぇ、おじいさん。あそぼ!」
「うちの子をどうかよろしくお願いします」

 おじいさんは目をぱちくりさせると、すぐに笑顔を作って「ああ、もちろんだとも」と言いました。
 三人は帽子屋から出て、近くの広場にやってきました。
 春の日差しはポカポカで、三人を明るく照らしだしています。
 まるでお日様が三人を歓迎しているようです。

「そーれ」

 おじいさんがそう言うと、ポケットから小さなボールを取り出し、芝生に転ばしました。
 すると、子狐が目をキラキラと輝かせながらボールを追いかけます。
 その様子を母狐が微笑ましそうに見ています。
 母狐の笑顔を見たおじいさんは、母狐にこう言いました。

「坊やは遊びたい盛りなんだねぇ。こんなに大きくなって……」

 おじいさんがそう言うと、母狐はどこか遠くを見るような目付きになりました。

「ええ、おかげさまで。あなたが助けてくれなかったら今頃……」

 そこで言葉を切り、母狐は再びボールにじゃれている子狐に目を向けました。
 母狐は笑顔を浮かべたまま、あの頃の……おじいさんと出会った時のことを思い出していました。

 ☆ ☆ ☆

 私が中身を見ようとすると、朔良さんが物語の最初の方を朗読してくれた。
 少し低くて落ち着いた声。
 聞いているとリラックスできて、ほのぼのとした気持ちになる。

「朔良さん、朗読上手いですね」
「そうか? そんなことないと思うけどな」
「上手いですよ! ASMRかと思いましたもん!」
「それは……お前が言うといかがわしい意味に聞こえるからあまり嬉しくないな……」

 朔良さんは私の言葉に顔を引きつらせながら笑う。
 なんでそう思ったんだろう。心外だ。
 私は健全な意味でのASMRを思い浮かべていたのに。
 まあ、朔良さんの声似のASMRがあったら、えっちなのだろうが健全なのだろうが即聞きにいくけど。

「あ、てか、話ズレたな。内容思い出せたか?」
「はい。でも朔良さんの声に集中していたのでほとんど内容入ってないですけど」
「入ってねーのかよ」

 朔良さんは今度は普通にちゃんと笑ってくれた。
 やっぱりいい笑顔だなぁ……
 この笑顔をずっと見ていたいと思うのは、私だけだろうか。

 でも、朔良さんは私の笑顔を見ていたいなんて思わないだろうな。
 一人の人にこだわらないだろうし、なんならみんなの笑顔を見ていたいとか言い出しかねない。
 朔良さんの中で特別な人はいない。

「おーい、萌花? どうしたんだ?」
「あ、い、いえ。なんでもないですよ?」

 なんだかしんみりしてしまった。
 いけないいけない。
 私はこの考えを振り切るように、首をブンブン勢いのまま振った。

「うおっ!? ははっ、勢いよすぎだろ」
「これが私の特技ですから。どうです? 恐れ入りましたか?」
「なに言ってんのかわかんねぇ」

 我ながらなに言ってるのかわからないけど、やっぱり朔良さんと笑い合うのは楽しい。
 10年後も20年後もこうして二人で笑い合いたいと思うのは、私のわがままなのだろうか。
 そう思っているうちにお昼終わりのチャイムが鳴ったから、あわてて自分の机に戻った。
 この気持ちのまま授業を受けるのは嫌だったけど、優等生という立場があるから仕方なく午後の授業に臨むのであった。
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