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第一章 変態とイケ女

萌花の妄想を弟が一蹴するようです

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「いやいや待て待て。色々とツッコミどころ満載なんだが一ついいか?」
「え、なんです? 妄想なんだからいいじゃないですか」
「いやそれ以前の――ってちょっと待て!? 妄想っつったか!?」
「あ」

 しまった。口が滑った。
 仲良くなる方法を考えたとでまかせを言っていたのに、妄想だと素直に口にしてしまったら前者を言った意味がなくなる。
 まだまだ私は詰めが甘いということか。

「ま、途中で気づいてたからそんなことだろうとは思ってたが」
「え!? 気づいてたんですか!?」
「当たり前だろ。まずお前目線じゃないってとこが気になったからな」

 くっ……琉璃に見抜かれるなんて屈辱的だ。
 でも、朔良さん目線の妄想もなかなかそそるものがあることに気づいた。
 私だけの朔良さん像ということだ。誰にも渡しはしない。
 ……それをこいつに話してしまったのが失敗だったが。

 しかし、妄想を話したことで現実の私たちがどういうものなのか認知されなかっただけいいとしよう。
 まあ、今のところは琉璃になんてまったく話す気もないけど。

「というか、あんたはいつまでついてくるんですか」
「は? ああああああ! 俺こっちじゃねぇじゃん! なんで言ってくれないんだよ!」
「今言いましたけど!?」

 琉璃は地を揺らすような大声を出し、怒りながら私からものすごい勢いで離れていった。
 こりゃ、結構頑張らないと遅刻しちゃうかもね。
 私には関係ないけど。

 それはそうと、私もちょっとやばかったりする。
 琉璃と話していたせいでいつもより歩くのが遅くなってたし。
 よし、早歩きで向かおう。走る気力も元気もないしそれがいいだろう。

 いつもは景色を堪能しながら歩いているが、今回はそうしていられない。
 最低限の視野は確保したまま、よけいなことを考えないようにまっすぐ学校を目指す。

 曲がり角に差し掛かって、坂を登る。
 坂を登りきったところに学校があるのだが、この坂が結構きついのだ。
 先生たちはよく丘の上の学校と称するが、丘なんて可愛らしい表現では足りない気がする。
 もはや山だ。

「あれ、萌花か?」

 そんな地獄のような山登りを終えた時、目の前に天使が舞い降りた。
 天使というよりナイトの方が合いそうな見た目をしているが、今の私にとって〝それ〟は紛れもない天使だった。
 いや、もっとふさわしい言葉が私の頭の中に浮かんで――

「お、お姫様っ!」
「はぁ!?」

 ――つい声に出てしまう。
 昨夜読んだ『たたかうお姫様』のせいでその単語がポロッとこぼれ落ちてしまったのだった。

「なんだなんだ。変なプレイでもご所望なのか?」

 お姫様の口から〝プレイ〟なんて言葉が聞けるなんて!
 それだけでオカズにできちゃいそうなくらいの破壊力がある。
 って、違う違う。ちゃんと現実に戻らないと。

「さ、朔良さん……! えっへへ、すみません。なんだか警戒させちゃったみたいで」
「警戒っていうか困惑だったんだけど……割といつも通りだなって思い直したわ」

 朔良さんに私のいつも通りを認知してもらえているなんて嬉しすぎる。
 嬉しすぎて感情が爆発四散しそうだ。
 ついでに身体も爆風で塵になって粉々に砕けそう。

「えっと、ところで朔良さんがなぜここに?」
「……お前、頭いいのにあたしが絡むとおかしくなるよな。ここ学校だぞ」
「あ」

 そうだった。私は時間ギリギリになりそうだって慌てて学校に来ていたんだ。
 天使の降臨で頭がおかしくなっていたのかもしれない。
 そんな天使も呆れたように苦笑している。
 その苦笑もかっこよくて可愛いからずるい。

「あたしからも質問いいか? お姫様ってなんだ?」
「あー、それは……そうですね……影響を受けた童話の主人公といいますか……」
「は?」

 下手にはぐらかすのもあれだと思い、朔良さんに昨日読んだ『たたかうお姫様』について話す。
 あそこから私の趣味嗜好がクリアになったこと、そのお姫様に憧れや好意を抱いていること、そのお姫様と朔良さんが重なること……
 私の原点から今に至るまでをじっくり……というわけにはいかないから、なるべく手短に話した。
 話が長い人は嫌われるというし、そもそも今は教室へと急がなきゃならないから。

「なるほどな……その作品はお前にとってとても大事なものなんだな……」
「はい、その通りです。今の私を作ったといっても過言ではないくらいに」
「あはは……それはいいことなのか悪いことなのか……」

 朔良さんはそう言って笑うけど、ちゃんと話を聞いてくれる。
 適当にあしらうでもなく、うわの空でもなく、ちゃんと私の目を見て耳を傾けてくれる。
 私にとっては大事な話だけど、朔良さんにとってはきっとどうでもいい話だろうに……

 私を形作った作品を『大事なもの』とまで言ってくれた。
 それだけで私は、泣いてしまいそうなくらい嬉しかった。
 多分、少しだけ泣いたかもしれない。

「今は時間なくて聞けないけどさ、もっとこういう話しようぜ。人の話聞くの結構好きなんだよ」
「い、いいんですか……!? ぜひお願いします!」

 この時、私と朔良さんとの距離が少しだけ縮まったような気がした。
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