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子どもの約束
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わたしは、何も知らない子どもだった。
「ねぇねぇ、おっきくなったら結婚しようよ!」
「うん! もちろん! 約束だよ?」
「うん! 約束!」
わたしが幼稚園にかよっていたとき、幼なじみのゆりあとそんな約束をした。
わたしはその時、結婚の意味も、その約束の重要さも……何もわかっていなかった。
わたしは、小学五年生になった。五年生になっても、わたしのそばにはゆりあがいる。
「ねぇりり、今日も手つないで帰ろうよ」
「えー? 恥ずかしいよ……」
帰りの会が終わり、みんなそれぞれ自由にすごしている。すぐ教室から出ていく子や先生とおしゃべりする子、机を向かいあわせて腕相撲をしあっている子たちがいる。そんななか、ゆりあは笑顔でわたしに手をさしだしてきた。
「いいじゃん、いつもつないでるんだから」
「それって家の近くでだけじゃん。ここ教室だし……」
「大丈夫だって。幼稚園の子はみんな手つないでるんだし」
「え……それってなんか違うような……」
幼稚園という言葉が出て、わたしは心の中で少しビクッとした。あの約束のことを、今でも覚えているから。ゆりあはどうなのかわからないけど、わたしは本気で信じている。
でも、うすうすわかっている。その約束は、他の人にはあまり理解されないってことを。それでも、わたしはゆりあのことが……
「おーい、どうしたの?」
わたしがいろいろ考えこんでいたら、ゆりあはわたしの顔の前で手をふった。 その手の動きと声で、わたしの意識はここに戻ってきた。
「なんでもないよ」
そう笑って、わたしから手をつないだ。ゆりあは最初すごくおどろいたような顔をしていたけど、すぐに笑い返してくれた。
わたしはこの時間が永遠に続けばいいと思った。ゆりあと手をつないでいるだけで、自分が最強になった気分になれる。今ならなんでもできそう!
「ずいぶん仲良そうね」
でも、その一言でわたしはどん底につき落とされたような感じがした。さっきまではなんでもできそうだったのに、今は息をすることすら難しくなってしまった。
「……くろえ、なんか用?」
ゆりあがその子の名前を口にする。くろえは、わたしたちと同じクラスの女の子で、みんなのリーダー的な存在。みんなからはすごく信頼されているけど、わたしはくろえが苦手だった。言いたいことはズバズバ言うし、わたしのことをあまりよく思っていないようだから。
「なんか用って、つめたいわね。せっかくあたしも一緒に帰ってあげようと思っていたのに」
「わたしはりりと一緒に帰りたいの。悪いけどまた今度にして」
ゆりあは不機嫌そうに言うと、わたしの手をひいてさっさと去ろうとする。だけど、くろえはそれを許さなかった。くろえもどこか機嫌がわるそうに、いつもより低めの声でつぶやいた。
「あなたたちの約束、バラしてもいいのよ?」
わたしは体が凍りついたように動けなくなった。それはゆりあも同じようで、足がピタリと動かなくなっている。そんなわたしたちの様子を見て、くろえは心の底から楽しそうな笑顔を浮かべる。
実はくろえとも幼稚園が同じで、よく三人で遊んでいた仲でもある。だけど、わたしたちの約束を見てから、くろえはわたしたちと距離をおくようになった。それと同時に、わたしにだけきつい目線を送るようにもなっていた。
わたしは、くろえのことを何も知らない。わたしたちをさけるようになったのも、わたしにだけ怒ったような表情を向けてくることも。なんでわたしたちが手をつないでいるときに悲しそうな顔をするのかも、何もわからない。
だけど、これだけはわかる。わたしたちは、何も間違ったことをしていない。ただ好きな人と一緒にいるだけだ。
「ご、ごめんね、くろえ。くろえがどうしてそんなにわたしを嫌うのかわからない。でも、わたしはゆりあが好き。その気持ちに嘘はない。だ、だから、その……」
「わたしたちの約束、バラしてもいいよ。どうせみんな本気にしないだろうし」
わたしが言葉につまると、ゆりあが言葉を続けてくれた。そして、ゆりあはわたしの顔をチラッと見ると、わたしの手をひいていきなり走りだした。はじめはおどろいたけど、途中から楽しくなって、わたしは笑いながら話しかけた。
「楽しいね、ゆりあ」
すると、すかさずゆりあも「そうだね、りり」と言って笑い返してくれた。ゆりあとなら、どこへだって行けそうな気がした。わたしは気持ちがまいあがって、気がついたらゆりあにずっと聞きたかったことを聞いていた。
「ゆりあも、あの約束覚えててくれてたんだね」
「まあね。けっこう本気だったし。あ、今もだけど」
「そっか。わたしも本気だよ。それが難しいってことはわかってるんだけどさ」
女の人同士の結婚は、いろいろと難しい問題がある。それがわかるほどには大人になってきたのだろうと思う。ずっと、早く大人になってゆりあと結婚したいと思っていたけど、大人になるというのは必ずしもいいことばかりではないようだ。
だけど、ゆりあの気持ちを再確認できたのはよかった。もしゆりあが約束を忘れていたりしたら、わたしはどうなっていただろう。今でもゆりあのそばにいただろうか。
「それならさ、わたしたちのきずながいかに強いか証明しちゃおうよ!」
「え? そんなことできるの?」
「もちろん! 結婚できる年になるまでその約束を覚えてて、その時に二人だけの結婚式をするの!」
「な、なるほど……」
それは、二人だけの証明。二人にしかわからない証明。そのひびきに、わたしは惹かれた。
「うん、いいね。すごくいい!」
さあ、わたしたちが約束を果たせる日がくるまで、あとどれくらいかかるだろう。わたしは今から、その日が待ち遠しくなった。
「ねぇねぇ、おっきくなったら結婚しようよ!」
「うん! もちろん! 約束だよ?」
「うん! 約束!」
わたしが幼稚園にかよっていたとき、幼なじみのゆりあとそんな約束をした。
わたしはその時、結婚の意味も、その約束の重要さも……何もわかっていなかった。
わたしは、小学五年生になった。五年生になっても、わたしのそばにはゆりあがいる。
「ねぇりり、今日も手つないで帰ろうよ」
「えー? 恥ずかしいよ……」
帰りの会が終わり、みんなそれぞれ自由にすごしている。すぐ教室から出ていく子や先生とおしゃべりする子、机を向かいあわせて腕相撲をしあっている子たちがいる。そんななか、ゆりあは笑顔でわたしに手をさしだしてきた。
「いいじゃん、いつもつないでるんだから」
「それって家の近くでだけじゃん。ここ教室だし……」
「大丈夫だって。幼稚園の子はみんな手つないでるんだし」
「え……それってなんか違うような……」
幼稚園という言葉が出て、わたしは心の中で少しビクッとした。あの約束のことを、今でも覚えているから。ゆりあはどうなのかわからないけど、わたしは本気で信じている。
でも、うすうすわかっている。その約束は、他の人にはあまり理解されないってことを。それでも、わたしはゆりあのことが……
「おーい、どうしたの?」
わたしがいろいろ考えこんでいたら、ゆりあはわたしの顔の前で手をふった。 その手の動きと声で、わたしの意識はここに戻ってきた。
「なんでもないよ」
そう笑って、わたしから手をつないだ。ゆりあは最初すごくおどろいたような顔をしていたけど、すぐに笑い返してくれた。
わたしはこの時間が永遠に続けばいいと思った。ゆりあと手をつないでいるだけで、自分が最強になった気分になれる。今ならなんでもできそう!
「ずいぶん仲良そうね」
でも、その一言でわたしはどん底につき落とされたような感じがした。さっきまではなんでもできそうだったのに、今は息をすることすら難しくなってしまった。
「……くろえ、なんか用?」
ゆりあがその子の名前を口にする。くろえは、わたしたちと同じクラスの女の子で、みんなのリーダー的な存在。みんなからはすごく信頼されているけど、わたしはくろえが苦手だった。言いたいことはズバズバ言うし、わたしのことをあまりよく思っていないようだから。
「なんか用って、つめたいわね。せっかくあたしも一緒に帰ってあげようと思っていたのに」
「わたしはりりと一緒に帰りたいの。悪いけどまた今度にして」
ゆりあは不機嫌そうに言うと、わたしの手をひいてさっさと去ろうとする。だけど、くろえはそれを許さなかった。くろえもどこか機嫌がわるそうに、いつもより低めの声でつぶやいた。
「あなたたちの約束、バラしてもいいのよ?」
わたしは体が凍りついたように動けなくなった。それはゆりあも同じようで、足がピタリと動かなくなっている。そんなわたしたちの様子を見て、くろえは心の底から楽しそうな笑顔を浮かべる。
実はくろえとも幼稚園が同じで、よく三人で遊んでいた仲でもある。だけど、わたしたちの約束を見てから、くろえはわたしたちと距離をおくようになった。それと同時に、わたしにだけきつい目線を送るようにもなっていた。
わたしは、くろえのことを何も知らない。わたしたちをさけるようになったのも、わたしにだけ怒ったような表情を向けてくることも。なんでわたしたちが手をつないでいるときに悲しそうな顔をするのかも、何もわからない。
だけど、これだけはわかる。わたしたちは、何も間違ったことをしていない。ただ好きな人と一緒にいるだけだ。
「ご、ごめんね、くろえ。くろえがどうしてそんなにわたしを嫌うのかわからない。でも、わたしはゆりあが好き。その気持ちに嘘はない。だ、だから、その……」
「わたしたちの約束、バラしてもいいよ。どうせみんな本気にしないだろうし」
わたしが言葉につまると、ゆりあが言葉を続けてくれた。そして、ゆりあはわたしの顔をチラッと見ると、わたしの手をひいていきなり走りだした。はじめはおどろいたけど、途中から楽しくなって、わたしは笑いながら話しかけた。
「楽しいね、ゆりあ」
すると、すかさずゆりあも「そうだね、りり」と言って笑い返してくれた。ゆりあとなら、どこへだって行けそうな気がした。わたしは気持ちがまいあがって、気がついたらゆりあにずっと聞きたかったことを聞いていた。
「ゆりあも、あの約束覚えててくれてたんだね」
「まあね。けっこう本気だったし。あ、今もだけど」
「そっか。わたしも本気だよ。それが難しいってことはわかってるんだけどさ」
女の人同士の結婚は、いろいろと難しい問題がある。それがわかるほどには大人になってきたのだろうと思う。ずっと、早く大人になってゆりあと結婚したいと思っていたけど、大人になるというのは必ずしもいいことばかりではないようだ。
だけど、ゆりあの気持ちを再確認できたのはよかった。もしゆりあが約束を忘れていたりしたら、わたしはどうなっていただろう。今でもゆりあのそばにいただろうか。
「それならさ、わたしたちのきずながいかに強いか証明しちゃおうよ!」
「え? そんなことできるの?」
「もちろん! 結婚できる年になるまでその約束を覚えてて、その時に二人だけの結婚式をするの!」
「な、なるほど……」
それは、二人だけの証明。二人にしかわからない証明。そのひびきに、わたしは惹かれた。
「うん、いいね。すごくいい!」
さあ、わたしたちが約束を果たせる日がくるまで、あとどれくらいかかるだろう。わたしは今から、その日が待ち遠しくなった。
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