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第二章 吸血少女は愛されたい
もっと深めたい
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「ところで花恋ちゃん、そういうこと言うためだけに屋上に来たの?」
「え、うん。そうだけど」
「ははっ、花恋ちゃんって変わってるよね」
渚は昔から変わらぬ太陽のような笑顔で言うけど、あたしはどうもピンと来なかった。
変わっている……だろうか。
自分では意識したことがないからわからない。
「そろそろ戻ろうか」
という渚の声であたしたちは階段を降りて行った。
教室に戻ったら、またいつも通りの一日がはじまる。
あたしはそれがなんとなく嫌で、渚を呼び止める。
「ねぇ、今度の休みにどこか遊びに行かない? 二人っきりでさ」
あたしの提案に渚は少しだけ驚いた顔をして、それから嬉しそうにはにかんで笑う。
その顔を見て、やっぱり渚のこの顔には敵わないと思った。
そしてそんな渚だからこそ、あたしは好きなんだと思う。
「いいよ。どこ行く?」
「うーん……あ、遊園地とか行ってみない?」
「わかった。予定に入れとくね」
あたしたち二人の楽しい時間はまだまだ続くのだ。
そのことが嬉しくて、思わず渚に抱きついてしまう。
とても大きな渚の背中。
瞳も笑顔も好きだけど、この背中も好きだった。
大きくて頼りがいがあって、少しだけ不安定なこの背中が。
ずっとずっと、あたしの拠り所なのだ……
渚とのデート当日。
待ち合わせ場所に現れた彼女は、いつもよりお洒落をしていた。
彼女の服装なんて見慣れていると思っていたけれど、今日の格好はとても可愛くてフェミニンなものだった。
「珍しいね、渚が女の子っぽい服着るなんて」
「まあ、そうだね。前まではボーイッシュ系の服ばっか着てたかも。でも、今はみんなの王子様じゃないから」
そう言って、照れくさそうな笑みを浮かべた彼女にドキリとした。
今の言い方だとまるで、あたしだけの王子様になってくれるみたいな。
……いや、違うか。
きっとそれは勘違いだ。
だって、渚は誰に対しても優しいもん。
「私は本当は王子様なんて柄じゃなかった。ずっと前からわかってたんだよ。でも、今更で、遅くなっちゃったけど、ちゃんと言わせてもらうね」
真剣な眼差しを向けられて、心臓が大きく跳ね上がった気がする。
ドクンドクンと激しく脈打つ音が耳元で聞こえてくるような錯覚に陥りながら、あたしは息を呑んで次の言葉を待つ。
「今、この時から私は王子様をやめて――花恋ちゃんの恋人になります」
小学生の時からずっと付き合ってきて、周りの人はなにを今更と思うかもしれない。
だけど、ずっと『みんなの王子様』を続けてきた渚だからこそのセリフだと思う。
渚にとって、誰か一人の特別な存在になることは簡単なことではなかったはずだ。
心の中で常にモテたいという気持ちがあった渚だから。
今更でも、遅くても、この言葉を聞けてすごく嬉しかった。
「ありがとう……」
「えっ、ど、どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ!」
急に泣き出したあたしに渚は困惑しているようだった。
だけど、涙が止まらない。
今まで抑えていた感情が爆発してしまったかのように、ポロポロと頬を流れ落ちていく。
嬉しいのに、幸せなはずなのに、笑いたいのに、涙が溢れてしまう。
「ごめん……花恋ちゃんのこと、また泣かせちゃったね」
「ごめん、違うの。嬉しくて、なんか、もう……」
こんな時に限って上手く言葉が出てこなくて困ってしまう。
すると渚はあたしのことを優しく抱きしめてくれた。
あたたかな体温に包まれて、ますます泣いてしまう。
「もっと早くに言えばよかったね。……違うか。花恋ちゃんと付き合ってるのに他の女の子たちからチヤホヤされたいって思うこと自体が間違ってたんだよね。ごめん」
渚の手つきはとても優しかった。
頭を撫でてくれる手も、背中をさすってくれる腕も、全部愛しいと感じてしまう。
こんなにも大好きな人が側にいるんだと実感してしまう。
――この日、〝みんなの王子様〟は〝あたしだけの恋人〟になったのだった。
「え、うん。そうだけど」
「ははっ、花恋ちゃんって変わってるよね」
渚は昔から変わらぬ太陽のような笑顔で言うけど、あたしはどうもピンと来なかった。
変わっている……だろうか。
自分では意識したことがないからわからない。
「そろそろ戻ろうか」
という渚の声であたしたちは階段を降りて行った。
教室に戻ったら、またいつも通りの一日がはじまる。
あたしはそれがなんとなく嫌で、渚を呼び止める。
「ねぇ、今度の休みにどこか遊びに行かない? 二人っきりでさ」
あたしの提案に渚は少しだけ驚いた顔をして、それから嬉しそうにはにかんで笑う。
その顔を見て、やっぱり渚のこの顔には敵わないと思った。
そしてそんな渚だからこそ、あたしは好きなんだと思う。
「いいよ。どこ行く?」
「うーん……あ、遊園地とか行ってみない?」
「わかった。予定に入れとくね」
あたしたち二人の楽しい時間はまだまだ続くのだ。
そのことが嬉しくて、思わず渚に抱きついてしまう。
とても大きな渚の背中。
瞳も笑顔も好きだけど、この背中も好きだった。
大きくて頼りがいがあって、少しだけ不安定なこの背中が。
ずっとずっと、あたしの拠り所なのだ……
渚とのデート当日。
待ち合わせ場所に現れた彼女は、いつもよりお洒落をしていた。
彼女の服装なんて見慣れていると思っていたけれど、今日の格好はとても可愛くてフェミニンなものだった。
「珍しいね、渚が女の子っぽい服着るなんて」
「まあ、そうだね。前まではボーイッシュ系の服ばっか着てたかも。でも、今はみんなの王子様じゃないから」
そう言って、照れくさそうな笑みを浮かべた彼女にドキリとした。
今の言い方だとまるで、あたしだけの王子様になってくれるみたいな。
……いや、違うか。
きっとそれは勘違いだ。
だって、渚は誰に対しても優しいもん。
「私は本当は王子様なんて柄じゃなかった。ずっと前からわかってたんだよ。でも、今更で、遅くなっちゃったけど、ちゃんと言わせてもらうね」
真剣な眼差しを向けられて、心臓が大きく跳ね上がった気がする。
ドクンドクンと激しく脈打つ音が耳元で聞こえてくるような錯覚に陥りながら、あたしは息を呑んで次の言葉を待つ。
「今、この時から私は王子様をやめて――花恋ちゃんの恋人になります」
小学生の時からずっと付き合ってきて、周りの人はなにを今更と思うかもしれない。
だけど、ずっと『みんなの王子様』を続けてきた渚だからこそのセリフだと思う。
渚にとって、誰か一人の特別な存在になることは簡単なことではなかったはずだ。
心の中で常にモテたいという気持ちがあった渚だから。
今更でも、遅くても、この言葉を聞けてすごく嬉しかった。
「ありがとう……」
「えっ、ど、どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ!」
急に泣き出したあたしに渚は困惑しているようだった。
だけど、涙が止まらない。
今まで抑えていた感情が爆発してしまったかのように、ポロポロと頬を流れ落ちていく。
嬉しいのに、幸せなはずなのに、笑いたいのに、涙が溢れてしまう。
「ごめん……花恋ちゃんのこと、また泣かせちゃったね」
「ごめん、違うの。嬉しくて、なんか、もう……」
こんな時に限って上手く言葉が出てこなくて困ってしまう。
すると渚はあたしのことを優しく抱きしめてくれた。
あたたかな体温に包まれて、ますます泣いてしまう。
「もっと早くに言えばよかったね。……違うか。花恋ちゃんと付き合ってるのに他の女の子たちからチヤホヤされたいって思うこと自体が間違ってたんだよね。ごめん」
渚の手つきはとても優しかった。
頭を撫でてくれる手も、背中をさすってくれる腕も、全部愛しいと感じてしまう。
こんなにも大好きな人が側にいるんだと実感してしまう。
――この日、〝みんなの王子様〟は〝あたしだけの恋人〟になったのだった。
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