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第一章 吸血少女は傷つけたい

血をください!

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 あたしは昔から、普通の人とは違うということを常々感じていた。
 ――好きな人の顔を苦痛で歪めたい。
 ――好きな人を刃物で傷つけてみたい。
 ――好きな人の表情も感情もぐっちゃぐちゃにかき混ぜて、あたしに抵抗できなくなるほどに苦しめたい。
 そんなあたしが人に受け入れられることはないとわかっていたから、この感情をあまり表には出さなかった。

 でも、こんなあたしを受け入れてくれる人がいた。
 それは、幼なじみの星見ほしみなぎさだ。
 渚の方が一つ年上だったけど、家が近いからいつも一緒に遊んでいた。

 渚は優しくて明るくて、いつもあたしを太陽みたいに照らしてくれる。
 あたしは渚の笑顔を見ているだけで幸せになれるし、彼女のことを想うだけで胸が締め付けられる。
 だから、彼女に〝そういう感情〟を抱いてしまったのだ。

 あたしが渚に告白すると、彼女は戸惑った様子を見せながらも「それじゃあ、両思いだね」と笑ってくれた。
 その言葉を聞いた瞬間、あたしの世界が変わった。
 今まで以上に彼女が輝いて見えて、反射的にこの人の血がほしいと思った。

「ねぇ、渚。あたしに渚の血をくれない?」
「え?」
「あたしね、赤いのが好きなの」

 渚の首筋に手を伸ばしながら言うと、彼女は怯えたように身体を震わせた。
 そして、「ごめんなさい……」と呟く。
 あたしはそれが拒絶の言葉だと思い込んでしまい、思わず手を振り上げた。

「いやぁっ!」

 パシッという乾いた音が鳴り響く。
 あたしはその音と手の痛みで我に返り、あわてて駆け寄る。

「ご、ごめん。あたし……なんてこと……」

 普段叫ばない渚が叫んだ。
 それだけで、あたしは異常事態だと悟った。
 渚と両思いだとわかった当初は、自分の中に普通の人とは違う嗜好をしているだなんて自覚がなかった。
 これが初めての恋だから、当然といえば当然だろう。

 だからまだ、この時は自分が渚に手をあげたことに困惑していた。
 半ば無意識に手をあげたのだ。
 でも、渚の顔を見て気づいてしまった。
 あたしは渚のそんな顔がずっと見てみたかったのだと。

「……いいよ。こっちこそごめんね。私ね、別に嫌なわけじゃないよ。花恋ちゃんがそうしたいなら……いいよ」

 震える声でそう言った渚の目には涙が溜まっていたけれど、口元は笑みを浮かべていた。
 ――好き。大好き。その表情をもっとあたしに見せて!
 ゾクゾクと、私の身体が震えた。
 なんていい表情をするのだろう。

「渚、大好きだよ。だから――あたしに血をちょうだい」

 あたしはスカートのポケットに入れていたカッターナイフをすばやく取り出し、渚の腕を切りつける。
 初めてだったから加減がわからなくて少し力を抜いてしまったが、それでも広い範囲に赤色の傷口ができた。

「いっ……!」
「大丈夫? 痛かったよね……すぐに手当してあげるから」

 本当は相当痛いはずなのに、渚は痛みをガマンしているような顔をする。
 それが愛おしくて仕方がない。
 傷口から溢れ出る鮮血を見ると、あたしの中のなにかが壊れて、気づいたら咄嗟に口をつけて吸っていた。

「ぢゅるるっ……れろ……ん、美味しい」
「いっ……や……やめて……」
「どうして? 血を飲んでいるだけじゃん。こんなにも美味しくて綺麗なものなんだから、あたしに全部飲ませてよ」

 渚の血は甘美で、喉越しが良くて、いくらでも飲みたくなってしまう。
 彼女の腕からはどんどん血が流れ出てくる。
 ずっと吸っていたかったけど、さすがにこのままじゃ貧血になってしまうんじゃないかと心配になってきて、一旦口を離した。

「ふぅ……あれ?」

 おかしいなと思い、もう一度吸い付いてみるが、血液は出てこない。
 もしかして、もう止血されたのだろうか。
 まあでも、あれだけ吸い取ったら出るものも出なくなるかと納得した。

「渚、こんなあたしでも……好きでいてくれる?」

 あたしは突然不安になって聞いてみたが、渚の答えは言うまでもなかったようだ。
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