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第二章 聖女な嫩

莉央の創作世界①

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「お前なんかいなきゃよかったんだ」

 いつからだっただろう。
 あるいは最初からだったかもしれない。
 気づいた時には、すでにこうだった。

「なんとか言えよ、クソガキがっ!」

 母はヒステリックに喚き散らし、暴力をふるう。
 殴り、蹴り、物を投げつけてくる。
 物の種類は様々だ。
 クッションだったり、食べ物だったり、分厚い本だったり。

「……そこ、片付けとけよ」

 父はほとんど帰ってこない。
 たまに帰ってきて、私のあざを見てもなにも言わない。
 幼い頃、私が泣きながら母の暴力について話しても「ふーん、それで?」という感じで、興味がないようだった。

 ……ああ、もうこれはだめだ。
 それは親に対してもそうだったが、なにより自分自身にそう感じた。
 親に反抗できない自分自身に。

 なにかベトベトした、粘着質な液体を雑巾に吸収させる。
 この液体はなんなのだろうか。気持ち悪い。
 そんな気持ち悪い、得体の知れない液体が自分にもかかっているのだ。

 いい加減泣きたくなってくる。
 満足な食事も与えられていないから、泣く気力もないのだけど。
 一度でいいから、腹いっぱいになるくらいの食事をしたい。
 一度でいいから、家族で和気あいあいとした食事を体験したい。

「親と仲良くしたいなんて、すごく子どもっぽいなぁ」

 自分の考えにバカバカしくなって、なんだか笑えてきた。
 普通なら殺したいとか思うのだろうか。
 だけど、不思議と『殺したい』とか『死にたい』という感情は浮かんでこなかった。
 それは、自分が親を親として認識しているからだろう。
 そうでなければ、自分の中の憎悪が膨らんでいってしまう。

「……よし、こんなもんかな」

 母によって汚された床を掃除し、汚される前より綺麗にみがいた。

「あ、そうだ。どうせなら色々綺麗にしちゃおう」

 私は軽い足取りで家中をまわった。
 日々なにかを汚すことしかできない母に代わり、私がそれを綺麗にするのだ。
 そうして私は、自分というものを保っているのかもしれない。

 それでもよかった。
 自分の存在意義があるのなら、本当になんでもよかった。
 そうでないと、気が狂ってしまう。
 あるいは、もう狂っているのかもしれない。
 それがわからないほど、精神がまいっていたようだ。

 バケツを手に持ったまま、私はその場に立ち尽くす。
 濡れたままの身体を震わせ、突然目からしょっぱい液体が流れだす。
 手に力が入らなくなり、バケツを床に落としてしまう。
 きたない水が、床にぶちまけられる。

「……っ、うっ……」

 胸が苦しい。胸が締め付けられる。
 自分の心が悲鳴をあげているようだ。
 苦しい、苦しい、苦しい!

 私はわけがわからなくなって、泣き出してしまった。
 幸い、ここは母の部屋から遠い場所。
 だから、私は思いっきり泣いた。

「うわぁぁぁぁ!!」

 それは、悲鳴にも似た泣き声。
 今までの、今の、そしてこれからの、絶望に涙した。

 私に平和は訪れない。
 世界は不鮮明で、世の中は理不尽で、自分は不明瞭で。
 鮮やかで心躍るような色なんてなく、目の前には黒一色しか広がらない。
 そんな人生を送ってきた。
 ……そんな人生しか、送れなかった。

「……ここから離れたら、なにか変わるのかな……」

 それは単純な好奇心だったのかもしれない。
 あるいは、逃げ出したい願望があったのかもしれない。
 もうなんでもよかった。
 別の場所から、世界を見てみたかったのだ。
 ……そうしたら、なにかが変わるのかな。

 その日、私ははじめて自分の意思で家を出た。
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