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第一章 天使な沙織

テンパる沙織

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「沙織ちゃん、話ってなにかな?」

 私の緊張はピークに達していた。
 それもそのはずで、今から私は嫩先輩に告白じみたことを言おうとしているのだから。

「えっと、その、あのですね……」

 夕陽先輩に言えたのなら、嫩先輩にも言えるのではないかと考えた。
 ――もっと仲良くなりたいと。
 でも、その言葉は喉につっかかるだけで全然口から出ようとしなかった。
 緊張で言葉以外のなにかを吐きそうになる。

「うん、なに?」
「えっと……だから……」

 牧場に呼び出したはいいものの、なにも言えないでいる私を、嫩先輩は優しく待ってくれている。
 本当に、嫩先輩は優しい。
 だからこそ、ちゃんと言わなきゃいけないのに。

「ふ、嫩先輩っ!」
「は、はい?」

 わたしが勢いあまってぐっと足を前に踏み出すと、嫩先輩は驚いたように目を丸くする。
 それでも嫩先輩の足が後ろにいっていないのを見て、また私は胸がきゅっと苦しくなった。
 それと同時に、この想いを伝えなくてはという思いが強くなった。

「あの、私――嫩先輩のことが好きなんですっ!」
「……え?」
「……えっ!?」

 私の言葉に、嫩先輩はさらに驚く。
 だけど、そんな嫩先輩より当の本人である私の方がもっと驚いた。
 私は、なにを、言ってるんだ。
 パニックになっておかしくなったのか、私の声は堰を切ったように溢れ出した。

「あ、えと、嫩先輩って優しくてあたたかくて、いい人だと思うんです。だからもっと仲良くなりたいというか、もっと近づきたいというか!」

 私は本当になにを言ってるんだ。
 これじゃあまるで本当に告白じゃないか!

「ふ、嫩先輩が嫌なら無理強いはしませんのでっ!」

 私はバカだ。大バカだ。
 大声を出したことで、馬たちが「なんだなんだ」と私と嫩先輩の方を見る。
 人じゃないだけマシだけど、やっぱり恥ずかしかった。

 馬たちに見られていることだけじゃなく、嫩先輩に言ったことも恥ずかしい。
 なんかもう、これじゃあ愛の告白だ。
 もっと仲良くなりたいということだけを言えばよかったはずなのに、こんなことを言ったら変な子だと思われてしまう。

 いや、たしかに嫩先輩のことは好きだけど。
 好きだけど、恋愛の意味として好きかどうかは正直わからない。
 というか、沈黙が長い。嫩先輩、なんか喋ってください!

「……いいわよ」
「へっ?」

 私の口からなんとも間抜けな声が出た。
 たしかになんか喋ってとは言ったけど。
 どういう意味の「いい」なんだろうか。

「私も沙織ちゃんのこと、可愛くていい子だと思ってるわ。もっと仲良くなりたいって言ってくれて嬉しい」
「え、あ、はい。ありがとうございます……」
「だからいいわよ。もっと仲良くなりましょう?」

 それは、それこそ、私が願っていたもの。
 嫩先輩ともっと親しくなりたいという願いが叶うのかもしれないと思うと、今すぐここで踊り出したいくらい嬉しい。

「い、いいんですか!? 嬉しいです!」
「ふふっ、沙織ちゃんが喜んでくれると私も嬉しいわ」

 嫩先輩はやわらかくて輝かしい笑顔を見せてくれる。
 周囲に花が舞っているようで、とても美しい。
 そういうところを見て、素敵な人だなと改めて思ったりする。

「そうね、そうすると……色々どうしましょうか?」
「へ? どうするとは?」
「だってこれから付き合うってことになるでしょう? 関係性とか変わるでしょうし、周りに言うべきかどうかとかも考えなきゃよね」

 ……この人は、なにを言ってるんだろう。
 もしかして、私の告白を愛の告白の方だと受け取ってしまったのだろうか。
 まあ、そのセリフを聞くかぎりはそうだと考えるのが普通なのだけれど。

「え、あの、嫩先輩はいいんですか? その、私と付き合うこと……」
「え? 私ちゃんといいって言ったわよね? あ、もしかして言ってなかったかしら?」
「や、その、そうじゃなくて、OKなんですか?」
「うん、私も沙織ちゃんのこと好きだしね」

 ――婚姻届を出しに行きたい。
 私は反射的にそう思った。
 というより、そうしようとスマホに手が伸びていた。
 どうすれば婚姻届が出せるのか調べるために。

 ――ハッ!
 私は今なにを考えていたのだろうか。
 自分で自分がわからない。こわい。

「え、えとえと、これからよろしくお願いいたしますっ!」
「ふふっ、急に改まっちゃって。可愛いわね。こちらこそよろしくお願いします」

 私と嫩先輩はお互い頭を下げ、正式に付き合うことになった。
 嫩先輩が、私を好き。
 その事実だけで、空をも飛べそうな気分だった。

「うへへ……」

 嫩先輩と付き合った先に、なにが待ち受けているかも知らずに。
 私は緩みきった頬を戻す作業に専念していた。
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