ばじゅてんっ!〜馬術部の天使と不思議な聖女〜【完結済み】

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第一章 天使な沙織

沙織の好きと莉央の好き

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「お姉ちゃん。これ、新しい同人誌作ってみたの。読んでみる?」
「いえ、結構です」

 妹の手には、口にするのも恐ろしいような性癖の詰め合わせが握られている。
 許容できるものなら、私もここまで拒否反応は示さなかっただろう。
 だけど、これは仕方ない。
 だってそれは、その本は……

「なんで馬を擬人化しちゃうかなぁ……」
「あー、そういやお姉ちゃんってそのままが好きな人だったね~」
「ごめん……擬人化はどうしても好きになれないんだ。ファンタジー種族とか、その姿が普通ってならいいんだけど……」

 それは、実際の競走馬を擬人化した創作物だったから。
 作品の設定が異世界で獣耳っ娘というのなら、私だって読めなくはない。
 だけど、実際の元となるものが他に存在していると、途端にダメになる。

「食べ物とか無機物とかの擬人化もダメだもんね」
「そう……そうなの。そのままで創作してほしいと思っちゃう……」
「擬人化作家を敵に回しそうな発言だね」

 妹の趣味を尊重してやりたいと思っても、ダメなものは本当にダメ。
 妹の趣味を否定する気はないが、受け入れることもできない。
 性癖が合わないとこういうことも起こりうる。
 性癖って恐ろしい。

「あぁぁ……でも絵は上手いね。さすが莉央」
「とってつけたように言われても……」

 私は莉央の持っている同人誌からなるべく目を離し、あさっての方向を見ながら口を動かす。
 絵は上手いんだ。絵は。

「じゃあ、息抜きに描いた馬の絵を……」
「ふぉぉぉ! 躍動感すごい! 生きてるみたい! まさに芸術! まさに神!」
「急にテンション上がるね。見てて楽しい」

 妹に遊ばれているなんてつゆ知らず、私は莉央の描いた馬の絵に釘付けになった。
 やっぱり、莉央の絵は好きだ。
 今どきのアニメやマンガっぽい絵柄だけれど、どこかリアリティも混ざっている。

「お姉ちゃんの性癖ってなんだったっけ」
「え、それ聞く? 私が好きなのは馬だけだよ?」
「いやまあ、そうなんだろうけど……」

 莉央の絵を奪い取って、まじまじと鑑賞する。
 この絵はあとで額縁でも買って飾ろう。

「うーん、まあいいや。学校でのこと聞かせてよ。女子校って楽しい?」
「楽しいよ? 馬にも会えるし!」
「それは部活ででしょ。学校の中に馬はいないでしょ」
「えへへ、そうなんだけどね。まあ、そこそこ楽しいよ。あの気難しいルームメイトの先輩とも打ち解けてきた気がするし」
「え、あの不良っぽいやつって言ってた人? へぇ、お姉ちゃんコミュ障なのにやるじゃん」

 やつ、とまでは言っていないが、概ね合っている。
 私の気のせいでなければ、最初の頃よりはだいぶ向こうも私も心を開いている。
 仲良くできる人が増えたのは素直に嬉しい。

「好きな人とかっているの?」
「ふひゃぁっ!? な、なんでそんなこと訊くの!?」
「いや、お姉ちゃん男の人は苦手通り越して拒否反応できるからさ、好きな人できるとしたら女の人かなって」
「その考え自体は否定しないけどさ……」

 莉央が突然変なことを訊いてくるから焦った。
 身内のことを知りたいのはわかるし、恋バナしたい気持ちもわかるけど……

「うーん……好きな人っていうか、気になる人ならいるけど……」
「へー、どんな人?」

 案の定、ズカズカと土足で無遠慮に踏み込んでくる。
 こういうのはどうも苦手だ。
 私には苦手なものが多すぎる。

「も、もう、私の話はいいでしょ? もうすぐお母さんたち帰ってくるんじゃない? 出迎えて驚かせようよ」

 誤魔化すのが下手すぎる。
 触れられたくない感丸出しじゃないか。

「んー、そうだね。お姉ちゃんが触れられたくないからこれ以上詮索しないよ」
「へっ? べ、別にそこまででは……」
「どっちなの……」
「うぅ……」

 こうやって変なところで相手に悪いと思うから、誤解されるんだ。
 でも、ほんとに申し訳ないし。
 触れられたくないけど、それをはっきり言うこともできない。
 身内にでもこうだから、他人になんてもっと難しい。

「……お姉ちゃん、頑張りなよ」
「うん、わかってる……」
「一緒にいない時は助け舟も出せないからね?」
「うん……頑張るよ……ほんと……」

 なんだかシリアスな雰囲気になってしまったけど、これを直さないと前に進めないから。
 いつまでも、妹に甘えるわけにはいかない。
 ……というか、妹に甘えるなんて、姉としての矜恃がないと思われても仕方ない気がする。

「よし、お姉ちゃん。特訓しよう!」
「へ? なにゆえ?」

 莉央はすでにやる気満々みたいで、私の疑問に答える様子もない。
 私はいったい、なにをされるのだろうか。
 不安と困惑が私の脳を埋める中、莉央の目はメラメラと燃えていたのだった。
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