上 下
17 / 35
ちょこっと番外編

幼い頃の約束

しおりを挟む
 私は、なにも知らない子どもだった。

「ねぇ、おっきくなったら結婚しよう……!」
「うん、いいよ。約束だよ?」
「うん! 約束!」

 私が幼稚園に通っていた時、近所に住んでいる嫩さんとそんな約束をした。
 私はその時、結婚の意味も、その約束の重要さも……なにもわかっていなかった。

 ☆ ☆ ☆

 それから、私は小学五年生になった。五年生になっても、私のそばには嫩さんがいる。

「ねぇ沙織ちゃん、今日も手つないで帰りましょうよ」
「え……? は、恥ずかしいですよ……」

 帰りの会が終わり、みんなそれぞれ自由にすごしている。
 すぐ教室から出ていく子や先生とおしゃべりする子、机を向かいあわせて腕相撲をしあっている子たちがいる。
 そんな中、学年が違う嫩さんは笑顔で私に近づいて手をさしだしてきた。

「いいじゃない。いつもつないでるんだし」
「それは家の近くでだけだし……ここ教室ですよ……?」
「大丈夫よ。幼稚園の子はみんな手つないでるんだから」
「え……それってなんか違うような……」

 幼稚園という言葉が出て、私は心の中で少しビクッとした。
 あの約束のことを、今でも覚えているから。
 嫩さんはどうなのかわからないけど、私は本気で信じている。

 でも、うすうすわかっている。
 その約束は、他の人にはあまり理解されないってことを。
 それでも、私は嫩さんのことが……

「おーい、どうしたの?」

 私がいろいろ考えこんでいたら、嫩さんは私の顔の前で手をふった。
 その手の動きと声で、私の意識はここに戻ってきた。

「なんでもないです」

 そう笑って、私から手をつないでみた。 
 嫩さんは最初すごくおどろいたような顔をしていたけど、すぐに笑い返してくれた。

 私はこの時間が永遠に続けばいいと思った。
 嫩さんと手をつないでいるだけで、自分が最強になった気分になれる。
 今ならなんでもできそう!

「ずいぶん仲良さそうだな」

 でも、その一言で私はどん底につき落とされたような感じがした。
 さっきまではなんでもできそうだったのに、今は息をすることすら難しくなってしまった。

「……夕陽ちゃん、なにか用?」

 嫩さんがその子の名前を口にする。
 夕陽さんは嫩さんと同じクラスの女の子で、私はちょっと変わった人という印象を持っている。それと、少しだけど苦手意識もある。
 言いたいことはこっちの気持ちなんて考えずにはっきり言うし、私のことをあまりよく思っていないようだから。

「なにか用って、冷たいな。せっかく僕も一緒に帰ってあげようと思っていたのに」
「うーん……でも、私は沙織ちゃんと一緒に帰りたいの。悪いけどまた今度にしてくれないかしら」

 嫩さんはなるべく優しげに断ると、私の手をひいてさっさと去ろうとする。
 だけど、夕陽さんはそれを許さなかった。
 夕陽さんはどこか機嫌が悪そうに、いつもより低めの声でつぶやいた。

「あんたたちの約束、バラしてもいいんだからな?」

 私は体が凍りついたように動けなくなった。
 それは嫩さんも同じようで、足がピタリと動かなくなっている。
 そんな私たちの様子を見て、夕陽さんは心の底から楽しそうな笑顔を浮かべる。

 実は夕陽さんとも幼稚園が同じで、夕陽さんは嫩さんによくくっついていたのが記憶に残っている。
 だけど、私たちの約束の後から、夕陽さんは私たちと距離を置くようになった。
 それと同時に、私にだけきつい目線を送るようにもなっていた。

 私は、夕陽さんのことを何も知らない。
 私たちをさけるようになったのも、私にだけ怒ったような表情を向けてくることも。
 なんで私たちが手をつないでいるときに悲しそうな顔をするのかも、何もわからない。

 だけど、これだけはわかる。
 私たちは、何も間違ったことをしていない。ただ好きな人と一緒にいるだけだ。

「ご、ごめんなさい、夕陽さん。夕陽さんがどうしてそんなに私を嫌うのかわからない……です。でも、わたしは嫩さんが好き。その気持ちに嘘はないんです。だ、だから、その……」
「私たちの約束、バラしてもいいわよ。どうせみんな本気にしないだろうから」

 私が言葉につまると、嫩さんが言葉を続けてくれた。
 そして、嫩さんは私の顔をチラッと見ると、私の手をひいていきなり走りだした。
 はじめは驚いたけど、途中から楽しくなって笑いながら話しかけた。

「楽しいですね、嫩さん」

 すると、すかさず嫩さんも「そうね、沙織ちゃん」と言って笑い返してくれた。
 嫩さんとなら、どこへだって行けそうな気がした。
 私は気持ちが舞い上がって、気がついたら嫩さんにずっと聞きたかったことを聞いていた。

「嫩さんも、あの約束覚えててくれてたんですね」
「ええ、もちろん。けっこう本気だったから。あ、今もそうよ」
「そうですか……私も本気です。それが難しいってことはわかってるんですけど」

 女の人同士の結婚は、いろいろと難しい問題がある。
 それがわかるほどには大人になってきたのだろうと思う。
 ずっと、早く大人になって嫩さんと結婚したいと思っていたけど、大人になるというのは必ずしもいいことばかりではないようだ。

 だけど、嫩さんの気持ちを再確認できたのはよかった。
 もし嫩さんが約束を忘れていたりしたら、私はどうしていただろう。
 今でも嫩さんのそばにいただろうか。

「それなら、私たちの絆がいかに強いか証明しちゃわない?」
「え? そんなことできるんですか?」
「もちろんよ! 結婚できる年になるまでその約束を覚えてて、その時に二人だけの結婚式をするの!」
「な、なるほど……」

 それは、二人だけの証明。二人にしかわからない証明。
 その響きに、私は惹かれた。

「うん、いいです。すごくいい!」

 さあ、私たちが約束を果たせる日が来るまで、あとどれくらいかかるだろう。
 私は今から、その日が待ち遠しくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

真っ赤な吸血少女は好きな人を傷つけたくてたまらない【完結済み】

M・A・J・O
青春
【青春ランキング、最高第7位達成!】 好きな人を苦しめたくなる嗜好を持つ赤い髪の少女、黒衣花恋(こくいかれん)。 彼女は同じ星花女子学園に通う王子系女子の星見渚(ほしみなぎさ)に昔から好意を抱いている。 花恋と渚は幼なじみで、両思いだった。 渚は花恋のやばめな嗜好を知りつつも、彼女に惹かれていた。 花恋は渚の優しさと愛情につけ込んで、どんどん過激なことを重ねていく。 これは、お互い好き同士で付き合っている状態から始まる主人公の性癖全開な百合物語である。 ・表紙絵はフリーイラストを使用させていただいています。

魔法少女になれたなら【完結済み】

M・A・J・O
ファンタジー
【第5回カクヨムWeb小説コンテスト、中間選考突破!】 【第2回ファミ通文庫大賞、中間選考突破!】 【第9回ネット小説大賞、一次選考突破!】 とある普通の女子小学生――“椎名結衣”はある日一冊の本と出会う。 そこから少女の生活は一変する。 なんとその本は魔法のステッキで? 魔法のステッキにより、強引に魔法少女にされてしまった結衣。 異能力の戦いに戸惑いながらも、何とか着実に勝利を重ねて行く。 これは人間の願いの物語。 愉快痛快なステッキに振り回される憐れな少女の“願い”やいかに―― 謎に包まれた魔法少女劇が今――始まる。 ・表紙絵はTwitterのフォロワー様より。

百合ハーレムが大好きです!〜全ルート攻略開始〜

M・A・J・O
大衆娯楽
【大衆娯楽小説ランキング、最高第7位達成!】 黒髪赤目の、女の子に囲まれたい願望を持つ朱美。 そんな彼女には、美少女の妹、美少女の幼なじみ、美少女の先輩、美少女のクラスメイトがいた。 そんな美少女な彼女たちは、朱美のことが好きらしく――? 「私は“百合ハーレム”が好きなのぉぉぉぉぉぉ!!」 誰か一人に絞りこめなかった朱美は、彼女たちから逃げ出した。 …… ここから朱美の全ルート攻略が始まる! ・表紙絵はTwitterのフォロワー様より。

実る果実に百合を添えて

楠富 つかさ
恋愛
私、佐野いちごが入学した女子校には生徒が思い思いのメンバーを集めてお茶会をする文化があって、私が誘われた”果実会”はフルーツに縁のある名前の人が集まっている。 そんな果実会にはあるジンクスがあって……それは”いちご”の名前を持つ生徒と付き合えば幸せになれる!? 待って、私、女の子と付き合うの!?

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

個性派JK☆勢揃いっ!【完結済み】

M・A・J・O
青春
【第5回&第6回カクヨムWeb小説コンテスト、中間選考突破!】 【第2回ファミ通文庫大賞、中間選考突破!】 庇護欲をそそる人見知りJK、女子力の高い姐御肌JK、ちょっぴりドジな優等生JK……などなど。 様々な個性を持ったJKたちが集う、私立の聖タピオカ女子高等学校。 小高い丘の上に建てられた校舎の中で、JKたちはどう過ごしていくのか。 カトリック系の女子校という秘密の花園(?)で、JKたちの個性が炸裂する! 青春!日常!学園!ガールズコメディー!ここに開幕――ッッ! ☆ ☆ ☆ 人見知りコミュ障の美久里は、最高の青春を送ろうと意気込み。 面倒見がいいサバサバした性格の朔良は、あっという間に友だちができ。 背が小さくて頭のいい萌花は、テストをもらった際にちょっとしたドジを踏み。 絵を描くのが得意でマイペースな紫乃は、描き途中の絵を見られるのが恥ずかしいようで。 プロ作家の葉奈は、勉強も運動もだめだめ。 たくさんの恋人がいるあざとい瑠衣は、何やら闇を抱えているらしい。 そんな彼女らの青春は、まだ始まったばかり―― ※視点人物がころころ変わる。 ※だいたい一話完結。 ※サブタイトル後のカッコ内は視点人物。 ・表紙絵は秀和様(@Lv9o5)より。

ストーキングは愛の証!【完結済み】

M・A・J・O
恋愛
○月○日 今日はさっちゃん先輩とたくさんお話出来た。すごく嬉しい。 さっちゃん先輩の家はなんだかいい匂いがした。暖かくて優しい匂い。 今度また家にお邪魔したいなぁ。 あ、でも、今日は私の知らない女の子と楽しそうに話してた。 今度さっちゃん先輩を問い詰めなきゃ。 ――稲津華緒、『さっちゃん先輩観察日記』より。 ☆ ☆ ☆ 星花女子学園――可愛くて大胆な女子たちが集う女子校。 篠宮沙友理は、そこで二年の時を過ごしてきた。 そして三年生。最終学年の時に、一年生の稲津華緒と再び出会う。 華緒とは衝撃的な出会いをしたため、沙友理はしばらく経っても忘れられなかった。 そんな華緒が沙友理をストーキングしていることに、沙友理は気づいていない。 そして、自分の観察日記を付けられていることにも。 ……まあ、それでも比較的穏やかな日常を送っていた。 沙友理はすぐに色々な人と仲良くなれる。 そのため、人間関係であまり悩んできたことがない。 ――ただ一つのことを除いて。 ・表紙絵はTwitterのフォロワー様より。

女子校に男子入学可となったので入学したら男子が俺しかいなかった話

童好P
恋愛
タイトルのまんまにするつもりです

処理中です...