上 下
111 / 239
第一章 高校一年生(三学期)

いちごいちえ(紫乃)

しおりを挟む
 懐から百円玉を取り出し、投入口へと入れる。
 いつも飲んでるだけあって、スポーツドリンクの位置が上から二段目の一番右だということは覚えている。

 ここの自動販売機はラベルが特殊で、中身がわかりづらいのだ。
 だから自らの経験をもとに、金欠の身で思い切って買ってみたのだが……

 ボタンを押して、自動販売機からガタガタと出てきたのはいつものスポーツドリンク……ではなかった。
 スポーツドリンクのキャップは青いが、これは黒だ。

「うぅ~……いつの間にか中身が換わってたのか~……」

 スポーツドリンクが飲めないのは残念だが、カラカラの喉はどんな飲み物でも受け入れてくれるだろう。
 そう仕方なく口をつけたのだが。

「けっほ……よ、よりによってコーラだったか~……」

 舌をパタパタと手で扇ぎながら、どうしたものかと考える。
 喉が乾いているのだが、手にあるこれは飲めない。
 ただ目の前にある自動販売機で、今度こそジュースを買えば万事解決なのだが——

「あーっと……大丈夫なのですか?」
「救世主様~っ! 完璧なタイミングだぁ~!」
「へ? あ、あの……何なのです……?」

 早速声をかけてくれた女の子に状況を伝える。
 女の子はここのドリンクを買い慣れているようで、慣れた手つきでボタンを押す。
 すると、幸いにも位置が変わっただけで自販機にスポーツドリンクはあったらしい。

 それを買ってもらい、女の子も自分の分の飲み物を買っていた。
 紫乃がベンチに腰かけると、その女の子もすぐ隣へと座る。

「よいしょ……ところで、一人でどっかに出掛けてたのですか?」
「うん~。いつも出掛ける時は友だちと一緒なんだけど……その友だち、今日は学校で用事があるらしくて~。仕方ないから一人で散歩してたんだぁ~」
「ひえー……日曜日なのに学校行っているのですか。何してるか知らないのですけど、お友だちさんすごいのです」

 ちょこちょこ話をしていると、女の子――いや、女の人は紫乃よりも二つ年上で高校三年生だとか、本屋に行った帰りだということが分かった。
 年上だとわかって紫乃は慌てて敬語を使おうとしたが、「今更いいのですよ」と止められた。

 更には今から帰るところで、しかも家も同じ方角とのこと。
 それなら、と一緒に帰ることにした。

「へぇ……友だちの好きな作品なのか~。それにしても、いきなり語り出すなんて……可愛いね~」
「そうなのですよ。可愛いし、面白い子で……って、本人の前では恥ずかしくて言えないのですけど。ほらこれ、買ったやつなのです」

 そんなこんなで、あっという間に家の前に到着してしまう。
 たまたま優しい人に出会えるとは、コーラの分のツキが回ってきたのだろうか。
 もしそうだとしたら、女の人だけではなくコーラにも感謝しなければならない。

「じゃあ、今日はありがと~。楽しかったよ~。えー……あっと~、名前——」

 そういえば、紫乃も女の人も共に名乗りもしなかったし、相手の名前を聞こうともしなかったことを思い出す。
 よくこんなで仲良く話してたな、と紫乃は思いつつ。

「——なんて言うの~?」
篠宮しのみや沙友理さゆりなのです。呼び方はなんでもいいのですけど、よろしくなのです」
「沙友理先輩、か~。僕は紫乃。またどこかで会えると良いね~」
「そうなのですね」

 紫乃と同じく沙友理も……きっとすごくいい笑顔を浮かべているのだろう。
 そして、「ありがとう」という想いを込めて頭を下げながら沙友理を見送る。

 加えて、人生は一期一会だということ。
 それらをこれほどまでに理解できたのは、今日が素晴らしい一日だったということの証明であるように感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

霊と恋する四十九日

色部耀
青春
高校一年生の木田那由。 彼女が目を覚ますと、そこにいたのは自称守護霊の青年だった。

女の子を好きになったことがない俺が初めて恋をした

辻谷戒斗
青春
生まれてから高校生になるまで、恋を知らなかった少年――柳悠一が《初恋》をしたのだが、その相手は女の子ではなく、男の娘だった!? 悠一はそれを知ってショックをうけたが、その男の娘――渡部秀樹が女の子を好きになれるように協力してくれることになった。 その第一歩として秀樹と瓜二つの双子の妹――渡部香織と初デートすることになり!? 女の子を好きになったことがない悠一と、瓜二つの双子の兄妹、秀樹と香織が繰り広げる青春学園ラブコメディー! *小説家になろうで開催された第8回ネット小説大賞の一次選考を通過しました! *小説家になろう・カクヨム・ノベルアップ+でも連載しています。

ザ・グレート・プリン

スーパー・ストロング・マカロン
青春
誕生日の夜、30歳になった佐山美邦(みくに)は寄り道をした埠頭で同じアパートの隣に引っ越して来たばかりのシングルマザーを見かける。 彼女はとある理由から男達と街を去る事になった。 その際、彼女から頼み事をされてしまい断りきれず引き受けてしまう。この日を契機に佐山の生活は一変する。

あの音になりたい! 北浜高校吹奏楽部へようこそ!

コウ
青春
またダメ金か、、。 中学で吹奏楽部に挫折した雨宮洸。 もうこれっきりにしようと進学した先は北浜高校。 [絶対に入らない]そう心に誓ったのに そんな時、屋上から音が聞こえてくる。 吹奏楽部で青春and恋愛ドタバタストーリー。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

俺のコンビニは何かが間違っている。

lukewarm
青春
1話読むのに約1分! サクッと読めて、クスッと笑える! 個性的すぎるキャラが繰り広げる、4コマ系日常コンビニコメディー!!!

朝起きたら女体化してました

たいが
恋愛
主人公の早乙女駿、朝起きると体が... ⚠誤字脱字等、めちゃくちゃあります

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

処理中です...