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エピローグ

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 あたたかい風が吹く。あたたかいというより、生ぬるい。湿気が多くて少しだけ蒸し暑い。
 それでも木々が生い茂っていて、そこまで暑さを感じさせなかった。暑いのか暑くないのかどっちなんだという感じだが、この中途半端な気温もまたいい。わたしが感傷に浸っていても、だれにも悟られないように思えるから。
「さくら」
「あ、すみれさん」
 はじめて会った時から大人っぽかったけど、今はさらにそれが増した。老けたとかじゃなくて、すごく綺麗になっている。
 それに比べたら、私なんてまだまだ子どもだ。まあ、すみれさんはもう高校生だから、中学生の私なんか子どもみたいなもんだよね。そういえば、つばきも中学生になったんだっけ。つばきが中学生……なんか知らないけど大人の人を想像してしまう。私より年下なのに。つばきも中身は大人っぽいからなぁ。
 それにしても、すみれさんには憧れる要素が多すぎる。乗馬も外見も中身も。だからこそ追いつきたいと思うのだけど。でもわたしは結局、今でもすみれさんに追いつくことができていない。わたしには動物に好かれやすいという体質? があるとわかっているけど、それを活かしきることができていなかったのだ。
「ここ……いいわよね」
「うん……」
 ここは、すみれさんがわたしに想いを打ち明けた場所。乗馬クラブの敷地の端の方にある小さな森みたいなところ。なんだか木々を見ているだけで風が心地よく感じる。
 あれからどれくらい経ったのだろう。なんだかとても昔のことのような、今さっきの出来事のような……時間の感覚がおかしくなってしまうような不思議な気分になる。あの時はすみれさんがなにを言いたいのかよくわからなかったけど、今なら少しわかる気がする。月日を経て、わたしにも後輩ができていた。その子たちから尊敬のまなざしで見られることは気持ちよくもあったけど、同時に「どうしても期待に応えなきゃ!」という気持ちがわいてきて勝手に疲れてしまうことがある。それを昔からずっと受けてきたすみれさんは、やっぱりすごいんだなと思う。期待が重荷になるなんて、あの時のわたしは想像もしていなかった。きっと、わたしがあこがれの視線を向けることにも嫌気がさしていただろうに、すみれさんはよく耐えていたと思う。この場所で友だちになったあとから、決して弱音を吐かなかったから。
「……なに?」
 すみれさんがわたしの視線に気づいたようで、不思議そうに首を傾げた。
「なんでもない。すみれさんキレイだなーって思って」
「そ、そう……」
 あ、今顔が赤くなった。照れている。あのクールでツンツンしているすみれさんが。……いや、まあ、たまにおかしなところはあるけれど。すみれさんの照れ顔は貴重だ。写真撮っておこう。
 可愛いところもあるんだなとすみれさんの赤い顔をガン見していると、ほのぼのとした場所に似つかわしくない怒声が響いてきた。
「こらーっ! お前らなにサボってんだ! ちゃんと働けーっ!」
「げ、つばきだ……」
 つばきは相変わらずというかなんというか、いつも不機嫌で怒ってばかりいる気がする。つばきの笑顔を見たことはあるけど、一度くらいしかなかったような気がする。もっと笑ってもいいのに。でも、つばきがいつも笑っていたら、それはそれでちょっと気持ち悪い気がする。このことは本人には口が裂けても絶対言えないけど。
 つばきは今までもこれからも、わたしの保護者みたいに振る舞うのだろう。わたしのお母さんかってくらいに怒るしグチグチ言ってくるし。ま、それがつばきらしいけど。
「……はぁ、あの子も相変わらずね。いえ、なんだか母親感が増したような気もするわ」
「あはは、確かに。でもつばきらしいよね。そんな変化も悪くはないんじゃない?」
「うーん……そう、かしら……?」
 すみれさんは首を傾げたけど、内心はきっとわたしと同じ気持ちだと思う。そう思いたい。
「おい! なに喋ってんだ!? 早く来い!」
 つばきはガマンの限界がきたようで、さっきよりも大きな声で怒鳴ってきた。その声にせかされて、わたしはすみれさんの手を取って走り出す。すみれさんは戸惑った様子だったけど、わたしの手を振りほどくことはしなかった。それどころか、少し笑っているように見える。わたしの願望が幻覚を見せたのかもしれないけど、すごく嬉しかった。すみれさんが完全に心を開いてくれた気がしたから。

 ☆ ☆ ☆

 つばきに連行され、わたしたちは厩舎の中へと入っていく。数年も経つと厩舎の様子はガラリと変わってしまう。移籍という、定期的に馬の入れ替えが行われているからだ。知っている子が減って、知らない子が増えてくる。知らない子がどんな子なのかを確かめるのも、乗馬クラブでの楽しみ方のひとつなのかもしれない。お気に入りの子がいなくなってしまうこともあるから、それはちょっとさみしいけれど。
「ムーちゃん、今日も乗ってあげるからね」
 わたしはムーちゃんを見つけると、その長い顔に頬ずりをして日々親交を深めている。ムーンフラワーとフラワーシャワーとハナアラシは相変わらずこの花園乗馬クラブに在籍している。馬の入れ替えはそこまで頻繁にされているわけではない。花園乗馬クラブでは、半年に三回あるくらいだ。他ではどうなのか知らないけど。
 それはともかく、わたしはすみれさんのマネをするようになっていた。マネといっても、すみれさんがフラワーシャワーとイチャイチャしているのがなんかいいなと思ってわたしもやるようになったって感じなんだけど。
「……お前、最近ますますすみれっぽくなってきたよな」
「え、そう? えへへ、嬉しい」
「え、別に褒めてないんだが」
 すみれさんとつばきのつめたい視線を浴びながら、まだわたしはムーちゃんに頬ずりしまくっていた。ムーちゃんあったかいし可愛いんだもん!
「えへへぇ……馬の顔ってちょっとかたいけどそこがいい……」
「わ、わかる……っ!」
「えぇ……」
 時を経て変わったのは、馬の入れ替えだけではない。すみれさんがわたしに寄り添ってくれるようになったのだ。こうしてわたしに同意してくれることが多くなってきたし、困っている時には颯爽と現れて助けてくれたりする。すみれさんはあこがれの人から、わたしにとってのヒーローに変わりつつあった。それもそれでいい気がするけど。
「ほんとお前らには付き合ってらんねぇわ」
「とかいっていつも一緒にいるくせに」
「……うるせぇよ」
 つばきだって、最初はどこかわたしのことを見下している感じがしたけれど、今はそんなことはない。それどころか、年相応の振る舞いをしていると感じることさえある。わたしと二つくらいしか違わないんだけどね。
 変わらないものも変わっていくものもある。それは嬉しいものだったり悲しいものもあるけど、三人一緒ならなんだって受け入れられる気がする。根拠はないけど、胸を張ってそう言える。バカでなにもわからないわたしでも、それだけは唯一わかる。三人一緒なら、なんだって楽しいということが。
「はぁ……今度の大会に向けて練習すっかぁ……」
「あ、それならあたしも一緒にするわ。まだまだあなたたちを突き放したいからね」
「えー!? すみれさんがこれ以上強くなったらますます追いつけなくなるよー!」
「ふふっ、せいぜい頑張ることね」
 今度の大会というのは、障害馬術の大会のことだ。障害馬術は、馬が〝バー〟と呼ばれる障害を跳ぶというシンプルなもの。だけど、バーを落としたり馬がバーを跳ぶのを嫌がったり規定タイムを超えると減点になってしまうし、二回か三回目にも跳ぶのを嫌がったり落馬してしまうとその場で失権になって「もう挑戦することはできません」と言われてしまう。
 シンプルなように見えて、これが結構難しいのだ。馬と息が合わないと、馬がバーを跳ぶのを拒否することなんて初心者にはごくごく普通にあるし。馬の歩幅を計算しないと(計算しても)、バーを落とすことは上級者にだってありえる。障害馬術の世界では、減点なしの人がいる方がめずらしい。わたしはともかく、すみれさんやつばきだって減点されてしまうことの方が多い。ミスがない方が本当にめずらしいのだ。だからこそ、次は頑張ろうって気持ちになれるんだろうけど。
「ハナアラシ出すか~」
「つばきっていつの間にかハナアラシのこと気に入ってたわよね。きっかけとかあったりするのかしら?」
「あー、そうだな……なんとなくだよ。こいつを乗りこなせるのはぼくだけだって思いたいのかも」
「なるほどね。あたしもはじめはフーちゃんに対してそうだったかも」
 すみれさんとつばきは二人にしか理解できないであろう会話を交わしながら、息ぴったりにそれぞれの相棒を馬房から出した。やっぱり天才は天才同士で分かり合えるなにかがあるのだろうか。わたしは天才じゃないからわからないけど。結局わたしは二人のあとについていくようなかたちでムーちゃんを馬房から出したのだった。

 ☆ ☆ ☆

「よーしっ、いっくよー!」
 わたしは大きく意気込んで、ムーちゃんを馬場の中で走らせる。馬に乗って走ると本当に気持ちいい。自分の足で走ってない分体力消耗しないし、馬の方が当然速いからなんとも言えない爽快感があった。
 ムーちゃんと一緒に風になっていると、馬場の角にさしかかった時にバランスが思うようにとれなくなった。調子に乗ると、たまにこういうことが起きてしまう。
「う、わ……あわわ……」
 ムーちゃんは角をまがるのが苦手で、急に方向転換したとしか思えないような感じで走るから、わたしにはムーちゃんの動きに合わせてからだの重心をズラすことができなかった。
「わひゃあっ!?」
 まあ、当然のことのようにわたしはムーちゃんに振り落とされて地面に激突した。馬場が柔らかいからそこまで痛くないけど、もう初心者でもないのに落馬するなんて恥ずかしかった。上級者でも落馬する時はするけど。
 すみれさんもつばきも、それぞれの相棒に乗っかりながらわたしを見おろす。呆れ気味な顔をしながら二人とも近づいてくる。
「……なんというか、相変わらずね」
「お前、ほんと見てて飽きねぇな」
「うぅぅ……」
 わたしはぐうの音も出なかった。二人が呆れるのも当然だ。だってわたしは、調子に乗って落ちただけなのだから。ムーちゃんが暴れたとかならまだしも、これはすごく恥ずかしい。穴があったら入りたい。
「しにたい……」
「え、どうしたのかしらこの子。情緒が心配なんだけど」
「ほっときゃいいんじゃね? さくらのことだからどうせすぐ元気になるだろ」
「いや、そのさくらが『しにたい』って口にしたのが問題でしょ……」
 すみれさんとつばきがなにやら揉めているけど、今のわたしにはどうでもよかった。というか、なにも考えられないほど落ち込んでいた。わたしの後輩たちもみんな心配そうにこっちを見ているし。恥ずかしすぎる。
 結局このあと、わたしはムーちゃんに乗れずに馬に乗る時間が終わってしまったのだった。わたしは、小学生の時からなにも変わっていない。変われていない。こんな自分が嫌になってきちゃう。わたしはすみれさんとつばきに合わせる顔がなかったから、いそいでその場を離れた。厩舎につくなり、わたしはぶっ倒れた。すみれさんとつばきはどんどんわたしなんか引き離していってしまう。それなのに、わたしは全然成長できないでいる。
 そのことを再確認して泣きそうになっていると、だれかが背中をつんつん押してきた。この妙にやわらかくて力強い感じは、おそらく人間ではない。
「……ムーちゃん」
 わたしの相棒が、わたしのことを心配するようにウロウロしていた。まるで「大丈夫?」とでも言っているような顔に見える。ムーちゃんが心配してくれるだけで、わたしは心が癒された。ムーちゃんがいればそれでいい気がしてきた。
「もうムーちゃん以外なにもいらない……」
「さくらちゃん!? どうしたの、大丈夫!?」
 わたしがムーちゃんの頬に手をあててスリスリしていると、さらに心配そうな声が響いてくる。この声はわたしがはじめて乗馬クラブに来た時に声をかけてくれた子だと気づいた。その子は時々わたしのことを気にかけてくれている。めちゃくちゃいい子だ。
「え、ちょっとほんとに大丈夫そうに見えな」
「ガチガチッ」
「きゃーっ!? ムーンフラワーが威嚇してくるー!」
 その子は反応が面白い。わたしよりもおもしろキャラなのではないだろうかと思っている。自分がおもしろキャラなのはもちろん自覚しているけど。
 それより気になるのが、その子が近寄るとムーちゃんが歯を鳴らして耳を伏せて怒るところだ。いや、その子限定ではなく、わたしといる時には他の子が近寄るとすぐに怒っている。馬が怒ると、歯を剥き出しにして噛もうとしてくるんだけど、なにがそんなに不満なんだろう。
「うぅ……こわ……さくらちゃんがいるといつもこうだよ……」
「わたしがいない時はちがうの?」
「え、うん。こんなに怒られることないよ。きっとさくらちゃんのことが好きすぎてだれにも近寄ってきてほしくないんだね」
「へぇ……」
 そこまで好かれていたのか、わたしは。それは知らなかった。ムーちゃんがわたしをひとりじめしたいほど好いていてくれているなんて、めちゃくちゃ嬉しい。嬉しすぎてこの場で踊り出したくなるくらいに。
「ムーちゃん、わたしのこと好きなの?」
「ブルルッ」
 まるで人間の言葉を理解しているかのように、ムーちゃんはタイミングよく鼻を鳴らした。ムーちゃんが「当たり前でしょ。いまさらなに言ってるの」とでも言っているような気がして、わたしは悩んでいることがどうでもよくなった。そうだ、わたしにはムーちゃんがいる。こんなにも相性抜群の馬がいるんだ。
「ありがとう、ムーちゃん」
「ヒヒーン」
 わたしの気持ちが伝わったのか、ムーちゃんが大きな鳴き声を出す。それに呼応するように、まわりの馬たちも一斉に鳴き出したのだった。

 ☆ ☆ ☆

 ミーンミーンと、セミが騒がしく大合唱を起こしている。それを聴きながら、いよいよ夏が本番になったのだと実感した。太陽がジリジリと肌を焼いてくる。めちゃくちゃ暑い。こうも暑いとからだじゅうの水分が抜けて干からびてしまいそう。
「あ、あっつい……」
「もう、だらしないわね」
「ま、しょうがないんじゃね? 厩舎の中は冷房あるわけじゃねぇし、野外にいることの方が多いし」
 わたしたちは、それぞれの相棒の馬房をそうじしていた。ムーちゃんとフーちゃんが向かい合うようになっていて、ハナちゃんの馬房がフーちゃんの左隣にある。だから、こうして会話ができるのだ。
「あー、エアコンほしいー」
「ここにエアコンつけると馬のからだに悪いからつけられないわよ。つねにドア開けっ放しだしね」
「それに、扇風機なら天井についてるだろ。それでガマンしとけ」
「そんなぁ……」
 じっとしているだけで汗をかいてしまうような気温なんだから、それこそ馬のからだに悪いと思うんだけどな。冷房はからだに悪いっていうけど、それならなんでそんなもの作ったんだろう。家でもあんまり使うなって言われるし。意味わかんない。使わせてもらえないのに、なんであるんだろう。
「意味わかんないよぉ……」
「え、さっき説明したばっかだろ。まさかもう忘れてるのか?」
 つばきがわたしのひとりごとを拾って、わたしのことをバカにしている。つばきはほんとに毒舌だから、たまに勘弁してほしいと思うことがある。それにしても、二人はわたしのことをバカなやつとしか思ってないよね。いや、まあ、そうなんだけど。そうだとしか思われていないとなると、ちょっとヘコむ。
 ま、そんなことはどうでもいいか。いつものことだから、いまさら傷つくこともない。さ、掃除がんばろう。
「そういえば、すみれって今度の大会も出るのか?」
「当たり前でしょ。次も一位取ってみせるわ」
「おー、さすがの自信だな」
 おぉ……天才たちが天才らしい会話をしている。すみれさんが次も一位を取ると言っても、どうせ口だけだろとはだれも思えないところがすごいと思う。他の乗馬クラブの子と比べても一番上なんじゃないかと思ってしまうくらいだ。大人の人を負かしているのも何度か見たことがあるし。本当に、すごいとしか言えない。
「まあそういうことなんだけど、さくらも一緒の競技に出てみる?」
「……え?」
 まさかわたしに話をふられるとは思っていなかったから、脳が働いていなかった。すみれさんが言ったことを頭の中でゆっくり再生する。
『さくらも、一緒の競技に、出てみる?』
「ええええええええ!?」
「うわ、急に大声出すなよ。馬がビビるだろ」
 あ、そっか。あまりにびっくりしすぎて馬のことを考えるよゆうがなかった。あれ……っていうか、わたしが悪いの? びっくりした時に大声出すのって普通じゃない? なんで怒られているんだろう。
 まあ、細かいことは気にしないとこう。気にしてもしかたないし。それよりも、すみれさんからの誘いの方が気になる。一緒の大会に出たことは何度もあるけど、すみれさんとわたしではレベルが違いすぎて別々の競技に出ていたのだ。ちなみに、すみれさんは障害馬術の中で最大の高さと言われる160センチの競技に出場している。高さが上がるにつれて難易度も上がっていく。わたしはというと……せいぜい100センチが限度だった。それなのに、なんでわたしのことを誘ってくれたんだろう。
「あ、あの、すみれさん……一緒の競技って……」
「もちろん160での対戦よ」
「で、ですよね」
 やっぱりそうか。そうだ、これは夢だ。すみれさんがわたしを誘ってくれるなんてことあるわけないもんね。
「……夢じゃないわよ」
「えっ、わたし声に出してた!?」
「あなたの表情がわかりやすすぎるだけよ」
 自分の表情のことはよくわからないけど、すみれさんがそう言うならそうなのだろう。夢じゃない……ということは、すみれさんはわたしと対戦することをのぞんでいるということだろうか。でも、わたしなんかがつとまるのかな。
「あたしね、ずっとあなたと戦いたいと思っていたの。それなのに、全然気づいてくれないから……あたしから誘っちゃった」
 すみれさんは恥ずかしそうに、ほっぺを赤く染めている。わたしはそれを見て、「すみれさんがそうのぞむのなら!」とよく考えずに返事をしてしまったのだった。
 でも、言ったことに後悔はない。わたしも、すみれさんと戦いたいとは思っていたから。すみれさんが強すぎて対戦相手にすらならないだろうとも思っていたから、なかなかそういうことを口にできなかったけど。そんなわたしたちを見ていたつばきも、ブキミな笑顔を浮かべている。きっと、つばきとも戦うことになるだろう。

 ☆ ☆ ☆

 そして、ついに大会の日がやってきた。長かったような短かったような……わたしははやく二人と戦いたくてうずうずしていた。
「ようやく、二人と同じ競技に出られるんだ……!」
「はやくだれが一番上なのか決めてぇな」
「なんだか今とても興奮してるわ」
 みんながみんな、お互いを意識している。もっとはやくにこのカタチになりたかったな。でも、過去のことを後悔するのはまだはやい。これからどうなるか、想像もできないんだから。きっととても楽しいだろうということはわかるけど。
 あ、今楽しみなことを考えている場合ではなかった。わたしはすみれさんに手を伸ばす。すみれさんが自分の悲しみをぶつけていた時のように、わたしはすみれさんのすべてを包み込む覚悟で。
「すみれさん、行こう……!」
「……ええ。まだあなたたちに追い抜かれるつもりはないわ!」
 わたしが笑顔で言うと、すみれさんも笑顔を浮かべてくれた。それを見ていたつばきは、早々にハナアラシの元へ向かっていった。今日がどんな結果になろうとも、わたしは……わたしたちはこれからも戦い続けるだろう。最高のライバルとして。
 ……そして、これからもわたしたちは三人で変わらない毎日を過ごしていくだろう。それぞれの相棒とともに。
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