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プロローグ
運命の出会い
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雪のような白い髪を揺らし、結衣は公園に遊びに来ていた。
小学校低学年ぐらいの容姿。背丈が小さく、ランドセルを背負っている。
隣にいた母親らしき女性が、ちらりと自分の腕時計を確認する。
そして、結衣の背負っていたランドセルを手に持ち、自宅へ戻ろうとしていた。
「それじゃ、夕飯までには帰ってくるのよ」
「うん! わかった!」
結衣はこの頃から、既にしっかりとしている子供だった。
だから母親も安心して、子供を放っておけるのだ。
公園が家の近くにあるので、何かあってもすぐに家に帰ることができるところも、放っておける理由なのだとか。
「何しようかな……」
この公園の遊具は、もうだいたい遊び尽くしてしまった。
そこそこ長いすべり台も、スリリングなブランコも、日々かたちを変えていく砂場も……全て飽きてしまっていたのだ。
なぜこの公園にしてしまったのか、結衣は後悔していた。
そんな時、ふと辺りを見回すと、結衣と同い年ぐらいの少女の姿があることに気づく。
その少女はベンチに腰掛け、退屈そうにしている。
(もしかしたら……私と一緒なのかもしれない)
結衣と一緒で、飽きを感じているのかもしれない。
そう思った結衣は、その少女に思い切って声をかけることにした。
「は、はじめまして……」
思えば、結衣が知らない人に声をかけたのは、この時だけだったかもしれない。
結衣は少し人見知りで、知らない人との会話が上手く出来ないのだ。
それなのに、勇気を振り絞って声をかけている。
それは、そのぐらい少女が特別に見えたということだ。
突然声をかけられた少女は驚いた様子で、薄い桜色の瞳を丸くさせた。
「あ、は、はじめましてです……」
少し気弱そうな印象の声。
それでいて、女の子らしい高い声質が特徴的だ。
その少女は小麦色の短い髪をふわりと靡かせ、小首を傾げる。
「えっと……私に何か用ですかぁ?」
「……あ、あの、えっと……い、一緒に遊ばない?」
なんだか盛大な告白をしたような雰囲気が漂う。
結衣はあまりの恥ずかしさに顔を赤らめ、頭から煙のような蒸気を噴き出させている。
ずっと目を丸くしていた少女が、そんな結衣の様子に初めて笑った。
その笑顔は、花のように儚くて美しかったのを覚えている。
少女はひとしきり笑った後、結衣の目を見て言った。
「いいですよ」
少女の言葉に、結衣は翠色の目を輝かせる。
「で、何して遊びますぅ?」
「あ……えっと……何しよう……」
声をかけることには成功したが、その後何をしようかというのはノープランだった。
そんな結衣の困惑気味な声に、少女は呆れ気味な顔になる。
それで「二度と遊ばない」なんて言われたらたまったもんじゃないので、結衣は必死で考える。
「う……あ! そうだ! ずっとやってみたかったことがあるの!」
「へぇ……なんですか?」
結衣が元気よく言うと、その少女は少し興味を持ったようだ。
その様子に、結衣は満足そうに笑う。
「ひみつきち! 作りたい!」
目を輝かせて、少女の方へずいっと顔を近づけながら言った。
少女は“ひみつきち”というワードに、心惹かれたらしい。
翡翠のように眩く目を輝かせた結衣に、負けじと桜色の目を輝かせる。
「いいですねぇ! やりましょう!」
“ひみつきち”は、少年少女にとって魅力のある言葉。
二人の少女たちは、その魅力に確実に呑まれていたのだ。
仲間を得た少女たちは、心強そうに駆け出す。
まずは、“ひみつきち”を作るための道具や材料を集めなくては!
二人はそれぞれわかれ、必要なものを集めに行く。
木の枝やダンボール、その他もろもろをある程度見つけた後、それを持ちながら再びあのベンチに集まった。
「結構集まったね……!」
「そうですねぇ。なんだかワクワクしてきました!」
二人は高揚感に満ち溢れ、今なら何でも出来る気がした。
一種の万能感に包まれている。
枝が程よく分かれている木を見つけ、そこにハシゴをかけていく。
そして、そのハシゴの上にある木の枝に、集めたダンボールなどを置いていく。
「出来たー!」
憧れだったひみつきちが完成した。
だが、所詮子どもが作ったもの。
今にも崩れそうなほど、儚く、脆い。
「崩れないといいなぁ……」
結衣はそう言って、祈るように手を組む。
その様子を見た少女は、葛藤するように眉を顰める。
そして、覚悟が決まった様子で、表情を元に戻す。
「……使うなって言われてたんですが……」
少女が何なら呟いて、ひみつきちに向かって手を伸ばす。
すると、風に転がされそうだったひみつきちが、ピタリと動かなくなった。
その時、得意げに笑っていた少女の顔を、忘れることはなかった。
☆ ☆ ☆
「結衣ー! そろそろ帰ってきなさーい」
「あ、お母さんだ……!」
橙色だった空が、いつの間にか群青色に変わろうとしている。
そんな中、お母さんがこちらに近づいてきている。
もう夕飯の時間になってしまったらしい。
「そろそろ帰らなきゃ……」
「そうですか……じゃあ、私もそろそろ帰りますね」
二人はベンチから立ち上がり、お互い顔を見合わせる。
今日初めて会ったばかりだが、なんだか寂しくなってくる。
それぐらい、二人の仲が親密になっていた。
「じゃあ……また遊ぼうね」
「……はい。また遊びましょう」
結衣が別れを惜しむように言うと、少女も寂しげな顔をして言う。
だが結衣は、またここに来ればいつでも会えるだろうと、どこか軽く考えていた。
「じゃあ、また明日ね」
「はい……また」
そう言って、二人は別れた。
なぜだか、永遠の別れのような……そんな気がしてならない。
結衣は不安になって振り返る。
だが、そこにはこちらを見て手を振っている少女がいる。
それに安心して、結衣は再び前を向く。
「……あ、名前訊くの忘れてたな……」
明日訊けばいいか……
そんな風に、結衣は軽く考えていた。
その後ずっと、結衣はどこか上の空だった。
ご飯を食べている間も、お風呂に入っている間も、布団に入った時も……どこか他人事のように思えたのだ。
自分はここにおらず、他人の行動を遠くから見ているような感覚なのである。
「なんだか忘れられないなぁ……」
不思議な雰囲気を纏う少女の魅力に、完全に溺れていた。
目を離せず、ずっと目で追ってしまうような魅力。
一度会って、少し遊んだだけなのに。
結衣はこんなにも、少女のことだけを考えてしまっている。
「……ね、眠れない……」
遠足に出かける前日の夜みたいに、目が冴えてしまっていた。
ワクワクして、ドキドキして。
少女に出会ってから、心臓がすごくうるさい。
その心臓の音が子守唄になったのか。
結衣は次第に、瞼を閉じていった――……
☆ ☆ ☆
――結衣は、その晩夢を見た。
あの不思議な少女と一緒に、空を飛ぶ夢。
二人で手を繋いで、笑い合って、大きな空を駆け抜けていく。
爽快感や解放感がすごかった。
どこまででも飛んで行けそうな気分になる。
この少女と一緒なら、どんなことだって出来そうな気がする。
一人じゃ何も出来ない結衣が、少女と一緒だとなんだって頑張れるのだ。
だけど、ふと横を見ると、あの悲しそうな表情を浮かべた少女がいる。
その顔が儚げで、今にも自分のそばから幽霊のように消えてしまいそうに思えてしまう。
飛んでいるからか、結衣の心もフラフラ揺れる。
今自分が何をしているのか、何を考えていいるのかすら、おぼつかなくなっていく。
「……ね、ねぇ、あの……」
ようやく声が出たが、何を言おうとしているのかが自分でもよくわからない感覚に陥っていた。
これも“夢”の影響なのだろうか。
結衣にとっては、それが邪魔で邪魔で怒りを覚える。
なぜか不安定で、なんでか不明瞭で、どうしても不幸せ。
少女がすぐそばにいるのに、なぜか遠い。
近づけば近づくほど、それが顕著になっていくような気がした。
「あ、あの……私はっ!」
「――ごめんなさい」
「……へ?」
ふいに少女が謝った。
それと同時に、握っていた手を離される。
結衣が怪訝そうな顔をしていると、結衣の身体が重力を受けて真っ逆さまに墜ちていく。
「へっ!? な、なんで……!」
結衣の顔が絶望に染まり、少女を恨めしそうに見る。
少女はこの時もずっと、悲しそうな表情を浮かべていた――……
「――はっ!」
地面に墜ちる寸前で、結衣は目を覚ます。
昨日よりも、心臓が激しい鼓動を鳴らしている。
「……夢?」
ただの夢なのに、妙にリアリティがあった。
――何か嫌な予感がする。
結衣は慌てて飛び起き、昨日の公園に向かった。
走っている際、どこからか悲しげな視線を感じたが、それは気のせいだと思った。
今の結衣は、そんなことよりも大事なことがあったから。
案の定、そこに少女はいなかった。
朝早い時間帯だからというのもあるかもしれないが、この公園には少女の面影がとこにもないのだ。
少女が座っていたベンチにも、二人で作ったひみつきちにも、この公園全体にも……
どこにも少女がいた形跡すらないように思われる。
それに気づくと、急激に涙が込み上げてきた。
「なんで……なんで……っ!」
結衣は耐えられなくなって、涙を流す。
膝から崩れ落ちて、肩を震わせる。
目の前がぼんやりと霞んでしまい、それに気づくのが遅れた。
「……こ、これは……!」
結衣の周囲に花びらが舞っていた。
それは、季節外れの桜の花びら。
桜の花吹雪。それはとても幻想的で、神秘的だった。
いつの間にか涙が引っ込み、笑顔を浮かべている。
「……ありがとう……」
少女がなぜあんなに悲しそうだったのかは、結衣にはわからない。
その少女とは、もう二度と会えないような気さえした。
だけど、それでも。
この花吹雪は、少女が結衣のために残してくれたものだということはわかる。
「また会おうねっ!」
『明日』と限定せず、『いつか』会おうと宣言する。
もう二度と会えないとしても、少女と出会ったことやまた会おうという約束自体がなかったことになるわけではない。
いつかまた会えると信じて、気長に待つ。
それを大事にすればいい。
結衣はそう決めて、この公園から立ち去った。
小学校低学年ぐらいの容姿。背丈が小さく、ランドセルを背負っている。
隣にいた母親らしき女性が、ちらりと自分の腕時計を確認する。
そして、結衣の背負っていたランドセルを手に持ち、自宅へ戻ろうとしていた。
「それじゃ、夕飯までには帰ってくるのよ」
「うん! わかった!」
結衣はこの頃から、既にしっかりとしている子供だった。
だから母親も安心して、子供を放っておけるのだ。
公園が家の近くにあるので、何かあってもすぐに家に帰ることができるところも、放っておける理由なのだとか。
「何しようかな……」
この公園の遊具は、もうだいたい遊び尽くしてしまった。
そこそこ長いすべり台も、スリリングなブランコも、日々かたちを変えていく砂場も……全て飽きてしまっていたのだ。
なぜこの公園にしてしまったのか、結衣は後悔していた。
そんな時、ふと辺りを見回すと、結衣と同い年ぐらいの少女の姿があることに気づく。
その少女はベンチに腰掛け、退屈そうにしている。
(もしかしたら……私と一緒なのかもしれない)
結衣と一緒で、飽きを感じているのかもしれない。
そう思った結衣は、その少女に思い切って声をかけることにした。
「は、はじめまして……」
思えば、結衣が知らない人に声をかけたのは、この時だけだったかもしれない。
結衣は少し人見知りで、知らない人との会話が上手く出来ないのだ。
それなのに、勇気を振り絞って声をかけている。
それは、そのぐらい少女が特別に見えたということだ。
突然声をかけられた少女は驚いた様子で、薄い桜色の瞳を丸くさせた。
「あ、は、はじめましてです……」
少し気弱そうな印象の声。
それでいて、女の子らしい高い声質が特徴的だ。
その少女は小麦色の短い髪をふわりと靡かせ、小首を傾げる。
「えっと……私に何か用ですかぁ?」
「……あ、あの、えっと……い、一緒に遊ばない?」
なんだか盛大な告白をしたような雰囲気が漂う。
結衣はあまりの恥ずかしさに顔を赤らめ、頭から煙のような蒸気を噴き出させている。
ずっと目を丸くしていた少女が、そんな結衣の様子に初めて笑った。
その笑顔は、花のように儚くて美しかったのを覚えている。
少女はひとしきり笑った後、結衣の目を見て言った。
「いいですよ」
少女の言葉に、結衣は翠色の目を輝かせる。
「で、何して遊びますぅ?」
「あ……えっと……何しよう……」
声をかけることには成功したが、その後何をしようかというのはノープランだった。
そんな結衣の困惑気味な声に、少女は呆れ気味な顔になる。
それで「二度と遊ばない」なんて言われたらたまったもんじゃないので、結衣は必死で考える。
「う……あ! そうだ! ずっとやってみたかったことがあるの!」
「へぇ……なんですか?」
結衣が元気よく言うと、その少女は少し興味を持ったようだ。
その様子に、結衣は満足そうに笑う。
「ひみつきち! 作りたい!」
目を輝かせて、少女の方へずいっと顔を近づけながら言った。
少女は“ひみつきち”というワードに、心惹かれたらしい。
翡翠のように眩く目を輝かせた結衣に、負けじと桜色の目を輝かせる。
「いいですねぇ! やりましょう!」
“ひみつきち”は、少年少女にとって魅力のある言葉。
二人の少女たちは、その魅力に確実に呑まれていたのだ。
仲間を得た少女たちは、心強そうに駆け出す。
まずは、“ひみつきち”を作るための道具や材料を集めなくては!
二人はそれぞれわかれ、必要なものを集めに行く。
木の枝やダンボール、その他もろもろをある程度見つけた後、それを持ちながら再びあのベンチに集まった。
「結構集まったね……!」
「そうですねぇ。なんだかワクワクしてきました!」
二人は高揚感に満ち溢れ、今なら何でも出来る気がした。
一種の万能感に包まれている。
枝が程よく分かれている木を見つけ、そこにハシゴをかけていく。
そして、そのハシゴの上にある木の枝に、集めたダンボールなどを置いていく。
「出来たー!」
憧れだったひみつきちが完成した。
だが、所詮子どもが作ったもの。
今にも崩れそうなほど、儚く、脆い。
「崩れないといいなぁ……」
結衣はそう言って、祈るように手を組む。
その様子を見た少女は、葛藤するように眉を顰める。
そして、覚悟が決まった様子で、表情を元に戻す。
「……使うなって言われてたんですが……」
少女が何なら呟いて、ひみつきちに向かって手を伸ばす。
すると、風に転がされそうだったひみつきちが、ピタリと動かなくなった。
その時、得意げに笑っていた少女の顔を、忘れることはなかった。
☆ ☆ ☆
「結衣ー! そろそろ帰ってきなさーい」
「あ、お母さんだ……!」
橙色だった空が、いつの間にか群青色に変わろうとしている。
そんな中、お母さんがこちらに近づいてきている。
もう夕飯の時間になってしまったらしい。
「そろそろ帰らなきゃ……」
「そうですか……じゃあ、私もそろそろ帰りますね」
二人はベンチから立ち上がり、お互い顔を見合わせる。
今日初めて会ったばかりだが、なんだか寂しくなってくる。
それぐらい、二人の仲が親密になっていた。
「じゃあ……また遊ぼうね」
「……はい。また遊びましょう」
結衣が別れを惜しむように言うと、少女も寂しげな顔をして言う。
だが結衣は、またここに来ればいつでも会えるだろうと、どこか軽く考えていた。
「じゃあ、また明日ね」
「はい……また」
そう言って、二人は別れた。
なぜだか、永遠の別れのような……そんな気がしてならない。
結衣は不安になって振り返る。
だが、そこにはこちらを見て手を振っている少女がいる。
それに安心して、結衣は再び前を向く。
「……あ、名前訊くの忘れてたな……」
明日訊けばいいか……
そんな風に、結衣は軽く考えていた。
その後ずっと、結衣はどこか上の空だった。
ご飯を食べている間も、お風呂に入っている間も、布団に入った時も……どこか他人事のように思えたのだ。
自分はここにおらず、他人の行動を遠くから見ているような感覚なのである。
「なんだか忘れられないなぁ……」
不思議な雰囲気を纏う少女の魅力に、完全に溺れていた。
目を離せず、ずっと目で追ってしまうような魅力。
一度会って、少し遊んだだけなのに。
結衣はこんなにも、少女のことだけを考えてしまっている。
「……ね、眠れない……」
遠足に出かける前日の夜みたいに、目が冴えてしまっていた。
ワクワクして、ドキドキして。
少女に出会ってから、心臓がすごくうるさい。
その心臓の音が子守唄になったのか。
結衣は次第に、瞼を閉じていった――……
☆ ☆ ☆
――結衣は、その晩夢を見た。
あの不思議な少女と一緒に、空を飛ぶ夢。
二人で手を繋いで、笑い合って、大きな空を駆け抜けていく。
爽快感や解放感がすごかった。
どこまででも飛んで行けそうな気分になる。
この少女と一緒なら、どんなことだって出来そうな気がする。
一人じゃ何も出来ない結衣が、少女と一緒だとなんだって頑張れるのだ。
だけど、ふと横を見ると、あの悲しそうな表情を浮かべた少女がいる。
その顔が儚げで、今にも自分のそばから幽霊のように消えてしまいそうに思えてしまう。
飛んでいるからか、結衣の心もフラフラ揺れる。
今自分が何をしているのか、何を考えていいるのかすら、おぼつかなくなっていく。
「……ね、ねぇ、あの……」
ようやく声が出たが、何を言おうとしているのかが自分でもよくわからない感覚に陥っていた。
これも“夢”の影響なのだろうか。
結衣にとっては、それが邪魔で邪魔で怒りを覚える。
なぜか不安定で、なんでか不明瞭で、どうしても不幸せ。
少女がすぐそばにいるのに、なぜか遠い。
近づけば近づくほど、それが顕著になっていくような気がした。
「あ、あの……私はっ!」
「――ごめんなさい」
「……へ?」
ふいに少女が謝った。
それと同時に、握っていた手を離される。
結衣が怪訝そうな顔をしていると、結衣の身体が重力を受けて真っ逆さまに墜ちていく。
「へっ!? な、なんで……!」
結衣の顔が絶望に染まり、少女を恨めしそうに見る。
少女はこの時もずっと、悲しそうな表情を浮かべていた――……
「――はっ!」
地面に墜ちる寸前で、結衣は目を覚ます。
昨日よりも、心臓が激しい鼓動を鳴らしている。
「……夢?」
ただの夢なのに、妙にリアリティがあった。
――何か嫌な予感がする。
結衣は慌てて飛び起き、昨日の公園に向かった。
走っている際、どこからか悲しげな視線を感じたが、それは気のせいだと思った。
今の結衣は、そんなことよりも大事なことがあったから。
案の定、そこに少女はいなかった。
朝早い時間帯だからというのもあるかもしれないが、この公園には少女の面影がとこにもないのだ。
少女が座っていたベンチにも、二人で作ったひみつきちにも、この公園全体にも……
どこにも少女がいた形跡すらないように思われる。
それに気づくと、急激に涙が込み上げてきた。
「なんで……なんで……っ!」
結衣は耐えられなくなって、涙を流す。
膝から崩れ落ちて、肩を震わせる。
目の前がぼんやりと霞んでしまい、それに気づくのが遅れた。
「……こ、これは……!」
結衣の周囲に花びらが舞っていた。
それは、季節外れの桜の花びら。
桜の花吹雪。それはとても幻想的で、神秘的だった。
いつの間にか涙が引っ込み、笑顔を浮かべている。
「……ありがとう……」
少女がなぜあんなに悲しそうだったのかは、結衣にはわからない。
その少女とは、もう二度と会えないような気さえした。
だけど、それでも。
この花吹雪は、少女が結衣のために残してくれたものだということはわかる。
「また会おうねっ!」
『明日』と限定せず、『いつか』会おうと宣言する。
もう二度と会えないとしても、少女と出会ったことやまた会おうという約束自体がなかったことになるわけではない。
いつかまた会えると信じて、気長に待つ。
それを大事にすればいい。
結衣はそう決めて、この公園から立ち去った。
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