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第二章 似すぎている敵

真実が明かされる

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 あの時のことを、今でも後悔している。
 ――なぜあんなことをしたのか。
 ――もっと他に何かあったはずなのに。

 ……なんで。
 ……あの子を、見捨ててしまったのか。


 ☆ ☆ ☆

 叔母さんの姉――つまり、結衣の本当のお母さんが妊娠してから十ヶ月が経った。
 そろそろいつ産まれてきても不思議はないぐらいに、お腹が膨らんでいる。
 当時の叔母さんは、胸を高鳴らせていたという。

「お姉ちゃーん! 久しぶり!」
「わー、久しぶり~! 元気にしてた?」
「お姉ちゃんこそ。身体は大丈夫? どこか悪くなったりしてない?」
「あはは。心配性だなぁ。大丈夫大丈夫!」

 姉妹の和気あいあいとしたやり取りは、病室を明るくさせる。
 妊娠の影響で身体に不調が見られる妊婦さんたちにとって、二人のやり取りが日々の楽しみになっている節がある。

「んで、いつ頃生まれるの~? 早く見たいな~! 絶対お姉ちゃんに似て可愛いよ~!」
「んー、そうだなぁ……出産予定日はあと一週間ぐらいだったかな」
「へー! じゃあその通りだとしたらあと一週間で見れるんだ!  楽しみ~!」

 テンション高くワクワクしている様子は、まるで子どものようだ。
 そんな妹の様子を、姉は微笑ましそうに見ている。

 このまま何事もなく、平和に出産が終わるんだと誰もが思っていた。
 なのに、なぜ――

「お姉ちゃん! お姉ちゃん!?」

 妹は切羽詰まった声を出す。
 自分の姉の様子が、一瞬にして急変したのだ。
 なぜこうなったのか、誰にもわからない。

「お姉ちゃんっ! しっかりして! お姉ちゃんっ!」
「うっ……うぁあ……っ!」

 姉は苦しそうにお腹を押さえている。
 看護師さんは慌てて出産の準備を始めた。
 だが、段々姉の脈拍が弱くなり、呼吸が乱れていく。

「……これはもう、覚悟を決めた方がいいかもしれません」

 助産師さんの放った言葉に、妹は感情的になる。
 この助産師さんの言葉が、妹にとっては非情に聞こえたのだ。

「何言ってるんですか! どうにもならないんですか!?」
「…………残念ながら……母子ともに無事でいられる保証はありません。どちらかを選んでいただかないと……」
「そんな!?」

 助産師さんもこんなことは言いたくなったのだろう。
 だが、妹はパニックになり、そのことを汲み取れなかった。

 ――姉の命か。それとも赤ちゃんの命か。
 どちらも大切だし、どちらも失いたくないものだ。
 そんな時、姉は息たえだえに言った。

「……お願、がい……私のことはいい……から……この子たちを……」
「そんな……やだよ……! お姉ちゃんを死なせるなんて……!」
「……お願い」

 やけに重く響いた姉の言葉。
 妹はそれに逆らえず、赤ちゃんの命を救うことにする。

「でも……こんなの……ねぇ、お姉ちゃん。私、嫌だよ。こんなことになるなんて」
「……だい、じょうぶだよ……私の事は……気にしないでいいから……」
「な、何言って……うぅ…………わかっ、た……」
「うん…………よろしくね……後は、頼――」

 それが、姉の最期の言葉となった。
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