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第一章 少女たちの願い(後編)

こんなダイエットは嫌だー!

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 ――そして。

「ふひぃ~……お風呂は心と体をあったかくしてくれるよね~……」
「ええ、そうですねぇ……私もそう思います~……」

 割とどうでもよくなっていた。
 お風呂がサイコーに気持ちよければそれでいい。
 結衣はそう思うようになっていた。

 湯船に浸かり、心と体の疲れを癒してくれる。
 そんなお風呂が、結衣にとっての至福のひとときなのだ。
 なのだが。

「あれぇ? 結衣様、おなか出てきたんじゃないですかぁ?」
「うひゃあああ!? おなかつままないでえええ!!」

 ガーネットにおなかをつままれ、結衣は声を張り上げた。

 こんなんじゃ、癒されるどころではない。
 むしろストレスがたまる一方だ。

「ううう……本当にぷにぷにしてる……」

 ガーネットにつままれた部分をさすりながら、結衣は涙を浮かべる。
 本当にふくよかになっている自分の体に嫌気がさす。
 なぜこんなことになってしまったのか。

「そんなに食べてるわけじゃないのになぁ……」

 自分では普通だと……思う……多分。
 普通にご飯を食べて、普通に過ごしているだけなのに。
 ――……あ。

「運動してないからだぁぁぁ!!」

 結衣は今までのことを振り返る。
 食っちゃ寝してばかりであった。

 それに、最近戦ってないし、体育の授業でもアクティブな動きをしてなかったし。

「……運動しなきゃなぁ……」

 元々、結衣はインドア派だったが。
 戦いによってそれなりに動いてはいたのだ。
 それが少し途絶えただけで、このザマである。

「うふふ……運動なら、いい方法がありますよぉ!」
「えっ、本当!?」

 結衣はガーネットにおなかをつままれたことを忘れ、目を輝かせた。
 そんな結衣に、ガーネットは楽しそうに声を弾ませる。

「本当ですよぉ! お風呂が終わったあとに決行しましょー!」

 ☆ ☆ ☆

 夜の空。星々が瞬き、地上にも光が零れ落ちるような美しい月がある。
 だが、そんな風情ある闇の中に、地獄絵図が繰り広げられている。
 ある一人の少女にとっては。

「ひゃあああ!?」
「やっほ~~~い!! 楽しーですねぇ!」
「こんなの全然楽しくな――いやあああ!!」

 結衣は今、魔法少女姿で空を飛んでいる。
 ガーネットに引きずられながら。

「んやあああ!! 無理いいい!!」

 増幅魔法で速度を上げられ、上下左右に激しく動かされている。
 増幅魔法で空中飛行を行って、今更なんで叫ぶんだ? とお思いだろうか。

 だが、考えてもみてほしい。
 それを、他人にやられているということを。
 どこに行かされるのかわからない恐怖は、ジェットコースターなどの比ではない。

「ぴゃあああ!! やめてえええ!!」
「なーに言ってるんですかぁ! 激しく動かなきゃ、ダイエットになりませんよぉ!?」

 そういうやり取りをしている間にも、結衣を激しく連れ回すガーネット。
 この状況は、結衣にとって地獄以外の何物でもない。

 たしかに、痩せたいとは思っていた。
 だが、こんなにもハードだと、体と心が壊れてしまう。

「もう、いやだあああ!!」
「何言ってるんですか、結衣様! まだ始まったばかりですよぉ!?」

 こうして。ガーネットによる鬼ダイエットは、朝まで続いた。
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