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第一章 少女たちの願い(前編)

過去を思い出す

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 最初は純粋な寂しさだった。

「ママー! パパー! 遊ぼーにゃ!」

 夏音がそう呼びかけても、

「ごめんね……ママ達忙しいのよ……」
「ごめんな、夏音……遊んでやれなくて……」

 ママとパパは、とても悲しそうに夏音を見つめ返す。

 それだけしか、してくれない。
 それでも、夏音は一応は理解していた。ママ達が忙しいことを。

 だけど、夏音が六歳になった時、事件は起きる。

 夜九時、夏音は目が覚めてトイレに向かっていた。
 その時、途中にある部屋から光が漏れていることに気付く。

 ママとパパはまだ起きているらしい。
 ……少しだけでも話がしたい。

 そう思って、夏音は部屋に入ろうとする。
 だが、すぐさま空気がいつもと違うことを感じ取った。
 だから部屋には入らず、部屋の中からは見られない場所に移動する。

「何だろう……何か、ヘンな感じがするにゃ……」

 夏音はポツリと零す。
 当時の夏音はそうとしか言えなかった。

 今でも、その感じがどういう言葉で表されるのかはわからないが。

「――どう思う?」
「っ……!」

 いつもは聞いていて心地よく、安心出来る声。
 だが、今日は何故か恐怖が襲った。

「どうもこうも……オレたちじゃどうしようも……」
「そうよね……」

 ――何の話を、しているんだろう……

 夏音は自分の存在を悟られまいと、必死に隠れているしかない。
 自分でも、何をしているのかわからない。

 だけど、夏音の勘が『警告』という名のアラームを鳴らしていた。

を……育てられないわよ……」
「あぁ……オレたちじゃ無理だ……誰かに預けるしか――」

 ――…………

 夏音は自分がトイレに向かっていたことを忘れ、寝室に戻る。
 その頬に、大量の涙を乗せて。
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