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第一章 少女たちの願い(前編)

け、獣耳っ娘!?

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「ふおおおお……! これが温泉……!」
「っ……! こ、これは……!」
「いいわね~……風情って言うのかしら?」

 結衣たちは食事の時と同じく、目の前の光景にそれぞれ感想を零した。
 それは決してマイナスな意味などではなく。むしろ、プラスな意味だ。

「……プールみたいに飛び込みたい……!」

 いや、まあ、今はプールも飛び込みは禁止されているのだけれども。
 それでも結衣は身体を震わせ、期待の眼差しで温泉を眺めていたが、すぐに却下の声が響く。

「だめよ。壁に禁止事項が書かれてたでしょう?」
「うぐっ……! そ、それもそうだけど……」

 確かに『飛び込みは他のお客様のご迷惑となります』と、ご丁寧にイラスト付きで書かれていた。

 結衣は「禁止」だと言われれば、そんな事はしない主義だが。
 「内緒だよ」と言われたら、言いたくなるような心理も無くはない。
 それが今、結衣の中でせめぎ合っている。

 そんな結衣の葛藤に興味が無いのか、あるいは知らないのか、せーちゃんはもうとっくにシャワーを浴びている。

 それを見ていると、結衣はなんだか気力が削がれたので、飛び込みはやめておく事にした。
 大人しく結衣もシャワーを浴びようと思って、せーちゃんの近くに座る。

 すると、温泉のお湯の中から口ずさむ声が聞こえてきた。

「ふんふんふーん♪」
「ん? ……って、えええ!?」
「どうしたの、せーちゃ――ん!?」

 せーちゃんにつられて後ろを向いたら、結衣たちよりも年下の少女がいた。

 可愛らしい八重歯を付け、右眼の方にだけ長く伸びた前髪をしており、その髪の色は活発そうな赤茶色をしている。

 それだけ聞けば「何でそんなに驚いてんだ?」と疑問に思うだろう。
 だが――

「ねぇ、あれって……」

 とせーちゃんが耳打ちする。
 そう、その少女は……その少女は――

「け、獣耳っ娘!?!?」

 既視感のあまり、真菜の姿が一瞬結衣の脳裏に浮かんだ。

 だが、真菜とはちょっと違った尻尾を持っていた。
 真菜はするりとしなやかな猫の尻尾を付けていたが、その少女は太くてモフりがいのある……狐のような尻尾を付けて揺らしている。

 結衣の叫び声に気が付いたのか、耳をぴょこぴょこと軽く前後に揺らす。

「んぅ? おねーちゃんたちは誰ですにゃ?」

 その子の第一声はとても気の抜けるような、甘い声だったのを、結衣は覚えている。
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