上 下
41 / 262
第一章 少女たちの願い(前編)

自己紹介

しおりを挟む
「さてっ、ネタバレをする前に――まずは自己紹介しようか!」
「じ、自己紹介……ですか?」
「まあ確かに自己紹介してませんでしたしねぇ。いいんじゃないですかぁ?」

 結衣が言い放った言葉に、怪訝そうに訊く天使だったが。
 ガーネットの言葉を聞いて納得したようだった。

「それもそうですね……では――」

 天使は目を瞑って何を話そうかを考えているのだろう。
 それから数秒が経ち。

「私の名前は白石緋依しらいしひより。――お父さんとお母さんに毎日いじめられていました」

 重々しく告げた天使――もとい、緋依の様子から。
 なんとも重苦しい話になりそうなことが……わかった。

 ☆ ☆ ☆

 檸檬色の髪を揺らし、ため息を吐きながら足取り重く歩く小学六年生の少女。
 その顔や腕には、無数の傷が付いていた。

「ただいま……」

 か細い声でそう呟いた声はだが、誰にも拾われることなく風に乗って消える。
 しかし、そのことを気にせず靴を脱ぎ、少女は自分の部屋へと吸い込まれるように入っていく。

 部屋に入っても、少女は顔を上げず、ずっと下を向いている。
 散乱している部屋で落ち着けるわけもなく、薄汚れた勉強机の椅子に腰掛ける。
 机の上に置いてある時計に目を向け、じっと時間が経つのを見ていた。

 やがて夜になり、夕食の時間が近づく。
 しかし、そこからが地獄の始まりだった。

 ――部屋から出たくない。出たら絶対――
 だが、そんな少女の望みは儚く破れ、ドアが開く。

「さっさと来な」

 そうぶっきらぼうに言い捨てる少女の母親の背を、睨みながら嫌々ついて行く。

 リビングに着くと、とてもじゃないがご飯と言えないご飯が出される。
 ぐちゃぐちゃになり、原型をとどめていない火の通っていないハンバーグに。
 水気の多いご飯。
 サラダに至っては、そこら辺に生えている草を引っこ抜いてきたのではないかと思わせるほどの土や根っこが付いている。

 それは、とても食べられたものじゃなかった。

「……いま、食べる気分じゃ……ない、ので……」

 辛うじて口をついて出た言葉に、少女の母親は怪訝そうな顔で言う。

「……何? 私が作ったもの食べれないって言うの?」
「……食べます」

 ――“作った”なんてどの口が言うんだよ。
 そんな言葉を飲み込んで、今日もまた――傷が一つ増えてゆく。

 ――ガチャ。
 玄関のドアが開く音がした。
 少女の父親が帰ってきたのだろう。

「ただいまー」
「あら、おかえりなさい」 

 少女の両親は普通の夫婦のように会話を交わす。

 まるで少女だけが、別世界の住人みたいだった。
 ひとしきり話し終えたのか、少女の父親は少女に目を向けると。

「ああ……なんだ、まだいたのか。さっさと寝ろよ」

 婉曲に“消え失せろ”と言い放った少女の父親に。
 少女のアクアマリンの眼が濁る。

「……うん」

 そう小さく零して、少女は部屋へ帰った。

 散乱している部屋は、父親と母親が荒らして行った爪痕だ。

 少女にもはや片付ける気力もなく、ただ呆然と窓の外の空を仰いだ。
 夜空は星々が瞬き、月が自らの美しさを主張しているように見えた。

「綺麗……」

 少女は思わずそう零した。
 地上の穢れを知らず、美しく空を埋める様は――この世の全てよりも、綺麗だと思った。
 そんな時。

「ん? 何これ……」

 純白の翼が二枚、部屋に落ちていた。
 こんなもの買った記憶もないし、父親と母親の私物でもなさそうだと考え。

「まあ、いっか」

 ――無視を決め込んだ。

 時間が少し経ち、寝ようとベッドに潜り込んだのだが。
 少女は翼がどうにも気になって仕方がない様子だった。

 月の光に照らされてキラキラと輝くように見えた翼に、少女は思わず手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

独身おじさんの異世界ライフ~結婚しません、フリーな独身こそ最高です~

さとう
ファンタジー
 町の電気工事士であり、なんでも屋でもある織田玄徳は、仕事をそこそこやりつつ自由な暮らしをしていた。  結婚は人生の墓場……父親が嫁さんで苦労しているのを見て育ったため、結婚して子供を作り幸せな家庭を作るという『呪いの言葉』を嫌悪し、生涯独身、自分だけのために稼いだ金を使うと決め、独身生活を満喫。趣味の釣り、バイク、キャンプなどを楽しみつつ、人生を謳歌していた。  そんなある日。電気工事の仕事で感電死……まだまだやりたいことがあったのにと嘆くと、なんと異世界転生していた!!  これは、異世界で工務店の仕事をしながら、異世界で独身生活を満喫するおじさんの物語。

10秒後。

空々ロク。
恋愛
高校2年生の瑠々(るる)は今日も先輩への恋心を募らせていた。告白するか悩む瑠々に親友の夏音(かのん)が掛けた言葉は──。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

みうちゃんは今日も元気に配信中!〜ダンジョンで配信者ごっこをしてたら伝説になってた〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
過保護すぎる最強お兄ちゃんが、余命いくばくかの妹の夢を全力で応援! 妹に配信が『やらせ』だとバレないようにお兄ちゃんの暗躍が始まる! 【大丈夫、ただの幼女だよ!(APP20)】

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

処理中です...