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第一章 少女たちの願い(前編)

人の少なさ

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 人は――愚かだ。穢れている。
 そんなものに関わるなんて言語道断。視ることすら嫌気がさす。

 ――綺麗な世界を創りたい。
 ――人類種の根絶を目指している。

 ――神も、それを望まれているに違いない。

 ☆ ☆ ☆

「ねぇ……やっぱりあの光気になるよ。あの光が出た場所に行ってみない?」
「えー、やですよぉ。それに結衣様は学校があるじゃないですかぁ」
「それもそうだけど……」

 結衣はあの時の謎の光が気になって仕方なかった。
 あの時からずっと嫌な予感がして止まない。

 いつも通り、平和な通学路を歩く。
 だが、少し違和感があった。
 いつも以上に静かすぎるというか――

 桜の並木道でよく出会う――犬と散歩しているおじさんも。
 いつも公園でラジオ体操をしているお年寄りたちも。
 結衣と同じ学校の生徒たちも。
 誰ともすれ違うことなく学校に到着してしまった。

 ――これは、どういうことだ?

 いつもは穏やかな学校が、禍々しいオーラを放っているように視えた。
 ――嫌な汗が、結衣の頬を伝う。

 一歩踏み出し、学校の敷地内へと入ると。
 不穏なオーラが満遍なく塗りたくられているような錯覚に陥った。

 どんよりとした重い空気の中。
 なんとか身体を引き摺って校内へ辿り着くと、下駄箱に靴を仕舞っている真菜の姿が視えた。

「真菜ちゃん!」
「……え?  結、衣……?」

 結衣に声をかけられ、真菜は酷く驚いた様子で振り返る。

「なんか学校変じゃない? これ絶対おかしいって」

 結衣が周りをキョロキョロ見回しながらそう言うと。
 真菜は何かを言おうとしていたが、そっぽを向いて学校の中へ消えていった。

「え……どうしたんだろ……」

 結衣の独り言は、風に乗って静かに響く。

「やはり真菜様も気付いているようですねぇ」
「わぁ!? 急に後ろから声出さないでよ……!」

 ランドセルに仕舞っていたガーネットが、またもやいつの間にか結衣の隣を漂っていた。
 そんなガーネットが急に声を発したため、結衣は心臓が止まりそうになる。

「え、なんですか……人をお化けみたいに」
「少なくても人ではないよね……!」

 結衣は産まれたての子鹿のように、脚と声を震わせて抗議した。
 だがそれに気を留めてないのか、ガーネットは意味深な発言をする。

「このままだと……世界が滅びるかもしれませんね」

 ――…………

「……は?」

 間抜けな声が結衣から発せられる。
 ――世界が滅びる?  何の話だ?

「すみません、結衣様。結衣様は正しいです」
「え? な、なんの話??」

 疑問が結衣の脳内の大半を占めた。
 結衣には、ガーネットが何を言っているのかわからない。
 そんな結衣に目もくれず、ガーネットは続ける。

「結衣様は……本当に正しい。だからこそ――危なっかしいです」
「は? え? だから……何??」

 ガーネットの一方的な話に着いていけず、結衣は困惑していた。
 もはや結衣のことなど眼中に無いのか、ガーネットは衝撃的な言葉を放つ。

「結衣様は、それを直さないと――早いうちに死んでしまいますよ?」

 ガーネットは言うだけ言って、あとは沈黙が続く。
 そしてまた、いつの間にかガーネットは消えていた。
 結衣には何がなにやらという顔で、考えることをやめたかったが……

「なに……? 私が――死ぬ?」

 それだけはどうしても気になってしまい、結衣はガーネットの言葉に一日中悩まされることになった。
 人が少ないことが――気にならなくなってしまったほどに。
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