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5 悪魔か魔物か
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「リリディア・ルーゼンヴェルク、どうか俺と結婚して欲しい……」
そう言われて、リリディアは大きな氷の塊が、心臓の上にドーンと乗った感じがした。
「……お、お断りします!」
「えっ?」
「レンまで、私の治癒の力が目当てだったなんて……」
「待って! ちがうよディア!」
「無理矢理こんなドレスを着せてっ。私の気持ちなんてお構いなしじゃないですか!」
リリディアは履いていた靴を蹴っ飛ばし裸足になると、髪に着けられた花飾りを乱暴に外した。髪の毛が数本ぶちぶちとちぎれるのもお構いなしだ。
みんな、私のこと利用することしか考えてないんだ。最悪……レンはいい人だと思ったのに。私の周りにはこんな人しか寄ってこないんだ……。
リリディアは悲しくて腹が立って、頭に血が昇って目頭が痛くなった。その金色の瞳からぼたぼたと熱い涙が溢れた。
「リリディア、お願いだから話を聞いてくれないか? 俺たち子どものころに会っているんだよ。そのとき、まだ小さかったきみに結婚を申し込んだんだ……」
「そ、そんなウソつかないでっ。私はずっと一人で田舎の領地で暮らしてたのよ。レンに会ったことなんて……」
「ディア、夜の畑で麦を生き返らせようとしてただろ?」
「……! な、なんでそんなこと知ってるの?」
リリディアは、領地が干魃で畑の作物が枯れそうになったとき、夜な夜な出かけて行っては、作物を甦らせていたのだ。領地はとても広くて、毎日遠くまで行くのが大変だった。屋敷に帰るのが面倒で、よく木の上に登って夜を待ったこともある。
そんな思い出の中で、チラリとよぎったものがあった。
十一歳のころ、領地はひどい日照りに見舞われた。雨が降らず元気なく萎れていく広大な麦畑の真ん中でリリディアは月の光に照らされながら、回復魔法をかけていた。
誰もいない夜の闇の中で、ひたすら金色の光を振り撒きながら麦畑をどんどん歩いていると、どこからか声がした。
「すごいね、きみ!」
びっくりして振り向くと、自分より少し年かさの男の子が立っていた。
驚きで何も言えずにいると、更に話しかけて来た。
「その耳は本物? ……きみは人間? それとも大きな猫?」
「わ、わたし、人間よ。この耳と尻尾は、この力を使うときだけ出るの……」
「そうなんだ。可愛いなあ。……耳さわっても平気?」
「だ、大丈夫だけど……」
男の子は近寄って来るとリリディアの頭を撫でて、ぴこぴこ動く耳をさわった。
「本ものだ。温かいね、きみの耳。可愛い……」
リリディアは恥ずかしくて、顔がかあっと熱くなった。
「きみがこの辺の植物を元気にしてたんだ、すごいねえ。僕も手伝えたら良かったのに。……ね、きみさ、大きくなったら僕と結婚してくれないかな?」
「……けっこん?」
「お嫁さんになってくれないか、ってことさ」
突然、変なことを言われた。なにそれ? なんでそんなこと言うの……変な人……!
リリディアは怖くなって、その場を逃げ出した。
「あ、待って! きみの名前…………」
何か言っている気がするが、なんだか怖くて逃げた。夜中に突然現れてそんなことを言うなんて、ぜったいおかしい人に決まってる……! もしくは悪魔か魔物かもしれない……。
「まさか、あの時の?」
「思い出してくれた?」
「いきなり結婚なんて言い出すから、絶対おかしい人だと思ってた……でも、なんで?」
ローレンス王子はリリディアを椅子に座らせると、あらためて聞いた。
「ディアは “銀猫の一族” って聞いたことある?」
「“銀猫の一族” ? 初めて聞いたわ」
「“銀猫の一族” は強力な回復と治癒の魔法が使えるんだ。きみはその一族なのさ。きみの母君もそうだったんだろう?」
リリディアが母と一緒にいたのは五歳までだ。正直、顔以外ほとんど覚えていない。優しい顔で銀色の髪をした女性……攫われそうになった時、リリディアをクロゼットに隠し匿ってくれた。
「……多分そうだったと思うわ。父がそう言っていたから……」
「実を言うとね、このアルドラン王家も “銀猫の一族” の血を引いているんだ。この俺もね、ディアと同じように耳や尻尾が生えるんだ。だけどね、回復と治癒の魔法が使えるのは女性だけなんだ。男は血を繋ぐことしかできない」
「……レンも耳や尻尾が生えるの? 本当?」
リリディアは嬉しくなった。母も攫われてしまい、こんなふうに猫耳が生える変な人間は自分だけ……って思っていたから。
「だから、この素晴らしい能力を子孫に伝えるためにも、俺とディアは結婚した方がいいんだ」
「は?」
なにを言っているんだ、この人は? 能力を子孫に伝えるために結婚?
どんなに一生懸命病気や怪我を治してやっても、ケモノ扱いされ蔑まれ、父親にも捨てられた。そんな不幸な子供は自分だけでたくさんだ。こんな能力なんていらない、普通の子供で愛されて育ちたかった……。
リリディアは大きくため息をつくと、ひときわ低い声で言った。
「結婚はしません。……私の荷物を返してください。私は出て行きます」
そう言われて、リリディアは大きな氷の塊が、心臓の上にドーンと乗った感じがした。
「……お、お断りします!」
「えっ?」
「レンまで、私の治癒の力が目当てだったなんて……」
「待って! ちがうよディア!」
「無理矢理こんなドレスを着せてっ。私の気持ちなんてお構いなしじゃないですか!」
リリディアは履いていた靴を蹴っ飛ばし裸足になると、髪に着けられた花飾りを乱暴に外した。髪の毛が数本ぶちぶちとちぎれるのもお構いなしだ。
みんな、私のこと利用することしか考えてないんだ。最悪……レンはいい人だと思ったのに。私の周りにはこんな人しか寄ってこないんだ……。
リリディアは悲しくて腹が立って、頭に血が昇って目頭が痛くなった。その金色の瞳からぼたぼたと熱い涙が溢れた。
「リリディア、お願いだから話を聞いてくれないか? 俺たち子どものころに会っているんだよ。そのとき、まだ小さかったきみに結婚を申し込んだんだ……」
「そ、そんなウソつかないでっ。私はずっと一人で田舎の領地で暮らしてたのよ。レンに会ったことなんて……」
「ディア、夜の畑で麦を生き返らせようとしてただろ?」
「……! な、なんでそんなこと知ってるの?」
リリディアは、領地が干魃で畑の作物が枯れそうになったとき、夜な夜な出かけて行っては、作物を甦らせていたのだ。領地はとても広くて、毎日遠くまで行くのが大変だった。屋敷に帰るのが面倒で、よく木の上に登って夜を待ったこともある。
そんな思い出の中で、チラリとよぎったものがあった。
十一歳のころ、領地はひどい日照りに見舞われた。雨が降らず元気なく萎れていく広大な麦畑の真ん中でリリディアは月の光に照らされながら、回復魔法をかけていた。
誰もいない夜の闇の中で、ひたすら金色の光を振り撒きながら麦畑をどんどん歩いていると、どこからか声がした。
「すごいね、きみ!」
びっくりして振り向くと、自分より少し年かさの男の子が立っていた。
驚きで何も言えずにいると、更に話しかけて来た。
「その耳は本物? ……きみは人間? それとも大きな猫?」
「わ、わたし、人間よ。この耳と尻尾は、この力を使うときだけ出るの……」
「そうなんだ。可愛いなあ。……耳さわっても平気?」
「だ、大丈夫だけど……」
男の子は近寄って来るとリリディアの頭を撫でて、ぴこぴこ動く耳をさわった。
「本ものだ。温かいね、きみの耳。可愛い……」
リリディアは恥ずかしくて、顔がかあっと熱くなった。
「きみがこの辺の植物を元気にしてたんだ、すごいねえ。僕も手伝えたら良かったのに。……ね、きみさ、大きくなったら僕と結婚してくれないかな?」
「……けっこん?」
「お嫁さんになってくれないか、ってことさ」
突然、変なことを言われた。なにそれ? なんでそんなこと言うの……変な人……!
リリディアは怖くなって、その場を逃げ出した。
「あ、待って! きみの名前…………」
何か言っている気がするが、なんだか怖くて逃げた。夜中に突然現れてそんなことを言うなんて、ぜったいおかしい人に決まってる……! もしくは悪魔か魔物かもしれない……。
「まさか、あの時の?」
「思い出してくれた?」
「いきなり結婚なんて言い出すから、絶対おかしい人だと思ってた……でも、なんで?」
ローレンス王子はリリディアを椅子に座らせると、あらためて聞いた。
「ディアは “銀猫の一族” って聞いたことある?」
「“銀猫の一族” ? 初めて聞いたわ」
「“銀猫の一族” は強力な回復と治癒の魔法が使えるんだ。きみはその一族なのさ。きみの母君もそうだったんだろう?」
リリディアが母と一緒にいたのは五歳までだ。正直、顔以外ほとんど覚えていない。優しい顔で銀色の髪をした女性……攫われそうになった時、リリディアをクロゼットに隠し匿ってくれた。
「……多分そうだったと思うわ。父がそう言っていたから……」
「実を言うとね、このアルドラン王家も “銀猫の一族” の血を引いているんだ。この俺もね、ディアと同じように耳や尻尾が生えるんだ。だけどね、回復と治癒の魔法が使えるのは女性だけなんだ。男は血を繋ぐことしかできない」
「……レンも耳や尻尾が生えるの? 本当?」
リリディアは嬉しくなった。母も攫われてしまい、こんなふうに猫耳が生える変な人間は自分だけ……って思っていたから。
「だから、この素晴らしい能力を子孫に伝えるためにも、俺とディアは結婚した方がいいんだ」
「は?」
なにを言っているんだ、この人は? 能力を子孫に伝えるために結婚?
どんなに一生懸命病気や怪我を治してやっても、ケモノ扱いされ蔑まれ、父親にも捨てられた。そんな不幸な子供は自分だけでたくさんだ。こんな能力なんていらない、普通の子供で愛されて育ちたかった……。
リリディアは大きくため息をつくと、ひときわ低い声で言った。
「結婚はしません。……私の荷物を返してください。私は出て行きます」
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