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帰路編
96 婚礼衣装
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オリヴィンがヘリオスに『一緒に戦いたい』と申し出て、ジェイドとデュモン卿が呆れたところで、ヘリオスはひとしきり大笑いをした。
「まさか本当に、そんな申し出を受けようとはね……」
「ごめんなさい、ヘリオス。オリィは本気でこうゆうことを言ってしまう人なの……」
何故かジェイドが取りなす。
「いや、嬉しいね。本気でそんなことを言ってくれる人は、そうはいないよ」
「俺は本気だが。冗談でそんなことは言わない」
オリィが真面目な顔で言うと、デュモン卿が口を挟んだ。
「お主は……そんなことを言われて、ヘリオス殿が『はい、そうですか』と受け入れられるわけがないであろう」
「……そうゆうもんですか?」
「いや、ありがとう。何だかとても頼もしいよ。でも、俺がお願いしたいことは、戦争に勝つまで、セレを安全に故郷のディヤマンドで預かって欲しいと言うことだけだ。セレには、安全に出産まで家族と過ごして欲しい」
「わかりました」
とジェイドが頷いた。
「これから身重になられたら、いっそう身体も大変になるはずですから、お力になれるよう頑張りますね」
「ええ、ぜひお願いします。セレは納得しないかもしれませんが、これは俺の我儘なので」
ヘリオスはそう言うと、オリィに振り返って言った。
「オリィには雷灯のことで相談が。設計等でアイディアを借りたいんだけど、いいかな?」
「俺でよければ」
「では、デュモン先生、ジェイドさん、お部屋でゆっくり過ごしてください。もし外出したいのであれば、出ていただいても構いませんよ。こちらには知り合いも多いでしょうから。それではしばし、オリィを借りますね」
ヘリオスとオリィは連れ立って出て行った。
「……父さん、大丈夫かしら?」
「何が大丈夫だと?……ヘリオスか? それともセレさんか?」
「……この国が、よ」
「…………」
* * *
ジェイドは飛行船でスリ・ロータスに向かう途中、セレさんに妊娠を打ち明けられた。
「あの、お腹に赤ちゃんがいるって、どんな感じなのですか?」
「そうねぇ……なんか、こうふわふわした感じ……最初はね! 今はもう食べ物の好みまで変わっちゃって、乗っ取られた感じ!」
「乗っ取られた感じ……ですか?」
「お腹の赤ちゃんが要求してくるの……もっとこれが食べたい、あれが食べたいって。不思議よね……」
セレさんとは、どうしてもオリィを騙して神殿に連れて行ったあの一件が引っかかっていて、なかなか心を許せなかったのだが、ニッポニアで一緒に過ごしているうち『この人は、そんな酷い人ではない気がする』と思うようになったのだ。
セレさんは驚くほど率直だし、人の気持ちを察することもできる。それに八年もの間ヘリオスを思い続けて、諦めることなく助けに行ったのだと思うと、同情さえしてしまう。八年間、どんな想いで過ごしていたのだろう……。
『もし、自分だったら、オリィを絶対に助けに行く』と思うだけに、騙したことには怒りが湧くが、『何をしても助けたい』と思うその気持ちはよくわかる。
そのうちもっと打ち解け合えたら、詳しい話を聞かせてくれるかもしれない。
「これって……本当に着なきゃダメ?」
セレスティンは伝統的なスリ・ロータスの婚礼衣装を前に、怖気付いていた。
スリ・ロータスは『魔石の島』として有名だが、それと同時にさまざまな宝石が採掘されることでも有名だ。
衣服や家具、建築物にまで、宝石が散りばめられた意匠に特徴を持っている。
この婚礼衣装も例外ではないのだ。
煌めく色とりどりの宝石を金の糸で繋ぎ合わせ、まるで布のように仕立てられた衣装は、豪華な煌めきを放っているものの、遠目に見れば薄衣を纏っているだけのように肌が透けて見える代物なのだ。
(こんなものを着ろって、嫌がらせかしら……)
とセレは思うのだが、侍女たちは現王妃の時も、側妃の時もこの衣装をお召しになったとうるさく言うのだ。
(妊娠していることを話したら、やめてもらえるかしら?)
現在のところセレの妊娠を知っているのは、ヘリオスと国王夫妻、それにセレが直接話したジェイドだけだ。まだ妊娠四ヶ月とは言え、薄着をして冷えるのはよくないんじゃないだろうか。
ヘリオスが言うには、王族の子を身籠ると言うことは、大変リスクを伴うことらしい。暗殺の対象にもなりかねないと言う。
やっとのこと試着を終えて解放されて私室に戻る。
まだお腹が目立たないのであんな衣装も着れるが、目立つようになれば部屋から出るのも難しくなるかもしれない。幸い結婚式まであと一週間、なんとか誤魔化そう。
オリィとヘリオスはヘリオスの私室で、飛行船に取り付ける雷灯の設計を考えていた。
「現在出来上がっている飛行船十機すべてに、雷灯を設置するつもりだ」
「現在十機ですか、飛行船の他はどんなものを?」
「船を戦艦に改造中だ。詳しくは言えないが、そちらは兄のエメルドに任せてある。魔石が使える者たちは弟のビスクルワに訓練させている。エルカリアは俺の補佐だ」
「なるほど、四人兄弟ですか。頼もしいですね」
「妹も四人いるが、皆ムガロア帝国に嫁に出された。一週間後の俺たちの結婚式のために帰って来ることになっている。……返すつもりはないがな」
そう言ってヘリオスはニヤリと笑う。
「婚姻の宴は長いと聞きましたが?」
「ああ、一ヶ月ほど続く。その間に交渉を進めるつもりだ」
「俺たちがニッポニアに行っている間に、随分と状況は変わったのですね……」
「いいや、俺が帰って来る前から、兄や父が表面下で準備を進めていた。俺はちょうど良いタイミングで帰ってきたのさ」
ヘリオスの言葉からも、着々とムガロア帝国からの独立をかけた戦争の準備が進んでいるのが、ひしひしと感じられる。
「オリィ、君の申し出には感謝する。だが、頼む。セレを守ってやってくれ。この国に残って、戦火の中で出産をさせるなんて、俺にはできない!」
「まさか本当に、そんな申し出を受けようとはね……」
「ごめんなさい、ヘリオス。オリィは本気でこうゆうことを言ってしまう人なの……」
何故かジェイドが取りなす。
「いや、嬉しいね。本気でそんなことを言ってくれる人は、そうはいないよ」
「俺は本気だが。冗談でそんなことは言わない」
オリィが真面目な顔で言うと、デュモン卿が口を挟んだ。
「お主は……そんなことを言われて、ヘリオス殿が『はい、そうですか』と受け入れられるわけがないであろう」
「……そうゆうもんですか?」
「いや、ありがとう。何だかとても頼もしいよ。でも、俺がお願いしたいことは、戦争に勝つまで、セレを安全に故郷のディヤマンドで預かって欲しいと言うことだけだ。セレには、安全に出産まで家族と過ごして欲しい」
「わかりました」
とジェイドが頷いた。
「これから身重になられたら、いっそう身体も大変になるはずですから、お力になれるよう頑張りますね」
「ええ、ぜひお願いします。セレは納得しないかもしれませんが、これは俺の我儘なので」
ヘリオスはそう言うと、オリィに振り返って言った。
「オリィには雷灯のことで相談が。設計等でアイディアを借りたいんだけど、いいかな?」
「俺でよければ」
「では、デュモン先生、ジェイドさん、お部屋でゆっくり過ごしてください。もし外出したいのであれば、出ていただいても構いませんよ。こちらには知り合いも多いでしょうから。それではしばし、オリィを借りますね」
ヘリオスとオリィは連れ立って出て行った。
「……父さん、大丈夫かしら?」
「何が大丈夫だと?……ヘリオスか? それともセレさんか?」
「……この国が、よ」
「…………」
* * *
ジェイドは飛行船でスリ・ロータスに向かう途中、セレさんに妊娠を打ち明けられた。
「あの、お腹に赤ちゃんがいるって、どんな感じなのですか?」
「そうねぇ……なんか、こうふわふわした感じ……最初はね! 今はもう食べ物の好みまで変わっちゃって、乗っ取られた感じ!」
「乗っ取られた感じ……ですか?」
「お腹の赤ちゃんが要求してくるの……もっとこれが食べたい、あれが食べたいって。不思議よね……」
セレさんとは、どうしてもオリィを騙して神殿に連れて行ったあの一件が引っかかっていて、なかなか心を許せなかったのだが、ニッポニアで一緒に過ごしているうち『この人は、そんな酷い人ではない気がする』と思うようになったのだ。
セレさんは驚くほど率直だし、人の気持ちを察することもできる。それに八年もの間ヘリオスを思い続けて、諦めることなく助けに行ったのだと思うと、同情さえしてしまう。八年間、どんな想いで過ごしていたのだろう……。
『もし、自分だったら、オリィを絶対に助けに行く』と思うだけに、騙したことには怒りが湧くが、『何をしても助けたい』と思うその気持ちはよくわかる。
そのうちもっと打ち解け合えたら、詳しい話を聞かせてくれるかもしれない。
「これって……本当に着なきゃダメ?」
セレスティンは伝統的なスリ・ロータスの婚礼衣装を前に、怖気付いていた。
スリ・ロータスは『魔石の島』として有名だが、それと同時にさまざまな宝石が採掘されることでも有名だ。
衣服や家具、建築物にまで、宝石が散りばめられた意匠に特徴を持っている。
この婚礼衣装も例外ではないのだ。
煌めく色とりどりの宝石を金の糸で繋ぎ合わせ、まるで布のように仕立てられた衣装は、豪華な煌めきを放っているものの、遠目に見れば薄衣を纏っているだけのように肌が透けて見える代物なのだ。
(こんなものを着ろって、嫌がらせかしら……)
とセレは思うのだが、侍女たちは現王妃の時も、側妃の時もこの衣装をお召しになったとうるさく言うのだ。
(妊娠していることを話したら、やめてもらえるかしら?)
現在のところセレの妊娠を知っているのは、ヘリオスと国王夫妻、それにセレが直接話したジェイドだけだ。まだ妊娠四ヶ月とは言え、薄着をして冷えるのはよくないんじゃないだろうか。
ヘリオスが言うには、王族の子を身籠ると言うことは、大変リスクを伴うことらしい。暗殺の対象にもなりかねないと言う。
やっとのこと試着を終えて解放されて私室に戻る。
まだお腹が目立たないのであんな衣装も着れるが、目立つようになれば部屋から出るのも難しくなるかもしれない。幸い結婚式まであと一週間、なんとか誤魔化そう。
オリィとヘリオスはヘリオスの私室で、飛行船に取り付ける雷灯の設計を考えていた。
「現在出来上がっている飛行船十機すべてに、雷灯を設置するつもりだ」
「現在十機ですか、飛行船の他はどんなものを?」
「船を戦艦に改造中だ。詳しくは言えないが、そちらは兄のエメルドに任せてある。魔石が使える者たちは弟のビスクルワに訓練させている。エルカリアは俺の補佐だ」
「なるほど、四人兄弟ですか。頼もしいですね」
「妹も四人いるが、皆ムガロア帝国に嫁に出された。一週間後の俺たちの結婚式のために帰って来ることになっている。……返すつもりはないがな」
そう言ってヘリオスはニヤリと笑う。
「婚姻の宴は長いと聞きましたが?」
「ああ、一ヶ月ほど続く。その間に交渉を進めるつもりだ」
「俺たちがニッポニアに行っている間に、随分と状況は変わったのですね……」
「いいや、俺が帰って来る前から、兄や父が表面下で準備を進めていた。俺はちょうど良いタイミングで帰ってきたのさ」
ヘリオスの言葉からも、着々とムガロア帝国からの独立をかけた戦争の準備が進んでいるのが、ひしひしと感じられる。
「オリィ、君の申し出には感謝する。だが、頼む。セレを守ってやってくれ。この国に残って、戦火の中で出産をさせるなんて、俺にはできない!」
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