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ニッポニア編
93 母との別れ
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その翌々日、オリヴィン、シンスケ、ヘリオスの一行は黒曜の屋敷に戻っていた。
さすがに麻袋いっぱいの石を一緒に持ち帰るのは難しかったため、シンスケの実家の土蔵で預かってもらい、後で取りに行くことにした。
シンスケは帰ってすぐに “相談に行く” と言ってモキチのところに向かったようだ。
「お帰りなさい!」
ジェイドとセレさんが玄関に飛び出して来た。
「心配してたのよ! そろそろ帰って来るとは思っていたけれど……」
セレさんの目がヘリオスを捉えて、ホッとした顔になった。
ヘリオスは変身石を外して、セレさんをハグしている。
オリヴィンの目は自然とジェイドに向かった。黒髪にキラキラした翠の目がこちらを見ている。オリヴィンの胸に温かな思いが広がる。
「ただいま、ジェイド」
「お帰りなさい、オリィ」
向き合った二人のところへ以外な人物が近づいた。
「オリヴィン殿、お久しぶりでございます。その節は大変失礼をいたしました」
声を掛けて来たその人物はエルカリア・ベリル、ヘリオスの異母兄弟でベリル家の第8王子だった。数ヶ月前、ジェイドを賭けて決闘した相手だ。少し背が伸びて大人びた雰囲気が加わっている。
「エルカリア殿……ご無沙汰しております。またお目にかかれて光栄です」
オリヴィンは自国で上位貴族にするように、右手を胸に当てて挨拶をした。
「そのお顔から察するに、兄は僕のことをあなたに話していないようですね」
「……兄君は私を驚かそうとしたんでしょう」
「オリィ、エルカリアとヘリオスが交代で飛行船を操縦して来たみたいよ。今は騎士のサフロワ兄様が上空で待機してくれてるの」
「ジェマおばさんの孫の? そうなんだ」
オリヴィンは急にあの宝石の島スリ・ロータスのことが思い出されて懐かしくなった。思えば、この年若い王子と厳しい戦いを繰り広げたのだが、今はそれもずいぶん懐かしい。相手も同じように思ってくれているとは限らないのだが……。
「時間ができたから、エルカリアにも少しこの国を見せてあげたくて、迎えに行ったのよ」
「ええ、ジェイドのおかげでこの国を見ることができて、とても面白かったです。独特ですよね、こちらの国は」
どうやらオリヴィンたちが雷岩をかち割っている間に、エルカリアはジェイドたちと楽しい時間を過ごしたらしい。
(なんか、くやしい……)
オリヴィンははっきりとは口に出せないわだかまりを、そっと胸の内に隠してにっこりと言った。
「それはよかった。さまざまな文化を知るのは、次世代を担う殿下にとってもプラスですよね」
「エルカリア、『雷石』のことはジェイドに聞いたかな?」
ヘリオスがエルカリアに尋ねた。
「ええ、兄上。『雷灯』を見せてもらいましたよ。いろいろ面白そうな石じゃないですか」
「そうなんだ、どうやらこれは『使い手を選ばない石』のようなんだ。
「……それは、どういう意味でしょうか?」
「言葉通りだよ。誰でも……特に何も力がなくても使えるんだ」
「……それは! とても……」
ヘリオスはその美しい金色の目を緩ませて、口元に笑みを浮かべた。
魔石を操る力は持って生まれたものとされている。それが今までの常識だ。その常識をを覆すあり得ない石、そんなものがこの世界の東の果ての島国に存在していたとは……
「しかもなんか、力を伝播させるみたいなんだよね。……まるで伝染病みたいにね。まだ、確実にそうとは言い切れないんだが」
(もし万が一、そんな石だったら……)
ヘリオスは思い巡らす。スリ・ロータスは魔石の島だ。魔石を使う能力のある者も他国に比べれば多いだろう。だが、今までその能力を持たなかった者からしたら、この『能力を開花させる石』は喉から手が出るほど欲しいものではないだろうか?
そして、これが戦時になった時、ただの歩兵だった者が火焔を操り、水を操り、精神石、振動石を使う者の軍団だったなら……
同じことを考えているのか、ヘリオスとエルキリアの兄弟よく似た金色の目がゆらりと光って目が合った。
(オリヴィンは決して考えないのだよな……そんなこと……)
* * *
それから数日は怒涛の如く過ぎた。
ジェイドは黒曜と共に帰化外国人のアダム・ミメットの屋敷に、ジェイドの生母であるミカサを訪ねた。
ジェイドは出されたお茶に手を延ばすこともできずに、うつむいてミカサに別れを告げた。
「そうですか……。では……これで、お別れなのですね……」
少しの沈黙の後、くぐもったミカサの声が聞こえた。
顔を上げると、正面に座っているミカサの顔が涙で歪んで見えた。
そっと隣から差し出されたハンカチに、黒曜に会釈して目元を拭くと、僅かに震えている母の姿が目に映った。顔色が悪い……具合が悪かったのだろうか?
そんな時に来てしまって本当に申し訳ない、そう思った時、母の途切れ途切れの声が聞こえた。
「……会いに、来てくれて……ありがとう……う、うれしかった……」
「……おかあさん……」
「……もっと……翡翠と、一緒に……いたかった……」
「……わたしも……」
「ごめんね……」
「……ううん、お母さんが悪いんじゃない……」
「……あの時、手を離さなかったら……」
母の悔恨が痛いほどわかった。
きっとその時のことを何度も思うのだろう……私が夢に見るよりもずっとたくさん思ったに違いない。別れがこんなに辛いなんて、思っていなかった。
夢の中でしか会ったことのない母に、一目会えただけで幸運だったはずなのだ。会えて話ができて、自分に妹や弟がいると言うことまでわかった。それだけで充分ではないか。
「あの人を、ユーレックスをお願いします……。二人の健康をお祈りしています」
別れ際に手を握った母は、涙が枯れぬままそう願った。
「お母さんも元気で。いつまでもお幸せに……」
ミカサは美しく育った生き別れの娘が、またこうして挨拶に来てくれたことを嬉しく思う反面、もうこの生涯では、二度と会うとが敵わないのだと思った。
海賊の襲撃に遭い矢を受けてしまい、抱いていた娘もろとも海に落ちた。
あの日のことは何度も何度も夢に見る。忘れようにも忘れられぬ苦しい思い……矢傷は癒えたはずなのに、今も痛むその場所は、いまだに真っ赤な血を流し続けているようだ。
黒曜から、デュモン様一行がそろそろこの国を去る予定と聞き、最後に一目二人に会いたいと願ったが、心配する夫からは、ユーレックスに合う許可は出なかった。娘に、ずっと寄り添ってくれている優しい友人の付き添いで、やっと最後のお別れを言う。……何の力もない自分を嫌悪する。
これからあの子は、どんなふうに生きていくのだろう?
あの人は今、どんな顔でその人生を生きているんだろう?
その答えは私には知るすべもない。
さすがに麻袋いっぱいの石を一緒に持ち帰るのは難しかったため、シンスケの実家の土蔵で預かってもらい、後で取りに行くことにした。
シンスケは帰ってすぐに “相談に行く” と言ってモキチのところに向かったようだ。
「お帰りなさい!」
ジェイドとセレさんが玄関に飛び出して来た。
「心配してたのよ! そろそろ帰って来るとは思っていたけれど……」
セレさんの目がヘリオスを捉えて、ホッとした顔になった。
ヘリオスは変身石を外して、セレさんをハグしている。
オリヴィンの目は自然とジェイドに向かった。黒髪にキラキラした翠の目がこちらを見ている。オリヴィンの胸に温かな思いが広がる。
「ただいま、ジェイド」
「お帰りなさい、オリィ」
向き合った二人のところへ以外な人物が近づいた。
「オリヴィン殿、お久しぶりでございます。その節は大変失礼をいたしました」
声を掛けて来たその人物はエルカリア・ベリル、ヘリオスの異母兄弟でベリル家の第8王子だった。数ヶ月前、ジェイドを賭けて決闘した相手だ。少し背が伸びて大人びた雰囲気が加わっている。
「エルカリア殿……ご無沙汰しております。またお目にかかれて光栄です」
オリヴィンは自国で上位貴族にするように、右手を胸に当てて挨拶をした。
「そのお顔から察するに、兄は僕のことをあなたに話していないようですね」
「……兄君は私を驚かそうとしたんでしょう」
「オリィ、エルカリアとヘリオスが交代で飛行船を操縦して来たみたいよ。今は騎士のサフロワ兄様が上空で待機してくれてるの」
「ジェマおばさんの孫の? そうなんだ」
オリヴィンは急にあの宝石の島スリ・ロータスのことが思い出されて懐かしくなった。思えば、この年若い王子と厳しい戦いを繰り広げたのだが、今はそれもずいぶん懐かしい。相手も同じように思ってくれているとは限らないのだが……。
「時間ができたから、エルカリアにも少しこの国を見せてあげたくて、迎えに行ったのよ」
「ええ、ジェイドのおかげでこの国を見ることができて、とても面白かったです。独特ですよね、こちらの国は」
どうやらオリヴィンたちが雷岩をかち割っている間に、エルカリアはジェイドたちと楽しい時間を過ごしたらしい。
(なんか、くやしい……)
オリヴィンははっきりとは口に出せないわだかまりを、そっと胸の内に隠してにっこりと言った。
「それはよかった。さまざまな文化を知るのは、次世代を担う殿下にとってもプラスですよね」
「エルカリア、『雷石』のことはジェイドに聞いたかな?」
ヘリオスがエルカリアに尋ねた。
「ええ、兄上。『雷灯』を見せてもらいましたよ。いろいろ面白そうな石じゃないですか」
「そうなんだ、どうやらこれは『使い手を選ばない石』のようなんだ。
「……それは、どういう意味でしょうか?」
「言葉通りだよ。誰でも……特に何も力がなくても使えるんだ」
「……それは! とても……」
ヘリオスはその美しい金色の目を緩ませて、口元に笑みを浮かべた。
魔石を操る力は持って生まれたものとされている。それが今までの常識だ。その常識をを覆すあり得ない石、そんなものがこの世界の東の果ての島国に存在していたとは……
「しかもなんか、力を伝播させるみたいなんだよね。……まるで伝染病みたいにね。まだ、確実にそうとは言い切れないんだが」
(もし万が一、そんな石だったら……)
ヘリオスは思い巡らす。スリ・ロータスは魔石の島だ。魔石を使う能力のある者も他国に比べれば多いだろう。だが、今までその能力を持たなかった者からしたら、この『能力を開花させる石』は喉から手が出るほど欲しいものではないだろうか?
そして、これが戦時になった時、ただの歩兵だった者が火焔を操り、水を操り、精神石、振動石を使う者の軍団だったなら……
同じことを考えているのか、ヘリオスとエルキリアの兄弟よく似た金色の目がゆらりと光って目が合った。
(オリヴィンは決して考えないのだよな……そんなこと……)
* * *
それから数日は怒涛の如く過ぎた。
ジェイドは黒曜と共に帰化外国人のアダム・ミメットの屋敷に、ジェイドの生母であるミカサを訪ねた。
ジェイドは出されたお茶に手を延ばすこともできずに、うつむいてミカサに別れを告げた。
「そうですか……。では……これで、お別れなのですね……」
少しの沈黙の後、くぐもったミカサの声が聞こえた。
顔を上げると、正面に座っているミカサの顔が涙で歪んで見えた。
そっと隣から差し出されたハンカチに、黒曜に会釈して目元を拭くと、僅かに震えている母の姿が目に映った。顔色が悪い……具合が悪かったのだろうか?
そんな時に来てしまって本当に申し訳ない、そう思った時、母の途切れ途切れの声が聞こえた。
「……会いに、来てくれて……ありがとう……う、うれしかった……」
「……おかあさん……」
「……もっと……翡翠と、一緒に……いたかった……」
「……わたしも……」
「ごめんね……」
「……ううん、お母さんが悪いんじゃない……」
「……あの時、手を離さなかったら……」
母の悔恨が痛いほどわかった。
きっとその時のことを何度も思うのだろう……私が夢に見るよりもずっとたくさん思ったに違いない。別れがこんなに辛いなんて、思っていなかった。
夢の中でしか会ったことのない母に、一目会えただけで幸運だったはずなのだ。会えて話ができて、自分に妹や弟がいると言うことまでわかった。それだけで充分ではないか。
「あの人を、ユーレックスをお願いします……。二人の健康をお祈りしています」
別れ際に手を握った母は、涙が枯れぬままそう願った。
「お母さんも元気で。いつまでもお幸せに……」
ミカサは美しく育った生き別れの娘が、またこうして挨拶に来てくれたことを嬉しく思う反面、もうこの生涯では、二度と会うとが敵わないのだと思った。
海賊の襲撃に遭い矢を受けてしまい、抱いていた娘もろとも海に落ちた。
あの日のことは何度も何度も夢に見る。忘れようにも忘れられぬ苦しい思い……矢傷は癒えたはずなのに、今も痛むその場所は、いまだに真っ赤な血を流し続けているようだ。
黒曜から、デュモン様一行がそろそろこの国を去る予定と聞き、最後に一目二人に会いたいと願ったが、心配する夫からは、ユーレックスに合う許可は出なかった。娘に、ずっと寄り添ってくれている優しい友人の付き添いで、やっと最後のお別れを言う。……何の力もない自分を嫌悪する。
これからあの子は、どんなふうに生きていくのだろう?
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