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ニッポニア編
86 ペンダントの秘密
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「アイリン、お前は何か大きな勘違いをしているんじゃないかと思う」
月華楼の妓女アイリンを前に、楼主の黒曜が口火を切った。
「海に落ちたお前を追って海に飛び込んでくれたのは、確かにシンスケ殿だが、海から救い上げてくれたのは翡翠殿なのだよ」
“翡翠殿” と聞いて、アイリンがピクリと動いた。
「なんで船の上にいた、水に飛び込んでもいないあの女…あの方が、そんなことをしたって言うんです?」
その言葉を聞いて、黒曜はハァと息を吐き出した。
「やはり、わかっていない……アイリンは翡翠殿に何か敵対心を抱いているようだが、それは心得違いだよ。翡翠殿は『水の石』を使って海の水を操り、お前たちを助けたんだ」
アイリンは開いた口が塞がらなくなった。
(海の水を操って助けた……そんなことが?)
「まったく見ものだったよ。海の水が巨大な手の平になってお前たちを船の上に押し上げたんだ、みんなびっくりさ」
「……海の水が手の平に?」
「そうさ、みんな “海の神様が助けてくださった” って大騒ぎだったがな」
「………」
「それに、あの性別が変わるペンダントは、翡翠殿の物だ。正確には翡翠殿の母君の家系に伝わる物らしいが……お前は命の恩人の大事な宝物を、無断で持ち出したんだよ。ちったあ、反省したらどうだい?」
そうまで言われてアイリンはぐっと黙り込んだ。
「シンスケ殿といい、みんながお前を庇って今回のことを不問にしてくれたが、黙って店から逃げようとした事実は変わらない。“足抜け” には厳しい折檻が待ってるってお前も知らない訳じゃないだろう?」
「……はい」
「お前は、翡翠殿に謝罪をするんだ。そして、助けてもらったことに感謝する、いいね」
「……はい」
* * *
それから数日後、黒曜はアイリンを連れて出島を訪ねる。
「これは黒曜殿、わざわざ出島まで御足労いただき恐縮ですな」
デュモン卿が出島の応接室で二人を出迎えた。
ジェイドがお茶を運んで来る。
「で、この度はどのようなお話で?」
「はい、先の舟行列でこのアイリンをお助けいただいたお礼を、一度本人からさせたいと思いまして、まかり越しました」
ジェイドがデュモン卿の隣に腰掛けると、俯いていたアイリンが言葉を発した。
「あ、あの時は……助けていただきましてありがとうございました。……それに、首飾りを盗んだことをお詫びします。すみませんでした……」
デュモン卿とジェイドは黙ってその言葉を聞いていたが、先に話し出したのはデュモン卿だった。
「あの性別転換のペンダントはな、元々は別々の二つの石で別々の者が持っておったんだ」
「えっ、そうなの?」
その話に一番喰いついたのはジェイドだった。
「母の実家に伝わった物だとばかり、思ってました!」
黒曜とアイリンは突然の話にキョトンとした顔をしたが、興味を惹かれたようだ。黒曜がデュモン卿にすかさず訊く。
「それでは、片方はジェイド殿の母君のミカサ殿の家に伝わっていたとして、もう片方はどこから来たのですか?」
デュモン卿がニンマリと笑って、
「聞きたいですかな?」
と言う。
「父さん、聞きたいに決まってるでしょう! 何で今まで話してくれなかったのよ!」
ジェイドは長いことこのペンダントを使ってきたのだが、彼女でさえ知らない事実があったとは、驚愕で開いた口が塞がらない。
「あれは私がまだ二十歳そこそこの若い冒険者だった頃だ。
私は赤道を超え、南の砂漠の国を旅していた。
その国の中心には大きな河が流れていてな、雨季になると大量の雨で河が氾濫する。そしてその水が引いた後、人々はその地に穀物の種を蒔くのだ。
河が運んで来た栄養豊かな土は穀物をよく実らせ、豊穣をもたらす。良くできたものだ。
私はそんな土地で人々の手伝いをしながら、乾季になると砂漠で魔石を探す生活をしていた。
ある日、若い女が訪ねて来て『変な石を拾ったので見て欲しい』と言う。
何の変哲もない濁った緑色の石だったが、受け取って驚いた。
私の体が、みるみる女に変化したのだ。
これは、とんでもない石だと直感したが、あまり驚かないように平静を装って持って来た女に返した。女は、前回の川の氾濫の時に拾った石だが、自分が触っても何ともないが、兄弟が触ると体が変化してしまい “気味が悪いから捨てて来い” と言われたのだそうだ。
私はしぶしぶ『気味が悪いが、河の神がよこした物ならもらっても良い』と言って、その石を引き取ることにした。
女にはせっかく持って来たのだからと駄賃をはずんだ。彼女は厄介払いができて喜んで帰って行ったよ……」
「そんな、経緯があったなんて……!」
ジェイド黒曜も、はぁ~っと息を吐き出して、ため息をついた。
「そういう変な石は、世界中にあるのかい……?」
それまで黙って聞いていたアイリンが、口を開いた。
デュモン卿はアイリンに目を移すと言った。
「あるのだ、世界中に。まだ、誰にも知られていない不思議な石が、まだまだあるだろう」
アイリンの目に何か、光のようなものが宿った。
「あ、あたし、見て見たい!……世界中を回って、そんなのを見てみたい!」
「アイリン……」
黒曜が驚きと憂いを帯びた眼差しで、アイリンを見た。
デュモン卿は、そんなアイリンの真っ直ぐで燃えるような瞳を見返した。
「黒曜殿。……この娘を引き取るには、どれほど金すが必要かな?」
デュモン卿の口から出た突然の言葉に、そこにいた全員が目を丸くした。
月華楼の妓女アイリンを前に、楼主の黒曜が口火を切った。
「海に落ちたお前を追って海に飛び込んでくれたのは、確かにシンスケ殿だが、海から救い上げてくれたのは翡翠殿なのだよ」
“翡翠殿” と聞いて、アイリンがピクリと動いた。
「なんで船の上にいた、水に飛び込んでもいないあの女…あの方が、そんなことをしたって言うんです?」
その言葉を聞いて、黒曜はハァと息を吐き出した。
「やはり、わかっていない……アイリンは翡翠殿に何か敵対心を抱いているようだが、それは心得違いだよ。翡翠殿は『水の石』を使って海の水を操り、お前たちを助けたんだ」
アイリンは開いた口が塞がらなくなった。
(海の水を操って助けた……そんなことが?)
「まったく見ものだったよ。海の水が巨大な手の平になってお前たちを船の上に押し上げたんだ、みんなびっくりさ」
「……海の水が手の平に?」
「そうさ、みんな “海の神様が助けてくださった” って大騒ぎだったがな」
「………」
「それに、あの性別が変わるペンダントは、翡翠殿の物だ。正確には翡翠殿の母君の家系に伝わる物らしいが……お前は命の恩人の大事な宝物を、無断で持ち出したんだよ。ちったあ、反省したらどうだい?」
そうまで言われてアイリンはぐっと黙り込んだ。
「シンスケ殿といい、みんながお前を庇って今回のことを不問にしてくれたが、黙って店から逃げようとした事実は変わらない。“足抜け” には厳しい折檻が待ってるってお前も知らない訳じゃないだろう?」
「……はい」
「お前は、翡翠殿に謝罪をするんだ。そして、助けてもらったことに感謝する、いいね」
「……はい」
* * *
それから数日後、黒曜はアイリンを連れて出島を訪ねる。
「これは黒曜殿、わざわざ出島まで御足労いただき恐縮ですな」
デュモン卿が出島の応接室で二人を出迎えた。
ジェイドがお茶を運んで来る。
「で、この度はどのようなお話で?」
「はい、先の舟行列でこのアイリンをお助けいただいたお礼を、一度本人からさせたいと思いまして、まかり越しました」
ジェイドがデュモン卿の隣に腰掛けると、俯いていたアイリンが言葉を発した。
「あ、あの時は……助けていただきましてありがとうございました。……それに、首飾りを盗んだことをお詫びします。すみませんでした……」
デュモン卿とジェイドは黙ってその言葉を聞いていたが、先に話し出したのはデュモン卿だった。
「あの性別転換のペンダントはな、元々は別々の二つの石で別々の者が持っておったんだ」
「えっ、そうなの?」
その話に一番喰いついたのはジェイドだった。
「母の実家に伝わった物だとばかり、思ってました!」
黒曜とアイリンは突然の話にキョトンとした顔をしたが、興味を惹かれたようだ。黒曜がデュモン卿にすかさず訊く。
「それでは、片方はジェイド殿の母君のミカサ殿の家に伝わっていたとして、もう片方はどこから来たのですか?」
デュモン卿がニンマリと笑って、
「聞きたいですかな?」
と言う。
「父さん、聞きたいに決まってるでしょう! 何で今まで話してくれなかったのよ!」
ジェイドは長いことこのペンダントを使ってきたのだが、彼女でさえ知らない事実があったとは、驚愕で開いた口が塞がらない。
「あれは私がまだ二十歳そこそこの若い冒険者だった頃だ。
私は赤道を超え、南の砂漠の国を旅していた。
その国の中心には大きな河が流れていてな、雨季になると大量の雨で河が氾濫する。そしてその水が引いた後、人々はその地に穀物の種を蒔くのだ。
河が運んで来た栄養豊かな土は穀物をよく実らせ、豊穣をもたらす。良くできたものだ。
私はそんな土地で人々の手伝いをしながら、乾季になると砂漠で魔石を探す生活をしていた。
ある日、若い女が訪ねて来て『変な石を拾ったので見て欲しい』と言う。
何の変哲もない濁った緑色の石だったが、受け取って驚いた。
私の体が、みるみる女に変化したのだ。
これは、とんでもない石だと直感したが、あまり驚かないように平静を装って持って来た女に返した。女は、前回の川の氾濫の時に拾った石だが、自分が触っても何ともないが、兄弟が触ると体が変化してしまい “気味が悪いから捨てて来い” と言われたのだそうだ。
私はしぶしぶ『気味が悪いが、河の神がよこした物ならもらっても良い』と言って、その石を引き取ることにした。
女にはせっかく持って来たのだからと駄賃をはずんだ。彼女は厄介払いができて喜んで帰って行ったよ……」
「そんな、経緯があったなんて……!」
ジェイド黒曜も、はぁ~っと息を吐き出して、ため息をついた。
「そういう変な石は、世界中にあるのかい……?」
それまで黙って聞いていたアイリンが、口を開いた。
デュモン卿はアイリンに目を移すと言った。
「あるのだ、世界中に。まだ、誰にも知られていない不思議な石が、まだまだあるだろう」
アイリンの目に何か、光のようなものが宿った。
「あ、あたし、見て見たい!……世界中を回って、そんなのを見てみたい!」
「アイリン……」
黒曜が驚きと憂いを帯びた眼差しで、アイリンを見た。
デュモン卿は、そんなアイリンの真っ直ぐで燃えるような瞳を見返した。
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