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ニッポニア編
81 もう一人の男雛
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男雛の衣装を着けたオリヴィンとジェイドは、本当に人形のように美しかった。
「旦那~、男がこんなに綺麗なのは反則ですよ~」
モキチが半ばヤケクソ気味に言い募る。
黒曜は二人の姿を満足そうに眺めた。
オリヴィンはジェイドが男の姿になったのを久しぶりに見たのだが、以前の少年ぽさが消えて、少し凛々しくなった気がする。
「黒曜様これは今年、一番を取れるんじゃないですか?」
「そうね、これは期待が持てそう」
「なんですか?」
モキチと黒曜の期待に満ちた顔に、ジェイドが尋ねる。
「人気投票があるんですよ。その年一番人気になった男雛、女雛には賞金がでます」
「だから、どこもみんな気合を入れて頑張るんです」
「そうなんですか?それは頑張らないと!」
ジェイドも気合いが入ったようだ。
花街を代表して三艘の船が仕立てられる。それぞれに男雛と女雛役が扮装《ふんそう》して乗船するわけだ。
「その船の大きさってどのくらいなんですかね?」
オリヴィンが尋ねると、
「今度、見に参りましょう。普段は漁に使う船を飾りなおして使うんです。船も派手に飾りますよ」
と黒曜がにっこりする。
オリヴィンは
「モキチ、シンスケのところへ知らせに行ってくれないか?とりあえず、アイリンのことは内緒で。俺が話したいことがある、と言うことで」
「わかりました」
「それから、君のお兄さんの雷灯を作る話、職人を探してもらってもいいかな?とりあえずいくつか作るよ。この雷灯は持って行ってもいいよ、見本が必要だろうから」
「旦那、ありがとうございます!兄も喜びます!」
「じゃあ、よろしくね」
モキチは嬉しそうに雷灯を懐にしまい、帰って行った。
オリヴィンは衣装合わせの後、ジェイドの着替えを待ってお茶を飲んでいると、何やら笑い声が近づいて来た。
「……?」
勢いよく襖が開いて、絵物語の若武者のような黒髪の男がいきなり入って来た。
「……!」
オリヴィンが驚いてお茶の入った茶碗を取り落とす。
すると、その男が
「あら、驚かせてしまいましたね」
と声を発した。
男の後ろからヒョイッとジェイドが顔を出した。
「オリィ、驚いた? ふふ……黒曜さんよ」
なんとその絵巻から抜け出して来たような長い黒髪の美麗な男は、黒曜だった。
「この石が二つあれば、これで決まりなのだが…残念だ」
黒曜はオリヴィンが溢した茶を拭きながら、残念そうに呟く。
「本当に…残念ですね……」
その数日後。
「旦那~、何ですかい今日は?」
何でも屋のシンスケは、オリヴィンに呼ばれて待ち合わせ場所の波止場へやって来た。
「シンスケに紹介したい人がいてね、こちらは……『月華楼』の主人、黒曜さんだ」
オリヴィンの後ろで船を眺めていた人物が振り返る。
長い黒髪を後ろで一つに結えて、濃い翠色の着物を着た大人の女性が振り向いた。
(うわ、やべえ…この女…魔性か…?)
シンスケの心臓がドキリとなって、言葉がうまく出てこない。
「あ、あの、俺…シンスケ…です…」
黒曜はシンスケを見ると、ぐるりと一回りシンスケの周りを観察した。
(……なんなんだ、ジロジロ見やがって……)
「う~ん、背の高さは合格だな…」
「な、何だってんだ!」
「黒曜様、いきなりそんなに見られては、シンスケも恥ずかしいですよ」
オリヴィンが黒曜を少しだけ窘(たしな)めると、
「これは失礼した。祭りのこととなると、つい…ね」
「ま、祭りですかい?」
シンスケが “祭り” という言葉に反応した。
「今度の『舟行列』ですよ。あなたに男雛の役をお願いしたくて…」
その言葉にシンスケの頭の中に、昨年の祭りの様子がまざまざと浮かぶ。
(そういやぁ、トリを飾る見せ場は『舟行列』だ。飾りつけた船に雛人形役の男女が一人ずつ乗って川を下るんだったか…)
「ん? ……って、アレか、男雛役って……歌舞伎役者とかが務めんじゃ?」
「そう、それをお願いしたいのです!」
「……!お、俺なんかでいいの…?」
「まあ、せっかく来ていただいたんだし……オリヴィン様のご紹介ですから……」
「わっかりましたっ!務めさせていただきますっ……いや、ぜひやらせてください!」
シンスケが食い気味に黒曜殿に詰め寄って男雛役も決まり、船の上でのパファーマンスの打ち合わせが始まる。
船は花飾りがふんだんに付けられて、金襴緞子の美旗が旗めき準備も万端といった様子だ。
祭り最終日に華々しく行われる舟行列は、祭りのフィナーレとしてふさわしい盛り上がりになるのだろう。
「あの、女雛役の女の子は……?」
シンスケがおずおずと尋ねる。
「女雛はうちの店の女の子たちが務めるので。彼女たちは慣れているから何も心配はありませんよ」
黒曜はさも無げに応える。
「お前さんもオリヴィン殿やジェイドのように何か芸ができるのかい?」
「……い、いや、俺には何も、あんな芸当はできません……」
「そうか……では、お前さんの船にはうちの一番の芸達者を乗せよう」
黒曜はそう言うとにっこりと笑った。
祭りは三月三日の、夜明けから晩まで行われる。
昼間は着飾った稚児の行列や、神社仏閣への人形の奉納などの行事が行われ、夕方から日没にかけて行われる舟行列と打ち上げ花火で締めくくられる。
(黒曜様、アイリンをシンスケの船に乗せるつもりだな……)
オリヴィンはジェイドと目線を交わして、頷き合った。
「旦那~、男がこんなに綺麗なのは反則ですよ~」
モキチが半ばヤケクソ気味に言い募る。
黒曜は二人の姿を満足そうに眺めた。
オリヴィンはジェイドが男の姿になったのを久しぶりに見たのだが、以前の少年ぽさが消えて、少し凛々しくなった気がする。
「黒曜様これは今年、一番を取れるんじゃないですか?」
「そうね、これは期待が持てそう」
「なんですか?」
モキチと黒曜の期待に満ちた顔に、ジェイドが尋ねる。
「人気投票があるんですよ。その年一番人気になった男雛、女雛には賞金がでます」
「だから、どこもみんな気合を入れて頑張るんです」
「そうなんですか?それは頑張らないと!」
ジェイドも気合いが入ったようだ。
花街を代表して三艘の船が仕立てられる。それぞれに男雛と女雛役が扮装《ふんそう》して乗船するわけだ。
「その船の大きさってどのくらいなんですかね?」
オリヴィンが尋ねると、
「今度、見に参りましょう。普段は漁に使う船を飾りなおして使うんです。船も派手に飾りますよ」
と黒曜がにっこりする。
オリヴィンは
「モキチ、シンスケのところへ知らせに行ってくれないか?とりあえず、アイリンのことは内緒で。俺が話したいことがある、と言うことで」
「わかりました」
「それから、君のお兄さんの雷灯を作る話、職人を探してもらってもいいかな?とりあえずいくつか作るよ。この雷灯は持って行ってもいいよ、見本が必要だろうから」
「旦那、ありがとうございます!兄も喜びます!」
「じゃあ、よろしくね」
モキチは嬉しそうに雷灯を懐にしまい、帰って行った。
オリヴィンは衣装合わせの後、ジェイドの着替えを待ってお茶を飲んでいると、何やら笑い声が近づいて来た。
「……?」
勢いよく襖が開いて、絵物語の若武者のような黒髪の男がいきなり入って来た。
「……!」
オリヴィンが驚いてお茶の入った茶碗を取り落とす。
すると、その男が
「あら、驚かせてしまいましたね」
と声を発した。
男の後ろからヒョイッとジェイドが顔を出した。
「オリィ、驚いた? ふふ……黒曜さんよ」
なんとその絵巻から抜け出して来たような長い黒髪の美麗な男は、黒曜だった。
「この石が二つあれば、これで決まりなのだが…残念だ」
黒曜はオリヴィンが溢した茶を拭きながら、残念そうに呟く。
「本当に…残念ですね……」
その数日後。
「旦那~、何ですかい今日は?」
何でも屋のシンスケは、オリヴィンに呼ばれて待ち合わせ場所の波止場へやって来た。
「シンスケに紹介したい人がいてね、こちらは……『月華楼』の主人、黒曜さんだ」
オリヴィンの後ろで船を眺めていた人物が振り返る。
長い黒髪を後ろで一つに結えて、濃い翠色の着物を着た大人の女性が振り向いた。
(うわ、やべえ…この女…魔性か…?)
シンスケの心臓がドキリとなって、言葉がうまく出てこない。
「あ、あの、俺…シンスケ…です…」
黒曜はシンスケを見ると、ぐるりと一回りシンスケの周りを観察した。
(……なんなんだ、ジロジロ見やがって……)
「う~ん、背の高さは合格だな…」
「な、何だってんだ!」
「黒曜様、いきなりそんなに見られては、シンスケも恥ずかしいですよ」
オリヴィンが黒曜を少しだけ窘(たしな)めると、
「これは失礼した。祭りのこととなると、つい…ね」
「ま、祭りですかい?」
シンスケが “祭り” という言葉に反応した。
「今度の『舟行列』ですよ。あなたに男雛の役をお願いしたくて…」
その言葉にシンスケの頭の中に、昨年の祭りの様子がまざまざと浮かぶ。
(そういやぁ、トリを飾る見せ場は『舟行列』だ。飾りつけた船に雛人形役の男女が一人ずつ乗って川を下るんだったか…)
「ん? ……って、アレか、男雛役って……歌舞伎役者とかが務めんじゃ?」
「そう、それをお願いしたいのです!」
「……!お、俺なんかでいいの…?」
「まあ、せっかく来ていただいたんだし……オリヴィン様のご紹介ですから……」
「わっかりましたっ!務めさせていただきますっ……いや、ぜひやらせてください!」
シンスケが食い気味に黒曜殿に詰め寄って男雛役も決まり、船の上でのパファーマンスの打ち合わせが始まる。
船は花飾りがふんだんに付けられて、金襴緞子の美旗が旗めき準備も万端といった様子だ。
祭り最終日に華々しく行われる舟行列は、祭りのフィナーレとしてふさわしい盛り上がりになるのだろう。
「あの、女雛役の女の子は……?」
シンスケがおずおずと尋ねる。
「女雛はうちの店の女の子たちが務めるので。彼女たちは慣れているから何も心配はありませんよ」
黒曜はさも無げに応える。
「お前さんもオリヴィン殿やジェイドのように何か芸ができるのかい?」
「……い、いや、俺には何も、あんな芸当はできません……」
「そうか……では、お前さんの船にはうちの一番の芸達者を乗せよう」
黒曜はそう言うとにっこりと笑った。
祭りは三月三日の、夜明けから晩まで行われる。
昼間は着飾った稚児の行列や、神社仏閣への人形の奉納などの行事が行われ、夕方から日没にかけて行われる舟行列と打ち上げ花火で締めくくられる。
(黒曜様、アイリンをシンスケの船に乗せるつもりだな……)
オリヴィンはジェイドと目線を交わして、頷き合った。
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