宮廷彫金師は魔石コレクター 変態コレクター魔石沼にハマる

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ニッポニア編

60 魔眼の妓女

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 モキチはあれからも週二回は顔を出しに来てくれている。
 黒曜との橋渡し役として、個人的な友達として。

 こちらの国の人々は、みんな若く見えるので、モキチのことももしかしたら同じ年くらいかと思っていたら、ジェイドと同じ十八だという。確かにジェイドと並ぶとそれくらいか…と納得する。普段は通辞つうじの見習いとして手伝いながら、あちこちの雑用を仰せ使っているようだ。

 商館長のたっての希望で、男性向けの宴を一度催すことになりそうだ。
 表向き『魔石の宣伝活動』がメインなので、危くなさそうな魔石を少し紹介することにして、後は祇女を何人か呼んでの宴会という運びだ。

 招待客のことで打ち合わせがしたいと、黒曜殿から呼び出しが掛かった。
 黒曜が取り仕切る高級妓楼『月華楼げっかろう』、そこで打ち合わせがしたいと言う話だ。この国の妓楼はどんなものかとちょっと興味もあって、出かけることにした。

「本当に必要な打ち合わせなのですか?」
 ジェイドは『妓楼で打ち合わせ』と知って、少々不満顔だ。
「大丈夫だよ。ディアマンドでも娼館に潜入したこともあるし…」
 と、言い訳してみるも、やはり目が怖い…

 昼を過ぎて、母国ならお茶の時間くらいに、モキチの案内で橋を渡り出掛けた。半刻ほど、散々細い坂道を登ったその先に『月華楼』は在った。
 今日は、公式の用事なので変装は無しなのだが、人家と人家の間を縫うようにすすむ狭い小路こうじは、意外と人目につかないようだ。
 格子戸こうしどをくぐり、立派な玄関を通って奥の部屋に通される。

 まだ、灯りの入らぬ妓楼は静かなもので、女たちも仕事前のひと時をのんびりと過ごしたり、休息を取ったりしている。この点はどの世界でもあまり変わらないようだ。
 見事な花の絵が端々まで描かれた『ふすまドア』を何枚も通って、一番奥にある部屋に通された。その部屋は角部屋で、よく手入れのされた植栽が見事な庭に面した広い部屋だった。
 幾何学模様きかがくもようの敷物が敷かれた部屋の真ん中に、椅子とテーブルが置かれている。黒曜はその手前に立っていた。
「ようこそ、わが『月華楼』へお越しくださいました」
 黒曜は深々と頭を下げてそう挨拶すると、オリヴィンの手を取って椅子に案内する。
 黒曜はモキチに顔を向けて言った。
「ご苦労様。今日は下がっていいわ」
 モキチは頷くと静かに辞して行った。

 それから、黒曜とオリヴィンは具体的な日にちや、人数を打ち合わせた。主には商館の関係者、それに顔の効きそうな役人、それと今回の鍵となるであろう、帰化した外国人だ。その中にそれとなくミカサの現在の夫、アダム・ミメット殿を混ぜて招待する、招待状の手配も黒曜が代行してくれるとのことで、有難いことこの上ない。
 あとは妓女の選定、ということになった。

 そこで、黒曜がポンポンと手を叩くと、両開きの襖ドアがさっと開いて、床に手を付いてこうべれた女たちが控えていた。

「当日はこの者たちをお目見えさせますが、いかがでしょう?」
 黒曜がそう言うと、女たちはあらかじめ打ち合わせていたのか、それぞれがしずしずと位置を変え、楽を持つ者、立ち上がって舞のポーズを取る者がそれぞれ分かれた。

 真ん中に立つ女が『それでは一曲』と言って、楽が始まる。弦楽器を弾く者、笛を吹く者が息を合わせて奏で始めると、その楽の音に合わせて舞が始まった。
 幾重にも重ねた艶やかな着物を巧みな裾捌きでさばき、舞手が体をひるがえす。舞手は三人だが、目を引いたのはその中央の女だった。

 長い黒髪を高く結い上げて、沢山の宝石が付いた髪飾りをいくつも髪にしている。舞の動きでそれがチカチカと輝く。

 その舞手は踊りの名手だった。たおやかな白い肌、小さな顔に形の整った小ぶりの鼻、ぷっくりとした赤い唇、そして何より印象的だったのは、その赤い目だった。

 その真っ赤な目には『けっして誰のものにもならぬ』という強い意思が宿っているようだった。
 その赤い瞳がいっそうキラリと光ると、踊る彼女の動きに合わせて、手の中からキラキラした金の蝶が舞い出て来た。それは、ひらひらと彼女の周りを舞って、とても幻想的だ。

(幻影魔法?それとも、何か仕掛けが?)

 オリヴィンが考えていると、女の手から更に金色の鳥が飛び出して、オリヴィンの周りを飛び回る。魔石の存在を感じてオリヴィンの左目が金色に光ると、その幻影はサァッと空中にかき消えた。

 楽が終わり、舞手がピタッと動きを止めると、彼らはまた襖ドアの後ろに下がって行った。

「“魔眼”をお持ちなのですね?」
 黒曜が静かに訊いた。
「はい。…この国にも魔眼のものがいるのですか?」
 オリヴィンは逆に訊き返した。

「そうですね、この国にもおります…でも、ほとんどのものはそれを隠して生きています」
「この国では、迫害されているのですか?」
「そうですね。『出る釘は打たれる』ということわざがあります。人より目立ってしまうと、いろいろ面倒なことになってしまうので、隠している者が多いのですよ」
 黒曜は何故か少し、寂しそうに言った。

「それでは、当日の試食を兼ねて、夕食を召し上がって行ってくださいませ。そろそろ支度もできておりますので」
 そう言われて、普段の食事にも少し飽きて来ていたので、ご馳走になることにする。

「お食事をお持ちしました」
 ふすまドアの向こうから声が掛かる。

 黒曜が『お願いします』と言うと、手に盆を抱えた女中たちがご馳走を運んで来た。次々と皿や椀が置かれ、葡萄酒ワインが杯に注がれる。
「これはすごい!葡萄酒ワインもあるのですね!」
 久しぶりの葡萄酒にちょっと嬉しくなってしまって、頂く。

 異国情緒の溢れた食材なのだが、少し外国人われわれ向きにアレンジしてあって食べやすい。
「正直、生の魚が出て来たらどうしようかと思っていました」
「サシミはお嫌いですか?」
「いえ、母国では生の魚は食べないので、何だか怖くて…」
「美味しいですよ。一度お試しになってはいかがですか?」
「は、はい…今度はぜひ…」
 すすめられるまま、酒も食事も美味しくいただいてしまい、気がつけばもう大分遅い時間になってしまっていた。

 小用に行こうと立ち上がり、意外と自分が酔っていることに気づく。
 帰らなければ…と思ったら、黒曜殿が
「もう出島の門も閉まっております。どうぞ、今晩はこちらでお休みください」
 と言うので、仕方なく世話になることにする。

 案内された部屋には床の用意ができていた。
「こちらにお召し替えください」と言われ、着物キモノに着替える。手伝いの女中が帯を巻いて締めてくれた。
 オリヴィンは倒れ込むように布団ベッドに横になると、すぐに眠ってしまった。

 夜中、横で何かが動く気配がして飛び起きた。
 うっすらとした灯りに照らされて、白い女の顔が俺を覗き込んでいた。
 目が真っ赤だ、この目はどこかで…と記憶を辿ると、先ほどの舞手の女だと思い当たる。
 女は
「旦那様、どうぞお情けを…」
 と言うと、俺の膝に手を置いた。

「いや、いや、結構です!」
 と断りを入れるも、言葉が通じないのか、尚さらにじり寄って来る。
「やめてください!」
 すこし強めにお願いしてみると、女は少しムッとした顔になり、
「なにゆえですか?」
 と、言い募って来た。

 オリヴィンは、申し訳ないと思いながら、布団を蹴って部屋から飛び出した。
 その物音に気づいたのか、黒曜が現れて
「どういたしました、オリヴィン殿?」
「俺の寝所に女性が現れて…」
「おや、お気に召しませんでしたか、アイリンは?」
 と、返された。

「俺には好きな女がいますので、このような接待は無用です…!」
 黒曜は少し驚いたような顔をしたが、すぐににっこりした。

「それではまあ、お茶でもお淹れいたしましょう」
「…はい」

 昼間の部屋に戻り、椅子に掛けるとお茶が運ばれて来た。
 なにか、焦がしたような香ばしいお茶だった。
「元の茶葉は同じですが、これはほうじてあります。夜飲むのに適したお茶です」
 確かに、我々がいつも飲んでいる赤みの強いお茶ではなく、やや黄色味がかかった茶色のお茶だった。

「オリヴィン様は、私が思っていたよりも真面目なお方なのですね。失礼いたしました。このような世界に身を置いておりますと、とかくそのような感情があることを忘れてしまいがちで…」

「いいえ、私の国にも娼館はありますし、そこへ通う普通の男も沢山おります。ただ、今の私には必要がない、と言うことです」
「…ジェイド様が、いらっしゃるからですか」
 見透かされていたことに動揺するが、そこは照れても仕方ない。

「ジェイドを悲しませたくない…ので」
 黒曜は、なおの事その美しい顔を微笑ほほえませた。

「オリヴィン様、私、ぜひぜひジェイド様がミカサ様とお会いできるよう、お手伝いさせていただきますわ」

 黒曜はそう力強く約束すると、今度は誰も俺が眠るのを邪魔しないよう言いつけて、部屋に案内してくれた。
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