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ニッポニア編
58 親切な人々
しおりを挟む「あなた、ミカサの、かぞく、ですか?」
ジェイドが辿々しい言葉で尋ねる。老人はその顔に驚きとか躊躇いとかが入り混じった表情で答える。
「…いかにも。わしはミカサの父親じゃが…」
オリヴィンとジェイドは、その突然の出会いに驚愕した。
「わたし、ミカサのむすめ。あなた、おじいさん?」
その言葉に、ご老人は
「まさかとは思ったが…ほんにミカサによく似ておる…」
ジェイドの顔を穴の開くほど見つめて、湧き上がる涙を堪えながら、
「そうか、そうか…この娘が“翡翠”か。息災で何よりじゃ…」
と言って、ジェイドの頭を撫でた。
「あの小さかった子がのう……」
老人は感無量な表情で、何度も頷いてジェイドを見つめた。
オリヴィンとモキチは、ジェイドとお爺さんが落ち着くのを待って、徐(おもむろ)に話し始める。
「ジェイドと父親のデュモン卿は、今出島に滞在しています。それで、ミカサさんはご存命なのですか?」
俺の言ったことをモキチが訳して伝えると、こんな答えが返って来た。
「ミカサは、あの海賊の襲撃の時矢傷を負い、死にかけたところを貿易船に
助けられました。我ら一族も散り散りになり、殺されたり本土へ逃げたり、しばらくはお互いの無事を確かめることもできませんでした。
そして、我ら一族が守るべくお預かりしていた、秘宝を失ってしまったことで、残った一族は責任を取り、島を去ったのです。
私たちも、ミカサ、婿殿、孫の翡翠も海賊に殺されてしまったと思っていました。墓も建てて供養もしていたところ、突然七年後にミカサが帰って来たのです。
驚きました。
ミカサは貿易船に助けられ、その船が母国に帰る船だったため、外国に行っていたのです。そして、その船に乗っていて今は帰化した外国人と一緒になって、この地で暮らしています」
と、そんな話だった。
あまりの話の展開にジェイドはもういっぱいいっぱいの様子で、どうしたらよいかわからない感じだった。オリヴィンはお爺さんに、出島を何とか理由を作って訪ねてくれるよう頼んだ。
「そう言えば俺、名前も名乗っていなかったね、悪い。俺はオリヴィン・ユング、西方のディヤマンド王国の出身で、魔石の取引をしているんだ」
モキチは右手を差し出して、
「西洋ではこうして手を握って挨拶するんですよね。俺はアンドウ・モキチです」
と握手を求めてくれた。
「モキチは随分、外国のことを勉強しているんだね。この国の人は皆、勉強熱心なのかな?」
そう言えば、商館の食堂に女中として働きに来ている娘も、文字の読み書きができるようだった。西洋では身分が高いか、裕福でなければ、読み書きを習うことは難しい。
「この国では、学びたいものには学ぶ機会が与えられます。身分の違いは西洋同様ありますが、農民だって学びたければ学ぶことができます」
「それはすごいな!俺もこの国もことをもっと知りたいな。モキチは何とか出島に来ることができないか?俺が西洋のことを教える代わりに、この国のことを教えてくれないか?」
モキチはちょっと考えていたが、
「今この国は鎖国状態なので、外国人にこの国のことを教えることは難しいです。最悪、逆賊として捕まって牢屋に入れられるかもしれません。ですが、魔石のことを教えてもらうと言えば、何とかなるかもしれません」
そう言うと、うまくいったら後日出島に会いに来ると約束した。
オリヴィンとジェイドはモキチにお礼を言って、彼と出島の橋の前で別れた。
* * *
商館の宿泊施設に帰ると、さっそくデュモン卿に報告に行った。
ジェイドは自分で説明したいようだったが、ミカサさんのことでショックを受けているようだったので、俺がかいつまんで説明した。
まず、ミカサの父である老人に会ったこと。その人が言うには、ミカサはあのときに怪我をして外国船に助けられ、そのまま外国にいたこと。
ミカサの一族はそれ以降バラバラになり、お互いの生死も分からなかったこと。その後年月が経ち、ミカサもデュモン卿もジェイドも死んだと思って墓を立てたこと。七年後に突然、ミカサが外国人と結婚して帰って来たこと、そして、今は帰化した外国人の夫とこの地で暮らしていることなどだ。
話を聞き終えたデュモン卿は、しばらく微動だにしなかった。
死んだと思った妻が実は生きていると知って喜んだのも束の間、別の男と結婚して暮らしていると聞いたのだ。
「ミカサさんの父上は近々、理由をつけてここへ会いに来てくださるそうです」
と付け加えると、
「…そうか、ご苦労だったな」
と呟いた。
デュモン卿の心の中は推し量るべくもない。
翌日、出入りの商人から『文を預かりました』と渡された。
文の主はモキチだった。文法は誤りもあったが誤字はなく、しっかりした綴りで書いてあった。
「知人にミカサさんと面識のある方を見つけました。今度ご紹介に参りますので、都合の良い日をご連絡ください」
というものだった。
俺はすぐさま『いつでも良いです』と書いて、返事を商人に預けた。
その翌日またモキチから、
「『宴会を開きたいので、打ち合わせに人を呼ぶ』という名目で、商館長の許可を取ってください」
という文が届いた。
オリヴィンは早速、商館長のところへおもむき、
「魔石のピーアールを兼ねて、ちょっとしたパーティーを開きたいので、打ち合わせのために人が来ます」
と伝えた。オフシーズンに入って船も入ってこないので、商館長もパーティーには賛成のようだ。喜んで場所も貸してくれると言う。
それから二日後、モキチは一人の美しい女性を伴ってやって来た。
その女性は余程の有名人らしく、聞きつけた商館員や商館長までもが、見にやって来た。
「お初にお目にかかります。私は花街で『月華楼』という店をやっております楼主の黒曜、と申します。この度は、ご紹介をいただきまして参上いたしました」
『月華楼』と言えば、その界隈では知らぬもののいない高級妓楼らしい。
腰まである長い黒髪を優雅に結い上げ、エキゾチックな黒い大きな瞳、細い鼻筋に透き通るほどの白い肌、この世のものと思えないほどの美しさだ。
二十代後半から三十代くらいだろうか、妖艶な雰囲気を醸し出している。
濃い藤色の上衣を纏った黒曜は、出迎えたオリヴィンとデュモン卿に、優雅にカテーシーをして見せた。
黒曜が同じように商館長にも挨拶をすると、そこにいた者たちが皆そわそわした感じになった。
オリヴィンは素早くモキチと黒曜を応接に案内して、きっちりとドアを閉める。
「本日はご足労いただき、ありがとうございます」
と言うと、モキチが訳す間もなく、こちらの言葉で黒曜が返事を返して来た。
「いいえ、ご事情はだいたいモキチから聞いておりますわ。改めてお名前を伺ってもよろしいかしら?」
「はい、私はディヤマンド王国から参りましたオリヴィン・ユングと申します。
こちらは、ユーレックス・デュモン卿、お隣はご息女のジェイドさんです」
デュモン卿がそこで口を開いた。
「黒曜殿は娼館の楼主、ということでよろしいのだろうか?」
「はい、大体は合っておりますわ」
「お父様、初めてお会いする方にいきなりお聞きになるのは、失礼ですわ」
ジェイドが父親の発言に苦言を呈した。
「あら、お嬢様、よろしくてよ。私は気にしませんわ」
「お嬢様なんて、どうかジェイドとお呼びくださいませ、黒曜様」
「それでは、ジェイドさんとお呼びいたしますわね」
ジェイドは皆に椅子を勧めると、『お茶をいただいて参ります』と出て行った。
モキチが説明する。
「黒曜様は俺の外国語の先生なんだ。だから、今日は通辞の心配はなし。ほうぼうに伝手がおありになるから、何かと相談に乗ってもらったらいいよ」
「どれほどお力になれるかはわかりませんが、私でよろしければぜひ、お手伝いさせてくださいまし」
黒曜はそう言うと、その美しい顔に妖艶な笑みを浮かべた。
ジェイドがお茶を淹れて戻って来て、皆の前にカップを置き終えると、黒曜が口を開いた。
「ご事情を伺ってもよろしいですか、デュモン様?」
「…ああ、最初から失礼なことを言ってしまってすまなかった。よければ、聞いて欲しい…」
デュモン卿は、オリヴィンに話したように、ミカサとの出会いと海賊の襲撃によって生き別れになったことなどを話した。
黒曜は黙って聞いていたが、最後にお茶を飲み干すと、
「ご苦労をなさったのですね」
と憂いを秘めた表情で言った。
「ミカサ様とはお茶飲み友達ですの。どちらにおられて、どのようなお暮らしをされているか、よく存じております。その上であえて申し上げますが、ミカサ様はデュモン様とはお会いにならないと思います」
と続けた。その言葉に、俺もジェイドも、モキチでさえ
『…ハッ⁉︎』と息を呑んだ。
「こ、黒曜様っ?」
モキチが思わず声を上げると、静かに黒曜が続けた。
「…ですが、正式の席で、しかるべき宴を設ければあるいは…と存じます」
「しかるべき宴…ですか?」
オリヴィンがそう問うと、
「ええ、そうです」
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