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旅編

54 決闘

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 オリヴィンとデュモン卿は『決闘』に備えて、『精神攻撃メンタルアタック』を受けながらも任意の物を破壊する練習を続けた。
 オリヴィンの精神的な負担は大変なものだったが、“ジェイドの未来を自分が勝ち取りたい” という執念しゅうねんのようなものが、彼を駆り立てていた。

 あらかじめ第2王子のヘリオスにお願いして、『決闘』のための誓約書も作ってもらい、決闘の日が決められた。
 ヘリオスは先の言葉通り、決闘の補佐役を引き受けてくれることになり、一度は一緒に練習をしてくれた。彼は満遍なく魔石を操る力があり、それぞれ熟練度も高かった。

「エルカリアの補佐に誰が付くと思う?」
 ヘリオスの問いに、この島に何の知り合いもいないオリヴィンには答えようもない。
「え?…いや全然わかりませんけど…」
「ここの宿の女主人ジェマさんの孫、騎士のサフロワが補佐に付く」
「そうなんですか?彼はどんな魔石を使うんですか?」
「サフロワは何でもそつなくできるが、一番の得意が『増幅ぞうふく石』だ」
「何ですか『増幅石』って?初めて聞きました」
「無理もない。我が国で合成された人口の魔石だ。これは、同時に使う石の力を、文字通り『増幅』させることができる」
「そ、そんなことが…」
 オリヴィンは魔石の島独自の、進んだ魔石錬成技術に驚くばかりだった。

 月が変わり、いよいよジェイドの18才の誕生日も迫り、決闘の朝が訪れた。

 決闘の場所は、王宮内の闘技場だ。ヘリオスが手配してくれた馬車が宿の前に迎えに来てくれ、オリヴィン、ジェイド、デュモン卿の三人は王宮に向かった。
 馬車は街中を駆け抜け、王宮の門をくぐると闘技場前に横付けされ、城の兵士たちに迎えられる。案内されて中に入ると、奥でヘリオス殿下とセレスティンが待っていた。

「ごきげんよう殿下、セレさん。今日はありがとうございます」
 オリヴィンが代表して挨拶を交わす。
「ごきげんよう。オリィ、調子はどうだ?」
「殿下、対策は万全です。本日はよろしくお願い致します」

 殿下について闘技場に入って行くと、反対側の入り口からエルカリア殿下と騎士のサフロワが入場して来るのが見えた。
 デュモン卿とジェイドは一番近い客席に案内され、そこから見守ることになる。
 立会人として、最後に国王ブルムード陛下が入場され、あたりは静まり返った。
 公証人役の宰相が、口上を読み上げる。

訴状そじょう
 我、ディヤマンド国男爵子息オリヴィン・ユングは、
 当国第八王子エルカリア・ベリル殿下とユーレックス・デュモンが息女
 ジェイド・デュモンの婚約に、意義を申し立てる。
 この申立てにより、決闘での決着を決定とし、これ以降双方とも
 その結果に従うものと誓う」

「エルカリア・ベリル殿下、訴状に意義を申し立てることなく、結果を遵守じゅんしゅすると誓いますか?」
「誓う」
「オリヴィン・ユング、訴状に意義を申し立てることなく、結果を遵守すると誓うか?」
「誓います」
 二人はそれぞれ右手を胸にあて誓うと、十分な距離を取って闘技場の中央に移動した。二人の後ろにそれぞれの補佐役が、およそ10歩ほどの距離を空けて待機する。

「これより、五つ数えたのち開始!…5、4、3、2…」
『2』の合図も聞こえない間だったが、オリヴィンの頭の中が白と黒の世界に反転した。

 頭の中に “金色に輝く魔女” が出現した。オリヴィンは自分の体の自由がきかないことに気づく。
 魔女が蛇のような長い舌を伸ばして顔を舐めて来る……
 次の一瞬、突然拘束が解かれ、意識が闘技場に戻った。

 ヘリオスが『振動石』でエルカリアの耳を攻撃して、一瞬『精神攻撃』がらされたのだ。
 オリヴィンは『振動石』を握って、まず補佐のサフロアの持った魔石に集中した。
「ウァッ!」
 サフロワの手の中で『増幅石』が砕け散った。

 だが再び、金縛りにあったように体の自由が奪われ、世界の色が反転する。
 魔女がオリヴィンの胸を這い上がって来る。邪悪な白い目がこちらを見ながら、その手を伸ばして来る…
 オリヴィンは、その幻を払いのけるように、手の中の『振動石』を強く握り締めた。

 ズズズズズズ………ズゥーーーン

 競技場全体が揺れ、地面が陥没した。どうやら、地下三階層の一部が完全に沈下したようだ。
 あまりの衝撃に誰も立っていることができず、しゃがみ込んでいる。

 オリヴィンは落ち着いて、次の動作に移った。
 もう一度、エルカリア殿下を見据えると、石を軽く握る。

 “バキィッ” と音がして、エルカリア殿下の持っていた魔石が、全て砂になって消し飛んだ。

 国王陛下も宰相も、周りを守る騎士たちも呆気に取られてしゃがみ込んだままだ。

 オリヴィンは立ち上がって、ヘリオス殿下の元に歩み寄り手を差し出した。
 ヘリオス殿下はその手を取って立ち上がりながら、
「まったく君は…とんでもないな…」
 と呟いた。

 その後、気を取り直した宰相が、オリヴィンの勝利を告げ、今後一切エルカリア殿下がジェイドに結婚を迫ることの無いよう裁定が下された。


 * * *

 数日後、ジェイドは18才の誕生日を迎えた。
 ジェマおばさんも料理に腕を振るい、宿の客もみんなしてお祝いに加わってパーティが行われた。お忍びでヘリオス殿下とセレさんも来てくれて、大盛り上がりで、まさか本物の殿下が目の前にいるとは思わない宿の客は、そっくりさんと思って酒を酌み交わしている。

 王宮からはお詫びのカードと、抱えきれないほど大きな花束が送られて来た。

『ジェイドへ
 ごめんなさい。僕が我儘なことを言って、迷惑を掛けました。
 これからは周りの者たちにも配慮して、
 王子として相応しい行いができるよう頑張ります。
 エルカリア』

 と添えられていた。

「なかなか素直になったね」
 オリヴィンがカードを覗き込みながら言うと、ジェイドは
「元は素直な子だったのよ。今回のことは彼のためにも良かったわね」
 仲良くカードを見ていると、セレさんが、オリヴィンを捕まえて、つんつんとせっつく。

「ほぉら、オリィ、例のものはジェイドに渡したの?」
「えっ、そ、それは…まだ…」
「早く渡してあげなよ。ジェイド待ってるよ」
 人垣の向こうから、デュモン卿の鋭い視線が飛んで来る。

 オリヴィンは後で二人きりになってから渡そうと思っていたプレゼントを懐から取り出す。
「こんなところでごめん。ジェイド、誕生日おめでとう」
「あ、ありがとう」

 みんながプレゼントを開けるのを待って覗き込んで来る。
「皆さん、飲んでください。こっち見なくていいから!二人はこっちへ!」
 セレさんはオリヴィンとジェイドの背中を押して、2階の部屋へと追いやった。
 二人きりの部屋に押し込まれて、お互い顔を見合わせてにっこり照れ笑いをした。
「ありがとう…それじゃ、開けるね」
 ジェイドはプレゼントの包みに掛かったリボンを解く。
 中に入っていたのは、小さな花の刺繍が付いた絹の靴下と、鮮やかな花柄の真っ赤な絹のショールだった。
 それはまだ、この旅が始まったばかりの最初の寄港地で買い求めたものだった。
「きれい…」
 オリヴィンはショールを広げると、ジェイドの肩に掛けた。
 ジェイドは可愛い刺繍の付いた靴下を、目をキラキラさせて見つめると
「こっちは可愛い…」
 とにっこりした。
 父親以外の男性に身につける物を贈られるなんて、初めてだった。
 それは何だかドキドキして、くすぐったいような気持ちにさせる。

 オリヴィンは目の前で、ジェイドが嬉しそうな表情で頬を染めるのが堪らなく愛おしい。
 思わずショールでジェイドを包み込み、抱き寄せた。

「ジェイド、この旅が終わったら、結婚して欲しい…」
 心の底でずっと思っていた言葉が、つい漏れてしまう。
「オリィ…」
「もう、誰にも君を渡したくない…」
 二人は抱き合って、口づけを交わした。

 部屋の扉がドンドンと叩かれ、
「今日の主賓が居なくちゃ盛り上がらないよ!早く戻って来て!」
 と声が掛かる。

 二人はちょっと照れながら、顔を見合わせると、また階下のパーティに戻って行った。
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