上 下
47 / 98
旅編

46 魔石の島

しおりを挟む
 
 山の天気はみるみる変わっていく。
 季節はまだ秋だが、この山岳地帯では一日の間に春夏秋冬があるようだ。
 朝、霜が降りていた高原に暖かな日差しが差すと、僅かに平原を覆っていた草に花が咲き、夕暮れには閉じて雪が舞う。舞っては翌日に溶けていた雪が、やがて少しずつ積もり始めた。
 ゴルン王国の短い夏が終わり、冬が到来する。

 ようやく飛空艇の修理が完了し、ジェイドの足の骨折も完治し、問題なく旅を続けられるまでになった。積めるだけの食料を積んで、オリヴィン、ジェイド、デュモン卿の三人は出発の日を迎えた。


「婚姻の儀に出席して欲しかったな。…気をつけて行けよ」
 ダワンは名残惜しそうにオリヴィンに言った。ダワンとラナ王女は間もなく結婚する。

「デュモン殿、ご無事で。また、お帰りの際にはお寄りください」
「ホラン殿もお元気で。奥方様も大変お世話になり申した」

 雪がぱらつく高原から、飛空艇がゆっくりと上昇する。
 見上げる人々に手を振りながら、三人は出発した。

 オリヴィンの記憶は少しずつ回復している。主にはジェイドのお陰だが…
 ジェイドは、この飛空艇を手に入れた経緯けいいを話すのことが辛すぎて、その辺りの話は曖昧あいまいにしてしまっている。

 艇は雪雲を避けるように、南を目指す。

 今我々はある場所を目指している。

 ゴルン王国で出発の準備をしている時、デュモン卿に
『もう一箇所だけ、どうしても行かねばならぬところがある…』
 と打ち明けられた場所があった。それが今目指している場所だ。

『魔石の島』スリ・ロータス。

 世界中の魔石ハンターが、一度は行ってみたいと憧れる魔石だらけの島が在るのだ。今、我々はその島を目指している。
 オリヴィンの心は踊った。ワクワクでつい鼻歌を歌っていたりする。

(その島のことは、子供の頃から知っている。魔石好きなら、誰でも知っている有名な場所だから!)
 とうとうその島に行けるんだと思うと、浮かれてしまうのも当然かもしれない。 

 雪雲を突き抜けて、白い高原を後にすると、徐々に緑の大地が広がって来た。
 三日ほどかけて、大陸の上を縦断した。今回はよく休んだお陰と、気候が南寄りになって温かくなったので、交代で夜も飛び続けた。
 いい天気が続いて、星がよく見えることも幸いした。

 緑の大地はやがて、木々が繁った林になり、森になり、ジャングルに変わっていく。
 緑のジャングルの中をうねうねと河がくねり、その先に海が見えて来た。

 暑い南国の海は、海岸線を白砂とエメラルドグリーンの珊瑚礁で縁取っていて、宝石のように美しい。
 海岸線に沿うように、飛空艇は飛んで行く。

「先に言っておかなばならぬことがある」
 オリヴィンの浮ついた気持ちをぶった斬るように、デュモン卿が口を開いた。

「これから向かう魔石の島『スリ・ロータス島』は今、隣国のムガロア帝国の支配下にある。だが、この島の全権を担い統治するのは、王家であるベリル一族いちぞくだ。ベリル一族には逆らってはいけない。それが、この島のルールだ」

「そうなんですか?」
 ぽやんとした顔でオリィが答えると、
「ベリル一族に逆らっては、この業界で生きていくことはできんぞ」
 という重々しい言葉が、卿から帰って来た。

「魔石の流通を一手に仕切っている一族なんです。仲良くしておくことに越したことはありません」
 ジェイドが言葉を繋げる。

「お知り合いなんですか?」
 と尋ねると、
「…まあな」
 という曖昧な答えが返って来た。
 デュモン卿はこの業界では、名の知れた魔石ハンターだ。知り合いなのも当然かもしれない。そう言われるのならば、仲良くしておく方が得策なのだろう。

 夜の闇の中に、わずかに硫黄のような匂いが混じって来た。見下ろすとチラチラ赤い炎が見える場所がある。
 海底火山が海の中から頭を出しているようだ。
 それを見てデュモン卿が
「もうすぐ着くぞ」
 と言って、飛空艇の高度を下げた。

 島は夜の闇の中で眠りについている。
 やがて、海と空の境界が少しずつ明るくなり、空の藍が薄れていく。見えていた星の川も見えなくなって、残るのは明けの明星と月だけになった。

 『スリ・ロータス島』は大きな島だ。そのほとんどはジャングルに覆われている。
 黒々としていた海は色を取り戻し、まもなく太陽が登る頃、島に着陸した。

 比較的町に近い、ジャングルの中の小さな空き地に飛空艇を下ろし、周りの樹木などを折ってきて艇を隠した。持てる荷物を背負って、徒歩で町を目指す。

 道すがら卿から、ベリル一族のことを聞いた。
 一族郎党、ことごとく魔石の感応力が半端なく強いこと、変身の魔石も見抜く強力な力の持ち主がいること、などだ。
 …ということは、ジェイドの性別転換も見抜いてしまうということか。
 特に現王のブルムード・ベリルは桁外れの魔石使いとのことだ。

 単一民族で構成された孤立した島国であったスリ・ロータスは、魔石の産出が古くから盛んであったため、独立国家を永いこと貫いていた。

 それが海を隔てたムガロア帝国の圧倒的な兵力で侵略され、あわや王国が滅ぶという危機に落ちいった。通常なら、侵略された国の王族は揃って首を落とされ、侵略国のいいように富を略奪りゃくだつ蹂躙じゅうりんされるところだが、この国は違った。

 帝国の傘下に入り、潤沢じゅんたくな魔石の供給と加工を受け持つことを、恒久的な条件として交渉したのだ。
 その結果、王族のベリル一族は生きながらえ、こうして帝国傘下での繁栄を続けている。

 最大の都『ラプナプラ』は立派な建物が多い。
 宮殿のような丸い屋根、色とりどりの宝石で飾られた扉や梁の装飾、魔石の他に普通に沢山の宝石が取れる島の表通りは、大層にはなやかだ。

 それにしても、人々が浮き立っている感じがする。
 言葉のわかるジェイドが、露天の主人に尋ねてみると、
『半月ほど前、旅に出たまま戻らなかったベリル一族いちぞくの王子が戻って来た』
 のだそうだ。そのお祝いのパレードがまもなく行われるらしい。

「そうか、それでは王宮は騒がしいであろうな。先に宿を取って支度を整えるとしよう」
 デュモン卿の言葉に二人ともうなずいて付いていく。

 いくつか裏通りを通り過ぎて、表通りの喧騒が聞こえなくなった頃、宿屋に着いた。

 宿屋の主人は、白髪の老婆だった。歳を取っているものの、腰も曲がっておらず、立派な体躯のご老女だった。デュモン卿が入っていくと、鋭い目でジロリと眺め、
「おやおや、随分と久しぶりだね」
 と短く言った。が、続いて入って来たジェイドを見て、破顔した。

「あら~!この子があの可愛かった女の子かい?」
 ジェイドも嬉しそうに笑った。
「ジェマおばさん、お久しぶりです!」
「まったく、六年なんてあっという間さね!」

 ジェマおばさんはジェイドを抱き寄せると、頭をぐりぐりと撫でた。
「幾つになったんだい?すっかり綺麗になって!」
「もうすぐ18です。ジェマおばさんは変わらないね」
「この娘は嬉しいことを言ってくれるね。…おや、後ろの男は誰だい?」

「こいつはな、ディヤマンド王国から連れて来た、私の弟子だ」
 ジェイドに代わってデュモン卿が応える。
「ふ~ん、そうかい。弟子かい」
「オリヴィン・ユングといいます。よろしくお願いします」

「ジェマおばさんは、宿屋を始める前は、魔石ハンターをやっていたのよ。世界中を回って魔石探検の旅をしていたから、いろいろな言葉もしゃべれるし、私たち魔石ハンターにとって頼れるお母さん的存在なの」
 ジェイドがそう説明すると、ジェマおばさんは照れたように笑った。

 いつものように、ジェイドとデュモン卿は二間続きの部屋、オリヴィンは一人部屋に分かれて、外出の準備をする。
 街中に紛れるように地味な生成りのシャツにこの辺りの男たちが着ている巻きスカートのような物を、来る道すがら買って来たものを着る。
 顔だけはどうしようもないが、この国は世界中から宝石や魔石の買い出しの人々が訪れるそうなので、それほど気にされないかもしれない。

 支度を整えて階下に行くと、キッチンで紅茶を淹れてくれるという。
 ありがたくキッチンへ向かうと、デュモン卿とジェイドはもう紅茶を飲んでいた。

 ジェマおばさんが、俺の服装を軽くチェックして直してくれた。

 この島の紅茶はとても有名で、ディヤマンド王国でも上流階級の御用達だそうだ。
「もうすぐ、第2王子の凱旋パレードが始まるらしいよ」
 そう言われて、紅茶を急いで流し込み、三人で表通りに出た。

 通りの両側は人で埋め尽くされている。
 遠くから、打楽器の音と歓声が徐々に近づいてくる。
 道には赤や黄色、ピンクの花びらが敷き詰められ、人々のベリル王家のへの愛着が伝わって来る。

 その花で飾られた美しい山車だしは、真っ白な4頭の牛に引かれてゆっくりと進んで来る。
 白い制服の御者が二人前に座り、その後ろの一段高いところにベリルの第2王子が乗っていた。

 そして、その後ろに一人の女性が乗っている。ざわざわと、人々の間に噂話が広がっていく。

「…なんでも、あの後ろの女が王子を救い出したんだそうだよ」
「王子はどこかに囚われていたってこと?」
「遠い国の、砂漠の中の悪い魔女に捕まっていたんだって…」
 そんな話が、人から人へ伝わって行く。

「なんて言ってるんですか、みんな?」

 言葉がわからないオリヴィンは、ジェイドとデュモン卿を振り返って、訊いた。

 振り返った二人の表情はまるで、『戦場で死神に会った』みたいな表情だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...