46 / 98
旅編
45 敵襲
しおりを挟む「大変申し訳ござらん、デュモン殿、オリヴィン殿、ジェイド殿…」
ホラン殿は深く頭を下げた。
飛空艇は昨夜の奇襲攻撃で底部に穴が空いてしまい、やむなく修理をしなければならなくなった。
強度の必要な部分だけに、しっかりと補修する必要がある。
材料の調達、補修など、どう見積もっても早くても1週間はかかるだろう。
しかも、隣国の侵攻に備えて男手は不足している。自分たちで何とかするしかない。
動けるデュモン卿とオリヴィンはあちこち手分けして、材料になりそうな物を探し歩いた。
ジェイドは持っていく荷物や食料を用意している。
ゴルン王国への入り口は、山麓沿いの道が数本あるのみで、いずれも人が二人と並んで歩けない細さだ。ましてや標高差が激しく、平地に住んでいる者ならすぐに高山病に罹ってしまうだろう。
まして重い鎧を着けていては身動きが取れないし、すぐに息が上がってしまうに違いない。
重い武器を運ぶにも、馬やラバに荷車を引かせるしかない。
誰もが、しばらくは敵は辿りつけないに違いない、と思っていた。
* * *
その、『白い兵隊』はいつの間にか、背後からやって来た。
王都は“大陸の壁”と言われているヒマール山脈に背後を守られている。
そのため、まさかその高い山を越えて敵が攻めてこようとは、誰も想像すらしていなかったのだ。
それは、周到な計画だったに違いない。
万年雪に覆われた山々を縦走し、身軽な白色の装備のみで雪山を滑り降り、気づかれぬうちに家々を襲う。襲われた家は火をかけられ、人々は逃げ惑った。
カン、カン、カンッ。カン、カン、カンッ。
いきなり寺院の鐘が鳴らされて、人々は異変に気がついた。
白い衣装に身を包んだ敵兵が、背後からいきなりやって来て、有無を言わせず人々を殺戮し始めたのだ。
それは屈強な男たちの精鋭部隊で、背後の雪山から短いスキーのような板を履いて滑り降りて来た。
手には短い湾刀を持ち、素早く家々を襲撃していく。
おそらくは敵国が雇った山岳民族の傭兵部隊であろう。
そいつらはホラン殿の家にもやって来た。
寺院の突然の鐘の音に何事かと外を覗いたオリヴィンの目に、白装束の兵隊が襲いかかって来るのが見えた。
「ジェイド、デュモン卿!敵兵です!」
デュモン卿もオリヴィンも、あわてて剣を取って戦う。
「ジェイド、これを嵌めて!」オリヴィンがジェイドに『火焔石の指輪』を投げる。
指輪を受け取ったジェイドは、襲いかかる兵に火焔で応戦する。
剣と炎で抵抗された敵兵は、懐から丸い球状のものを取り出して、火をつけようとした。オリヴィンはそれを剣で薙ぎ払う。
敵の『手投弾』は不発のまま転がり、その隙にデュモン卿は敵に剣を振り下ろした。
町は阿鼻叫喚で渦巻き、ところどころで爆発音が聞こえた。
逃げ遅れた人が切り殺されたり、家に火を掛けられて逃げ惑っている。
そこへ、大きな黒豹が現れた。
黒豹はしなやかな体で敵兵に襲いかかると、喉笛を噛み切った。
更に一頭、もう一頭と黒豹が躍り出て、敵を倒していく。そして、更に敵を追って王宮へと駆けて行った。
王宮では敵の不意打ちで、人々が逃げ惑っていた。
「ラナ王女、お逃げください!」
王女付きの侍従が逃げ道を先導する。
階下から大きな爆発音が聞こえた。建物自体が地震のように揺れ、埃が舞い上がる。
城門が破られたようだ。
ドン、ドン、ドンと沢山の足音が聞こえ、敵が踏み込んで来るのがわかった。
こうなっては地下通路は使えそうもない、そう判断して、侍従は上へと王女を逃す。
ラナ王女は上へ上へと逃げて行った。
最上階に辿り着き、これ以上は屋根伝いに逃げるしかない、と窓に手を伸ばした時、窓から一頭の黒豹が飛び込んで来た。
足首に見た事のある魔石が括り付けられている。
「ダワン!ダワンね!」
王女は黒豹に駆け寄った。
黒豹は『自分に乗れ』とでも言うように、頭を下げ身を低くした。
王女は黒豹の背中にしっかり捕まって、身を任せた。
黒豹は王女を大事そうに背負うと、ゆっくりとした動きで屋根伝いに登っていく。
王女を背に、黒豹は王宮の更に上にあるアジュラ教の寺院へと入って行った。
「ラナ王女!ご無事で!」
アジュラ教の司祭や逃げ延びた人々が、黒豹と王女を迎い入れる。
黒豹はブルっと身じろぎすると、ダワンになった。
ダワンは王女に一礼すると、アジュラ教の祈りを捧げる一段高くなった祈りの祭壇へ向かう。
祭壇から町を見下ろすと、あちこちから火の手が上がり、人々の叫び声や、時々爆発音も聞こえて来る。
(……もう、これしかない…アジュラの神よ、お聞き届けください…)
ダワンは手の中に、あの魔石を握りしめて、一心に祈った。
…………………………ズズズズズズズン…………………………
遠くから、低い地鳴りのような音が、徐々に近づいて来る…
町の背後に聳えていた氷河の山腹が崩れ、大量の万年雪が流れ下った。
それは高いところから低いところへ川のように流れ下り、燃えていた建物を覆い、通路を下り、敵も味方もなく全てを流し尽くして行った。
その大きな振動は更に山々を伝い、進軍していた隣国の軍隊もろとも、道ごと流し去った。
幸いなことに高い位置にあった神殿は難を逃れ、高原の平地に兵を集めていたゴルンの人々は、難を逃れた。
町中に残った敵兵は、ゴルンの兵に討ち果たされた。
犠牲は出たものの、石作りの家の中に留まった人々は、次々と覆い尽くした雪の中から助け出され、九死に一生を得た。
* * *
雪に埋もれたホラン邸から、ジェイド、オリヴィン、デュモン卿も、ホラン殿の奥方と共に救い出された。
ダワンはアジュラ教の寺院から、崩れた氷河を見上げていた。
崩れた場所が黒い影のような模様になっている。
「なんだか、羽根を広げたドラゴンみたいね」
隣でそれを見上げていたラナ王女が呟いた。
「そうだね、そんなふうにも見える…」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。
下げ渡された婚約者
相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。
しかしある日、第一王子である兄が言った。
「ルイーザとの婚約を破棄する」
愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。
「あのルイーザが受け入れたのか?」
「代わりの婿を用意するならという条件付きで」
「代わり?」
「お前だ、アルフレッド!」
おさがりの婚約者なんて聞いてない!
しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。
アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。
「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」
「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる