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王都編

24 バースデイ

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 イオニス・ヴァンデンブランの一件以来『通信石』の利用価値が評価され、俺の仕事は忙しくなった。
 軍事伯をつとめるブロイネル公爵閣下より直々の依頼が来て、軍務の拠点間で通信できる『通信機』を作ることになった。
 宝飾品とはかけ離れて来てしまったが、生みの親の責任もあると思い引き受けた。
 何ヶ所もある拠点間で距離を越えた通信がで来るなんて、我ながらすごい発明だと思う。この先戦争になった時、これがどれほど我が国を優位にするか、考えただけでも、背筋がゾワっとする。

 五月になり、俺は19歳の誕生日を迎えた。
 その日、ジェイドにせがまれて王都の広場に来ていた移動カーニバルに行くことになった。
 大きなテントが立ち、幾つもの魔石の動力で動く遊具、見せ物小屋や射的、占い館などがあり、ジェイドは目をキラキラさせて俺の手を引っ張って行く。

「あれ!あれに乗りたいですっ!」
 人が二人ほど乗れる大きなティーカップが、巨大な円盤上に5つ据え付けられている。その円盤の中心が少しずらされているため、魔石のスイッチが入ると5つのティーカップが、危なっかしげに傾きながらグルグル回るのだ。
 ジェイドはキャーキャー言いながら、楽しそうにカップの中で振り回されている。俺もそんなジェイドを見ながら、自分ではどうすることもできない回転に笑いながら振り回されていた。
 ティーカップを降りても、二人ともまっすぐ歩けなくてヨロヨロして、それが可笑おかしくてまた笑う。
「オリィ、まっすぐ歩けてない~」
「ジェイドこそ、歩けてない~」
 と、ふたりでヨロヨロ、ケラケラした。

「今度はあれ!力試しですっ」
 ジェイドが指差す方に大男が立っていて、大きなハンマーを持っている。
「そこのお二人さん、力試しだよっ!ドンッて叩いて、目盛が上まで行って鐘がなったら景品が出るよ!」
「よーし、やってやろう!」
 俺は大男にコインを払うとハンマーを受け取った。

「ウォッ、重い!」
 思ってたよりハンマーが重い。でもここはイイとこ見せなきゃって。
 ドォンとハンマーを振り下ろすも、鐘は鳴らず、もう一回、もう一回とやるが、届かずじまい。
 見ていたジェイドが
「私がやります!」と言ってハンマーを持った。
 ヨロヨロしながらもハンマーをコンッと下ろす。
 そうすると目盛が上まで上がって行って『カーン』と鐘が鳴った。
「…⁉︎」
「はい、お嬢さん、景品ね」
 ジェイドは嬉々ききとして景品のぬいぐるみを受け取った。

 そこから立ち去りながら、
「なに、今の?」と俺が訊くと
「あの大男が、足で何か操作してたんです」
 ジェイドは楽しそうに言った。
「これもカーニバルの醍醐味だいごみですね!」
 意味不明なことを言いながら、それでも楽しそうなジェイドを眺めて、俺も楽しくなった。

「あ、あれなんか美味おいしそう!」
 ジェイドの指さす方を見ると、串についた色とりどりのあめを売っている露店があった。
 飴は大きな結晶クリスタルの形をしていて、それぞれいろんな色で輝いている。
 俺たちはその露天に吸い寄せられて行って、のぞき込んだ。

くださいな!」
 今日のジェイドはとっても積極的だ。
 露天のおばさんが、
「いらっしゃい。どれにする?味がいろいろあるのよ」
「う~ん、どうしよう?オリィはどれがいい?」

 そう聞かれてほんとは手がベタベタするのはやだな、子供みたいだし、と心の中で思ったが、こんなにジェイドが喜んでいるのなら付き合おう!と思い直して、
「この水色のアクアマリンみたいなのがいいかな」
 と指差す。
「これはミント味だよ。お嬢さんはどれにする?」
 おばさんに言われてジェイドは
「私はこの紅水晶ローズクォーツにするわ」
 とニッコリした。

 二人で水晶クリスタルキャンディめながら、どこか休めるところはないかとベンチを探す。
 占いやかたの前にベンチがあったので、そこに座って飴を舐めていると
「次の方ーっ!」
 と占い館の中から声がした。どうもこのベンチは、占い館の順番待ちだったようだ。

「どうする?」とジェイドに訊くと
「…入ってみたいです」ともじもじしながら言うので、
「アメ持ってるんですけど、いいですか?」
 と中の人に声を掛けながら行く。

「…どうぞ」と言われた。

 中に入っていくと、黒い天幕テントの中にもう一重の紫色の小さい天幕テントが張ってあって、その中に声の主がいた。

「…アメ持って入っていいか聞かれたのは、初めてよ」
 紫色の長いローブに、金や銀のネックレスと指輪をゴッテゴテに着けた綺麗な顔の女性がこちらを見ていた。
「そうですか?スイマセン…」と言うと、
あやまらなくていいのよ。礼儀れいぎ正しいなって思っただけ…」

 占い師の女性?声が男のような気がするが、とちょっと戸惑とまどっていると、
「気にしないで、男だけど。占いには関係ないから…」
 と言われた。

 真ん中の水晶玉が乗った小さなテーブルを挟んで長椅子が置かれている。
「そこに座って頂戴ちょうだい。それで、何を占う?ってまあ、二人の行く末よね?二人で来たんだし」
 『はい』でもなく、ふたりで顔を見合わせて、ちょっと恥ずかしくなって目をらすと、
「なぁに、照れちゃってんのよ~、カワイイ。いいわよ、ちょっと待ってね…」
 と言って水晶玉を覗き始めて…

「…あら、あらあら。なかなか大変なね。…うう~ん、こっちのカレシも苦労しそう…」
「あ~~~?でも、でもでも、頑張れば何とか…。何とかなるかも…ね?」
(ナニ、その頑張ればナントカって?)
 俺とジェイドはその占い師の断片的な言葉に、意味不明な???でいっぱいになった。

「…そおゆうことだから!あんたが頑張ればナンとかなるし、頑張らなければナンともならない。そうゆうことよ!わかった?」
 と言われて俺はバシバシ肩を叩かれた。
『占い料は金貨1枚ね』と言われて渡すと、訳のわからないまま占い館を追い出された。

 外に出ると陽が沈みかけて、夕暮れが迫っていた。
 カーニバルの周りに張り巡らされたガーランドに明かりが灯り、それがとても幻想的だ。
「さっきの占い、いったい、なんだったんでしょう?」
 二人とも手に飴を握りしめながら、ちょっときつねにつままれたような表情で顔を見合わせる。
「わかんないけど、のどかわいたね」
「それ、賛成です!」
 二人で炭酸水サイダーを買って、買った炭酸水サイダーに飴をトプンと浸ける。
 飴の味になっておいしい。
「チェリー味美味おいしいです。どうぞ!」
 どうぞと言われ、ジェイドの炭酸水サイダーを頂く。
 俺のミント味を代わりに差し出すと、
「これも美味しいですね」と言って飲んでくれた。

 夕闇ゆうやみがゆっくりととばりを降ろして、最後の残照ざんしょうがスゥッと消えると、紺色の夜空に星が瞬き始めた。
 光のガーランドが真珠のネックレスのように輝いて、ジェイドの目の中に映り込んでいる。
 その輝きに心を奪われていると、ジェイドが恥ずかしそうにうつむいた。

「最後にあれに乗りたいです…」
 指差した方を見ると、光の輪をまとってゆっくり回る観覧車があった。

「…いいよ、行こう」
 俺はジェイドの手を握って、観覧車の方へ歩き出した。
 ジェイドの手は以外と冷たくてひんやりしていたが、歩いているうちに俺の熱が伝わったためか、同じ温度になった。

 そうすると冷たい時の違和感がなくなって、自分の一部になっているかのように感じる。けれど細い指や小さな手のひらを意識すると、ドキドキして来てギュッとしたくなる。するとその手もギュッと握り返して来て、胸の中にいとおしさが広がる。

(このまま、ずっと二人で歩いていたい…)
 そんな渇望かつぼうが湧き起こるのだが、もう観覧車の下に来ていた。

 なんとなく目をらして観覧車のボックスに座ると、ガチャリと外側から鍵が掛けられる。
「行ってらっしゃい、お二人さん」
 とにこやかに係の人に声を掛けられて、照れてしまった。
 こうしてせまい空間に密着みっちゃくして座ると、何だか落ち着かない。

「あの…」
 ジェイドが口を開いた。そして今日の服装によく似合ったかわいいポシェットから何か取り出すと、
「お誕生日、おめでとうございます!」
 と言って、何かを大事そうに両手で差し出して来た。

「エ?あ、ありがとう」
 俺はそれを大事に受け取って、
「あ、開けちゃっていいのかな?」
 と訊いた。
「開けちゃって大丈夫…です」

 それは軟かい包み紙に二重に包まれて細いリボンで結んであった。
 中から出て来たのは“魔石”だった。
 観覧車の明かりに透かして見ると、透明な水晶クリスタルの中に水?が入っているようで、その水の中に針状しんじょうの鉱物がゆったりと浮かんでいる。

(あ、これ…時告石じこくせき?)と思うと(たぶん俺の左目が光って)針状しんじょうの鉱物が中でススッと移動して整列した。整列した針状の鉱物は2本の列になって止まった。

「時間を教えてくれる魔石なんです」
 ジェイドが俺の顔を伺いながら、そっと言った。
「へぇーっ、凄いや!ありがとう!」
 驚きを隠さず言うと、ジェイドの顔がぱあっとほころんだ。

 そのまぶしい笑顔に胸がキュッと苦しくなって、思わずジェイドの手を握る。
 二人して顔を赤くして、見つめあっていると
「は~い、お二人さん。おかえりなさい!」
 と係の人に声を掛けられた。

 観覧車を降りて歩きながら、次に話す言葉を探していると、
「あ、そうでした!先日工房へ行った時、私忘れ物をして来ちゃったんです!これから一緒に取りに行っていただけますか?」
 と言われて、
(それならもう少し、ジェイドと一緒に居れる)
 と思い、二つ返事で了承オーケーした。

 道すがらジェイドに
「オリィの子供の頃は、どんな子だったんですか?」
 と聞かれ、俺は口をモゴモゴさせた。
「うん、ふ、普通かな…」
(ぜってー、あの話はできないな…俺の黒歴史…)

 * * *

 工房に着いて鍵を開ける。
『忘れ物、どのあたりに忘れたかわかる…?』
 と言いながらドアを開ける、と
「誕生日!おめでとう‼︎」
 と声援が挙がり、灯りがパッと点いた。

「⁉︎……っ!」
 工房のみんな、父上、兄上、マイカ、ハック、デュモン卿まで…
 みんなが待っていてくれて、俺を迎えてくれた。
 いつもは飾り気のない静かな雰囲気の工房が、今日は飾り立てられて色鮮やかだ。
 美味しそうな料理の匂いがして、ジョッキになみなみと注がれたエールが回って来る。
「それでは~、オリィの19才の誕生日を祝して、カンパーイ!」
 リア姐の音頭でみんながジョッキを上げる。
「カンパーイ‼︎」

 皆それぞれ手にプレゼントを持って『おめでとう』とハグしてくれる。
 一年前はまだ王立学院の学生で、平々凡々と過ごしていたのに…
 たった一年のうちに、こんなにも変わった。
 かたわらには好きな人もいて、好きな仕事をして…俺ってなんて幸せ者…
 さっきから駆けつけ3杯とか飲んじゃって、ちょっと酔っ払ったのだろうか?

 ジェイドは俺を半日工房から遠ざけるよう指令を受けていたらしい。
「オリィが『帰ろう』って言ったら困っちゃうので、頑張りました!」
 なるほど、今日の積極的な言葉はそのためだったのか…

 リアねえ
「ねえねえ、今日のカーニバルデートはどうだったぁ?手ぐらい握ったかなぁ?」
 としつこく訊いて来る。
 ジェイドが真っ赤になると、
「オリィも隅に置けないねェ~」
 と絡んできて、デュモン卿の目がマジ怖い…

 呑んで食べて歌って踊って、最後にボラ爺のモノマネの余興よきょうが出たところでお開きとなった。
 ジェイドは、酔っ払って俺の悪態あくたいをつくデュモン卿をいなしながら帰って行った。

 ハックが帰り際に
「オマエさ、ジェイドのことどう思ってんの?」
 と訊いて来て
「どうって…いい娘だなって…」
「本気なんだろうな?」
「……」
「アソビで付き合うじゃねえゾ…」
 そう気になるセリフを吐いて帰って行った。

 父上は
「やれやれ、片付けは明日にしようかね…」
 と言ってくれて、皆同意する。
 そうして俺の19才初めての夜は更けていった。
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