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王都編
22 ラビカン石(3)
しおりを挟む数日後、女主人から、『あの“審問部の審問官”(名はヒューム・レグラントというらしい)を特別に招待したので、あなたを指名させるから、うまく聞き出してみてはどうか?』という提案をを受けた。
俺も潜入してから、たいした進展もないので少しジリジリしていたところだ。毎日いやらしい目で見つめてくる男どもを、水晶玉占いだけでやり過ごすのも大変だった。
その日審問官レグラントは、二階の一番いい部屋に通されて、ご満悦だった。
最初、女主人が直々にお相手し、少し酒も飲ませていい気持ちに盛り上げてくれていた。そこへ水晶玉を持って、俺ことオリヴィアが呼ばれる。
俺はタルノウィッツに案内されて、部屋へ向かう。
「女主人、オリヴィアを連れて参りました」
「お入り」
入っていくと、あの男の顔があった。忘れたくとも忘れられない、あの男だ。
「レグラント様、新しく入ったオリヴィアですわ」
「おぉ、なかなか可愛い娘じゃないか。よしよし、ここへ来い」
レグラントはそう言いながら手招きする。
「この娘、水晶占いができますの。すごく当たるんですのよ。オリヴィア、水晶をここへ」
俺は女主人に促されて、テーブルの上に水晶玉を据えた。そして言われるまま男の隣へ座らされる。
「ほぅ、なかなかいい体じゃないか。元は貴族のお姫様だって?」
男の手が背中から腰のあたりを触ってくる。
(ウーっ、気色悪っ!)
「ご無体はやめてくださいませっ、レグラント様。それより、お仕事の方は順調でございますの?私、占って差し上げますわ」
尻を撫でていた手がピクリと止まり、
「ほぅ…?わしの未来を占ってくれると?」
「はい、私、占いには自信がございますの」
男の欲情が混じった目に、どす黒い感情が横切った。
「そうか、それでは占ってもらおうかな…」
「それでは、ご用意いたしますわ!」
オリヴィアは素早く立ち上がって、胸の谷間に隠していた『真実の石』を手のひらに握った。水晶を挟んで向かい側に移動すると、にっこりレグラントを見上げて、語りかけた。
「レグラント様、あなた様はどのようなお仕事をなさっているのですか?」
そう問いかけると、その目の動きがピタリと止まって、譫言のような声が絞り出された。
「仕事……不正や反逆を企てた輩を取り調べる仕事…」
「差し押さえた証拠や金品はどこに?」
「証拠品保管庫…」
「証拠以外に持ち帰った宝石や品物は?」
「…家に」
「家のどこに隠しているのですか?」
「…床下の保管庫…」
「それは今もあるのですか?」
「…今はない」
「それはどこに?」
「…取りに来る」
「誰が取りに来るのですか?」
「…お館様の手下…」
「お館様って誰ですか?」
「そこまでよ!」不意に女主人が声を上げた。
レグラントがピクリと動くと、我に返ったように目を見開いた。
「こいつ、俺に何をしたんだ⁉︎」
「さあね、何(いず)れにせよ。このまま放っておくわけにはいかないわ」
女主人はそう言い放つと、タルノウィッツにこう命じた。
「この娘を縛り上げて。猿轡も噛ませるのよ!」
ハッとして立ちあがろうとしたが、既に背面からタルノウィッツに羽交い締めにされて、何か刺激臭のある薬を染ませたもので口と鼻を押さえられて、意識が遠のいた。
次に気がついた時、頭から麻袋を被せられ、ゴトゴトと馬車に乗せられていた。
どれくらい時が経ったのだろう、麻袋の粗い目を通して、うっすらと外が見えている。薄暗いところを見ると、まだ夜は完全には明けていないだろうか?
今が町中で昼なら、人の声や町の喧騒でもっと賑やかな筈。まだそれほど、時間は経っていないのかもしれない。
しかし、耳を澄ませていると、車輪のゴトゴトという音から、石畳の道を走っているのがわかった。
石畳…ということは、王都の中、という可能性が高い。
手足を縛られていて動かせない。そうだ『通信リング』、と思って手を動かそうとするが、ロープが食い込んで届かない。
馬車が止まった。
遠くで男の話声が聞こえる。
「門を開けろ。お館様への贈り物だ」
一旦止まった荷馬車が、また動き出す。石畳の音が変わった。
少し行って、次に完全に止まった。
馬車から御者が降りる音がした。
俺が乗った馬車の扉が開いて、誰かに担ぎ出された。今はまだ、気を失った振りをしておこう。荷物のように担がれたまま俺は、建物の中に入って行った。
そのまま、階段を下り階下へ運ばれる。ギイっとドアが開く音がして、ドサっと下ろされた。
石作りの床が冷たい、良ければここは地下の倉庫か、悪ければ地下牢といったところだろうか。頭から被せられていた麻袋が外された。俺は目を瞑ったまま、横たわっていた。
背負っていた男が遠ざかる気配がして、俺はそうっと薄目を開けた。
運んできたのは娼館のタルノウィッツだった。と言うことは女主人もグルだったということか。
タルノウィッツが出て行ったので、起き上がって周りを見回すが、地下倉庫のようで、真っ暗だ。唯一木製のドアに鉄格子のはまった窓が開いていて、そこから通路の明かりが中に差し込んでいる。
倉庫の中には大きな木箱がいくつも積んである。
後ろ手に縛られてはいるが、『通信リング』は指には嵌められたままなので、何とかロープを緩めて通信をしよう。
手を動かし続けると少しロープが緩んで来た。
『通信リング』のベゼルを何とか回して位置をセットし、手を側にあった木箱にぶつけて音を立てる。気づいてくれるだろうか?
「オリィ?オリィかい?」
後ろ手で聞こえずらいが、父上の声だ!
「んん~~~~~ん」猿轡をされたままだが声を出してみる。
「オリィ?大丈夫かい、何かあったんだね?」
「んんん、んんん~~」
「オリィ、俺だ。ハックだ。今どこだ?」
「んんん、んんんんん…」
「必ず、必ず助けるからな!このまま通信状態にしておくから、喋れるようになったら教えろよ」
正直ここがどこかわからないが、それほど遠い場所ではない気がする。
そして、門番のいる屋敷…どこかの貴族の屋敷か?『お館様』と言っていたし…
俺は木箱を背に思い切り足を踏ん張り、立ち上がろうとする。すると重ねられていた木箱がずれて、床に落ちた。落ちた箱が壊れて中に入っているものが散らばった。暗くてよく見えないが、取り敢えず何かロープを切れるものはないかと、床に這いつくばる。
「大丈夫か…?」通信石から心配する声があがる。
床に散らばった物の中に石があった。後ろ手のままそれを拾う。石を掴んだ途端、それが何だかわかった。
左目の中にチカチカした火花と炎が浮かんだからだ。『火焔石』、それをロープに押し付けると、焦げ臭い匂いが上がった。ちょっと熱いがロープが切れるまで我慢だ。
チリチリと痛むような熱感があって、ロープが緩んだので、思い切り腕に力を入れる。ブチっとロープが切れた。
袖口が燃えかかっていたので、手で払って消し、急いで猿轡を外す。
「…だ、誰か…」喉が掠れて声が出ない。
「オリィ!大丈夫か?どこだ⁉︎」ハックの声。
「んん…今、閉じ込められている。地下の倉庫」
「地下倉庫?どんな建物だ?」
「…どこかわからないが、王都の中の貴族の屋敷だと思う。門番がいた」
答えながら、足に巻かれたロープを解いていく。
「門番のいる屋敷…上位貴族か…?」
ロープが外れ、手足が自由になった。ドレスの裾を捲り上げると太ももに巻きつけておいたナイフの鞘から、ナイフを抜く。良かった、身体検査をされていたら取り上げられていただろうから。
ドレスが邪魔なのでナイフで切って短くした。拾った『火焔石』を散らばっている木箱の破片に押し付けて火をつける。これで少し明るい。
散らばった箱から、魔石が零れている。ナイフで壊れかけの木箱をこじ開けると、沢山の宝石や魔道具が詰まっていた。中に『照明石のついたランプ』が見つかったので、それで明かりを灯す。
「ハック、盗品倉庫みたいだ。魔石や魔道具がある」
「お前、そこから出られそうか?」心配そうなハックの声が聞こえる。
俺はナイフできついドレスの胸元を切り裂くと、ジェイドから借りていたペンダントを掴んで外した。その途端、物凄い痛みが襲って来る。
「ウァッ…!」体を駆け巡る痛みに思わず声が出る。
「どうした?大丈夫か?」
「ハァ、ハァ…大丈夫だ」
「男に戻ったのか」
「ああ、これで動ける」
ドレスの切れ端で丁寧にペンダントを包むと、失くさないよう腕に巻きつけた。
他に何か役立つものはないかと思い、他の箱もこじ開ける。
すると、思ってもいなかったが、見慣れたものがあった。
我が家の暖炉の上に飾ってあった、古い父の剣だった。
「これは…!」
かつての統一戦争の時、父が使っていたものだ。唯一無二、これがここにあるということは、間違いない、ここは全ての元凶の根城だ。
この剣には凄い魔石が付けられている。どんなものをも切ってしまう無敵の魔剣。この魔剣は『魔眼持ち』が使うことで最大の力を発揮する。
「どうした?」というハックの問いに、こう答えた。
「父上に『千刃の剣』を見つけた、と言ってくれ」
すると頭上遠くから、人の声と足音が迫って来た。
「敵が来る!」
俺はそう言って、照明石のランプを消すと扉の横に身を潜めた。
* * *
「まったく、こんな朝っぱらから何だというんだ。父君はまだお休みだぞ…」
「申し訳ございません。お館様の前に若君様に見ていただく方がよろしいかと。」
「それで、どんな物なんだ?」
「モノ、ではございません。”女”です」
「女?何で女なんて…」
「この女、審問官のレグラント様を探っておりまして、レグラント様が、盗んだものを隠していると白状してしまわれまして。我々としても仕方なく急遽、捕縛致しました」
「レグラントが?あやつ何を考えているのだッ!…だが、たかが女だろう」
「それが、その…女は、アルマンディン公爵家の回し者なのです…」
「何だと、それを早く言わんか!まったく、父君に知れたらどんなにお怒りになるか…」
(急いで来たのに、なかなか起きて来ないのはそっちだろ…)
タルノウィッツは心の中で異議を唱えた。
邸宅裏の古い煉瓦作りの建物に地下倉庫があった。
通常裏ルートで入って来た物品はここで分別、梱包されて保管される。取引先はほとんどが国外だ。
次の船の準備ができるまではここでひっそりと保管されている。
古い煉瓦倉庫の鍵を開け、地下倉庫に降りていく。
「こちらでございます」
タルノウィッツは半刻ほど前、女を運び込んだ部屋に若君を案内した。
ガチャリと鍵を開けて、明かりを手に中に入ると、床に壊れた木箱や、中身が散乱している。
慌てて若君を振り返ると、何者かに部屋の中に突き倒された。
「どうした⁉︎」と若君が駆け寄る。
そこで、倉庫の扉がバンッと閉められた。
鍵穴に差し込んであった鍵がガチャリと閉じられ、窓格子の向こうに若い女?が立っていた。
「誰だ、お前っ⁉︎」
* * *
オリヴィンはたった今、倉庫の中に閉じ込めた男の顔を見た。
漆黒の短髪に美しく整えられた口髭、人を突き刺すような水色の瞳、
ヴァンデンブラン侯爵家嫡男、イオニス・ヴァンデンブランだった。
あまりの意外さに思わず口から
「イオニス・ヴァンデンブラン!」と漏らしてしまい、
「俺を知っているのだな」と不適な笑みを返される。
とにかく今はここから逃げなくてはと思い、裸足でボロボロになった服のまま、『千刃の剣』を手に握りしめて倉庫から逃げ出した。
裏庭を横切り、人のいない場所を真っ直ぐに突っ切る。邸宅の周りを巡らしている鉄柵に阻まれると、俺は『千刃(せんじん)の剣』を抜き放って鉄柵を切り外に出た。
『通信リング』に向かって
「敵はヴァンデンブランだ!」と叫ぶと、
「わかった。脱出したら俺の家に行け、そこなら近い。俺もすぐ行く」
「わかった。頼む、着替えを持って来てくれ!」と言った。
俺はハックの言う通り、アルマンディン公爵家にむかった。
上級貴族の邸宅は王都の西の邸宅街に密集している。偶然ながら、ヴァンデンブラン邸も、アルマンディン邸もこの一角にある。
(この格好じゃ、正面からは入れてもらえそうもないな…)
と思ったので、子供の頃通った秘密の通路から入ることにする。広い排水路に沿って、狭い通路が敷地内に繋がっているのだ。排水路沿いの道を進んでいくと、俺を呼ぶ声がした。
「…オリヴィン様、どこですの?」
「ライナ様?」
妹のマイカから連絡を受けたライナ嬢が、『多分ここから来るよ』というハックの伝言で迎えに出てくれたのだ。俺はほっと、ため息をついた。
排水路を通って出て来た俺の姿を見て、ライナ嬢が笑いを堪(こら)えている。
「ふふふ…ご、ごめんなさい。でも、これはあまりに…あはは」
(そんなにひどい格好だろうか?)
ライナ嬢は俺の手を引いて風呂場に連れて行ってくれた。大きな陶器製のバスタブに『水湧石』を入れると一気に水が湧いて来て一杯になった。
そこへ『沸騰石』を入れて、
「お湯になったら入ってくださいませね」と言って出て行った。
傍の鏡を覗くと、とんでもない格好をした俺が映っていた。
顔は化粧が剥げかけ、長い鬘(かつら)はズレて、胸元ははだけ、ドレスの脇も縫い目から裂けている。しかも切り落としたスカートが、バレリーナのチュチュのように腰回りでヒラヒラしていた。
思わず赤面して、顔を拭(ぬぐ)った。
風呂を浴びている間にハックが来て、着替えを置いて行ってくれた。
着替えて風呂場を出ると、現アルマンディン家当主の公爵殿、嫡男のステファン殿、ハックと父上、が勢揃いしていた。
公爵殿はハックと父上から、大まかな話を聞いていたようで、
開口一番こう言った。
「オリヴィン、無事で何よりだ。だが少々無茶をしたな」
「申し訳ありません。ですが、元凶を突き止めました」
「ヴァンデンブラン侯爵か。怪しいとは思っていたが、決して尻尾を出さぬ奴でな。あやつも今頃は大急ぎで証拠隠滅を図っているだろう」
公爵殿はそう言ってステファン殿と父上の方を振り向いた。
「父上、ヴァンデンブランは大貴族ですから、勝手に動いて調べるわけには参りません。一度国王陛下に奏上なさっては?」
ステファン殿がそう言うと、ハックが
「父上!そんな悠長なことをしていたら、証拠品を全て隠されてしまいます!今すぐ白騎士を率いて、取り押さえに参りましょう!」と息巻く。
父上はハックをなだめるように言った。
「ハーキマー殿、証拠もなしに貴族の屋敷に踏み込むことなどできません。ここは一度、国王陛下にご注進をなさってはいかがでしょう」
ということになった。
こちらとて、どのような方法で潜入したかを問われれば、いろいろ説明できないことを言わなくてはならなくなる。
明らかな事実をこの目で見て来たのに、俺は悔しさで歯をギリギリと食い縛った。
その日のうちにアルマンディン公爵殿は陛下に、審問部の不正を言上し、その背後に他の貴族が関わっていることを匂わせた。
現国王の支配下でも、貴族のパワーバランスが釣り合わなければ国家は成り立たない。現在最も有力な上級貴族は
現国王派のアルマンディン公爵家
次期国王に側子のレニエル王子を擁護するサーペンティン伯爵家
中立派のブロイネル公爵家
そして(今までは同じ国王派と称されていた)ヴァンデンブラン侯爵家
の4家が台頭している。
今まで現国王派を標榜(ひょうぼう)していたヴァンデンブラン家が他に着けば、パワーバランスが大きく変わってしまうのだ。
* * *
その夜俺は、ひっそりとヴァンデンブラン家を見張っていた。
フードを被り胸に『変身ブローチ』を付け、腰には『千刃(せんじん)の剣という出立で奴らが動くのを待っていた。
昼間は大きな荷物を動かせば目についてしまうので、荷を動かすのは夜に違いないと思ったからだ。
夜半過ぎ、門が開き真っ黒な馬車が2台連なって出て来た。それを追うように、馬に乗った男が馬車を守るように出て来た。
馬車がは王都の西の門に向かっているようだ。
俺は『通信リング』に口を近づけ伝える。
「こちらオリヴィン、今馬車がヴァンデンブラン邸を出発しました。馬車は西門に向かっているもよう」
「こちらステファン、了解した」
ステファン殿は近くに馬を用意して隠れている。ヴァンデンブラン侯が動けば、追跡する手筈だ。
王都の西の門の外では、白騎士騎兵隊を率いたアルマンディン公爵が待ち構えている。
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追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
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