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王都編

15 裏切り者

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 昨夜のうちに馬車を頼んでおいた俺は、日の出と共に港町バロウを出発した。
 デュモン卿とジェイドが宿屋に戻ってすぐ事情を説明し、予定を切り上げて先に王都へ戻る旨話した。状況は良くわからないまでも、一旦家族と相談すべきと判断したのだ。
 後で宿屋に届けてもらう予定の仕入れ品も、卿に受け取りをお願いし、俺は一人王都へ向かった。悶々とした気持ちで、話し相手もいない帰路は気が滅入った。日が落ちて、王都の門が閉まる寸前、ギリギリのところで馬車は門をくぐった。
『通信石』は鳴らなかった。

 屋敷に帰る前に工房へ寄った。何か連絡があったかもしれないと思ったからだ。
 工房の皆は、いつも通り働いていた。
「坊ちゃん、どうしたんです?随分とお早いお戻りで…」
 予定より三日も早く帰ってきた俺に、ボラ爺が怪訝けげんな顔をした。
「ハハハ、約束があったことを思い出してね。慌てて帰って来たんだ」
 と誤魔化すと、
「そんな大事な約束を忘れちまうなんて、坊ちゃんらしいなぁ」
 と返された。
「留守の間、特に何もなかったかい?」
「変わったことなんて何も…いつもどおりでさ」
 いつも通り……そうか、そうだよな。本当は大したことはないんじゃないか?俺はそう思おうとした。

 屋敷に帰ると、いつもと違うことが一つだけあった。
 エントランスで、兄上と鉢合わせした。
「兄上!どうしたんです⁉︎」
 俺の唐突な問いかけに、兄上の方が変な顔をした。
「オリィ、お前帰って来るのは三日後じゃなかったのか? それにたまには家に帰ってこいと、ステファン殿に伝言したのはお前の方だろう」
 そうだ、確かにそうだけど、このタイミングって。
「それに父上は遠征で、お前も買い付けで出掛けてるって聞いて、マイカが心配でな。この間はあんなことがあったばかりだし」
 “あんなこと” とは『ヴァンデンブラン邸に黒豹が出て、お宝を奪った』という件だろうか?
「アレク兄様!」
 妹のマイカが二階から階段を飛ぶように降りて来た。
「おお、マイカ、元気だったか⁉︎」
 歳の離れたたった一人の妹に、この家の男はみんな甘い。
「お前に土産があるぞ!ほぉら、新しいコートが欲しいって言ってただろう!」
「わぁ!お兄様、嬉しい!」
 盛り上がる二人に、俺はため息を吐いた。俺は父上に何かあったんじゃないかと気が気でなくて、一日悶々もんもんと馬車に揺られてたんだぞ……

「マイカ、ステファン殿から聞いたよ。毎日夜遅くまでライナ様と『通信』しているんだって?」
「そうなの、お兄様。オリィ兄様が頑張って作ってくださったの。毎日、ライナ様といっぱいお喋りできて、もう最高なの!」
 はぁ?今なんと言った?『オリィ兄様が頑張って』って!なんて事言うんだ!もう作ってやんないぞ!俺は二人の能天気な会話に向っ腹が立った。こうしている間にも父上の身に、危険が迫っているかもしれないと言うのに!
「そうか、そうか。良かったな」
 兄上は優しくマイカの頭を撫でる。
「兄上、ちょっと」
「なんだよ、お前には土産は無いぞ」
「…そんなことじゃなくて!」
「オリィ兄様、私いま、アレク兄様とお話ししてるのに!邪魔するなんて、ひどいわ!」
「いいから、ちょっと…」
 俺は兄上を引っ張って、奥の父上の書斎に連れて行く。
「何だオリィ、どうかしたのか?」
 流石の兄上も、俺の様子が唯ならぬことに気付いたらしい。
「兄上、父上の今回の任務のことは知っていますよね?」
「ああ、北方高地の反乱分子の撲滅ぼくめつ、だろ?」
「話は飛びますが、マイカがライナ様の誕生日に送ったブレスレットについて、あれがどんなものかご存知ですか?」
「ああ、知ってる。あれはなかなか凄い発明じゃないか。お前が作ったんだろ?」
「そうです。実はそれと同じものを、父上にも持たせました」
「ほぅ、そうか」
「毎日、日没に父上とそれで『通信』していたんです」
「それで?」
「昨日の『通信』で、父上が『困ったことになった』と言ったんです」
「…どうした?」
「それ以来、音信不通です」
「はぁ?」
「連絡が来ないんですよ」
 兄上は困惑した顔になった。
「…こっちからは『通信』できないのか?」
「できますが」
「してみればいいだろ?」
「でも、何かまずい状況だったら、困りませんか?父上が」
「そうか…。他に父上は何か言っていなかったか?」
「『しばらく連絡できないかもしれない』って…」
「他には?」
「『心配するな』って…」
 兄上は何か考え込んでいる。しばらくして、
「何かあるのかもしれないな…」と呟いた。
 俺は不安のあまり動揺して、兄上にそれをぶつけてしまったが、兄上は冷静だった。
「遠征の状況報告は、近々伝令が来るだろう。それまで、俺たちは何もできない。オリィ、お前もそんなに心配するな」
 そう言うと、兄上は俺の頭をワシワシと撫でた。俺は不覚にも泣きそうになった。

 その夜は兄弟妹きょうだい三人で食卓を囲み、久々に兄上とワインを飲み交わした。
 先日のヴァンデンブラン邸のオークションの日、兄上は大変だったらしい。隣国の王太子の護衛をしながら、ステファン公と共に、怪しい獣から両王女を隠し守り、そっと王宮まで送り届けたそうだ。
 妹のマイカも、おおよそはライナ様とのお喋りで知っていたらしく、驚きもせず話を聞いていた。流石に黒豹のことは知らなかったようだが。

 兄上は『魔眼』こそ授からなかったが、その代わり武勇で身を立てた。10歳の時から父上と共に俺と妹を守り、厳しい鍛錬の末、王立騎士団に選ばれた。性格は温和で、責任感が強い。清廉潔白せいれんけっぱくな人柄で騎士団内でも信頼が厚い。
 俺は兄上の言う通り、待つことにした。

 翌朝早く、兄上は騎士団の宿舎に戻って行った。俺とマイカはいつも通りに過ごすことにした。マイカは学院へ、俺は工房へ。
 二日後、また兄上が帰って来た。
 北方高地遠征隊から伝令が来たそうだ。俺の嫌な予感がまさに現実になった。
 父上が失踪しっそうした。

 どういう経緯かはわからないが、場所はまさに父上の生まれ故郷だった。父上たち遠征隊はこの時期、借地人から税を徴収する地元領主クランの動きを追っていた。収穫を終えた借地の農民たちは、自分たちが作った麦や麻や育てた家畜を売って、領主に税を納める。こういう金が動く時にこそ、反逆者たちの資金源も動くのだ。

 父上の実家は、伯父が家督を継いでいて、その伯父には息子が二人と娘が二人いる。その誰かがどうやら反乱軍に手を貸していたようだ。そして、父上は彼らと共に行方をくらましたのだ。
 兄上も事情を聞かれたらしく、少し元気がなかった。後ほどこの屋敷にも捜査の手が入るらしい。兄上は例の『通信石』のことは誰にも口外しないよう、俺にもマイカにも言い含めて帰って行った。

 翌朝、王家の審問官が手勢を引き連れてやってきた。
「国王ディヤマンド陛下の命により、これよりダキアルディ・ユング男爵邸を家宅捜索する」
 そう宣言して、大勢の兵隊が家の中をひっくり返し始めた。執事が抗議すると、『黙らなければお前も反逆者とみなして拘束する』と脅された。
 俺もマイカも外出を許されず、自室に軟禁された。
 捜索は丸二日続き、使用人たちも皆事情聴取を受けた。二階のゲストルームに一人一人呼び出されて椅子に座らされ、尋問を受けた。
 最後に俺の番が回って来た。

「さて、お主は父親の裏切りを知っておったのか?答えよ」
「何のことです?父上が何かしたのですか?」
「知らぬふりをするなら、それ相当の覚悟があるのであろうな」
「知らぬふりも何も、私は何も…」
 その途端、ガシャッと音がして、飾ってあった陶器の壺が、床に叩きつけられた。
「何をするんです!」
「フン、裏切り者風情が贅沢に暮らしやがって…」
 審問官は憎々しげに俺を睨み、今度は銀の燭台に手を掛けた。
「お前は怪しい術を使うそうだな。ではこうされたら、どうする?」
 審問官が手に持った銀の燭台を振り上げた。次の瞬間、
 “ガシャーンッ!”と物凄い音がして、窓ガラスが割れ、何かが飛び込んで来た。
 大きな石だった。続いてあちこちの部屋にも石が投げ込まれ、審問官も慌てて部屋の奥に逃げた。続け様に石が飛んで来る。誰か庭に侵入したのだろう。
 庭で怒号が聞こえる。兵隊たちが侵入者たちを追い払っているようだ。

 審問官は父の書斎にあった書類、手紙などを丸ごと収集して持ち去った。他に壁に掛けてあった魔道具や骨董品などの類も、証拠品と称してしてごっそり持って行った。審問官は俺とマイカに『しばらく自宅で待機するように』と言い残して帰って行った。
 窓ガラスがあちこちで割れ、家の中に飛散している。飛び込んで来た石が壁や家具までも壊し、『証拠品捜索』と称して漁られた屋敷の中はひっくり返された家具や調度品でひどい有り様だった。

 俺とマイカは顔を見合わせた。
「お兄様、大丈夫?」
「お前こそ、平気か?」
 そう言ってお互いを抱き締めた。
「お父様が裏切り者なんて、有り得ないわ」マイカが呟く。
「そうだな…」
 使用人も俺たちも、皆総出で散らかったガラスや石、破壊された家具を片付けた。
「何でこんな目に…」
 …くやしかった…。何もできない自分の無力さが、腹立たしかった。
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