宮廷彫金師は魔石コレクター 変態コレクター魔石沼にハマる

銀黒

文字の大きさ
上 下
13 / 101
王都編

12 黒豹

しおりを挟む
 ヴァンデンブラン公爵家で行われたオークションが、黒い獣の乱入によって中止になったことは、ほぼ知られていない。
おそらくヴァンデンブラン侯爵家が固く口止めしているのだろう。オークションが中止されるまでに落札された数々の品々は、秘密裏に引き渡しと代金の回収が行われるに違いない。

 父上は今回、何も落札しなかったようで、工房はいつもと変わらず営業をしている。帰りの馬車で話しそびれてしまったことは、何となく機会を逸してしまって言わずじまいになった。

 人気の『アンサンブル・ピエレ・プレシャス』の公演コンサートは、翌日から王立ホールで行われて、初日には国王夫妻もご清聴されたと話題になっていた。王妃のヘリオドール様が大層お気に召して、王宮にも彼らを招いたそうだ。
 なるほどね、王家の二人の王女様方のご婚約の発表も、近いのではないだろうか。この秘密は、誰にも話せないんだけど……

 父上は来月、ヴァンデンブラン侯爵が率いる『黒騎士騎兵隊』と共に北方高地に遠征に出かける。
今回のオークションへの出席は、そのための顔つなぎ(ご機嫌伺い)だったのかも知れない。
あれ以来、父上は遠征の準備で大忙しだ。

 オークションの日から数日後、ゴルン王国の商人ホラン殿から文が届いた。

 内容は例のヒマール山脈の『赤水晶』が手に入ったのでお持ちしたい、と書かれていた。
その翌日、ホラン殿が工房を訪ねて来た。

「先日はご挨拶もせず、お先に会場を後にしてしまい、大変失礼いたしました」
先日のオークションの時とは打って変わった普通の商人風の服装で、コートを脱ぎながらホラン殿が言った。俺は彼が先に帰ったことを知らなかった。
だってその時、俺は寝てたし…。預かったコートを掛けながら
「いえ、いえ、私こそ、うっかり迷い込んだ部屋で寝込んでしまいまして。ご挨拶もできず申し訳ありません」
と返事する。
「おや、そうだったのですか。それでは、あの事件のことは何もご存知ないので?」
「お恥ずかしい…。目が覚めて会場に戻ったら皆に心配されていた、と言うわけです…」
「そうでございましたか。しかし、ご無事でよろしかったではないですか」
「そう言って頂けると、少し気が楽になります。どうぞ、奥へ参りましょう」

 ネルに紅茶を持って来てくれるよう頼むと、俺は二階の奥の応接室へホラン殿を案内して行った。
革張りのソファに掛けると、ホラン殿は持って来た医者が持つような黒い鞄を開けて、茶色がかった紙に包まれた物を取り出した。

「ヒマール山脈の氷の下の鉱脈から掘り出された『赤水晶』です」
それは見事な結晶だった。手の平いっぱいに丁度乗り切れるほどの大きさで、白っぽい母岩の上に、子指くらいの太さの赤い六角柱状の結晶が、びっしりと生えている。
「これは、見事ですね~!見せていただいても、よろしいですか?」
俺の左目はもう金色に反応している。
「むろんです、どうぞ」
石の中が赤い光でキラキラ眩しい。いろいろな話し声が聞こえて来る。どこか外国の言葉だろうか?…最後に何か大きな黒い獣が映った。

「え?」
…今の何だろう、ってかやたら既視感デジャヴなんだけど。
先日ヴァンデンブラン邸の中庭で見た、黒豹?いやいや、そんな…
「何か、見えましたか?」
そう聞かれて、言葉に詰まる。
「いや、赤く光って、何か外国語のような言葉が聞こえました」
取り敢えずそう伝えて、その場をスルーした。『石の中に黒豹が見えました』とは、さすがに言えない。

「ほぅ、本当に見えるのですね。いや、失礼しました。疑っていたわけではないのですが…」
「いいんです!お気になさらず。大抵の方は怪しまれますので!」

ネルがお茶を持って来てくれたので、俺はその石を一旦テーブルの上に置く。
「こちらの石はどんなルートで手に入れられたのですか?」
「我が国はヒマール山脈のお膝元ですから、近辺で産出された物は手に入りやすいのです」
「そうですか。あの辺りは地質も古いですから、色々珍しい鉱物が取れますよね。私も一度は行ってみたいです!」
「ところで、最初ポラス様からお話を伺った時は、『山珊瑚やまさんご』をご所望されていたようですが?」
そうか、そう言えば俺、そう言ったんだった。

「そうなんです、ちょっと『珊瑚さんごの化石』に興味があって、お聞きしました」
「そうですか、『山珊瑚』ではなくて『珊瑚の化石』だったのですね?」
「え、『山珊瑚』は珊瑚の化石ではないんですか?」
「はい。誤解されている方も多く『山珊瑚』という通称名が一人歩きをしてしまっている状況です」

知らなかった…!でも、変だとは思っていた。『山珊瑚』と言う名で出て来る物は、変に赤い色をしている。見た感じ深海の『宝石珊瑚』のようにツヤツヤとして硬いわけでもなく、印象がどこかおかしかったのだ。

「密教の儀式で使われている数珠じゅずは、それではないのですか?」
そこで、ホラン殿の動きが止まった。飲みかけたお茶のカップを置くと、
「…あれらは、われらアジュラ教信者にとっては、とても大事な物なのです。祭具として代々受け継がれて来たもので、どのような物で作られているとしても、『祭具として貴重きちょう』と言うことなのです」

雄弁ゆうべんに語るホラン殿に、俺はどうゆう顔をすればいいのか困ってしまった。

「失礼しました。無知なところをさらしてしまいました。すみません、若輩者ですので、お許しください」
「いえ、大陸の片隅の国のことなど、大抵の方は知りません。『珊瑚の化石』が高い山から取れるなどということをご存知なのですから、ユング様はお詳しい方ですよ」
ホラン殿はそう言って俺の無知をなぐさめてくれた。
「そう言って頂けると、助かります」

 そうしてホラン殿が実直に話を進めてくださったお陰で、値段交渉もそれほど高価にもならず合意することができた。俺はようやくホッと一息ついた。

 ホラン殿が帰った後、俺はまじまじとヒマール山脈の『赤水晶』を手に取った。

ーーー高い山の上に木造の寺院が立っている。
 強い風に赤い沢山の旗がはためき、読経が聴こえてくる。首に『山珊瑚』の数珠をかけたホラン殿が祈りを捧げている。
 寺院の中には沢山の僧侶たちが祈りを捧げている。
その祈りが止むと、僧侶たちが平伏ひれふした。
すると、ホラン殿の姿が黒いおぼろかすんで、次の瞬間、黒豹に変わっていたーーー
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

少女漫画の当て馬女キャラに転生したけど、原作通りにはしません!

菜花
ファンタジー
亡くなったと思ったら、直前まで読んでいた漫画の中に転生した主人公。とあるキャラに成り代わっていることに気づくが、そのキャラは物凄く不遇なキャラだった……。カクヨム様でも投稿しています。

これぞほんとの悪役令嬢サマ!?

黒鴉宙ニ
ファンタジー
貴族の中の貴族と呼ばれるレイス家の令嬢、エリザベス。彼女は第一王子であるクリスの婚約者である。 ある時、クリス王子は平民の女生徒であるルナと仲良くなる。ルナは玉の輿を狙い、王子へ豊満な胸を当て、可愛らしい顔で誘惑する。エリザベスとクリス王子の仲を引き裂き、自分こそが王妃になるのだと企んでいたが……エリザベス様はそう簡単に平民にやられるような性格をしていなかった。 座右の銘は”先手必勝”の悪役令嬢サマ! 前・中・後編の短編です。今日中に全話投稿します。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...